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文章中に、残酷な表現があります。

ご了承いただける方のみ、閲覧をお願いいたします。

ご理解のほど、よろしくお願いいたします。















水色の瞳が、ぶつかり合う。



私は、いくらか落ち着いた気持ちで目の前の2人を見比べた。

ジェイドさんの手は、まだ私を支えてくれている。

最近はこの距離に彼が入って来ないように、自分も入って行かないようにしていた。

でも今は、そのセンサーが麻痺してしまってるみたいだ。

やっぱりまだ、刃物が怖い。

切っ先に灯った光を思い出して、ぶるりと体が震えた。

それを目聡く見ていたのか、彼の手に力が入るのを感じ取る。


「どうして、教えてくれなかったんですか?」

彼女が硬かった声を少し和らげて、ジェイドさんに声をかけた。

それは、小さな棘を伴って。

格好を崩したからか、かちゃりという金属音が小さく響く。

体が勝手に小さく震えた。

頭上でため息が放たれたのを聞いて、私は重い頭を上げる。

空色の瞳は、私の中を覗き込むようにして、小さく揺れていた。

「・・・とりあえず、ヴィエッタ。

 剣を、床に置きなさい」

彼の温度を伴わない声に、彼女は僅かに驚いた表情を浮かべた。

「・・・え?」

「いいから、置いて」

ジェイドさんの苛立った、はっきりとした言葉が響いて、彼女は渋々それに従う。

床に置かれた剣を見た彼が、息を吐くのを聞いて、腕を組んだ彼女が不満そうに言った。

「置きましたよ・・・さあ、」

そして、真っ直ぐに私を見る。

氷がだんだんと溶けるように、いろいろな感覚と意識が戻りつつある私は、その視線をどこかぼんやりと受け止めていた。

彼女の視線が、ちらりと彼に向けられて。

「説明をお願いできますか・・・お兄様」





・・・おにいさま?

お兄様って言った?

