視感の死角
タイトル 視感の死角
配役 藤堂 阿木勝
永宮 相森歩美
閑谷 島崎透
高崎 間宮美沙
画面 白黒 外からのカフェ、ワンカット。
扉から中の様子が見える位置でワンカット。
カフェの映像、テーブルにつき、椅子を引いて座る男の姿が映される。
カメラ角度により男の首から下以外の様子は映らない。
僕達は高原のペンションに向かっていた。
大学二年、映画研究会メンバのメンツ四人だ。
季節は夏から秋に変わって猛烈な暑さは過ぎ去り、少し肌寒くなるくらいの頃、同じ学年にはこの四人しか研究会に所属していなかったため、映研に入ってから僕らはいつもつるんでいた。
しかしながら僕ら四人、一年半以上この研究会に所属しているのに、一切まともな活動をしたことがない。
当初八人いたメンバも真面目な者から辞めて行ってしまい徐々に減り、何故か適当でやる気のない人間ばかりが残ってしまった。
正式な活動で行なったと言えば、精々先輩の撮影のサポートを行うくらいだった。
だからというべきか、来るべき時が来たというべきか、呆れ気味な先輩に流石に、何か十分程度のものでも良いから作品らしい作品を一度は撮ってみろと催促されて、ようやく腰を上げざるを得なくなってしまった僕らは、急ピッチで撮影に望むべく、目的地に向かっていた。
これまでのつけで、当然後輩にも先輩にも頼れないので、撮影のシナリオは僕が作り、カメラは藤堂と高崎が、俳優は全員で行う。とはいえ当然、制作予算なんてものはこれまで何もしていなかっただけに会費からは工面してもらえず、無いに等しいし、自腹で出すしかないので、派手な演出なんてできる余地はない。
だからといってまるでやる気がないわけじゃない、全く期待されていない現実に反骨心がわき、撮るからにはそれなりのものを撮って会のメンバを唸らせたいという新しい目的ができていたからだ。
僕らはそういった穿ったところでの意見では協調性を発揮できたので、できれば校内の敷地のような環境では撮りたくなかった。映像の内容について他のメンバに悟られたくはないからだ。
幸い照明やバッテリー装置、マイクなどの撮影道具は会の共同使用品があるのでただで使用できる。後は制作にどれだけ費用をかけずに作れるかだ。
ということで制作期間もない、撮影地候補もない、予算もない、俳優も制作スタッフもいない、ないないづくしの映像制作がスタートした。
こうなるとシュチュエーションにこだわるよりアイディアに工夫を凝らす以外、研究会のメンバを唸らせる方法がないので、僕は少しシナリオに普通の映画にはない味を加えることにした。
画面 赤 テーブルの上にコーヒー二つ、カメラ内相森のみ。
相森以降 相「ねえ、覚えてる? あの時私たちってさ、テラスの向うに雪だるま作ったじゃない」
阿木(声) 以降 阿「ああ、あの不細工な雪だるまね。ビールのプルトップで目玉作ったんだったか」
相「そうそう、なんであんな形になったんだろね。今思い出しても笑えるわ」
阿(声)「さあね、どっかの誰かさんが形崩したからじゃねえの?」
島崎(声) 以降 島「仕方ないよ、どうせうまく作ろうなんて思ってないから」
カメラ切り替わり、テーブルの上、同条。画面内島崎のみ。
相(声)「そうだよね、中身があれじゃあね」
一同笑う、カメラ、テーブルの端に僅かに映り込む指。微かに「なんで」の声。
車の運転は藤堂が行なっている。助手席には永宮さんが、僕は後部座席で撮影機材を支えながら座っていた。もう一人の同年女性メンバ、高崎はバイクで車の後ろについている。窓の外では風に吹かれる木々の姿を繰り返し見ることができた。葉色は緑から黄色に、丁度紅葉の色の変わり始めで、見慣れないグラデーションを作りだしていた。
「それにしてもさあ、こんなピッチで本当に映像一本撮れるのかねえ」
「うーん、どうだろう、閑谷君次第じゃない? シナリオ、調節してきてくれたよね?」
藤堂があくびを噛み殺して、永宮さんに思い出したように話しかけると、そのままの流れで僕にそう問う。
名ばかりの映画、数十分の映像に過ぎないのでなんとか間に合わせることはできるはずだ。
「そのへんは安心してください。同じ撮影現場でほとんど撮れてしまうように、調節しましたから」
