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熱血青春

「カーーット! カーット!! 止めて! 全て止めなさい! ……あ、あの、紫鳳院先輩。これ『熱血青春』っていうドキュメンタリーなんです。もっとこう、汗と涙と、生徒たちの自然な輝きを撮りたいと言いますか……」


「あら、何を寝言を言っていますの? 私の美貌と、この紫鳳院家の財力が生み出す輝きこそが、ひのきヶ丘の『青春』そのものですわよ? さあ、照明係! レフ板の枚数が足りなくてよ! 太陽光をすべて私に集めなさい! 私の瞳のゴールドが、銀河の中心として輝く角度アングルを計算しなさい!」


「ひいぃぃぃ……目が、目がああぁぁぁぁ……」



放課後のひのきヶ丘中学校。


廃部寸前の写真部が、起死回生の策として立ち上げた、



自主制作ドキュメンタリー企画『熱血青春~輝け!ひのきっ子~』。



その記念すべき第一回の撮影現場は、当初の「爽やかな青春の汗」というコンセプトから数億光年彼方へと逸脱し、一人の独裁者による、狂気とエゴのプロモーションビデオ撮影現場と化していた。


その中心に君臨するのは、美術部部長にして学園の女帝・紫鳳院麗華。


企画の噂を地獄耳(情報網)でいち早く聞きつけた彼女は、写真部部室に重機のような圧で乗り込み、



『私の美貌と才能こそが、この学校の青春のイデア! 第一回は私以外にありえませんわ!』



と、財閥の力とマシンガントーク、そして「部費の援助」という甘い蜜で強引に主演の座を強奪したのだ。


ただでさえコンクールやイベント準備で多忙を極める美術部員たちは、この日のために麗華が考案した



『青春を具現化した究極の衣装(総重量15kg)』



の制作と、インスタ映え確実だが移動困難な派手な小道具(発泡スチロールで作った高さ3メートルの『情熱の薔薇』オブジェなど)の準備に連日駆り出され、目の下にタトゥーのような深いクマを作って、ゾンビのように徘徊していた。



あかり「(部長……もう勘弁してください……私たちは油絵が描きたいんです……薔薇のトゲを削り出す作業はもう嫌です……。崖から転がり落として探検隊を襲う発泡スチロール製の岩のほうがまだマシ…)」



美術部員あかりの魂の叫びも虚しく、麗華の暴走機関車はニトロを噴射して加速する。


そして、死んだ魚のような目をした撮影クルー(写真部の下僕たち)と、巨大な薔薇を担いだ美術部員たちを引き連れた麗華が向かった先は、なんと吹奏楽部の練習場だった。



「オホホホホホホホ!!」



静寂に包まれていた音楽室の防音扉が、高笑いと共に派手に開け放たれる。


ロングトーンの練習をしていた部員たちが、あまりの衝撃に楽器を取り落としそうになり、口を開けて入り口に注目する。そこには、世紀末の覇者ごとき威圧感と共に、信じられない光景が広がっていた。


スモークマシン(自前)から噴き出す大量の白煙の中から、シルエットが浮かび上がる。



「ごきげんよう、吹奏楽部の皆様! 愛と美の伝道師、そしてひのきヶ丘のミューズ、紫鳳院麗華が! 貴方達の地味……いえ、ストイックでモノクロームな練習風景に、極彩色の華を添えに参りましたわよ! オホホホホホホ!」



満里奈は、持っていたトランペットのマウスピースに派手に息と唾を「ブフオオォォ」と吹き込む。


煙が晴れると、そこに立っていたのは、深紅のベルベット生地に純金の糸で複雑怪奇な刺繍が施された、まるで宝塚の男役トップスターとラスボスを足して2で割らないような衣装に身を包んだ麗華だった。


背中には孔雀も裸足で逃げ出すような無駄に巨大な純白の羽根を背負い、右手には指揮棒代わりの真紅の薔薇(生花・一本3000円)を携えている。頭にはティアラが煌めき、その輝きは物理的に眩しい。


その背後では、写真部員たちが「重い……」「帰りたい……」と呪詛を呟きながら、照明機材とカメラを抱えてよろめいている。



満里奈「……え、何? 襲撃? それとも宗教勧誘? なんで学校の中でスモーク焚いてんの?」


麗華「襲撃ではありませんわ、鷺ノ宮さん! これは『熱血青春』の取材! 美術部部長として、同じ芸術の道を志す同志である吹奏楽部を『激励』に来たのですわ! さあ、カメラA! 私の慈愛に満ちた聖母のような表情をアップで! カメラB! 満里奈さんの感動に打ち震えるタヌキ面をツーショットで抜きなさい!」


