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地球鳴動②

世界各国の対応は、公式発表からわずか数時間で地球全体を戦時体制へと変貌させた。


冥王星軌道付近に出現した正体不明の未確認艦隊——十万隻を超える規模の巨大構造物群——に対する人類の初動は、統一された「生存優先」の一語に集約されていた。


各国の首脳は即座に地下シェルターや移動指揮所へ移り、軍事・経済・情報・科学の全分野で緊急措置を発令。


国連安全保障理事会は史上最速で緊急特別会合を招集し、常任理事国は互いの核戦力配備状況をリアルタイムで共有する異例の合意に達した。


しかし、その裏側では国家間の信頼はすでに崩壊寸前。互いに「他国が先に宇宙人と交渉して有利な条件を獲得するのではないか」という猜疑心が、すべての決定を遅らせ、混乱を増幅させていた。






■アメリカ合衆国


大統領がホワイトハウス地下の緊急作戦室(PEOC)から国民向け緊急演説を行った。



「これは人類史上最大の脅威であり、同時に対話の機会でもある。我々は最悪の事態に備えつつ、可能な限りの平和的解決を探る」



と述べ、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)をフル稼働させ、宇宙軍の全衛星・ミサイル防衛システムを最高警戒レベルDEFCON 1に引き上げた。


太平洋艦隊と大西洋艦隊は即時出動準備を完了し、アイスランド沖からグアムまで戦略爆撃機B-2とB-52を常時飛行させた。議会は24時間以内に「宇宙脅威緊急予算」として1兆ドル超の特別支出を可決。食料備蓄センターと地下シェルター網の稼働率を100%に引き上げ、州兵を動員して主要都市での略奪防止に当たらせた。


しかし、国内ではすでにスーパーマーケットの棚が空になり、銃器店に長蛇の列ができ、SNS上では「政府は宇宙人と密約を結んでいる」という陰謀論が爆発的に拡散。カリフォルニア州知事は独自に非常事態宣言を発令し、州境封鎖を指示するなど、連邦政府との亀裂も表面化していた。






■中華人民共和国


発表とほぼ同時に国家主席が人民大会堂地下指揮所から「全党・全国・全軍が一丸となって対処する」との声明を発表。


人民解放軍は即時「宇宙防衛作戦指令」を発令し、酒泉・西昌・太原の各宇宙センターを完全軍事管理下に置いた。


東風ミサイル部隊は全基を戦時配置に移し、対衛星兵器の稼働率を最大化。


国家宇宙局はJAXA・NASAとのデータ共有を拒否したまま独自の観測衛星を緊急投入し、「艦隊の移動軌道を独自解析中」と発表した。


国内では「社会安定維持命令」が発動され、インターネットは完全検閲下に置かれ、反政府的な投稿は即時削除・逮捕の対象となった。


食料・医薬品の国家備蓄を全開放し、主要都市では軍による配給制が開始。広東省や上海市では工場を24時間体制で防衛物資生産に切り替え、数億人の避難計画を内閣が極秘裏に策定中であるとの情報が海外に漏れ、国際的な緊張をさらに高めた。


中国政府の完全沈黙主義は、逆に「何か隠している」という疑念を世界中に広げた。






■ロシア連邦


大統領がクレムリン地下核シェルターから緊急声明を発表し、「国家主権と領土保全を断固として守る」と強く宣言した。


戦略ロケット軍は即座に最高警戒レベルに引き上げられ、核戦力を含む全戦略戦力が即応態勢に入った。


ロスコスモスは独自の長距離宇宙監視ネットワークをフル稼働させ、冥王星軌道付近に出現した異常質量塊の捕捉に成功した。


しかし、現時点では詳細な光学視認は不可能であり、質量・軌道特性の解析に全力を挙げている。


クレムリン内部では、この未曾有の事態に対する深刻な分析が極秘裏に進められており、早期警戒態勢のさらなる強化が急務とされていた。






■欧州連合(EU)


ブリュッセル本部で緊急首脳会議を開催。


フランス大統領とドイツ首相が共同声明で「欧州は団結し、理性的に対応する」と強調したが、実際の対応は各国バラバラだった。


フランスはシャルル・ド・ゴール空母打撃群を大西洋に展開させ、核戦力を含む全軍を最高警戒状態に。


ドイツはベルリンに新設された「宇宙危機対策本部」を中心に、欧州全域の科学者ネットワークを動員。


イギリスはMI6と軍事諜報部が「他国首脳の動向」を監視する極秘指令を出した。


EU全体として国境管理を一時凍結し、難民流入防止のための「宇宙危機特例協定」を急遽締結したが、加盟国間の不信感は解消されなかった。






■日本政府


官邸地下危機管理センターで総理大臣が緊急記者会見を開き、「国家の存亡をかけた対応に全力を尽くす」と述べ、防衛省・JAXA・内閣府を統合した「未確認艦隊対策本部」を新設した。


