3話
名古屋市中区警察署、検死室。白い蛍光灯が静かに空間を支配している。
小松椿は手袋をつけたまま、検視台に置かれた遺体をじっと見つめていた。
仙田は廊下の影に立ち、少し離れた位置から見守る。
「……面白いものが出ましたよ」
検視官・佐伯が、ステンレス製のトレーを椿の前に差し出す。
中には小さな、錆びついた鍵がひとつ置かれていた。
見た目は古く、長年放置されていたかのような色を帯びている。
「胃の内容物からですか?」
椿の声は穏やかだが、背後にある緊張を探るかのような鋭さがあった。
「ええ。転落直前に飲み込んだと思われる鍵が出てきました」
椿は鍵を手に取り、指先で回す。
雨で濡れた路地、コンクリートの冷たさ、そして遺体の位置……全ての感覚が結びつく。直感が、ある過去の記憶を呼び起こした。
「これ……」
彼女は低く、つぶやく。
「何ですか?」
佐伯が寄る。椿は鍵の形状を一瞥し、資料棚にあった古い事件ファイルを思い浮かべた。
「15年前、大須観音駅前の居酒屋強盗殺人事件。現場の金庫の鍵と同じ番号です」
「……マジですか」佐伯の声に、緊張が混じる。
「この鍵が胃の中にあるということは、“おかしなこと”です。」
椿は鍵を慎重にトレーに戻す。
指先に伝わる冷たさは、金属以上の意味を持っているように感じられた。
「この被害者、なぜこの鍵を持っていたのか。なぜ胃に入れたのか。偶然か、それとも飲み込まされたか……」
彼女の目は遠くを見つめる。
過去と現在、死者と生者が、ひとつの線で結ばれる瞬間を、静かに受け止めていた。
「稲垣課長も呼んだほうがいいかもしれませんね」
佐伯が言う。
「……はい、ただ複雑になりそうですね」
椿は答えた。
そして小さく、雨の降る路地の記憶を思い出す。
「偶然は、存在しません。すべての因果は繋がっています」
検死室の静寂が、ほんの一瞬だけ、未来を予感させる重さで満たされた。
本来、“証拠品保管庫”にあるはずの一つの鍵を見ながら――
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名古屋市中区警察署、地下。
証拠品保管庫の重い扉が開くと、ひんやりとした空気が二人を包んだ。
棚に整然と並ぶ証拠袋。事件の数だけ、語られなかった真実が眠っている場所だ。
「例の遺留品、照合できました」
担当職員の声が、わずかに強張っている。
「数年前に改装された、旧証拠品保管庫の保管物です」
透明な袋の中の遺留品〈金庫の鍵〉は、管理記録には存在していた、はずの物だ。
「どうして今になって、こんなものが……」
仙田の喉が鳴る。
「これは、道理から外れていますね」
一見、無関係な点が、ゆっくりと線を結び始めていた。
この事件が、単なる一人の死では終わらないことを、椿は確信していた。
そして仙田もまた、胸の奥に広がる嫌な予感から、目を背けることができずにいた。
静まり返った保管庫で、蛍光灯の白い光だけが、二人と“過去”を照らしていた。




