例えばこんな夢語り
母の声が、聞こえた気がした。
『シェリフにはね、実はもう一つ、お名前があるのよ?』
芝を見ながら歩を進めていたシェリフは、顔を上げた。少し先を行っていた大人達が、丁度、歩みを止める。
母の声が、聞こえた。
『そこはねぇ、清々しい、って解る? とても寒かったけど気持ち良かったの。空気に味があったの。美味しい味』
ゆっくりと棺が下ろされるのを、シェリフは半ば上の空で瞳に映した。
何故、こんな時に思い出すんだろう。
『シェリフはね、その世界で生まれたの』
それは、母の夢の話。
既に天文学や物理学の専門書を理解できたシェリフに、彼女はそんなお伽話を聞かせた。
『――そう、彼の傍にはいつも、風の精霊が居たわ。きっと、今も』
一人ずつ、花を落としていく。棺の上に、小さな桃色の彩りが、ぽつぽつと。
坊ちゃん、と隣に居たエドモンが小声を発した。いつの間にか残るは自分だけになっていて、シェリフはそっとミニ薔薇を落とす。
『帰る方法をルウの民っていう偉い人に訊く筈だったけど、あんな所が出口だったなんて、その人達も知っていたかしら。ふふっ、無事に戻れたから言えるんだろうけど、ちょっと心残りね。そういうVIPにも会ってから、帰って来たかったなぁ』
ぽとっ、と微かな音がして、シェリフの小花はほぼ中央に落ちた。『シェリフも、会ってみたかったと思わない?』
流れ出した祈りの言葉に、シェリフの呟きが紛れた。
「うん。会いたい……」
エドモンが、シェリフの肩を抱いた。
停止した花を見つめて呟く、シェリフの声が掠れた。
「言えば、良かった。ちゃんと」
啜り泣きの声が洩れる中、棺と花に土がかけられていく。
『シェリフには、つまらなかったかな……?』
『小説になるんじゃない? 作り話にしてはリアルだと思う』
自分の返答が聞こえて、シェリフは唇を噛んだ。
花が、棺が、土に隠れて見えなくなる。
ちょっと笑った母の顔が見えた。
『作ってないから、リアルなのよ?』
シェリフの頬を、涙がつたった。
人が涙する理由の最たるは、後悔。悲しみの根底には悔いがある。
『シェリフ、もう一つのお名前はお祖父様が決めて下さったんじゃないの。彼が――ロトがつけてくれたの。こっちの世界では貴男だけが持ってる、素敵な別の世界のお名前――』
生涯忘れないよ、母さん。