ぼんやりしていたものが、だんだんとクリアになっていく。


私は、彼女の台詞に一拍遅れて、ジェイドさんを仰ぎ見た。

「説明も何も・・・」

彼は困りきった表情をして、ちらりと私を見遣る。

「先にあなたに説明した方がいいですよね、リア」

じゃないと混乱したままでしょう、と付け加えた彼は、ゆっくりとした動作で私を抱き上げる。

この際私の返事は必要なかったのか、それとも返事が出来ないのを知っていたのか、彼は躊躇する様子もなくそのまま私を運んで、ソファに腰を下ろした。

まだなんだか気持ちも感覚も、どこか膜が覆っているような感じがする。

2人のやり取りが理解できるくらいには、冷静になれてはいるけど。

黙ったままの私の頭をぽふぽふしてから、彼は立ったままの彼女に声をかける。

すると彼女もソファに腰掛けて、それを見届けた彼が、私に向かって話を始めた。


「彼女、白の騎士団の副団長をしています、私の妹のヴィエッタと言います。

 ・・・ちょっと年が離れているのは、あれです、大人の事情です。

 ああ、ちゃんと血の繋がった、実の兄妹ですから安心して下さいね」

さらりと言われて、一瞬脳がフリーズする。

「・・・いもうと・・・」

オウム返しに呟けば、声が思い切り掠れてしまった。

それを見ていた彼が、思い切り顰め面をする。

「ああもう、どれだけ緊張してたんですか。

 ヴィエッタ、よくも可愛いうちの子を苛めてくれましたね?」

・・・ジェイドさんが壊れた。

隣に座った彼が、むぎゅー、と私に抱きついた。

可哀想に、と頭をぽふぽふされる。

・・・もう何も言うまい。

いいや、私も彼が来てくれて安心したのは確かだ。

羞恥センサーが麻痺してくれていて助かった。

彼が壊れて、私が現実から目を逸らしていたら、今度は彼女が口を開く。

いや、口を開いたらまずは、ため息が出てきた。

そして、若干目つきがきつくなる。

「・・・もういいです、理解しました。察しました。

 私はもう退室しますから、せめて彼女を紹介していただけませんか」

彼に向かって言っているようで、その実彼女の台詞が私に向けられていることに気づいた私は、まだ抱きついたままだった彼の腕を解く。

ちょっと力を入れすぎたかも知れないけど、それはこの際置いておこう。

きっと彼女は、兄についた悪い虫かも知れない私を確認しに、ここに来たんだと思うから。

もしかしたら、紅の団長が私に会いに来たことが、耳に入って、やって来たのかも知れない。

ともかく、私がお兄様に害を為すつもりはないことを、しっかり理解してもらわなくては。

「彼女は、」

「あの、」

一瞬のうちに頭が働いて口を開けば、隣の彼と同じタイミングで声が出た。

彼が、そっと私の背中に背を添える。

これはきっと、どうぞ、という意味だ。

ちらりと彼を見たら、案の定困ったように微笑んでいる。

私はもう一度息を吸って、呆れような表情を浮かべる彼女に向かって言葉を紡いだ。






「すみませんね、妹がご迷惑をかけてしまって・・・」

白薔薇の君に、自己紹介とジェイドさんに迷惑をかけていることを謝ったあと。

彼女が退室するのを見届けた私達は、ものすごく顔を顰めた鉄子さんにお茶を淹れてもらって、ソファでひと息ついていた。

あんな怖いカオしてたのに、淹れてくれるお茶はめちゃくちゃ美味しい。

私は丁寧に淹れても雑味だらけなのしか淹れられないのに、だ。

いつものように心の中で呟いた自分に、やっと、元に戻れたのだと安堵する。

そして、彼の言葉に耳を傾けていたら、謝罪を受けてしまった。

「・・・私が、ジェイドさんに気を遣わせてたからですよね。

 今さらですけど、大変ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

言って、頭を下げる。

もう、頭のクラクラする感じもすっかり消えていた。

「いやいや、あなたは突然世界を渡って混乱していたと思いますしね。

 ・・・いいんですよ、もうこの際いろいろ」

彼がため息混じりに呟くのを、頭上に聞いて、私は頭を上げる。

横を向けば、柔らかく目を細めている彼がいた。

きっと、彼ならそう言うと思ってた。

打算とか、そういうの抜きで、そう思っていた。

だってもう、私は彼を信頼しきっている。

彼の目を見たら頬が緩んでしまって、持て余した私は静かにお茶を含んだ。

「それはそうと、です」

急にその目が真剣な光を宿して、私は気圧される。

普段穏やかな彼ばかり見ている私は、まだこんなカオの彼と対峙することに慣れない。

言葉を失った私に、彼は続けた。

私の手からそっと、カップを取り上げてテーブルに置きながら。

「剣が、怖いですか」

目を逸らすことが許されないと本能で感じさせる強さをもって、彼が問う。

問うというより、探る。

私は、反射的に頷いていた。

怖い。

確かにそう、怖い。

彼が緩やかな動作で私の手を握る。

熱いと感じるくらいの熱が込められた手は、私の意識を彼に向けさせた。

「直球でいくのは、あまり得意ではないんですが・・・。

 あなたのいた世界では、刃物を向けられる機会はそうそうない、と聞いています。

 ああ、治安の悪い所から来たのなら話は違うでしょうけど・・・。

 ともかく、私はあなたが異常に怯えていたように思えるんですが・・・」

彼の視線が行ったり来たりして、最後に私の目を見て止まる。

「何か、以前に怖い思いをしたんですか・・・?」

直球で、と言った割りに、最後は言葉が消え入るようで。

彼の意外な一面を見た気分になった私は、それに後押しされるように口を滑らせた。

「まだ、パパと3人で暮らしてた頃に、ママが、刺されました」

滑り出した台詞に驚いたのは私。

だってこんなこと、話すつもりは全くなかった。

というよりも、話せると思ってなかったからだ。

幸いと表現してもいいのか、自分に驚いて、あの時の光景を思い出さずに済んだ私は、その先を促されるように握られた手に力が込められたのを感じて、はっと我に返る。

空いている手で口を押さえようとして、その手も彼に捕まった。

開いた口が、ぱくぱくと情けなく動く。

それなのに彼は、私の両手をぐい、と引っ張った。

引力に逆らえない私の体は、その力のまま彼の方へ。

抱きとめた彼は、耳元で囁いた。

「もし、リアが苦しくなかったら、ですけど・・・。

 話してもらえますか・・・?」


鼓動が、一定のリズムで耳元でリズムを刻む。

それがとても心地良くて、私は自然と口を開いていた。

「家族で、ディナーをする準備をしてたんです」

話し出した私の背を、彼がそっと叩く。

幼子にするように、優しく、柔らかく。

あれは、クリスマスイブのことだった。

翌日に、パパの方の実家に行ってディナーの予定だったから、小さいスーツケースにそれ用のワンピースをしまって。

パパは、シャンパンを買いに車で出かけてた。

ママは、オーブンにチキンを入れて、テーブルにグラスを並べてた。

暖炉が欲しいと強請った私のために、2人が選んでくれた小さなランタンが、オレンジ色の灯をたたえていたはずだ。

「パパは出かけてて、ママは料理をしてました。

 私は、自分の部屋で翌日の外出の用意を・・・」

執務室の中は静かなのに、静寂は苦手な私の耳には、彼の鼓動がゆっくり聞こえてくる。

「そうしたら、ドアが開いたんです。

 パパが買い物リストを忘れて出て行ったから、取りに帰ってきたんだと思ったママが

 玄関に出て行って・・・それで、悲鳴が、」

淡々と語りながらも体は正直で、小刻みに指先が震えだした。

まだ、思い出すのは辛い。

「私が、悲鳴のした方に走っていったら、ナイフを持った隣の家の人が、何か叫んでて、」

彼の腕に力が入るのを感じて、私は一度深呼吸する。

大丈夫、もう、あの人はいない。

分かってるのに、結末を知ってるのに、記憶の中のあの人がまた、ママを刺そうとしてる。

それは、私の脳裏で何度も繰り返された惨劇。

その度に吐いて、立てなくなって、眠れなくなって・・・。

ああ、また息が苦しい。

背中で蠢く手は、彼女の?

