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子どもの頃に読んだ不思議の国の絵本、

あの女の子みたいに、

深い、暗い穴を落ちていく。






つるん、と足を滑らせた。

シフォンのスカートがふわりと波打って、自分が落下していくのが分かった。

今朝は雪が降るって、お天気お姉さんも言ってたのに。

やっぱり、まだ春色のパンプスは早かったか。

後悔の念が頭をよぎる。

腰を強く打ち付ける衝撃を想像して、私は顔を顰めた。






ぼんやりする意識の中、身を起こす。

腕に力が入らないのがもどかしい。

ふかふかした感触が、渾身の力を吸い込んでしまう。

曇りガラスを通して世界を見ているみたいに、目の前がぼやけている。

うっすらと、黄色と肌色と、水色が見える。

マスカラ二度塗りしてるから、目は絶対に擦っちゃダメ。

子ども頃のように、ごしごしといきたい気持ちを抑えて、私は何度か瞬きをした。

根拠はないけど、頭も軽く振ってみたりする。

だんだんと視界がクリアになってきて、私は目の前に見えていたのが何なのか理解した。


オトコだ。男がいる。

私のことを覗き込んでいたのか、顔がめちゃくちゃ近い。しかも美形。

近所にこんな格好良いお兄さんが住んでたなんて。

『私、気を失ってました?』

金髪で青い目をした男性だったから、条件反射でするすると言葉が出た。

「・・・え?何です?」

結構はっきり発音したと思うのに、目の前の男は眉根を寄せて私の目を覗き込んだ。

近いな。

「あ、あれ?」

そういえば、雪、降ってないな。

耳に入った流暢な話し言葉に、思わず指をさして聞き返した。

「・・・え?ハーフ?」

答えの代わりなのか、てしっ、と相手に向けた指を払われる。

蚊を追い払うような仕草に、私はむかっとして、つい口を滑らせた。

「ちょっ、何すんの」

目が釣りあがって、刺々しい声が出たのを自覚するけど、そんなことはどうでもいい。

すると、美形の男が大きなため息をついた。

額に手を当てて・・・って、私がイタイやつみたいじゃないか。

「何、何なの?」

イライラして、初対面なのに言葉をぶつけるようにして言い放つ。

違和感が肌を刺して、すごく不快だ。

彼がため息混じりに言う。

「・・・落ち着いて。

 ああ、渡り人なんてものを拾ってしまうとは・・・」

前半は私に向かって、後半はたぶん彼自身に向かって。

その全てが耳に入ってきて私は、あれ、と疑問を感じた。

なんか、おかしい。

ぐるっと辺りを見回す。

目に入ったのは、間接照明とホテルの一室のような内装。

あと綺麗な男が目の前に1人。


ここ、どこ。


私、雪が降るっていうのにパンプスで出て、案の定滑って転んで・・・・?

転んで・・・、

転んだんだよね・・・・?!




息が出来ない。

心臓の音の煩さが、耳鳴りに変わる。



あの深く長く落ちていく感覚が、今度は私を地面に引き寄せている気がする。

ふわりと宙に浮いて、霧散してしまえそうなのを、逃すまいとしてるかのような。




「・・・っ!!」

言い知れないものを感じて立ち上がろうとして、バランスを崩す。

一瞬前の前が白くなった。

くらくらして、血の気が引いていく感覚に恐怖が増した。

なんなの。

吐き気がする。

寒い。

私は家を出たところで、雪道に滑って転んで、腰を打ちつけたはずなのに。

脳裏をよぎったのは、ある可能性。

目をぎゅっと閉じても、ぐるぐると回る感覚が振り払えない。



こんなことが本当にあるなんて、思わなかった・・・!!



ふわふわと感覚が鈍っていく。

嫌だ、怖い。

こんな種類の恐怖、私は知らない。



目の前にいた男の人が何か言ってるけど、全く耳に入ってこない。

視界がぼやけて、それがまた怖くて目を瞑る。



そうして、いつの間にか私の意識は闇に沈んでいった。









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