5
レーンが決まり、専用の靴に履き替え、琴巳はボールの並んだラック前に居た。
溜め息をつきつつ、整列した黄色いボールの穴に、順番に人差指を入れる。
気が重い。
コンビ試合で武の足を引っ張るのは明白だ。理佐達のジュース代を琴巳だけが払うならいいのだが、武は自分も払うと言いそうだ。
チームプレーは楽しいけれど、ミスした場合に罪悪感が生まれるから苦しくもある。
横手から、武の声がかかった。
「投げる時にどの指使うか知ってるよな」
群青色のボールを片手に下げて来る少年に、琴巳は影絵で狐を作る時の手をして見せる。武は軽く首肯してから、隣に来た。「どれの間隔があってた?」
琴巳が首を傾げると、武は逆三角形に並んだ穴を示す。
「指の細さや掌の幅は人によって違うから、微妙にずらして作られてる」
琴巳は三本指を、目の前のとその横のとに入れてみた。確かに何だか違う。「先ず親指を入れて、残りの二つの穴が中指と薬指の第二関節辺りにあるのがいい」
ナルホド、と琴巳は端から順に試した。ボールは三段に六個ずつ並んでいる。十八個全て試し、一番下の段の左端にあった物が最も適度な間隔だった。
屈んで取り出しているところで、脇の人影に気づいた。ごめんなさい、と急いで場所を空ける。見上げると、武だった。
「あれ、朝倉君だったんだ」
とうにレーンへ行っていると思っていたが、ボールを下げている。ずっと居たようだ。武は、目を細めた。
「熱心だったな」
琴巳は、両手で抱えたボールを少し掲げた。
「これが一番ぴったりきたの」
そのようだ、とやんわりした反応が返ってきて、琴巳はえくぼが浮かぶ。
「ねー、まだー?」
痺れを切らしたように理佐が声をかけてきた。ごめーん、と琴巳は応え、武と足早に向かう。
橙色と深緑色のボールが置かれた脇に、黄色と群青色が並んだ。ベンチに座った理佐が、ちょっとだけ呆れたように言った。
「いっちばん綺麗なのとか探してたわけ?」
「いっちばんぴったりのヤツ」
琴巳は、左右対称に作られている向かい側のベンチに座る。理佐は訝しげに言った。
「ぴったりって、ずっと九ポンドの所に居なかった?」
「重さじゃなくて、指の穴」
「えぇ? どれも同じでしょ?」
「それがね、違ったの」
琴巳は三本指を宙で動かした。「ちょっと穴同士が近過ぎるのとか、親指の穴がぶかぶかなのとか……」
理佐はぱちぱちっと円らな目を瞬かせ、さっと立ち上がった。
「わたしも選んでくる」
いってらっしゃーい、と琴巳は手を振る。理佐は三段だけの階段を上がると、振り返った。「敏哉君、ぴったりの選んで来てたの?」
コンピュータ画面の前に座っていた級長少年は、中指で眼鏡の中央を押し上げた。
「こーぼーフデを選ばず」
「ははっ、長谷川も自信満々」
武が言いながら、琴巳の隣に腰かける。理佐は寸時ためらったが、待っててね? とボールを抱えて走って行った。
敏哉はカノジョを見送ってから、目線をこちらに向けた。デスクに頬杖をつく。
「一昨日から付き合い出したってコトは、昨日も梛祭だったし、今日が初デートなんじゃない? 僕等、邪魔だったかもね」
琴巳はふるふる首を振る。武は、組んだ足の膝を両手で包んで、構わない、と言った。
「加賀が楽しそうだから」
「え、そんなにへらへらしてる?」
焦って表情を繕うと、ぷっ、と敏哉が吹き出した。
「加賀さん、学校に居る時とイメージ違うなぁ」
そう? と琴巳が瞬く隣で、武が言った。
「加賀は最初からこうだぞ? 鈍くてトロくて、天然ボケが入ってる」
トロさぐらいしか自覚が無かったので、琴巳は口を曲げる。そこへ、お待たせー、と理佐がボールを抱えて戻って来た。
琴巳と理佐でジャンケンをして、勝った理佐達は後攻を選んだ。琴巳達が先攻となる。女子が一投目で、男子が二投目だ。