それともジェイドさんの?

ああもう、私が今どっちにいるのかも自信がない。

「テーブルの上にあったもの全部、なぎ倒して・・・。

 すごいカオで、ママに向かっていって、それで・・・!」

思わず手を伸ばした私の目の前で、ママを刺して、そのナイフを抜いて、あの人は自分の胸を狂ったように突き刺した。

突き刺して、笑ってた。

それだけじゃない。

血を吐きながら、割れたガラスの破片ですらも自分に突き刺して。

もう、滅茶苦茶だった。

倒れていたのは、ママとあの人。

ツリーを飾った時に汚れたからと、ママが綺麗に磨いた床だったのに、テーブルに置いてあったワインとごちゃ混ぜになった血だまりに汚されていた。

せっかくのディナーだからって、パパのことをものすごく愛してるママは、自分を飾ることにも妥協しなくて。

はにかみながら綺麗に纏められた黒い髪が、床に波打って。

赤と黒のコントラストが目に入って、私の意識はブラックアウトした。

そして、次に目が覚めたのは病院のベッドの上。

隣にママが眠っているのが見えて、飛び起きたのを覚えてる。

その後は、脳裏で繰り返される惨劇に、だんだんと自分が壊れていったみたいで、全く覚えてない。


ちなみに隣の家の人は、自分の子どもがアジア系の移民に車で轢き殺されたそうだ。

犯人はもう捕まっていたのに、発狂してしまった彼女は、犯人と同じような外見的な特徴を持ったママに矛先を向けた。

どう考えてもお門違いなのにだ。

家の鍵を閉め忘れたのはパパで、買い物リストを取りに帰ってきた彼が、倒れていた3人を見つけて警察と救急を呼んだ。

私が発狂するのを恐れているのは、彼女のようになりたくないから。

顔を合わせれば笑顔で挨拶をしていたはずの相手を、ただの隣人を、自分を見失って傷つけてしまうのが怖かったから。

彼女のように発狂したら、私でなくなる前に、迷わず殺して欲しいと思っていた。

この間、ジェイドさんに怒られたけど・・・。


「リア、リア」

彼の声が聞こえて、私はぼんやりしていた意識が浮上するのを感じた。

一瞬、自分がどこにいて何をしていたのかが分からなくなる。

「・・・ジェイドさん・・・」

彼の瞳が、ゆらゆら揺れているのを見たら、霞が晴れるように意識がクリアになった。

あれ、なんだろう、この感じ・・・。

「聞いておいてすみません・・・私の自己満足のために、傷を抉ってしまいました・・・」

本当に申し訳なさそうにするから、私はどんなカオをしたらいいのか分からない。

どうしたらいいのか分からないまま、私は無意識に首をゆるゆると振っていた。

戸惑ったまま彼に体を預けていると、ふいに体が離される。

目の前がすかすかして、ちょっと心許無い気持ちになってしまう。

そして、彼が私の頬に触れて微笑むのに、思わず見とれてしまった。


「あなたの怖がるものが分かりましたから、これからは・・・。

 あなたが怖いと思うものを、なるべく遠ざけるように努力します」

吐息を感じるくらいの距離で、そんなことを言わないで欲しい。

これまで必死で向き合って、押さえ込むのに成功した過去をさらけ出した今は、それだけで手がいっぱいなのに。

手を差し出されたら、両手で掴んでしまいそうだ。

思わず顔を顰めると、彼がもう一度私を抱きしめた。

なんで、そんなに力を込めるの。

今この時もちゃんと微笑んでいてくれているのか、不安になるじゃないか。

そう思って、私も両腕を回した時だ。

彼の声がした。

「・・・守らせて・・・」

その言葉が耳に入った瞬間、一時停止ボタンを押されたみたいに動けなくなった。

耳を疑って、次は頭を疑う。

心臓がうるさい。

そして勢いよく体を離して、声が出ないまま、彼の顔を見る。

きっと今の私、目がまんまるだ。

彼が口角を上げて。

「あなたが無事に、あちらの世界に帰るまで・・・」

言葉の意味がすぐに分かった私は、頭の中が冷えていくのを感じていた。

波打っていたものがぴたりと止んだ心が、今度は小さくしぼんでいく。

「・・・え、と・・・よろしく、お願いします・・・」



かろうじて絞り出した声は、今までで一番情けなかったと思う。






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