満里奈「タヌキじゃねーーーっ!!」



麗華はバチコーン!と効果音が鳴りそうなウィンクを飛ばしながら、カツカツとヒールを鳴らして指揮台のほうへ歩いていく。


表向きは「部活動間の交流」を謳っているが、満里奈にはそのドス黒い魂胆がスケスケに見えた。


この派手な衣装と演出で自らのカリスマ性を見せつけ、満里奈を魅了し、



『ああ、なんて素敵! やっぱり美術部の方がクリエイティブで素敵♡』



と洗脳して引き抜く――そんな、あまりにも分かりやすすぎる下心が、薔薇の香り(特注香水を1リットル散布済み)と共に竜巻のように押し寄せてくる。



満里奈「(激励って言いながら、完全に自分が主役になる気満々じゃない! しかも、この撮影にかこつけて私を勧誘する気だ……! その羽根、全然似合ってねーーっ!!)」



麗華は音楽室の中央、指揮台の前に立つと、バッと薔薇を天に掲げた。スポットライト(部員の手動)が彼女を照らす。



麗華「さあ、始めましょう! 青春のシンフォニーを! 魂の共鳴を! 私の輝きに合わせて、“貴女は”最高のハーモニーを奏でなさい! ミュージック、スターートッ!!」



麗華が高らかに指をパチンと鳴らす。


満里奈や他の部員たちが



「え、もしかして私たちが演奏するの? 曲は? 楽譜は?」



と大混乱し、慌てふためいたその時だった。


写真部クルーの後ろ、部室の入り口付近の空間が、歪んだ……。


どんよりとした黒い瘴気、あるいは怨念の塊のようなものが、ゆらりと姿を現したのだ。


室内の温度が急激に下がり、窓ガラスに霜が降りる錯覚すら覚える。



「……ミュージック、スタート……ですって?」



その声は、地獄の底、あるいは深海のマリアナ海溝から響くような、重低音の呪詛だった。


現れたのは、吹奏楽部副部長・古井座一見…。


彼女の手には、愛用のアルトサックスが握られている。だが、その表情はいつものクールで知的なものではない。


額には血管が浮き上がり、目は笑っていないのに口元だけが三日月形に裂けるように吊り上がっている、能面の「般若」のような笑顔だった。


全身から立ち昇る怒りのオーラ(漆黒)が、スモークマシンの煙を物理的に押し返し、音楽室の空気を一瞬で凍りつかせた。



満里奈「ひ、一見副部長……!? 今日から写真部の企画に協力する話って、これのことだったんですか!? 何か憑いてますよ!? お祓い!? お祓いが必要!?」


麗華「あら、一見さん。お待ちしておりましたわ。さあ、私の引き立て役……いえ、バックバンドとして、最高の演奏をお願いしますわよ? 曲はもちろん、番組テーマ曲『熱血青春』ですわ!」



麗華は勝ち誇ったように胸を張り、羽根を広げて一見を見下ろす。その態度は、完全に勝利を確信した女王のそれだった。


一見はギリリ、ギリリと、サックスのマウスピースに歯形がつくほど奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと楽器を構えた。



一見「……承知いたしましたわ。約束は……契約は……絶対ですもの……」



なぜ、あの一見が、宿敵である麗華の引き立て役のような真似をしているのか?



事の起こりは数週間…。


写真部から吹奏楽部へ、一通の恭しい封筒に入った「演奏協力依頼書」が届いたのだ。



『新企画のテーマソングの作詞・作曲を、学校一のサックス奏者である古井座一見様に、ぜひお願いしたい。できれば古井座様のソロで演奏していただければ盛り上がるでしょう。企画の趣旨に賛同いただけるなら、ぜひ協力を。貴女の音色だけが、この企画を成功に導く鍵なのです』



