不思議な赤ちやん
〈ぽつぽつと肩を打診す冬の雨 涙次〉
永田です。ちよつと思ひ付いたんで、近未來のお話をします。
【ⅰ】永田の証言。
悦美、臨月である。出産豫定日は12月24日。何とクリスマス・イヴの日である。月滿ちてやうやく* 翔吉を産む事になつたのだが...
カンテラの薦めで無痛分娩専門の産婦人科醫院に行く事にした悦美。「俗に『お腹を痛めて産んだ子』つて云ふわ。人生の一大イヴェントがそれでいゝのかしら」-だが、カンテラ「悦美さんにはなるべく負担を掛けたくないんだ。今まで惡阻らしい惡阻もなかつたし- するつと産んでくれゝば、それに越した事はない」と提案。結局悦美の出産は、麻酔を掛けて行ふ事になつた。
* 當該シリーズ第89・92話參照。
【ⅱ】悦美の証言。
麻酔で氣が遠くなつてゐたのかしら。いえ、あれは局處麻酔。氣は確かだつたわ。
翔吉が産道から出て來ると(安産でした)、2・3歩確かに歩いたのよ。二本足でね。で、かう云つた。「天上天下唯我獨尊」つてね。さう云つたのよ、まだ嬰児の翔吉が。それつて、お釈迦様が現世に生を享けた時の言葉だわ。カンテラさんとわたしの子だもの、何が起きても驚かない積もりでゐたけど、流石にびつくりしたわ。後は普通の赤ちやんに戻つて、ほぎやあほぎやあつて泣いてた譯なんだけれど... はい、母乳の出はいゝですよ。
【ⅲ】産婦人科醫の証言。
神田悦美さんの担当醫・久米と申します。神田翔吉くんですか、無事出産まづはお目出度うございます。2025年12月24日、午后3時の事でした。體重3260㌘の珠のやうな赤ちやんです。特に持つて産まれた障碍はないやうでした。大事を取つて(麻酔の影響が完全に褪める迄約1日掛かります)、悦美さんと翔吉くんには一晩入院して貰ふ事になつたのですが- 驚いた事に翌朝見ると、翔吉くんは女の子になつてゐる! 兩性具有つてのは聞いた事あるんですが、(結局入院は長引きました。少しでもその謎が解けるやう醫院側から働き掛けた結果です)、彼 / 彼女のやうに日替はりで男女が交代するのなんて、初めての症例(?)です。謎は解ける事なく、悦美さんも目を白黒させてゐたんですがね... 出生届けには取り敢へず、性別: 男、と書きました。はい。
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〈その言葉考へ付いて取り消さず殘照なるは冬のひとゝき 平手みき〉
【ⅳ】カンテラ(人間名: 神田寺男)の証言。
流石に不思議現象には慣れつこの俺でも、まあ翔吉の場合は生い立ち自體が不思議な譯だが、びつくらこいたよ。クリスマス・イヴ生まれつてだけでも特異なのに。出産には俺と君繪(生命の神秘には早くに慣れた方がいゝのさ)も立ち會つた譯なんだけど、いきなり二足歩行で、「天上天下唯我獨尊」だぜ、驚くなつて云つても無理だよ。流石の君繪も魂消てたぜ。更に更に、日替はりで性別が變はるとは... ぢや何かい?「女の子の日」には「翔子」とでも呼べと? 漫画ぢやないんだぜ、現實の話だ。これが永田の脚色ならいゝが... 氣が早いが、大人になつたらだうするんだ。「女の子の日」には男の振りをしてろ、とでも? 全く究極のトランス・ジェンダーだよなあ。
【ⅴ】此井功二郎の証言。
翔吉は君繪と同じで、私にとつては孫に当たる。翔吉が特異な子だと云ふのはカンさん悦美から聞いた。更に私は、「衝撃の事實」にぶち当たる。翔吉を事務所に連れて帰つたその日、私は一枚の書き置きを見る。逹筆で書かれたその書狀は、主に悦美に宛てられたもので、明らかに翔吉からのもの。「お母さん、産んでくれてだうも有難う御座いました」云々。私は目の錯覺かと思つた。と云ふのも、その書狀は私が目を離した隙に、消えてしまつたからだ。だが私は見たのだ。その証拠に、念の為にカンさんの剣に依る、*「秘術・雜想刈り」を受けた私だが、記憶が削られると云ふ事はなかつた。テオ、**「シュー・シャイン」の淸作のやうな過知能? 翔吉には君繪の如きESP能力はないやうだつたが... 更に云へば、書き置きは何処へ消えたのか。見れば翔吉はすやすやと悦美の胸で眠つてゐる。
* 前シリーズ第81話參照。
** 前シリーズ第82話參照。
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〈病食で覺へた味よ納豆よ 涙次〉
【ⅵ】
因みに(作者の補足として)、翔吉には矢城庄吉時代の記憶は、ない。だが不思議だらけの赤ちやん、成長後が樂しみ(?)だ。(惡い意味でなく)モンスター振りを發揮してくれる事を、作者は切に望む。
と云ふ譯で、氣が早いがクリスマス・イヴ話でした。ぢやまた。