「へえ、そりゃ楽しみだ。っていうか、そんなシナリオで連中を納得させられるような映像が撮れるのかねえ」
藤堂が馬鹿にするような口調でそんなこをと言うので、僕は他人事じゃないんだと、「それは、うん。皆の演技次第じゃないかな」と言ってやる。
すると、僕の言葉を聞いて、永宮さんが助手席から顔を覗かせた。彼女は笑いをこらえながら僕を見る。
「ふうん、閑谷先生はシナリオに自信がお有りのようです」
「自信は、有るような、ないような」
僕は曖昧に言葉を流した。自信があるなんて答えたら最後、言い訳できない事態に陥りそうだ。
「なんだ、はっきりしない奴だな」
「そうだよねえ。ねえ閑谷君、はっきり言っちゃいなよ、自信あるって」
畳み掛けるように言われ、なんとなく二人は撮影が失敗した時の言い訳を僕に押し付けようとしている気がした。
「それはほら、ちょっとぶっつけ本番すぎて、不安要素が多すぎるんですって。撮影が失敗しても僕だけに責任を押し付けないでください」
実際のところ、かなり行き当たりばったりの撮影なので、上手くいかないんじゃないかという不安はあった。
けれども時間がないのでどうにかやってのけるしかない。
「なんだつまらん。一応保険かけておこうと思ったのに」
藤堂が予想していた一言を呟く、二人は僕の苦労を無かったことのようにして笑った。
脚本を全て僕に押し付けておきながら、まったく無責任だ。
そもそも、撮影を今日行おうというのに僕一人しかシナリオを知らないことがおかしいじゃないか。
画面 青 カメラ内阿木のみ。画面端、テーブル席に空の椅子、椅子の前にコーヒー。中身は僅かに減っている。
阿「でも早いもんだよなあ一年なんて、あれからもう随分経った」
阿木、コーヒーを一口のみ、小声でああ、と呟く。
相(声)「そうよね。またみんなで行けたら良いんだけど」
阿「行けるさ、だってこうして今日、皆揃ってるじゃないか」
島(声)「そうだよ、せめて学生の間くらいは楽しまなきゃ、損じゃない」
阿「そうだな、それじゃあどこに行こうか」
阿木、空の椅子を横目に見て頷く。
画面切り替わり、画面内誰もいない椅子のみ。
コーヒーカップの振動による摩擦音。
僅かに「見えてるの」の声、カップソーサの上にちらつく指。
何時間もの雑談を経て、僕らはやっと撮影地についた。
車から降りた僕らは背伸びして息を大きく吸う。日陰だからか、冷たく澄んだ空気が肺の中いっぱいに広がった。
「さすがに空気が新鮮だ、高地ってだけの事はあるねえ」
普段見慣れない、建物の入ることのない視界はとても新鮮だ。
「偶にはこういう自然に触れるのもいいね、あ、でも、今回はゆっくりしていられないんだっけ」
二人に同意して僕は頷くと目的地を見上げた。洋館のような建物、窓にはたくさんのアンティーク人形が並べ立てられていた。
実はこのペンションは先輩の紹介で知った場所で、僕らがホラーを撮りたいと申告したときに紹介してもらった場所だ。
成程確かに、大勢の人形が窓からこちらを眺めている姿を見るのは、なんだかとても気味が悪い。
秋の時期は避暑としての役目も終えているし、冬のスポーツシーズンにはまだ早い。
紅葉狩りや登山が趣味のお客さんもいるにはいるが、中高年の人達はこういったペンションにはあまり泊まりたがらないらしく、どのペンションも空いているらしい。
その効果もあってか余計に寂しく思えてしまう。けれども安く貸切にできるわけだし、文句は言えない。
なんとなく人形達の視線から目を離しながら、砂利の簡単な駐車場で機材を用意しているとバイクから降りてフルフェイスマスクを外す高崎の姿が見えた。
途中の自販機で買ってきたのかスポーツドリンクのペットボトルを口にしている。
やがて髪をかきあげながら歩き、今気がついたように辺りとペンションを見回すと、なんだか当惑したような顔つきで僕たちと目を合わせた。
「何ここ、本気でここで撮影するのか? あんたたち私を担いでるわけじゃないよな」そう言われて僕はまだ見せていないシナリオを見透かされたようでどきりとする。
「へえ、高崎怜ちゃんはこういうのが苦手なんだ。なんだ割と女の子らしいとこ有るじゃん」