「取り敢えず、どれだけ恐ろしいのか見せてもらおう」
琴巳がボールを持つ背後で敏哉が言い、理佐と武が、うん、と相槌を打っている。とほほ、と思いつつ、琴巳は遠くに並んでいる十本のピンを見た。とことこレーンが始まるラインまで行き、えい、と腕を振る。
すぽ、と指からボールが抜けた。ごん、と背後に落ちる。わぁ! と後ろでおののいた声があがった。琴巳もびっくりして、三人の方へ転がって行くボールを押さえた。
「ちょっとちょっと、マジで恐ろしかったわよ」
「うーん、確かに」
「加賀、それホントにぴったりだったのか?」
口々に言われ、琴巳は頬が熱くなる。
「あのあの、わたしも今のは初めてやっちゃったの。手に汗かいてて、滑っちゃったみたいー」
「そういう時こそ、そこで乾かすんじゃない」
理佐が、ボールが戻って来る場所の一部を示した。常に上向きの風が出て来る箇所だ。
「え、そこ、顔に汗かいた時、涼しーい、ってやるんだと思ってたぁ」
あーっはっは、と敏哉が足をばたつかせて笑い出す。理佐も武も、口を覆って笑いをこらえている様子である。
琴巳は口をすぼめ、一旦ボールをロータリーに置いた。風の出る中央に手をかざし、念入りに乾かす。よし、と独り言を言った。
「行きます」
宣誓し、琴巳はボールを持った。再びてくてく境界まで歩き、そぅれ、と放る。今度は、きちんと前に落下した。が、しばし真ん中を進んだと思うと、じわじわ方向を変え、やがて、ごとん、と左の溝に落ちた。ごろごろごろ、と虚しく進行する。ピンをそよがせることもなく、黄色い球は奥へ消えた。ざ―んねんでしたー、と言いたげにピン前へバーが降りてくる。
成り行きを見ていた琴巳は、がく、と肩を落とした。踵を返し、皆の元へ戻る。三人は、一様にぎごちない表情をしていた。
「どう反応していいか判んないトコが今度は恐ろしいわ」
「う、うーん、確かに」
「加賀、今まで何回やったんだ」
「二年ぐらい前にやったきりなの」
琴巳の返答に、武は眉をひそめた。
「もしかして、雨降って入ったって言うのが初めてで、今日は二回目?」
「うん。何回かしか当たんなかったけど、楽しかった覚えがあったから、もっかいやってみたくなったの」
琴巳は、少しうつむいた。「ごめんね、朝倉君。こんなだから、きっと負けちゃう」
武は、すくっと立ち上がった。
「とにかく、ここはスペアにしてやる」
武がボールを取りに行き、敏哉がその背中に言った。
「お手並み拝見して、ハンデを検討させてもらおう」
「琴巳、要は、上手な人のを見て真似すればいいのよ」
友人の励ましに、ん、と琴巳は一応、頷く。
哲朗と行った時も、真似してみな、と言われた。彼は上手だった。ストライクやスペアを何度もとっていた。琴巳は、真似したつもりだったけれど……
『女の子には難しかったかな』
哲朗はそう言って、二度とデート先として口にしなかった。琴巳も、下手くそとやるんじゃ面白くないだろうと思い、もう一度やってみたいとは言えなかった。
お兄ちゃんなら、もう少し、コツみたいなモノを教えてくれそう――
あの時、そう思った。だから昨日、彼に似ている武と、来てみようと思ったのかもしれない。
武はレーンの手前に立つと、バスケットをする時と同様に、流れるように動いた。つつっと進み、ひゅっとボールを放つ。丸々残っていた十本のピンに、ボールは食い込むように突っ込んで行った。がこーんっ、と威勢のいい音と共にピンが踊る。奥が見通せた。全て倒れている。
きゃーっ、と理佐が歓声をあげた。琴巳は夢中で拍手してしまう。よしっ、と拳を握り、武は戻って来た。
「加賀っ、両手出して」
武が掌を向ける。琴巳が真似ると、少年はぱんっと手を合わせた。「やった」
