3話 異常適応
小野隆という男がアーカーシャに選ばれた理由はいくつかある。
その中でも、群を抜いているのは――適応能力の高さだ。
現に彼は、力を与えられたその瞬間から、それに“適応している”。
いや、正確には少し違う。
この世界で唯一、アーカーシャを扱える“器”である。そう言った方が近い。
本来、人間がこの力を手にすればどうなるか。
膨大な情報が一気に流れ込み、脳は処理しきれず、やがて破綻する。
最悪の場合、思考そのものが崩壊するだろう。
だが彼は違った。
流れ込むはずの情報を、無意識のうちに遮断したのだ。
そして、意識の届かない領域で――アーカーシャの使用方法を“理解”した。
それは、人類が言語化するには何百世紀とかかるような代物だった。
無意識下でアーカーシャを掌握した彼は、すでに世界の現状をリアルタイムで把握している。
だが、それは脳で処理しているわけではない。
精神、あるいは魂――より深い領域で処理されている。
彼はそれを、自らが視認できる形へと変換した。
一冊の本。
アーカーシャは、本という形で彼の前に現れる。
それは彼にしか見えず、彼にしか触れられない。
そして彼は、静かに言った。
「アーカーシャ――俺を保護してくれ」
世界が混沌へと傾く中、彼は確かに“すべて”を手に入れた。
だが、彼自身の肉体は、依然としてただの人間だ。
アーカーシャを完全に理解するには、現実の時間が必要になる。
もちろん、その気になれば時間すら無視できる。
あらゆる概念を飛び越えることも可能だ。
だが、彼はそれを選ばなかった。
それは、彼の“在り方”によるものだ。
人であること。
人の中にいること。
優劣をつけないようにしている。
だが同時に、そこに優劣を感じてしまう自分もいる。
世界で唯一、この力を持つという事実。
その圧倒的なアドバンテージ。
――ならば、少しくらい試してみたくなる。
そんな優越感と、抑えきれない好奇心。
それこそが、彼を動かしていた。




