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バスでの大阪観光を経てから、馬安中学校の三年生は夕方の古都に到着し、小さなホテルに入った。
グループごとに部屋へ別れ、荷物を置いてから、階下の広間で夕食。夕食後は、入浴時間を厳守すれば、ホテル内で自由行動が認められていた。
入浴を済ませ、琴巳と順子は連れ立って階下の土産物店に出かけた。
八ツ橋は買おうかな、と琴巳が考えていると、順子が袖をつついてきた。
「電話、空いてるよ、今」
「音沙汰が無いのは息災の印です」
真顔で言って、琴巳は握り拳を作る。「二、三日お兄ちゃんの声を聞かなくても平気っ。一緒に居たって殆ど聞かせてくれないしっ」
「……やせ我慢な気もするけど、意思は尊重しよう」
順子はぽんぽんと肩を叩いてきた。「ま、頑張って」
「ヨリちゃん、挫折する方に賭ける?」
「うん」
「……即答したね」
琴巳は唇をすぼめる。順子がけたけた笑っていると、おーい、と声をかけられた。出入口前のサロンから、数人の少年少女が手招きしている。全員、一組の生徒のようだ。
足を向けながら、順子がぽそっと言った。
「なーんか、こういう所をガッコのジャージ姿でうろつくのって異様なんだねぇ」
「端から見ると、一目で修学旅行って判るね」
「高校は私服になれるといいなぁ。昼間は制服でいいからさ」
「ヨリちゃん、気が早い」
琴巳が笑声をこぼすと、あたしも言ってから思った、と順子は照れ臭そうに笑みを見せる。
男子三人女子二人が集まっている中へ近づくと、声をかけてきた少女が口を開いた。
「飲み物、買う気ある?」
順子が、公衆電話の横に並ぶ自動販売機を示した。
「上がる時に買ってく。班の子の分も頼まれてるから」
琴巳も頷くと、少女が集団の中の一人に目を向けた。今年一組に転校してきた田沼宗一が、メモ帳と三色ボールペンを手にこちらを見た。
「お茶? 炭酸?」
どういうこと? と順子が訊くと、少女が小声で説明してくれた。
「田沼君ね、この辺詳しいんだって。で、ちょっと抜け出してぇ、安いスーパーで買って来てくれるって言うの」
「スーパーっちゅうか、酒屋みたいなトコねんけど、税込みで八十円。そこの小母ちゃん、寄ってくれたらおやつカンパしたる、て言うてくれてる。部屋番号教えてくれれば、そのおすそ分けも付けて配達に行くで」
関西弁で宗一は言って、愛嬌のある顔でにいっと笑う。「センセにはバレへんように巧くやるし。このホテルもちょい詳しい。裏口から行く。任しとき」
「ノったっ」
思わず琴巳は言ってしまう。順子が吹き出した。
「流石だ、琴巳。あたしもノる」
「万が一バレた時は連帯責任ってコトでいいか?」
小柄な宗一の隣で、ひょろりとした矢出少年が言って、琴巳も順子も諒解した。持ち運べる量に限りがあるし、話に乗れたのは琴巳と順子で最後となった。
各々の注文と部屋番号をメモし、それぞれから金を預かると、よし、と宗一は立ち上がった。
「んじゃ、ちょっくら行ってきまっせー」
「暗いし、車とか気をつけてね」
琴巳が言うと、一同も、そうそう、と宗一を見る。少年は指でOKサインを見せると、従業員通路の方へと消えて行った。
「では、あたし達は吉報を待つというコトで」
二人の少女の台詞で、琴巳と順子も部屋へ戻ることにした。四人でエレベーターに乗り、ボタンを押す。すうっとカゴが上昇を始めると、少女の一人がこちらを見た。
「加賀ちゃん、意外と庶民なんだね」
「あはは。庶民だよぅ」
琴巳がえくぼを浮かべると、少女達は軽く瞬いた。
「何か、イメージ違うー」
「ホントホント。シンソーのお嬢様って感じしてた」
「わたしが?」
目を丸くする琴巳の隣で、順子が顔を傾けた。
「そのイメージは、カレシが原因かな。白馬の王子様みたいだもんね」
「あー、そうっ、それでだーっ」
少女達が同時に言った時、チン、とエレベーターが停まる。
「加賀ちゃんって色々興味深い人だわ。お茶が来たら遊びに行くかも」
「トランプやらない? 持って来てるよ」
「オーッケイ、やろうやろう」
順子がノると、じゃ後で、と少女二人は自分達の部屋へ消える。
その隣の部屋をノックする順子の背後で、くすん、と琴巳は呟いた。
どうぞー、と言う声にドアを開けながら、順子は振り返る。
「どしたの、琴巳」
「……ヨリちゃん、何賭ける?」
「はい?」
「話題に出ただけで〝白馬の王子様〟の声聞きたくなっちゃった。我慢できないかも」
順子はにやにやしながら肩を揉んできた。
「飴一つで手を打つわよぉ。我慢しないで行ったらぁ?」
琴巳は、うーっ、と唸った。両手を握り拳にする。
「その飴をお兄ちゃんのお土産にしてやるっ」
あはははっ、と順子の笑い声が廊下に響き渡った。
夜十時前、サロンに居た面々が琴巳達の部屋に訪れた。
「配達でっせー」