依頼者の欄には「写真部一同」としか書かれていなかった。文章は慇懃無礼なほど丁寧で、一見の実力を正当に評価し、かつ「学校のため」という大義名分が掲げられていた。



『生徒の自主活動を支援するのも副部長の務め。それに、私の音色が必要だと言うのなら……』



一見は、まんざらでもない表情で、快く承諾のサインをしてしまったのだ。



……だが、それは麗華が仕掛けた、悪魔的かつ卑劣な罠だった。



麗華は熟知していたのだ。


一見の性格上、一度「やります」と請け負った公的な依頼は、たとえ相手が誰であろうと、どんな状況であろうと、責任を持って完遂するという、その融通の利かない真面目さを……。


依頼書にサインさせた後で、



『実は主演は私ですの♡ 貴女は私の伴奏ですわオホホ♡』



とネタばらしをすれば、一見はプライドにかけて逃げ出さない。契約書にサインした以上、地獄の果てまで演奏する――その読み通りの展開だった。



一見「(おのれ、紫鳳院麗華ぁ……! 写真部を脅して自分の名前を書かせないようにするとは……! しかも、この私が『伴奏』!? 『引き立て役』!? この古井座一見をコケにした罪、万死に値しますわ……! だが、引き受けた以上は完璧にこなす……それが私の流儀……!)」



一見の指に力がこもる。サックスのキーがミシミシと悲鳴を上げる。彼女の背後に、阿修羅像のような幻影が見える。


しかし、契約は契約。彼女はプロフェッショナル(中学生だが)として、演奏を放棄するわけにはいかない。だが、ただで済ませるつもりなど毛頭なかった。



麗華「さあ、早く吹きなさい! 私が舞いますから! カメラ、私の優雅な舞を撮り逃がさないように!」


一見「……ふっ……後悔なさっても知りませんわよ……! 私の『熱血』を……受け取りなさいッ!! 貴女の血液を沸騰させてあげますわっ!!」



一見が大きく息を吸い込む。肺活量が限界を超え、周囲の空気が薄くなる。



閉じた両目の奥が虹色に輝く。



霊力が発動し、見えない力が気流のように一見の身体を包み込む。


そして放たれた「熱血青春」のソロ演奏は――



ブォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!



ズギャギャギャギャギャァァァァァン!!!!



それは、確かに楽譜通りの旋律だった。音程もリズムも完璧だ。


しかし、その音色は「爽やかな青春」とは程遠い、まるで地獄の業火に焼かれる魂の叫びのような、ドロドロとした怨念と殺気が込められた、超重低音デス・メタル・サックスだった。


いや、もはや楽器の音ではない。ジェットエンジンの咆哮か、怪獣の断末魔だ。


空気がビリビリと物理的に震動し、窓ガラスが共鳴してガタガタと震える。譜面台が振動で勝手に歩き出す。


まるでちょっとした地震だ。



麗華「…ちょ、ちょっと! 音が重すぎましてよ!? もっと軽やかに、私の舞に合わせて……きゃあッ!?」



麗華は予定していた優雅なダンス(宝塚風)を踊ろうとするが、一見の放つ「音の霊圧力ソニックブーム」に正面から衝突。


強風を受けたビニール袋のように、15kgの衣装ごと後ろへ吹き飛ばされそうになる。



一見「(無視)ブォォォォォォォォォォォッ!!(怒りの超高速ヴィブラート)」



一見は止まらない。音符の一つ一つが砲弾となって麗華を襲う。スタッカートは機関銃、ロングトーンは波動砲だ。



麗華「くっ……負けませんわ! この程度の逆風、女帝である私には心地よいそよ風ですわ! さあ、舞うわよ、情熱の薔薇よ!」



(◯゛ょぉね〜つの〜◯っ赤な薔(割愛))


