6話 この男 動じない
日本政府は動いていた。
発端は――例の“影”だ。
ローブを纏った、あの存在。
世界中に向けて放たれた言葉。
「小野たかし。この者に、世界のすべてを渡した」
その一言。
あまりにも突飛で、現実味がない。
だが同時に、無視するには危険すぎた。
ゆえに、調査が始まった。
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小野たかし。
戸籍あり。
経歴、平凡。
特筆すべき点は、何もない。
「同姓同名は複数確認されていますが……」
資料がめくられる。
「条件に最も一致するのは、この人物です」
モニターに映し出される一人の男。
「根拠は?」
「決定的なものはありません」
一拍。
「ただし――」
視線が資料に落ちる。
「ここ数日で、生活にわずかな変化が見られます」
「変化?」
「はい。金銭的な余裕を感じさせる行動。消費傾向の変化。
一般人としては小さな差異ですが、タイミングが一致しています」
沈黙。
「……それだけか」
「はい」
「弱いな」
否定はされない。
だが、切り捨てられもしない。
「しかし、消去法としては最も近い存在です」
再び沈黙。
やがて――
「……接触してみるか」
決定だった。
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数時間後。
たかしの自宅前。
インターホンが鳴る。
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部屋の中では。
「うわ、このボスめんどくさ」
たかしがゲームをしていた。
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玄関。
ドアが開く。
そこに立っていたのは、スーツ姿の男だった。
「突然失礼いたします。内閣府の者です」
丁寧な口調。
穏やかな表情。
「小野たかしさんで、お間違いないでしょうか?」
「はい、そうですが」
アーシャが、たかしの姿で答える。
自然な声。
自然な間。
違和感は、一切ない。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
「はい、大丈夫ですよ」
柔らかく返す。
「ありがとうございます」
一呼吸。
「実は、いくつかお伺いしたいことがありまして」
探るような言い方ではない。
あくまで“確認”の姿勢。
「最近のニュースは、ご覧になっていますか?」
「ニュース、ですか」
少し考える素振り。
「いえ、あまり。何かありましたか?」
「ええ……少し、特殊な内容でして」
男は言葉を選ぶ。
「世界的に、ある“存在”が観測されています」
「存在?」
「はい。ローブを纏った人物で――」
一瞬、間を置く。
「“小野たかし”という名前を口にしていまして」
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「そうなんですね」
アーシャは自然に頷く。
軽く笑う。
「でも、それって僕と同じ名前ですよね」
「ええ、その通りです」
男も同じ温度で返す。
「ですので、確認のためにお伺いしております」
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「なるほど、なるほど」
納得したように頷く。
「ちなみに、その影って……なんで僕と同じ名前出したんですか?」
柔らかいまま、逆に問いを返す。
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男は一瞬だけ言葉を選んだ。
「……正直に申し上げると、我々としても信じ難い内容ではあるのですが」
前置き。
「その存在は、“小野たかしという人物に世界のすべてを渡した”――そう発言しています」
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「へえ」
短い相槌。
「いや、ちょっと信じられないですね」
軽く肩をすくめる。
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「我々も同じ認識です」
男は頷く。
「ただ、その存在が実際に世界へ与えた影響を考えると、無視することはできません」
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「ああ、なるほど」
理解を示す。
「そういうことですか」
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「はい」
一拍置いて、男は本題に入る。
「そのため、“小野たかし”という人物を調査した結果――」
視線を向ける。
「あなたにたどり着きました」
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一瞬の間。
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「あー、それ多分僕で合ってますよ」
あまりにもあっさりと。
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空気が、止まる。
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「……確認ですが」
男は慎重に言葉を選ぶ。
「今の発言は――」
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「いや、たぶんですけどね」
軽く手を振る。
「その影が言ってる内容的に、たぶん僕だと思います」
まるで、他人事のように言う。
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「……そう、ですか」
男は頷いた。
だが、その内側では。
評価が、一段階引き上げられていた。
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(この男――)
(動じない)
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その頃、部屋の奥では。
「次なにやろっかな」
たかしが、普通にゲームをしていた。