無事に戻って来た宗一がペットボトルの透けて見えるレジ袋を向けてきて、どうもありがとう、と班全員は受け取る。
トランプを持った少女達が部屋に上がり、何となしに、男子もやる? となった。
ひと部屋に元々班の五人が居て、更に客が五人。八畳ほどの部屋に十人が寄せ集まり、一同は談笑と共に〝大富豪〟というゲームを始めた。
何度か続けるうち、上手い者が決まってきた。琴巳である。
「加賀ちゃん、早いねぇ」
「そうねぇ」
また早く上がった琴巳は膝を抱える。次点もあまり変わらず、順子だった。琴巳は隣を覗き込む。
扇のようにカードをひらひらさせ、どうでしょうな、と順子は目を細めた。
「これ、もう上は残ってないよ。出払った」
「あ、ホント? そういえばそうかも。じゃ、切り札だね」
ささめく会話に、蓮条少年が肩をすくめた。
「加賀が強いの、記憶力がいい所為か?」
「〝神経衰弱〟やってみる?」
少女の一人が提案した。そうするか、とゲームは変更となった。
始めると、蓮条の言が当たっていたと判明した。琴巳は、妙に物覚えがいいようなのだ。
これはいかん、と声があがり、ゲームは〝ババ抜き〟に移った。これは琴巳もごく普通の強さで、最後にジョーカーを持ってしまうことがあった。真剣になってカードを選ぶものだから、早くしろー、と周りから笑みを含んだ声が飛ぶ。
三度〝ババ抜き〟を終えた辺りで、各部屋に戻るべき時間となった。消灯は十一時で、そろそろ、先生が点呼に来る頃だ。
どやどやと、客だった五人がドアに向かう。
「加賀とやるなら〝ババ抜き〟だな」
「〝ババ抜き〟以外は却下」
「〝ババ抜き〟以外はやっちゃ駄目ー」
琴巳は順子の腕に泣きつく。
「うう、ヨリちゃぁん」
「あたしもみんなに賛成ー」
順子が悪戯っぽく言って、琴巳はぽふぽふ親友の腕を叩いた。それを見た一同が笑う。開けたドアから声が響き、順子が唇の前に指を立てて見せた。おっと、と皆が口をつぐんだり覆う中、琴巳は、あ、と思った。
傍に居な、と言ってくれた翌朝、玄関で栩麗琇那は同じ仕種をした。綺麗な顔に、可笑しそうな表情が浮かんでいた――
コウ、ちゃんと御飯作れた? いいな、お兄ちゃんに御飯作れて。お兄ちゃん、御飯食べる時はほんの少し嬉しそうにしてるのよね――幸せそうな表情。コウは気づいてる? 数少ない表情の出る時なんだけど……お兄ちゃんは、きっと、自分にできないことをしてもらえて、感謝してくれてるの。喜んでくれてるの。
御馳走様、と低声が聞こえた気がして、琴巳はどきんとした。うつむきかけていた顔を上げると、五人が部屋を出て行くところだった。明日ねー、とか、お邪魔したー、と言う声の中、ドアがゆっくり閉じていく。
ドアの向こうに居る宗一と目が合った。少年は僅かに目を見張る。遮るように、目の前でドアは閉まった。
「さーて、センセが来る前に布団敷こっか」
順子は伸びをしながら言い、こちらを見ると瞬いた。「琴巳ぃ、冗談だよ、さっきの」
え? と琴巳は親友を見返す。順子は小首を傾げた。
「目が潤んでるけど〝ババ抜き〟がどうこうでじゃ、ない?」
「え、ヤだ、潤んでる?」
琴巳は目尻を押さえる。「ごめん、違うの――トランプは関係無い」
順子は、ははーん、と鼻を鳴らした。
「あたし、飴玉一袋賭けようかな」
「が、頑張るもん。こんなじゃ、ずっと離れるようになった時、大変だから」
琴巳は言って、ルームメイトと一緒に布団を敷き出す。物問いたげな顔をしたが、順子も加わった。
布団が並び、やがて点呼に担任が訪れ、電気を消す。
暗闇で、琴巳の隣に横になった順子が、小さく問うた。
「お兄さん、遠くの大学行くつもりなんだって?」
琴巳が答を探しているうちに、頭を向かい合って横になっていた三人が、次々に身動く気配がした。
「そういえば琴りんのカレも今年受験なんだ」
「水高生だと何処行ってもおかしくないか」
「遠距離恋愛ってロマンチックっぽいけど、実際やるとなるとシンドそうだね」
琴巳は、布団を鼻先まで引き上げた。
二人はいずれ、住む世界が別になる。その時は、もはや、琴巳は栩麗琇那の傍には行けない、一緒には居られない。
「わたし達、遠距離は無理」
「おっと、琴りん、弱気モードか?」
「追っかけちゃえ追っかけちゃえ」
「琴巳、私立なら、高校だって他県に行けるんだからね」
励ましてくれる友人の存在が心に染みる。うん、と琴巳は目を細めた。
「みんな、ありがとぉ」
「礼なんて言わないでいいよー。わたしら、単に、自分が暇なだけだもん」
一人が言うと、くすくすくす、と少女達は布団を震わせた。
「うん、自分に相手がいたら、琴りんのことは構ってられないかも」
「琴りん見てると幸せそうだけど、悩みもできて大変そうに見えるもん。自分に相手いたら、呑気に助言なんかしてらんないよ」
「琴りん、相談事は今のうちだ」
琴巳はもう一度、うん、と応じて頬を緩めた。




