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潜入・ひのきヶ丘中学

タイプライターを叩く音から…


タラララーン♪ チャラチャラチャラチャラチャチャチャ♪(某アニメタイトルコール)






満里奈が満面の笑みで登校している。その手には、今朝の朝刊の折込広告を大事そうに持っていた。心の中で、今日の楽しみが膨らむ——学校のストレスを吹き飛ばす、甘いご褒美だ。



満里奈「……今日は、たこ焼きピーちゃん特売日。この広告を持っていけば、20%引きになんと2個増量。…ぬふふ。これを逃す手は無いのだよん♡」


オルガ「センセーおはようございます。今朝はご機嫌麗しゅうごザイマス♡」


満里奈「オルガおは………」



満里奈は数秒フリーズした後、持っていたたこ焼き屋の広告を丸めて、オルガの頭を軽く叩いた。胸に苛立ちが込み上げる——また、この子が余計なことを。



オルガ「あた…ナニするんデスカセンセー?」


満里奈「その制服は何?」


オルガ「これデスカ?もちろんセンセーの学校に押し掛けるためのコスチュームでスヨ」


満里奈「押しかけて良いわけないでしょ!却下。学校への立ち入り禁止。しかもそれセーラー服じゃない。さぁ、脱いでちょうだい」


オルガ「センセーのエッチ」



丸めたたこ焼き屋の広告で何回もオルガの頭を叩く。苛立ちが頂点に——この無邪気さが、時々腹立たしい。



オルガ「あたたたた…センセー、酷いデスヨ」


満里奈「石の地蔵を素手で軽く砕く宇宙人が、この程度で痛がるわけないでしょ。脱ぐのが嫌なら、超能力でいつもの服に変えれば良いでしょ?」


オルガ「わかりマシタ。少しお待ちを…」



オルガが制服に手をかざすと、全身が緑色の淡い光に包まれた。そして、制服が違うデザインへと変化していく…。


そこにはファンタジー風の衣装を身に纏ったオルガの姿。


丸めたたこ焼きの広告でオルガの頭を叩こうとする満里奈。逃げるオルガ。



満里奈「私を馬鹿にしてるの!?」


オルガ「馬鹿になんてシテマセン!おちょくってるだけデスヨ!かわいいジョーク♡」



逃げるオルガを追いかける満里奈。そこへ、澪奈が反対側から歩いてくる。心臓がどきり——また、タイミングが悪い。



澪奈「二人とも、朝っぱらからコントか?しかもなんだオルガ、その格好は?恥ずかしいとは思わないのか?」



満里奈と取っ組み合い(ほとんど遊び)をしているオルガが、澪奈のほうを見る。


……少しの間、澪奈をじっと見つめていたオルガの表情が変に複雑になった。それを見た澪奈が静かに口を開く。



澪奈「……関心せんな。プライバシーの侵害は学んだのか?」



オルガは答えない。満里奈がキョトンとしている。少しして、オルガが口を開いた。



オルガ「……澪奈サン。特大ブーメランが飛んだの分かりマシタカ? あんな奇特な格好マント、プライバシーの侵害どころの話ジャないでしょ?」


満里奈「????」


澪奈「…………………なんの事か分からんな。そんなことよりも、満里奈は学校に早く行かないとまた遅刻寸前になるぞ」


満里奈「えっと…ごめんごめん。もう、このバカ弟子が朝からフザケて困るわぁ…」


澪奈「バカ弟子にはお互いに苦労するな…」


オルガ「ワタシ、バカじゃありまセン」



澪奈に向かって舌を出すオルガ。



澪奈「全く…まあいい。満里奈、早く行くぞ」


満里奈「澪奈、ここまで来てくれてありがと」


澪奈「礼には及ばん。最近、市内で不届きな不審者(オルガが退治した暴行未遂犯のこと)が出没しているようだからな。何かあれば私が守ってやるぞ」


満里奈「さすが剣道部、頼もしい。じゃあ、オルガはここまで。また夕方ね。それとその派手なコスチュームは目立つから、着替えとくのよ」


オルガ「ハーイ…」



二人の後ろ姿を見送るオルガ。…だが、彼女の行動はここで止まることは無かった。心の奥で、好奇心がざわつく——学校の中、もっと見てみたい。



オルガ「……フフフ…甘いデスヨセンセー。ノースライビア帝国の皇族はこんなトコロで止まる程甘くはアリマセン。ここからは私のターン。センセーの中学に潜入シマスヨ…」



満里奈と澪奈の後ろ姿が角を曲がって見えなくなったのを確認すると、オルガはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。彼女はそのまま道の奥へと引き返す。


