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お互いを紹介し合った後、メイドのようなお仕着せを着た女の子達が入ってきて、温かいお茶と美味しそうなサンドイッチをセッティングしてくれた。

それが目に入った瞬間、急に匂いが強く感じられて、お腹がきゅる、と鳴る。

恥ずかしさの前に、お祖母ちゃんが「人間は、身内が死んだ夜でもお腹が減るもんだ」って言ってたなぁ、なんて思い出した。

そこから、寂しさとか悲しさとか、どうしようもない気持ちが湧き上がることはなかったけど。

・・・それって、空腹が思い出に勝ったってことなのかな。

それにしても、お祖母ちゃんも幼い子どもに向かって何言ってんだか。

お腹を鳴らした私が、サンドイッチを見つめてじっと動かない様子に、ジェイドさんとラズおばさまがクスクス笑いを漏らす。

空色の目が細められているのを見て、なんとなく居心地が悪くなった私は、曖昧に微笑んだ。

困ったら笑っとけ、ってお祖母ちゃんも言ってたし。

「・・・私達は、朝食を頂いたから、これはあなたの分よ」

おばさまが、ふんわり微笑んでお皿を差し出した。

反射的にジェイドさんを見遣ると、彼は苦笑しながら「どうぞ」と頷く。

これはあれでしょ、私のこと、子どもだと思ってるのね。

反論したい気持ちを内心に留めて、私は両手を合わせた。




「では、ここがリアのいた世界ではないことは、もう理解しているんですね」

有り難くサンドイッチを平らげてお腹を満たしたあと、お茶を啜っている私に、ジェイドさんが問いかけた。

不本意だからか、ぎこちない動きで頷く。

カタカタと窓を鳴らす音に目を遣れば、雪が吹き付けていた。

真っ白に染まる窓の外を見ているだけで、なんだか寒くなって腕を摩る。

さっきまで隣に座っていたラズおばさまは、お仕事があるから、と言って出て行った。

孤児院の経営みたいだけど・・・そういうのって、忙しいんだろうか。

「・・・大丈夫ですか」

気遣わしげな声色に、私は小首を傾げた。

なんでジェイドさんが、そんなカオをするのか。

「大丈夫ですよ?」

「昨日、あなたが目を覚ました時は、錯乱していたようですが」

「あー・・・っと、」

あれは昨日の出来事なのか。

なんとなく時間の感覚がつかめてきて、私は頷いた。

「やっぱり最初は、混乱したし・・・すごく取り乱してたと思います。

 でも、今は大丈夫です」

自嘲気味に微笑むと、彼が視線を彷徨わせる。

何かを考える素振りに、私はじっと彼が話し出すのを待った。

「わかりました。

 とりあえず、落ち着いて話が出来る状況なのは助かります」

思うことを飲み込んだのか、至って事務的な言い方になった彼が、私を見る。

「早い方が馴染むのも楽でしょうし、この世界のことをお話しましょうか」




彼の話では、こうだ。


私のように異世界からやってくる人間は少なくなく、「渡り人」という表現を、聞いたことのないこの世界の住人は、おそらくいない、だそうだ。

それから、渡り人の歴史は長くて、戸籍登録をそのまま残した史料が大量にあるらしい。

少し前に閲覧する機会があったジェイドさんは、少しだけ渡り人に詳しいという。

必要があれば、その都度私に気をつけることなんかを教えてくれると言ってくれて。

そういう人が側にいて、ちょっと安心だ。


私のやって来た国についても、ちょっとだけ聞いた。