じんとした痛みが小気味良く、うんっ、と琴巳は笑顔になる。
「ハンデやめよっかなぁ」
敏哉が両腕を組む。ストライクの後ってやりづらーい、とぼやきながら、理佐はボールの方へ向かった。
理佐も、レーンの手前に立った。すすっとスタートし、綺麗なポーズでボールを放す。きちんと真ん中寄りに当たり、斜めに三本残したが後は倒れた。
上手上手、と琴巳はやはり拍手が出る。隣で武が、相手に点が入って喜ばないでくれ、とぼそっと言った。琴巳は、あ、と両手を合わせたところで動きを止める。
はっはー、と敏哉が笑って席を立った。
「僕もスペアにしないとねー」
敏哉も、武や理佐と同じに、軽快にステップを踏んだ。難無く、残っていた三本に命中させる。ドミノのように、順繰りにピンが倒れていった。
やったぁ敏哉君、と理佐が黄色い声をあげ、帰って来た少年と、イエーイ、と腕を組む。
さて、琴巳に、又も順番が廻ってきてしまった。
ボールを持つと、三人のように手前に立ち、ちょっと止まってみる。
武の声が、参入した。
「タイム」
琴巳が振り返ると、少年はバスケットの試合のように手でタイムの合図を作っていた。「長谷川、タイム」
「オーライ。認めよう」
敏哉は椅子に深く背をあずける。立ったままこちらを見ていた理佐も、手近な席に腰を下ろした。
武は琴巳の方に来ると、説明しだした。
「加賀は歩幅が狭いから、こっちの印から出た方がいい」
言いながら床を指す。板の床には、手前と数歩奥に二箇所、丸い印が横に並んでいる。
「これ、立つ場所の印だったの?」
「あぁ。先ず、この辺に立ってみな」
奥の中央付近を示され、琴巳は言われた通りにする。武は、並んで立った。「で、大体、三歩であっちの端まで行く」
顎を引き、琴巳は足を踏み出した。武も一緒に出る。
「一歩目でボールを少し持ち上げとくと、勢いがつけられる」
「あ、はい」
「二歩目で、ボールを後ろに引く」
「振り子みたい」
「それだ。三歩目で同時に手を放せばいい」
「わぁ、そっかぁ――やってみる」
「待った。投げる先にもポイントがある」
武は境界線に立った位置で、前方を指差した。「三角の印が並んでるだろ」
「何処?」
琴巳は顔を寄せ、遠く、目を投げる。もっと手前、と言われ、視線を調整する。「あ、はいはい、見つけた。弓なりに付いてる」
「先ずはあれの右から二番目と三番目の間を通過するように、狙って投げてみな」
「ピンを見て投げるんじゃなかったんだぁ」
琴巳は感想を述べてから、ふと、武に妙に寄り添っている現状に気づいた。左に一歩ずれる。
武は、琴巳が離れると、ほんのちょっと片目を細めた。開いた間をついと詰める。琴巳は、動悸が速まってきた。
「な、なんでくっつくの?」
「なんで離れんの?」
武の声が、耳元で囁いた。琴巳はぼっと顔が熱くなる。
「ちょーっと、お二人さーん?」
理佐の声が割って入ってきた。「わたし達のこと忘れてない?」
やべ、と武は短く口走った。さっと離れ、額に手をかざす。
「悪い。忘れてた」
「ははー。一つ貸し」
敏哉が指を向けた。武は不貞腐れた仕種で、友人の隣に半ば背を向けて座る。
持ち続けていたボールを一旦ロータリーに戻した琴巳は、ほてった頬を手の甲で交互に押さえてから、再びボールを手にした。
えっと、立つのはこの辺……
丸印を見て、所定の位置に行く。
でもって、一、二、三……
自然に、ボールが手から離れていった。
「お――お――」
「――あ――あ」
敏哉と理佐が輪唱するように声を出す。琴巳と武は、声も無く行方を見守っていた。