永宮さんがそういい、小さく笑った。
僕はああ、なんだ、単に気味が悪いと感じただけなのかと安心する。
「ふうん、意外だねえ。高崎にも苦手なものはあるのか」
藤堂の言葉に高崎は苛立ちながら、頭を掻いてぶっきらぼうに苦言を吐いた。
「違う、普通の神経ならいやだろ、誰が好きこのんでこんなところに泊まるかって」
僕は本気で嫌がっている珍しい高崎の姿を横目で眺めながら、車に載せてある脚本四刷を取り出してドアを閉めた。
画面 黄 テーブル全体像、阿木、島崎、空の椅子。
阿「どうせ行くなら、もう雪のないところがいいよな」
島「そうだね、もうああいう経験はしたくないから」
頷く二人、二人とも空席に視線を合わせる。
間宮 以降 間「雪なんて、一体どうしたの。皆おかしいよ」
阿木、島崎、二人顔を合わせ首を振る。
阿「雪は嫌だろう、もう充分去年楽しんだしな」
島「そうだよ、中々できない経験ができたのは良かったかもしれないけど」
間宮、阿木を見て首を振る。
間「おかしいよ」
画面、下を向く、ソーサの上の指が一瞬映る。
僕らはペンションのマスタに挨拶をすると一階にあるカフェに腰を落ち着けた。
マスタは目が悪いのか目にサングラスをかけ、片手で杖をついている。そ
ういった様子もなんだか悪いのだが、並べられた人形と相まって余計に不気味に思えてしまう。
脚本を三人に配るとすぐに三人は本に目を通し始めた。
この瞬間がどうも落ち着かない、三人に受入れられるかどうか。
目を泳がせていると何故だか普段落ち着いていて動揺を見せたことがない高崎だけがそわそわしているのが目について、笑いたい気持ちをどうにか抑えていた。
「へえ、成程。閑谷が自信あるっていっていただけの事はあるな」
藤堂め、自分が関わっていないから勝手なことばかり言ってくれるよ。
「いや、僕は一言も自信があるとは言ってない」
否定する僕をどうにか言いくるめようと藤堂が追い打ちをかける。どうやらどうあっても保険とやらを効かせたいらしいみたいだ。
「あれえ、そうだっけか、言ってたよな永森」
「え、うん。言ってたんじゃない」
永森さんは脚本を読みながら他人事のように曖昧に返答する。
「いやいや、言ってませんて」
どうあっても認めるわけに行かない僕が、重ねて否定を繰り返すと高崎が声を荒らげた。
「いや、もうそんなのどうでも良いから早く撮ろう、ごめん私ここに泊まるの無理だわ、こんな所に長い事残るのも無理、早く終わらそう」
どうしたんだろうと疑問に思うけれど、確かにあまり時間がない。
僕らは主人に了承をもらうと早速機材を搬入して撮影を始めた。
画面 赤 カメラ内相森のみ
相「そうだね、次行くなら沖縄なんかが良いな。そういえば、私たちって付き合い永いじゃない? これからもずっとこのままでいられるかな」
阿(声)「いられるさ、卒業してもずっと友人だよな」
藤(声)「そうだね、そう信じてるよ」
カメラ、僅かに横を映す。僅かに映る震える指。
相「なんだか、少し寒くない? ここ、暖房入れてくれないのかな」
阿(声)「そうかな、それ程寒くないだろう、なあ島崎」
画面切り替わり、画面内島崎のみ。
島「そのうち暖かくなるよ。今は温度調節が難しい、微妙な季節だから」
ソーサとカップが触れる音、「が、あるの」と僅かな声。
「悪い、それじゃ私一旦降りるわ。明日の朝、交差点のコンビニで待ってるから、十時にそこで」
一通りの撮影を終えると颯爽と高崎がカフェから出ていってしまった。
正直なところ、高崎がこの役を演じる事を嫌がると思っていたので僕は無事高崎のパートを撮り終えられた事にほっとしていた。
「なんだよあいつ、そんなに怖いのかねえ」
「なんだかちょっと本気で怜ちゃん、どうかしちゃったのかなって心配になるよね」
普段の高崎は何ものにも動じない様な人間なので、やはり誰もが彼女の挙動に違和感を感じていたみたいで、表面上心配そうに答えた。
「でもまあ、確かにマスターには悪いけど、あんまり気持ちのいい場所じゃないよな」
「確かに。人形好きには良いのかなあ。そのへんの感覚、私にはわからないわ。それよりもさ、閑谷君、少し教えて欲しいんだけど、この色分けって何か意味があるの?」