満里奈「ザ・◯゛ルーハーツ出すんじゃねぇーーっ!!」


麗華は歯を食いしばり、床にヒールを突き刺して踏ん張る。そして重い衣装を振り回し、暴風の中で必死に舞い始めた。


だがその動きは、優雅な白鳥というより、台風の中継で必死に耐えるリポーターのようだ。



満里奈「(うわぁ……一見先輩のサックスから、なんか黒い波動が出てる……! 麗華先輩が圧で押されてブレイクダンスみたいになってる……! 何これ、怪獣大決戦!?)」



写真部員たちは恐怖と音圧でカメラを持つ手が震え、映像はブレブレ。照明係はあまりの殺気に腰を抜かして失神寸前。


美術部員あかりは、音の衝撃波で崩壊していく発泡スチロールの薔薇を見ながら、悟りを開いた顔で合掌している。


麗華は必死に笑顔を作ろうとするが、頬が引きつり、冷や汗がファンデーションを溶かしてホラー映画の形相になっていく。


対する一見は無表情のまま、正確無比かつ殺意満点の超絶技巧ソロを、マシンガンのように叩き込み続ける。その指さばきは神速、その肺活量は無限。


深紅の衣装で暴風に抗う麗華と、黒いオーラを噴出しながら音波兵器と化した一見。


音楽室は、青春の輝きどころか、二人の天才による「プライドと意地」がぶつかり合う、音と汗と殺意が入り乱れるカオスな戦場と化していた。



そして、その騒音を聞きつけた教頭先生が、赤鬼のような形相で廊下を走ってくる足音が響いていることを……


まだ誰も知らない……。
















(ED)


曲名:『熱血青春 ~輝け!ひのきっ子~』


作曲:写真部(名義貸し)


編曲・演奏:古井座一見 (アルトサックス・ソロ)


主演ダンサー:紫鳳院麗華


(イントロ)

(哀愁を帯びたスローなサックスソロ。夕暮れの教室を思わせる、切なくも美しい旋律。)


【歌詞】

教室の窓から見上げる 突き抜けるような蒼


あの雲の向こうに 僕たちの未来が待っている


まだ何者でもない僕らが 描き始めるストーリー


ページをめくる風は 少しだけ 切ない匂いがした



(Aメロ)

(ドラムとパーカッションがイン。軽快なラテンビートが刻まれ始める。一見の指が滑らかに動き出す)


グラウンド蹴り上げる 土埃とスニーカー


流した汗は嘘をつかない ダイヤモンドのしずく


放課後のチャイムが 冒険の合図さ


重いにもつは投げ捨てて 夢中になって走れ



(Bメロ)

(ベースがうねり、リズムが加速する。麗華が薔薇を振り回して踊り狂うパート)


失敗したっていいじゃないか (Stand Up!)


擦りむいた膝の痛みは 勲章さ


君と交わした あの日の約束


言葉になんてしなくても 背中が語っているから



(サビ)

(突き抜けるような高音と疾走感。ブラスセクションの代わりに一見が超絶技巧で吹きまくる)


燃え上がれ! 熱血青春 (ヒート・アップ)!


僕らの季節は 誰にも止められない


太陽よりも熱く 風よりも速く


この一瞬ときを焼き付けて 駆け抜けろ!


輝け! ひのきっ子 (シャイニング・スター)!


涙も笑顔も 全部抱きしめて


教科書の隅に描いた 落書きの翼で


あの空へ 今すぐ Fly Away!



(間奏)

(一見による超高速アドリブソロ。徐々に音が重く、激しくなり始める。)



(大サビ)

(転調。さらにキーが上がり、最高潮の盛り上がりへ)


終わらない! 熱血青春 (エンドレス・ドリーム)!


君がいるから 僕は強くなれる


響き渡るファンファーレ 世界中に届け


この鼓動が 生きているあかしだ!



(アウトロ 〜 変貌)

(曲の締めくくりに向かう激しい連符。しかし、最後の最後でコード進行が不協和音へと歪み、リズムが崩壊する)


ラララ…… 僕らの青春は……


ラララ…… キラキラ輝いて……


(ここで演奏が一変。美しい音色が、重低音のデスボイスのような「グロウル奏法」に変わる)



【歌詞(怨嗟のパート)】

……って、なんで私が引き立て役(BGM)なんですのォォォォッ!!


(ブォォォォォン!! ギャリギャリギャリ!!)


契約書に名前がない!?


「写真部一同」ですって!?


騙したな!?


たばかったな紫鳳院!!


その無駄にデカい羽根をもぎ取って!!


焼き鳥にして差し上げましょうか!?


主役気取りで踊ってんじゃないわよ!!


私のサックスは!!


貴女のPVのためじゃ!!


ないんですのよォォォォォッ!!!!


(キエェェェェェェェェェェーーッ!!)



(完)

(最後に「ジャンッ!!」という音と共に、一見が荒い息を吐きながらサックスを振り下ろし、麗華が背中を見せ壁に大の字でめり込んだ状態で終了)














オンド・リー「……だめだこりゃ。次いってみよー。」



♫タァリラァリラリィ♫(満里奈のトランペットによるBGM)



満里奈「…だめだこりゃじゃねーんだよ!」


オンド・リー「あべしっ!」



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