右寄りに真っ直ぐ進んでいた黄色い球は、つつっと内向きにカーブした。ゆっくり中央付近のピンに当たる。一本倒れ、倒れた物に周りのが倒され、ぱらぱらぱらと、倒れていった。あんなに倒れたのは初めてだ。これまで、当たっても隅の一、二本がいいとこだったのだ。
「当たったぁ」
琴巳は感動して、白いバーが下り、残ったピンが持ち上げられても、ボールを放した場所に佇んで眺めていた。
「やったぁ、琴巳」
「恐ろしく上達したねぇ」
「加賀、六本だ」
三人の声に、琴巳は急いでコンピュータ画面へ駆け寄った。〝6〟と数字が出ている。さっき武がとったスペアの得点と合わせ、現在十六点だ。わぁ、と琴巳は顔を輝かせた。
「嬉しいぃ」
「加賀、手」
武が両手を上げて、琴巳はパシと手を合わせた。少年は目を活き活きさせ、残ったピンを見た。「よっし、又スペア貰った」
颯爽と武は投げに行く。敏哉が、これは判らなくなってきたな、と身を乗り出した。あれならとれちゃうわー、と理佐が嘆く。
理佐の言葉通り、武は残った四本をいとも簡単に倒した。わ、と琴巳は両手を合わせる。小走りに戻って来た少年に、慣れてきた琴巳は手を掲げた。心得て、武も手を出す。
二人でパンと手を合わせる横を、プレッシャーかかるぅ、と理佐が投げに向かう。
オレンジ色のボールはど真ん中に当たり、左右に割れるようにピンが倒れた。両端の一本ずつが残る。ごめぇん、と理佐が戻って来ると、ドンマイ、と敏哉が入れ代わりに立った。
「一歩リード貰ったぜ、長谷川」
武がにやにやして言う。スコアを見比べる琴巳は首を傾げた。理佐達は十八点になっている。リードしているのは向こうだ。
「確実に一本仕留めるべきだろうな」
敏哉が肩をすくめつつボールを取り、あぁそうか、と琴巳は理解した。理佐が残したピンは、数は少ないが離れて立っている。ボールは一回一つしか投げられないし、両方のピンに当てるのは至難の技だ。理佐達は今回、スペアにならない。
案の定、けれどきっちり一本倒れ、理佐達は二十七点になった。琴巳達はまだ点が出ていない。次の琴巳の成績で決まる。
ボールを取りに向かう琴巳に、武が言った。
「さっき、二番目寄りを通過したんだと思う。心持ち三番目寄りにしてみな」
諒解した琴巳に、理佐が問うた。
「二番目とか三番目って何?」
あのね、と言いかけた琴巳より先に、武が敏哉に訊いた。
「長谷川、解ってる?」
「解らない。何なの」
武はにいっと歯を見せた。
「加賀は素人だからな。ハンデってことで、内緒にさせてもらう」
「えー、琴巳はもう素人じゃないわよぅ」
理佐は膨れたが、ころっと表情をにこやかなモノに変え、状況に戸惑っていたこちらを見た。「琴巳ぃ、級長と副長の仲じゃない」
すかさず、両腕を組んだ武が代弁した。
「それを言うなら俺と加賀も同じ仲だ」
「朝倉、勝負に徹してきたな」
敏哉が可笑しそうに言う。武は宣戦布告のように指を向けた。
「やるからには勝利を目指すぞ、俺は」
「オーライオーライ。僕としてはハンデの件は保留だな。さっきのはマグレかもしれないから、もう少しだけ様子を見たい」
「琴巳、ストライクー。ハンデは要らないって証明して」
「う、うん。頑張る」
琴巳は気を取り直し、一度深呼吸してからスタートした。それっ、と狙って放す。
ボールは先刻とほぼ同じコースを辿った。それでも、当たると、連続して倒れる様に勢いが見えた。カラカラカラと、次々倒れる。
「あ――あ――あ――」
琴巳は両手を握り締め、さっきの理佐のように声をあげた。端よりに一本だけ、倒れようか倒れまいか、迷うように揺れるピンがある。
「行けっ!」
背後で武が叫んだ。だんっ、と足踏みする。
まるで伝わったかのように、なんと、倒れた――ストライクだ。
わぁーあ、とリクエスト通りになってしまった理佐が驚きの声を出した。
「ぃやったっ!」