この国は小さいけど、約12年前の隣国からの侵略戦争を退けた、優秀な施政者がいる。

優秀な、と言った時のジェイドさんのカオが面白かったけど、それは敢えて尋ねずにおく。

陛下、と呼ばれる王様の下には、3つの騎士団が控えていて。

それぞれの役割を教えてもらったけど、ちょっと難しかったな。

とりあえず、傷害や窃盗に遭ったら、蒼の騎士団というところに行けばいい、ということだけは覚えておくようにしよう。

自分を守ってくれる所は、ちゃんと知っておかないとね。

そのほかは必要になったら改めて覚えようと思う。

それから、陛下を支えるものは他にもあって、それが「10の瞳」というやつらしい。

瞳が10ってことは、5人ってこと。

その特別な5人が、陛下の治世を見守りつつ、思うところがあれば口を出すのだそうだ。

何世代も安定した統治を行ってきたというこの国には、今のところ大きな問題もなく、近隣諸国ともなんとか上手くやっているらしい。


ちなみに、魔法やドラゴンなどなど、私の勝手なファンタジーのイメージを並べたところ、そういうものは一切存在しない、とばっさり言われてしまった。

自分に不思議な力が芽生えるのとか、小さい頃には憧れてたから、ちょっと残念だ。


まだまだ、主要な4つの都市のことや王都のこと、いろいろ話してくれたんだけど。

正直、もうお腹いっぱいですジェイドさん。

私の脳内は、この状況を受け止めるだけでショートしそうなの。

だんだんと頭が重くなってきて、こめかみをグリグリ押した。

すると目の前で彼が苦笑する。

「ごめんなさいぃ・・・」

「いえ、良かれと思ったのですが、情報が多すぎたみたいですね」

「はいぃ・・・」

「リア?」

結い上げてもらった髪が解けないように気をつけながら、ゆっくり首を揉む。

普段使わない頭を使うと、疲れるな。

呼ばれて、返事の代わりに小首を傾げた。

「帰りたいですか?」

空気が変わったのを、肌で感じる。

それは核心をつく質問。

・・・愚問だ。

私は彼の真剣な目に圧されないように、真っ直ぐに彼の空色の瞳を見つめ返した。

探られないように、見つからないように。

呼吸を整えて、言葉を紡ぐ。

「帰りたいです」

この気持ちに嘘はない。

今すぐ帰れるものなら、腕の一本と引き換えにしてでも帰りたい。

私は視線に力を込めて、彼を見つめかえす。

「そうですか・・・」

彼の沈んだ声が返ってくる。

言葉の意味を探っても、答えは見つかりそうになかった。

ため息と一緒に吐き出された言葉が、重々しい沈黙を誘って。

窓の外は、雪が絶えることなく降り続けている。

あっちで過ごした最後の時も、雪が降っていたのを思い出した。

「あの・・・」

なんとなく、尋ねてみようという気になって、言葉にする。

彼は、さっきの私みたいに小首を傾げていた。

緊迫して、重くのしかかるような空気は、どこにいってしまったんだろう。

ちょっと、可愛い。

いくつなんだろ、ジェイドさん。

「私がこっちに来た時に着てた服とか荷物とか、ありますか?」

「・・・ああ、服。びしょびしょでしたから、洗ってますよ」

「び、びしょびしょ・・・?」

さっきまでの剣呑な雰囲気が霧散した。

なんだか変な会話になりそうな予感に、若干頬が引きつるのが分かる。

「なんで、びしょびしょ?」

「それは、あなたが庭で雪に埋もれてたから、でしょうねぇ」

「・・・は?」

間抜けな声が出て、彼が肩をすくめた。

埋もれてた?