そして、彼女は立ち止まる。



オルガ「……起動アクティベート、光学迷彩」 



静かにそう呟くと、オルガの全身が陽炎のように揺らぎ始めた。そして次の瞬間、彼女の姿はまるで幻のように、周囲の景色に溶け込み、完全に消滅した。残されたのは、ただ春風に揺れる空気だけ。


透明になったオルガは動きやすい白シャツとショートパンツに変えると、ひのきが丘中学の正門をくぐる。校門前で挨拶運動をしている生徒指導の先生も、登校する生徒たちの流れに紛れ込んだ透明な存在には気づかない。彼女は誰にも見つかることなく、悠々と校舎へと足を踏み入れた。


最初の目的地は体育館。朝礼が行われる場所だ。


生徒たちの間に紛れ込んだオルガは、壇上に立つ校長先生を見上げる。


澪奈と満里奈は校長から見て左の端のクラスの列に並んでいるのが見える。オルガはそこに近寄らないようにする。澪奈の勘が鋭い——近づけば、バレるかも。



校長「……さて、今日の朝礼は、学園の誇りある生徒たる皆さんに、改めて規律と、そして何より、我々が目指す『文武両道』の精神について、今一度深く心に刻んでいただきたく、ここに…」


(長いデスネ。このスピーチは面白くありません。…ちょっと、イタズラしてアゲマショウカ)



オルガはニヤリと笑みを浮かべると、光学迷彩を展開したまま校長の背後へと忍び寄る。そして、周りに気付かれないように校長の頭に手のひらをそっと乗せた。



(急激な洗脳はカラダが過剰反応するケド、ゆっくりと行えばナニも変化はアリマセン。…さぁ、楽しい朝礼の始まりハジマリ♡)



オルガの掌から放たれた微弱なエネルギーが、校長の脳神経にゆっくりと浸透していく。校長は、自身の思考に、まるで別人の記憶が混入していくような奇妙な感覚を覚え、言葉に詰まった。



校長「……うむ…文武両道…そう、文武両道でございますな…」



校長の声色が、どこか不自然に変わる。生徒たちは、校長の様子に首を傾げる。



澪奈「……何か妙だな…」


満里奈「校長先生どうしたんだろ…」


校長「……しかし、文武両道と言うても、皆さんは、どっちに偏っとるんじゃろうか…?」



校長は、マイクを片手に、もう一方の手で自身の頭を叩きながら、一人で問いかけ始める。



校長「……ワシの若い頃は、文にも武にも秀でておってのう…朝は剣道、昼は勉強、夜は…」



生徒たちは、校長の独り言に、ざわめき始める。



校長「……夜は…そうじゃ、夜は…」



校長は、ハッとした表情で、マイクを握り直す。



校長「……夜は、セブンイレブンでバイトをしておったんじゃ! もちろんただのバイトではなく、“社会勉強の為にバイトをする◯リーザ様”の一人漫才の練習もかねておってのう…。こんな感じで…えー、みなさんこんばんは! 今日は特別なテーマでお届けしますよ。宇宙の帝王、◯リーザ様が社会勉強のためにセブンイレブンでバイトする話! 想像してみてください。あの◯リーザが、コンビニの制服着て、レジ打ってるんですよ。ふふふ、面白そうでしょ?」


(ボケ声:◯リーザのドスの効いた声で)


校長「ふはははは! わたくし、◯リーザがこの地球のセブンイレブンでバイトなどとは…。社会勉強とはいえ、屈辱的だ! だが、わたくしの完璧なる力で、この店を宇宙一のコンビニに変えてみせよう! まずは商品陳列だ。ホラ、このおにぎりを並べるぞ! デスビームで一気に整列させてやる!」


(ツッコミ声:慌てて突っ込む)