武の声が快哉を含んで響く。きゃーっ、と内心で喜声を上げ、琴巳は振り返った。たんっ、と少年が駆けて来て、あ、と琴巳は両手を上げる。
少年の手は、素通りした。あれっ、と思う間に、ぎゅっと抱き込んでくる。
「っきゃ」
「やったやった――加賀、やったーっ」
頭上で興奮した声が響いた。琴巳は、男子の胸元に顔を突っ込んでいるという体勢に、おたおたした。
「あさ、朝倉く――」
「――ぅあっ」
武は、ばっと身体を放した。「ちっ、違うっ。今のは違うっ。あの、つまり、よくやるだろ!? 仲間とやるノリっ。アレ――アレなんだっ」
早口の弁解に、琴巳は熱い顔で小刻みに頷く。
理佐の声が、一際高く響いた。
「いやぁん。いいモノ見ちゃったー」
「はははー。まったくだぁ」
敏哉が合いの手を入れる。「それが二番目と三番目の極意かー」
顔を真っ赤にさせ、分かったよっ、と武は吐き捨てた。
「ちくしょ――教えりゃいいんだろ、教えりゃ」
武は琴巳に解説してくれたことを、友人達にもレクチャーする。なるほどねー、と彼等もコツを得て、ゲームは再開した。
「これで完全に五分五分ね」
理佐はセーターの袖を捲くり、気合いを入れて投げに行く。
九本倒れ、残った一本を敏哉が片づけた。続いて琴巳も頑張り、八本倒せた。右隅に残った二本を、あれならいける、と武が倒しに行く。
琴巳はレーンに近い椅子に腰かけ、少年の隙の無い足取りを見つめた。
ボールを投じる寸前か、投じた瞬間か。何にせよ絶妙のタイミングに、横手で敏哉が声をあげた。
「加賀さん? どうかした!?」
ブーッ、とクイズ番組で外れた時のような音が、何処からか聞こえた。琴巳は、きょとんとして級長少年を見、彼の目線を追って武の方に目を戻した。ココーン、と危なげなく、残っていたピンが倒れるのが視界に映る。わぁい、と琴巳は拍手した。
振り返った武は、不機嫌そうな顔だった。
「長谷川っ」
「五分五分なら、早めに貸しを返してもらっとこうと思ってねー」
悪びれない口ぶりで敏哉が言う。
琴巳は呑み込めず、コンピュータ画面を覗いた。〝8〟の横に、スペアのマークではなく〝F〟と出ている。そして、合計点も出てしまっていた。〝62〟。
「リっち、〝F〟って何?」
「ファールよ」
理佐は前方を示し、教えてくれた。「ブザー鳴ったでしょ。境界線から向こうに踏み込んじゃうと、いくらストライクでも無効になるの。得点ゼロ」
あの音はそういう意味だったのか、と琴巳は合点する。
戻って来た武はむすっとして、友人を横目に見た。
「もうやるなよ?」
「勿論」
敏哉は目を細める。理佐がロータリーに足を向け、武は琴巳の隣に座った。ぽそっと言う。
「悪い。ミスった」
琴巳は小さく笑った。
「わたしが〝どうかした〟と思っちゃったの?」
あぁ、と武もちょっと笑った。独白のように言う。
「一昨日から、夢を見てる気がしてる。さっきは、いきなり帰ろうとしてる加賀に〝どうかした〟? って長谷川が訊いてると、咄嗟に思った。夢なら、そんな奇天烈な展開もあり得るだろ」
琴巳は、座面についていた両手を上げた。
「夢って痛くないらしいじゃない? でも、コレやるとジーンてしない? わたし、実感できたの、たくさん倒せたんだーって」
武は、ぽふっと琴巳に手を合わせてきた。嬉しそうな顔をする。
「実感できるな」
「二人共、投げる前に願懸けでもしてんの?」
いつの間にやら投げ終えた理佐が、向かい側に腰を下ろしつつ訊いてくる。
武がノって、琴巳の手を握ると、ストライクストライクー、と唱えた。琴巳も一緒になり、とるぞとるぞー、とおどける。
敏哉が戻って来て、武は手を放した。親指を立てる。
「とりに行け」
はぁい、と琴巳は笑顔で立ち上がった。