私の反応が面白かったのか、彼がくすくす笑い始める。

「あなたが現れたのは、うちの庭なんですよ。

 ちょうど・・・そこの窓から見える、あの木の根元です。

 今は雪が積もってますから、現れたのと同時に、埋もれたんでしょうね」

思わぬ光景を聞かされた私は、想像して感じた寒気に、腕を摩った。

雪の中に埋もれてたとか、最悪そのまま冷凍保存されてたかも知れない。

そんな私がまたしても面白かったのか、彼は思い出す素振りを見せながら話を続けた。

「屋根から雪の塊が落ちたのかと思って、使用人と一緒に庭に出たんですよ。

 そうしたら、木の根元にあなたが埋もれていて・・・。

 昨日は朝からずっと雪が降ってましたから、埋もれた先から積もっていったのか、

 あなたの指先だけが出ていて・・・・。

 うちの中で殺人事件が起きたのかと思いました」

楽しそうに話してくれるけど、聞いてるこっちは悪寒が走る。

ほんと、無事に見つけてもらえて良かった。

私が胸を撫で下ろしていると、彼の話は私が意識を取り戻した時のことに移り変わって。

「あなたが目覚めるまで、今と同じソファに横にさせておいたんですが・・・。

 突然起き上がったかと思えば、全くろれつの回らない口で、何か言ってましたねぇ」

「・・・・・す、すみません」

大変お騒がせしたようで。

しかし、第一声が通じてないと思ったのは、言えてなかったからなのか。

そういえば、体中が膜が張ったみたいに、ぼんやりしてたな。

彼が肩を揺らして、笑っている。

「いえいえ、無事で何よりでした。

 ああ、そういえば、」

話題が変わりそうになって、私は回想していた意識を切り替える。

彼が目を柔らかく細めた。

「カバンが1つ、あなたの側に落ちていたそうですよ」

「どこにありますか?!」

思わず身を乗り出して尋ねる。

あのカバンの中には、携帯が入ってる。

あとは、お財布とリップと鏡と・・・・いや、携帯だけあれば十分。

彼の目の奥に、ちらりと光るものが見えた私は、慌てて居住まいを正す。

すると、すかさず彼が口を開いた。

「同じように濡れてしまってましたから、乾かしていると思いますよ。

 ・・・あの中に、何か大事なものが?」

心なしか声のトーンが低くなったのに気づいて、私は彼から視線を逸らす。

いつの間にか外は吹雪になっていて、風の音がひゅうひゅうと窓を鳴らしていた。

刹那の沈黙を破って、私は息を吸う。

「写真が入ってるんです。家族の」

心臓がばくばくいってる。

「・・・しゃしん・・・?」

彼の口から出た言葉は、まるで片言。

もしかして、こっちには写真がない・・・?

私の言いたいことが分かるのか、彼は首を振った。

金色の髪が、ゆるゆると揺れる。

「聞いたことのない単語です」

「・・・えっと・・・絵よりも、実物に近い絵、ですかね・・・」

私のいた世界と同じように照明がついて、お湯が出ていたから、同じように写真もあるものだと思い込んでいたみたいだ。

似たような世界なのかと思い込みそうだった自分を、心の中で叱り付けた。

どう反応したらいいのか、上手く言葉が見つからなくて、視線を彷徨わせる。

そうしているうちに、彼と目が合って。

形の良い唇が、うっすらと三日月の形を作った。

「見せていただけますか」

それは、否とは言わせない問いかけだ。

口の中が乾く。

「いいですけど・・・びっくり、しないで下さいね・・・」

かろうじて言うと、彼は満足そうに微笑んだ。







緩んだり緊迫したりと忙しない空気の中、私はジェイドさんといろいろなことを話した。

薄暗い部屋の中、ベッドに寝転んだまま思い出す。

話したというよりは、質疑応答に近かったかも知れない。

お互いの年齢のことに始まって、家族構成、趣味、将来の夢、仕事、話題は多岐に渡った。

途中で面接かお見合いなんじゃないかと思うくらい、淡々と、次々と質問されて。

昨日の今日で、話が弾むなんて思ってないから、別に構わないんだけど。

それでも、私の個人情報を出来るだけ集めておきたい、という意図が見え隠れしているのを感じ取ってしまったら、なんだか残念な気持ちになる。

渡り人、という単語が浸透しているとはいえ、ぽっと出てきた異世界人相手に、気を許して親切にしようなどとは、考えないものなのかも知れない。

そのへんは、衣食住を恵んでもらえただけでも良しとしなくちゃいけないか。




最初は混乱したものの、私はだいぶ落ち着いていた。

置かれた状況を、それなりに冷静に捉える努力をし始めた自分に、胸を撫で下ろす。

帰りたいし、帰れないことを考えると発狂しそうになる。

でも、これから自分のするべきことを考えている間は、なんとか大丈夫そうだ。


まずは、携帯の様子を確認してみるしかないんだけど・・・・。

私の予想が正しいことを、目を閉じて願う。

吹雪は止んで、遠くから狼の遠吠えみたいな、獣の鳴き声が聞こえた。

この世界には、人の住む場所の近くに獣が生活しているんだろうか。

それにしても、と息を吐く。

もし予想が正しかったら。


ジェイドさん、びっくりするんだろうなぁ・・・・・。



あの苦笑した時の表情を思い出して、頬が緩む。

私はそのまま、自分が何かに引っ張られる感覚に、意識を手放した。







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