校長「待て待て待て! デスビームで陳列って何だよ! おにぎりが炭になるわ! 普通に手で並べろよ、◯リーザ様! 社会勉強なんだから、力任せじゃダメだって!」


(ボケ声:◯リーザ風に傲慢に)


校長「ふん、仕方ないな。ではレジ打ちだ。お客様、いらっしゃいませ! わたくしが帝王◯リーザだ! この弁当を買うとは、良い趣味だな。会計は1000円だ。支払え! さもなくば、わたくしのフルパワーで店ごと吹き飛ばすぞ!」


(ツッコミ声:頭を抱えて)


校長「脅迫すんなよ! コンビニバイトで『さもなくば吹き飛ばす』って、客が逃げるわ! 普通に『お会計1000円です。ありがとうございます』でいいんだよ! 献身的に働けよ、帝王!」


(ボケ声:少し疲れた感じで)


校長「くっ…この地球人の客ども、わたくしの威厳を無視しおって。次はホットスナックの補充だ。唐揚げを揚げるぞ。わたくしの熱線で一瞬でカリッと仕上げてやる! ふはは、完璧だ! わたくしの献身ぶりを見よ!」


(ツッコミ声:大声で)


校長「熱線で揚げるな! 店内が火事になるわ! フライヤー使えよ! それに、献身ってのはそんな派手なことじゃなくて、地道に掃除したり、在庫管理したりするんだよ! ◯リーザ様、もっと謙虚になれ!」


(ボケ声:だんだん本気になって)


校長「ふん、わかった。では深夜シフトで店を守るぞ。泥棒が入ったら、わたくしのデスボールで一掃してやる! 店長、この店はわたくしが守護神だ! 感謝しろ!」


(ツッコミ声:呆れて)


校長「守護神じゃなくてバイトだよ! 泥棒来たら普通に警察呼べ! デスボール使ったら店が消滅するわ! でも、意外と献身的なんだな、◯リーザ様。社会勉強で変わってきた?」


(ボケ声:最後に誇らしげに)


校長「ふははは! わたくしの奮闘ぶりを見ただろう! コンビニバイトなど、わたくしにとっては朝飯前だ! 次は全宇宙のセブンイレブンを支配するぞ!」


(ツッコミ声:締めくくりで)


校長「支配すんなよ! 普通にバイト続けて、社会勉強しろよ! ありがとうございましたー!」


(拍手喝采のジェスチャー。)


校長「…という風に、一人漫才の稽古に励んでおったんじゃ! 皆さん、知っておるかね、ワシは、この学校の伝説のコメディアンなんじゃ!」



校長は、そう叫ぶと、生徒たちの困惑を他所に、



校長「校長ビーム!」



と、ポーズを決めた。



そんな校長に満里奈が◯シノ・ルリ風に静かにツッコミを入れる。



満里奈「…校長先生。この学校、開校からまだ三年しかたってないんですけど…」



しーーーーん……




静まり返る体育館。




天井の鉄骨に挟まっていたバレーボールが、自然に落ちてきて床にぶつかる音が響いた……。












【回想】


澪奈『おはよう二人とも。ここで待っていれば通ると思っていたぞ。やはり、そちらのお嬢さんは観光客ではなかったみたいだな…』



澪奈は、そう言って、満里奈とペペペペの前に現れた。興味深そうな表情でぺぺぺぺを見る。



澪奈『…君はどこの誰なんだ?満里奈と一緒にいる理由は何だ?お答えいただこう』



澪奈の問いに、満里奈は慌てふためいた。どうやって言い訳をしようか、頭をフル回転させる。しかし、その満里奈の焦りをよそに、ペペペペは、一切の躊躇なく、あっさりと答えた。



オルガ『ワタシは宇宙人デス。名前はオルガ。地球には観光に来たのデスガ、宇宙船をアメリカ軍に撃墜サレテ、今のトコロ帰る手段がありまセン。今は満里奈サンに強制的に弟子入りシテ、日本文化を勉強中デス』


満里奈『そうなの。この子、私に弟子入りしたい…って、なんでバラすの!?』



満里奈は、慌ててオルガの口を塞ごうとするが、彼女は満面の笑みを浮かべ、満里奈の顔を覗き込む。満里奈の顔は、あまりの衝撃に、まるで埴輪のように固まっていた。胸に混乱が渦巻く——どうして、こんな簡単に?