永宮さんが頬杖つきながら僕に聞く。
もっと早い段階でその質問をぶつけられると思っていたので、少し動揺してしまう。というか、わからずに演技していたのかと僕は苦笑してしまった。
僕が答えようとすると、すぐに藤崎が割り込んで、「いや、これってあれだろ、色によって主観視覚を分けてるんだ。赤なら俺、というか役名だと阿木か、ほら、洋画でそういう映画あっただろ。主人公が三人いてそれぞれ違う色を割り当てられているって」と先に答えてしまう。
確かにその洋画は主人公の主観ではないけれど、確かにシナリオが三人分別れていて、色分けされていた。
最終的にシナリオが交わる仕組みだ。実はそこからアイディアを貰っている。そして僕の脚本ではシーンによって赤、青、黄、の三原色とセピアのフィルムをカメラに取り付け、使い分けて撮ることになっていた。
「ああ、あの映画ね、じゃあ私は黄色ってこと?」
「いや、違いますよ、少しややこしいんですけれど。視覚の穴を表現したくて、注視しているものだけが映る仕様です、だから長宮さんは……」
画面 青 カメラ内阿木のみ
阿「なんでだろうな。ずっとさ、思ってたんだ、このままだと落ちつかないんだよ」
相(声)「急にどうしたの? なんだか改まっちゃって」
藤(声)「そうですよ、今更どうしたんですか」
阿「いや、俺さあ。ずっと告白しようとしてたんだ。決着をつけようって決めてた」
相(声)「なんの決着? どうせくだらない勝負してたんでしょう」
藤(声)「おい、今それを言うのかい。今更それを」
阿「せっかく集まったんだ、せっかく、俺たちだってどこかで折り合いを付けなけりゃ」
藤(声)「待って、僕が言うよ。相森、知っていると思うけど、僕と阿木は」
ソーサの割れる音、カメラ切り替わり、間宮の全身が映る。
「永宮さんは色がないんですよ」
僕は申し訳なさそうに答えた。
誰かがこの役をこなしてもらわなければならない、重要な役どころだ。
「え、それってつまり」
「そういうことだよな。永宮があれ役ってことだ」
永宮さんは僕らの発言を聞いて露骨に嫌な顔をした。実を言えばこういう反応を見ることも僕の一つの楽しみではあった。
「ええ、怜ちゃんじゃなかったの、その役。この撮影の流れだったら怜ちゃんじゃない」
「まあ、通常の流れならそうなるでしょうね。でもそれだと面白くないじゃないですか。ですから捻りを少しね。それに普段からじゃ想像できない役を演じてもらうのも面白いかなと」
実際高崎の演技は大したもので、想像以上の働きをしてくれた。今から編集作業が楽しみになるくらいだ。
「うん、まあそれは同意するけど」
「でもさあ閑谷、これって映像にしてわかるのかね。観てる奴らに伝わるか?」
画面 通常 カメラ間宮のみ
間「なんで無視するの? 昔からずっとそう。あなた達相森さんばかり見て、私のことは全く気にしてない、私は相森さんの付属品じゃない! 一年前の事故からやっと二人に会えたのに、また私のこと見てないじゃない。ねえ、どうして、どうしてよ、答えて」
カメラ後ろに引く、テーブルの全体像が映る。テーブルに座るのは阿木、藤崎の二人、ひとつは空席。空席のカップがアップで映り、中のスプーンがひとりでに回り、金属音を鳴らす。
「実は意図的にわかりにくくしてるんだ。こういう映像って簡潔的に答えがわかるシナリオより、見た人によって意見が分かれる方が面白いでしょう」
僕の言葉に待ってましたというように食いついて、
「ふうん、閑谷先生にはこだわりがお有りのようです」
「じゃ、これで会の他メンバに不評だったらお前の責任な」
と二人が続けざまに答えた。なんだ、結局そうなるのか、だから脚本係は嫌だったんだ。
とはいえ、シナリオで我侭を通しているだけに反論できない。
「そういうのなら、君たちがシナリオ作ってくれれば良かったんだ」
僕は大きくため息をついて撮影機材を車へと片付け始めた。
撮影が終わると、ペンション二階の宿泊施設に一泊し、帰路についた。
あれだけ不気味だったにもかかわらず、特にこれといって異変もなく、ペンションを後にすると、高崎との待ち合わせ場所のコンビニへと向かう、帰りは僕の運転だ。
