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十数日。

それは私が正気を保っていられた期間。

現在も、記録は更新中。




あの夜、唐突な上に強引に、ジェイドさんが言い放った「働きましょう」のひと言で、私の異世界生活は急展開を迎えた。

次の日、王宮へ連れて行かれた私は何の予告もなく、陛下の前に放り出された。

もう緊張しすぎて、どんな部屋でどんな風に対面したかも、うろ覚えだけど。

確か、陛下は豪華な椅子に腰掛けて、頬杖をついていたような・・・。

文字通りほんとに放り出されて、ちょい悪おじさまの剣呑な光を灯した瞳に見つめられた私は、がっちがちに固まって。

陛下だなんて、そんな偉い人の前に出る経験など、今までの私にあるわけがない。

そんな場面、一生縁がないと思ってたし。

こんな不意打ちで、その縁が回ってくるとも思ってなかった。

緊張に緊張を重ねて変な汗が背中を伝った時、ジェイドさんが陛下の側に寄った。

そして何かを囁いたら、陛下がものすごく驚いた顔をして。

そのまま、「お前、そんな急に」とか、「大丈夫です、オーディエ君にも丁度いい頃合でしょう」とか、知らない人の名前も飛び出すような会話をしていた。

何を話したのかは全然分からなかったけど、とりあえず私に関することではなさそうだと胸を撫で下ろした。

どうやら最後には、ジェイドさんが陛下を言いくるめたらしい。

それからいくつか質問された。

・・・ものすごく個人的な質問で、なんだか拍子抜けした気分になってしまって。

最後には、「余は、ジェイドが信用したお前を、信用しよう」と仰々しく仰ったのだった。

そこだけ見たら、爆発的に格好良いと思う。



・・・ほんとに、陛下には驚かされる。

昨日も執務室に書類を届けようと思って廊下を歩いていたら、白いコインを手につけた侍女さん達が慌しく歩いていくのとすれ違った。

不思議に思ったものの、執務室のドアをノックしたら苦い顔をした白いコインの騎士が。

一瞬怒られるのかと思って、悲鳴が出そうになった。

聞けば陛下が脱走したという。

脱走って・・・何やってんの陛下・・・。

陛下がいないことよりも、私の手の中の書類がどうなるのかが気になってしまった。

量はそんなにないから、陛下が目を通してサインしてくれるのを見届けるように言われてたからだ。

ジェイドさんの反応が怖くて、なかなか回れ右が出来なかったな。

結局私が怒られることはなかったけど。

それにしても陛下、騎士や侍女だらけの王宮の中で、どうやって脱走したんだろ。

国がジェイドさんなしで立ち行かないっていうのは、なんとなく頷けそうだけど、実はあの陛下、相当なやり手なんじゃないかと思う。

手抜き上手だし、周りがいいように国を動かしてくれるような立ち回りが出来る人なんじゃ。


それはともかく。

私はジェイドさんに押し切られるようにして、彼の雑用係をするようになったわけで。

今日も今日とて、書類を関係部署に届け、食事を取りに行き、空いた時間には史料を読む。

ともすれば単調なんだけど、仕事というものに馴染みのなかった私には、これくらいの内容で丁度いいんじゃないかと思う。

ちなみに、お給料は断りました。

だって私、居候ですから。

だけど、私の衣食住を保障してくれている彼から、さらに給与なんか貰えるわけがないという私の主張は、最後まで彼を納得させることは出来なかった。

結局、お小遣いをもらうことで落ち着いたんだけど・・・いまいちこの世界の物価なんかが分からないから判断に困るけど、たぶん私のお小遣いは、ちょっと多いと思う。

今も、肩から斜めにかけたポシェットの中に、お小遣いが入ってるけど・・・。

ちょっと重みを感じるもんなぁ・・・。

「ただいま戻りました~」

部屋に入ると、ほわっとした暖かい空気が足元から上がってきた。

廊下を歩いているうちに冷えたのか、耳がじんじんする。

次から王宮の中を出歩くのにも、マフラーくらいは必要かも知れないな。

「おかえり」

書類から目を上げたジェイドさんが微笑む。

私もそれに笑みを返して、机の上に買ってきたものをそっと置く。

籠の中から取り出したそれは、ポットと、マグカップ。

彼が何も言わずに、ささっと机の書類を端に纏めた。

「甘いもの補給しましょ」

返事を待たずに、私はポットの中身を注ぐ。

手元に視線を感じて、少しむずがゆい思いをしながら、私は空いた容器を籠に戻す。

そして甘い香りを漂わせるカップを彼に渡した。

「ホットチョコレートです」

しっかり自分の分も確保して言うと、彼が苦笑する。

「大した用事でもないのに時間がかかると思っていたんですよ。

 こういうことだったんですねぇ・・・」

ありがとう、と付け加えた彼が、カップに口をつけた。

食堂から持ってくる間に、ちょっとぬるくなっちゃったかな・・・。

彼が、ほぅ、と息をつく。

「でもね、リア」

椅子をくるりと回転させて、私の方を向く彼。

カップからはほわほわと湯気が立ち昇っている。

よかった、温かいまま飲んでもらえそうだ。

私は立ったままカップに口をつけてから、彼の言葉に小首を傾げた。

「あんまり心配させないで」