しかし、その衝撃的な告白を聞いた澪奈は、驚いた様子も無く、静かに頷いた。



澪奈『そうか、宇宙人だったのか。それなら良いんだ』



満里奈は、澪奈のあまりにもあっさりとした反応に、目を丸くする。心臓が早鐘のように鳴る——普通、もっと驚くはず。



満里奈『いや、澪奈もっと驚こうよ!“宇宙人だって!?うおー!”とか“宇宙人!?スゲー!”とか…リアクション無さすぎだよ!』



満里奈がツッコミを入れると、澪奈は、少し困ったような表情を浮かべる。



澪奈『…いや、観光客ではないと、薄々感づいてはいたからな…』


満里奈『そういう問題じゃないの!』



満里奈が叫ぶと、澪奈は、再び不敵な笑みを浮かべる。



澪奈『…まぁ良いじゃないか。それより…強すぎる力を持つ者が、世俗から距離を置くことは、珍しくない。剣客の世界では、よくある話だ』



澪奈の言葉に、満里奈は、一瞬、言葉を失う。胸にざわつく不安——剣客の世界? 澪奈、何を隠してるの?



満里奈『…剣客…?それと宇宙人と、どういう関係が…?』



満里奈が問いかけると、澪奈は『ふっ…』と、笑みを深める。



澪奈『…それは、また、別の話だ』



澪奈は、そう言うと、満里奈とオルガに背を向け、学校へと歩き出した。満里奈は、その場に立ち尽くし、澪奈の言葉の意味を理解しようとするが、オルガは、満面の笑みを浮かべ、満里奈の顔を覗き込む。



オルガ『…センセー。澪奈サン、面白いデスネ』



の言葉に、満里奈は、ただただ、ため息をつくしかなかった…。











満里奈は、あの日のことを思い出していた…。


澪奈のあの言葉…。『剣客の世界では、よくある話だ』。一体、どういう意味なのか。



(…澪奈、何を知ってるの…?)



一限目の国語の授業が始まっている。


教師の声が教室に響く中、満里奈は、隣の席に座る、葉風ようか澪奈れいなの横顔をじっと見つめていた。その瞳は、何かを見通しているかのように鋭く、満里奈の知らない、深い何かを抱えているようにも見えた。心の奥で、不安がくすぶる——澪奈の秘密、知りたいけど、怖い。


満里奈は、先ほどの澪奈の言葉を反芻する。



『剣客の世界では、よくある話だ』



一体、どういう意味なのか…。


満里奈は、その理由を理解しようとするが、聞いても澪奈は何も語ろうとしない。






…その頃、オルガは、校舎の屋上にいた。


彼女は、光学迷彩で姿を消し、誰にも気づかれることなく、ひのきヶ丘の市街地の遠景を眺めていた。



(…フフフ…澪奈サン、面白いデスネ。ワタシの存在を、下等生物のカテゴリーで理解しようとしている…)



オルガは、澪奈の持つ鋭い感性と、その背景にある「強すぎる力を持つ者の生き方」という哲学に、強い興味を抱いていた。心の中で、好奇心が膨らむ——。



(…彼女なら、ワタシの『文化学習』を、もっと面白くしてくれるカモしれませんね)



オルガは、ニヤリと笑みを浮かべ、澪奈のことを考える。


静かにデトロイトスタイルの構えを取ると、左手を低く構え下方からジャブを突き上げた。人間の視覚では捉えることが不可能なスピードのジャブが、空気を叩き衝撃波となり突進した。



(…ケレド、彼女は、勘が並外れて鋭い。光学迷彩を使用していテモ、接近すると存在を察知されマスヨ…)



オルガは、澪奈に接近することを躊躇していた。彼女は、澪奈の鋭い感性が、自分の「文化学習」の妨げになる可能性を考えていた。帝国皇女としての冷徹さが、ちらり——今は、観察に留める。



(…今は、距離を置くデス。いつか、彼女と、じっくりと、話をしてみたいデスね)



オルガは、そう呟くと、屋上から飛び降り、文化学習という名目の次のイタズラ場所を求めて、校舎の中へと向かっていった。


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