そのうち、コンビニの駐車場で壁に寄りかかって缶コーヒーを飲む高崎が目についた。
「おっと、お嬢さんの登場だ」
「なんだか結構しおらしく見えてきちゃったよ」
揶揄する二人に不機嫌な顔で高崎が手を挙げる。
「全くあんたら、あんな所で本当に一泊したんだ。正直そこまで撮影熱心な奴らだと思ってなかった。でもまあ、今回は悪かった、認めるよ。私の完敗だ。両手上げ、あんた達がいなかったら会で笑いものだった」
「じゃ、帰りの食事は高崎のおごりだね」
僕がそう結末を付けると高崎はそれはないだろうと答え、皆で口を揃えて笑った。
撮影を終えてから数実後、俺は閑谷に編集を終えたのかを聞きに高崎、永宮と共に奴の家に向かった。
しばらく講義をさぼっているようなので直接行って驚かせてやろうという気持ち半分、閑谷の体調を慮ってというのが半分というところだ。やがて、ついた家で顔を合わせてみると数日間徹夜したような、やつれた顔がドアの隙間から現れた。
なるほど、苦戦してるなあと内心ほくそ笑みながら、俺は経過を聞き出そうとドアに手をかける。
「おう、どうだい閑谷。その後の経過は」すると、閑谷は諦めたようにかすれ声で答えた。
「実はもうできてるんだ、ただ少し、問題があってね」
「問題、それってあれ、心霊的な何かでしょ?」
永宮が笑いながら聞くと、閑谷は無言で頷いた。
俺たちは顔を見合わせて、案内されるままに閑谷の部屋の中へと入る。独身男の部屋にしては俺とは違って、閑谷の部屋はきれいに片付いている。
けれども、数日間掃除をしていないのか、埃の塊が部屋のそこかしこに放置されていた。
「これを見て欲しいんだ」閑谷が指さした先にパソコンの画面が用意されていて、映像が再生されている。
見てわかるならそれにこしたことはない。
俺たちはひとまず、その映像を見てから疑問に対する答えを聞こうと思った。
画面の中で会話が展開されている
。テーブルの上はひどく焼け焦げていた。椅子も同様だ。
窓際の人形は全てまともな形をしていない。高温度にさらされたように溶けていて、それぞれお互いの体が交じり合っている。見ているだけで焦げ臭さが鼻をつきそうだ。
窓はどれも割られていて、到底まともな状態とは言えなかった。
持ち込んだティーカップだけが周りにそぐわないほど新しく見える。
「うん、うまく撮れてるね。雰囲気充分じゃないか」
高崎が平然とそんなことを言うものだから、俺は問い正し損ねちまった。
「何これ、どういうこと、こんな映像加工できるの、閑谷君」
代わりに永宮が動揺しつつも、俺の聞きたかった事を関谷に聞く。
「いや、何も、初めからこの状態だったんだよ。僕は確かにあのマスターと電話で話をしたんだ。確かにつながったんだよ。予約までとって、そのはずなのに」
関谷が答えると今度は高崎が言葉を遮るように、苛立ちながら口を開いた。
「は、いや何言ってんの? 初めから当然こうだったじゃないか。何だ今更、だから私我慢できなかったんだって。こんな場所、どう考えても無理でしょ。神経が普通だったらさ。だからあんた達は凄いって、それに閑谷が話しかけてたのって人形だよ。目玉だけセルロイドだったのか溶けてる人形、穴があるだけの。悪趣味だなと、怖がらせたくて意図的にやっていたのかと考えていたけれど、なんだ違うのか」
映像がそう映っている以上、高崎の言っていることが正しいのか、いやでも、俺たちはあのペンションで食事もしたし、泊まっているはずだ。そんなはずはない、そんなはずは。
「わからないんだ、実は調べてみたんだけれど、あのペンション一年前に潰れていたみたいだ、オーナが首を吊って、その後に空家に誰かが火を点けたらしくて。知らなかった、先輩は知っていたらしいけど、まさか泊まるものだとは思っていなかったみたいで」
沈黙の中で関谷が呟くように答える。
おかしいじゃないか、そんなことが有りうるはずがない。俺たちに見えなくて何故。
「じゃあ何か、高崎だけが本当の姿を見ていたって」
「は、良くわからないんだけど、あんた達には廃墟に見えてなかったってこと? 先入観で変わったってことか。私だけバイクで行って正解だった」
絶句し、顔を青くする俺たち三人をよそに、高崎だけが冷静に映像をみつめていた。