自衛隊は即時「防衛出動待機命令」を発令し、航空自衛隊のF-15・F-35戦闘機を24時間常時飛行させ、海上自衛隊の護衛艦全隻を太平洋・日本海に展開。宇宙作戦隊の観測衛星群を最大稼働させ、米国との日米同盟を軸にリアルタイムデータ共有を開始した。


東京・大阪・名古屋などの大都市では「国民保護法」に基づく避難訓練を即時実施。食料・水・医薬品の備蓄を全国で開放し、コンビニ・スーパーへの軍事警備を配備。


経済産業省は株券取引を一時停止し、円の暴落を防ぐための為替介入を無制限で実施。


地方自治体では学校・公民館を緊急避難所に指定し、ひのきヶ丘中学を含む全国の中学校・高等学校にも「非常時対応マニュアル」が配布された。


しかし、国内では「政府は情報を隠している」という声が急速に広がり、ネット上のデマが交通機関の麻痺を招いていた。


内閣官房長官は連日「冷静な判断を」と呼びかけ続けていたが、実際の首脳陣は「艦隊の目的が不明である以上、最悪のシナリオを想定せざるを得ない」との認識で一致。地下シェルターへの要人移動計画も極秘で進行中だった。






■インド


首相がニューデリーの地下指揮所から「人類全体の危機として対処する」と声明。


インド宇宙研究機関(ISRO)は即時追加観測ミッションを準備し、軍は核ミサイル部隊を国境地帯から内陸部へ再配置。デリー・ムンバイでは軍による配給制が開始され、数億人の人口を抱える同国では食料危機が最も深刻化していた。






■ブラジル


リオデジャネイロの連邦政府庁舎で大統領が緊急演説を行い、南米諸国との共同防衛体制を呼びかけたが、実際にはアマゾン地域の資源保護を優先し、軍を国内に集中させた。






■オーストラリア


キャンベラの地下施設で首相が「インド太平洋地域の安全保障」を強調し、米豪同盟を強化。南アフリカ・ナイジェリアなどのアフリカ諸国は国連を通じた支援要請を繰り返し、独自の観測能力の欠如を痛感しながらも、食料・医療物資の国際備蓄を急いだ。






■国連


ニューヨーク本部で安全保障理事会緊急会合を24時間連続開催。事務総長は「全加盟国は情報を共有し、統一した対応を」と訴えたが、常任理事国間の意見対立は激しく、中国とロシアが「米国主導の軍事行動に反対」との立場を崩さなかった。


IAEA(国際原子力機関)は核兵器使用に関する緊急ガイドラインを策定し、WHOは「パニックによる精神的健康危機」への対策本部を設置。IMFと世界銀行は金融市場の完全凍結を勧告し、主要通貨の交換を一時停止する異例の措置を取った。






各国政府の対応は、表向きは「冷静かつ断固たる」ものだったが、内部ではすでに「最悪のシナリオ」——艦隊が月軌道を突破し、地球圏に到達した場合の壊滅的被害——を前提とした計画が進行していた。


各国首脳のシェルター待機率は80%を超え、家族の避難先確保や二重国籍の活用が極秘裏に進められていた。


科学者たちは「エネルギー放射による気候崩壊」「重力異常による潮位変動」「未知の通信信号の解析」を同時並行で急いだが、成果はゼロに等しかった。


軍事専門家は「十万隻の質量が地球近傍に存在するだけで、惑星全体の生態系が影響を受ける」とのシミュレーション結果を共有したが、具体的な対抗策は存在しなかった。






街頭では各国で同様の光景が広がっていた。


ニューヨークのタイムズスクエア、東京の渋谷スクランブル交差点、北京の天安門広場、パリのシャンゼリゼ通り——すべての人々が空を見上げ、スマートフォンを握りしめ、家族を抱きしめ、祈り、あるいは罵声を上げていた。


食料の買い占め、燃料の争奪、通信網の過負荷、病院の崩壊——現実の危機は、SNS上の議論を遥かに超える速度で社会を蝕んでいた。






正体不明の十万隻の巨影は、それでも沈黙を守ったまま、ゆっくりと、しかし確実に地球方向へ移動を続けていた。

 

各国政府の対応は、文字通り「人類の総力戦」へと移行しつつあった。


しかし、そのすべての努力が、実は極めて小さな「未知の対話」の一端に過ぎないという事実は、誰一人として知る由もなかった。

 

地球まで、あと数億キロ。時間は、残酷なほどに残されていた。



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