困ったように微笑まれては、私も素直に頷くしかない。

下から見上げられているからなのか、なんだかドキドキしてしまう。

困った顔をしたいのは、私の方なんですよねぇ・・・。

そう、実は余計なことを考えなくなって、情緒不安定にもならずに済んでいる私は、ことあるごとに跳ねたり締め付けられたりする心臓に困っていた。

引き金になったのはきっと、あの夜不安に飲まれそうになった私が、彼にハグをお願いしたことなんだと思う。

冷静にものを考えられるようになって、出会って数日の他人にそんなお願いをして、受け入れてもらったことの異常さに、穴があったら入りたい気持ちになった。

本当に、どうかしてた。

しかも、殺して欲しいだなんて。

今自分がそんなこと口走ったら、恥ずかしくて死ねる。

苦し紛れにカップに口をつけると、甘くてほろ苦い、なんだか不思議な味がした。

ついに味覚もおかしくなっちゃったのかと思っていると、ふいにドアがノックされた。


「何か」

ジェイドさんの硬い声が返される。

私は雑用係になってから、補佐官のカオを持つ彼を知った。

時には厳しい顔をすることがあるんだと驚いたけど、それが働くってことなのかも知れないな、なんて最近は思う。

だって、この人の決定が、国を覆すことだってあるのだ。

適当にこなして許される仕事じゃない。

まあ多少の差はあれど、誰の仕事にも意味はあるんだろう。

それを踏まえたとしても、私は彼の仕事が生易しいものじゃないことくらいは、見ていて感じ取ることが出来た。

だから、こうしてたまに甘いものを差し入れたり、肩を揉んだりしてみる。

「蒼の騎士団団長がお見えですが」

ドアの向こうから、いつも控えている侍女さんの声が聞こえてきた。

王宮の中には、白と赤と青のコインのどれかを手首につけた人達が働いている。

つけていないのは、ほとんどが食堂や雑貨店の人達だ。

白いコインの人は、王族の警護や世話。あと国が所有する施設の管理などなど。

赤は、王宮内の警備と、貴族の監視。

青は、国内全般の治安に関すること。

ジェイドさんの部屋の外に控えている侍女さんは、紅の騎士団所属の侍女さんだそうだ。

特別な訓練を受けているから、警備を兼ねて、ジェイドさんのお世話をしている。

私はひそかに、鉄子さんと心の中で呼んでる。

ちなみに私には、コインはない。雑用だから、所属はジェイドさんだそうです。

「通せ。

 それから、飲み物を1人分頼む」

「かしこまりました」

私が少し考えている間に、ぽんぽんとボールを投げるようなやり取りがあって、すぐにシュウさんが部屋に入ってきた。

どこか足取りが軽いような気がする・・・。


テーブルの上に散乱している史料を、とりあえず執務机に移動させたところで、タイミングを読んだかのように鉄子さんが飲み物を届けてくれた。

そして私達は挨拶もそこそこに、応接用のソファに腰掛ける。

目の前にシュウさんが座っているのに、私はなんだか違和感を覚えた。

初めてあった時も、こんなふうに向かい合っていたのに雰囲気が違う・・・と考えてから、ああそうか、と気づく。

なんだか顔つきが優しいのだ。

それに、目の下のクマがいくらか和らいでいるし、どこか目に輝きがある。

「・・・元気そうで、良かったです」

愛する人と引き裂かれた彼にかける言葉としては、たぶん大間違い。

ほっとした気持ちが、勝手に言葉を紡いでしまっていた。

言ってから後悔して視線を落とした私の耳に、シュウさんが息をもらすのが届く。

「そうだな、自分でも驚くほど前向きだ」

責められると思っていた私は、その言葉に驚いて思わず視線を上げた。

視界に飛び込んできたのは、彼の微笑む顔。

「なんとかなるとしか思えない」

それが何を指すのかは、もちろん分かる。

未菜お姉ちゃんを、こっちの世界に呼び戻す方法のことだ。

「本当に、調べるんですね」

ジェイドさんが私の隣で呟いた。

いつの間にか彼のカップが空になっているのに気づいて、私はゆっくり席を立つ。


ドアの外にいる鉄子さんに、お茶のセットをお願いして戻ると、彼らは何か難しい話をしているらしかった。

単語が難しい上に、途中退場をした私には、何の話なのかさっぱり・・・。

とりあえず頼んでいたお茶のセットを受け取って、ジェイドさんと私の分のお茶を淹れる。

これも雑用係に任命されてからの習慣だ。

結構雑に淹れてるから、鉄子さん達みたいなプロの足元には全然及ばない味だけどね。

「リア、」

シュウさんが、ジェイドさんにお茶を出した私を呼び止める。

「はい?」

返事をしつつ、彼の向かいに腰を下ろす。

すると彼は、とても嬉しそうに言った。

「王立学校に向かう目処がついた。5日後だ」

「だから、もう少し待って下さいとお願いしてるでしょう!」


私は2人を交互に見る。

口角を上げたシュウさんと、膝の上で拳を握り締めるジェイドさん。

どちらも初めてみるカオをしていたから、どちらに先に反応するべきか迷ってしまう。



とりあえず、ジェイドさんにはお茶でも飲んで落ち着いてもらおうかな。






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