探訪
夕暮れ時の通学路。
部活動を終えた生徒たちの帰宅ラッシュも落ち着き、辺りは茜色から群青色へと移り変わりつつあった。
満里奈は、愛機ライカの現像済み写真を片手に、隣を歩く金髪の宇宙人・オルガに向かって鼻息荒く語りかけていた。
その表情は、単なる写真自慢の域を超え、どこか往年の冒険隊長のような熱気を帯びていた。
満里奈「……いい? オルガ。地球には、まだまだ知られざる『秘境』や『未確認生物(UMA)』ならぬ『未確認美少女』が存在するの。今日、我々取材班……つまり私は、命がけの潜入取材を敢行したのよ!」
オルガ「ホー。命がけデスカ。ソレは楽しみデスネ。デ、ドコに行ってきたんデスカ? アマゾンの奥地?」
満里奈「甘い! アマゾンより過酷で閉鎖的な場所……そう、『女子剣道部・更衣室付近』という魔境よ!」
オルガ「……捕まりマスよ?」
満里奈はオルガの正論をスルーし、一枚目のフリップ(という設定の画用紙)をバッと掲げた。そこには、赤と黒の極太明朝体で、おどろおどろしくこう書かれていた。
満里奈「(ナレーション風に低い声で)水曜スペシャル! 満里奈の美少女探訪シリーズ!! ……我々取材班は、ひのきヶ丘中学の奥地に潜むという、伝説の剣豪の生まれ変わりとされる謎の美少女の噂を耳にした! 果たして彼女は実在するのか!? カメラはついに、その禁断の領域へと足を踏み入れたのである!!」
オルガ「……センセー。BGMが脳内再生されてマスよ。ドンドコドンドコって太鼓の音が聞こえてきそうデス」
満里奈「雰囲気作りが大事なの! さあ、次よ!」
満里奈は勿体ぶって、次の写真を裏返した。
そこには、またしても赤と黒の禍々しいテロップが合成された(ような気迫の)写真があった。
満里奈「(ナレーション継続)驚愕! 神秘の美少女は実在した!! ……見よ、この凛とした立ち姿を! 獲物を狙う鷹のような鋭い眼光! 道着から覗く白磁のような肌! 我々のカメラは、ついにその決定的瞬間を捉えることに成功したのだ!!」
満里奈が見せた写真には、防具を外し、汗を拭いながら遠くを見つめる葉風澪奈の姿が写っていた。ライカのレンズが捉えたその姿は、夕陽を浴びて神々しいまでに美しく、まさに「神秘の美少女」という煽り文句に相応しい一枚だった。
オルガ「オー、澪奈サンですね。相変わらずお美しいデス。……デモ、これ盗撮じゃないデスカ?部活終わってドコカに飛んでいったと思ったラ、こんなことシテタんですカ…」
満里奈「失礼な! アートよ、アート! ジャーナリズムよ! ……さあ、そしていよいよクライマックス! 我々取材班は、彼女の生態にさらに肉薄すべく、更衣室の扉の隙間という『悪魔の裂け目』からの決死の撮影を試みた!!」
オルガ「……ヤッパリ捕まりマスよ?」
満里奈「そこでカメラが捉えた衝撃の映像とは!? ……これだ!!」
満里奈は自信満々に、最後の一枚を掲げようとした。
しかし、その写真を見た瞬間、満里奈の顔から血の気が引いた。
写っていたのは、着替えの途中で、無防備にも下着姿(しかも結構可愛いフリル付き)になった澪奈の決定的瞬間のショットだった。
満里奈「うっ……」
さすがに良心の呵責が押し寄せてきた。
(……これ、決定的瞬間すぎて現像(両親に頼み込んで自宅に現像室を作ってもらった)するか迷ったんだけど、まあいいやと思って持ってきたやつだ。…やっぱり、さすがにこれは……澪奈さんに見つかったら斬殺される案件!!)
満里奈は瞬時に写真を裏返し、手書きのフリップでその上を覆い隠した。
満里奈「(早口で)し、しかし!! あまりにも衝撃的な映像のため、放送コードに抵触する恐れがあり、澪奈さんの画像は公開できません!! 残念! 無念! 視聴者の皆様には、黒い画面とテロップでお楽しみください!!」
オルガ「エッ!? 見せなさいヨ! ナニが写ってたんデスカ!? 宇宙人のワタシに放送コードなんて関係アリマセン! 寄越すのです!」
満里奈「だ、ダメよオルガ! これは地球の平和を守るため……いや、私の命を守るために封印しなきゃいけないの! R指定どころか、剣道部エースによる『制裁指定』が入るわ!」
オルガ「ケチ! 下等生物の秘密なんて、ワタシが全部暴いてヤリマス! ほら、見せろーっ!」
ギャーギャーと写真を奪い合って揉み合う二人。
満里奈が必死に写真を背中に隠し、オルガがそれを回り込んで奪おうとする、まるでコントのような攻防が繰り広げられていた。
その時だった。
二人の背後から、底冷えするような、しかし呆れ果てたような低い声が聞こえてきた。
「……おい」
満里奈とオルガがピタリと動きを止める。
恐る恐る振り返ると、そこには竹刀袋を背負い、冷ややかな目をした「神秘の美少女」ご本人――葉風澪奈が立っていた。
夕闇の中、彼女の背後には鬼火のようなオーラが揺らめいているように見える。
満里奈「ひぃっ!? れ、澪奈さん……!?」
オルガ「アラ、ご本人登場デスネ。ドッキリ大成功?」
澪奈は、満里奈が隠し持っている写真と、さっきまで掲げていた「美少女探訪シリーズ」というふざけたフリップを交互に見比べ、深く深いため息をついてから言った。
澪奈「……俺は密林に生息する珍獣か何かか…?」
その後、ネガフィルムと写真を全て提出させられた満里奈…。
そして、それらはその日の内に永久に消滅したのである…。
画面がゆっくりとフェードアウトすると同時に、アップテンポながらもどこか放課後の切なさを感じさせるポップチューン、
『未確認・青春・狂騒曲』
のイントロが軽快に流れ出した。
夕暮れの海岸沿い、オレンジ色に染まった遊歩道を、満里奈が少し気だるそうに歩いている。その背後からは、金髪を揺らしてスキップで追いかけるオルガと、さらにその後ろから呆れ顔でゆっくりと歩いてくる澪奈の姿があった。
画面の端にはキャスト名が流れていく。
鷺ノ宮満里奈、
オルガ・リピンスキー、
葉風澪奈、
古井座一見、
弥勒央美、
紫鳳院麗華、
柊光、
そして九重仙璃……。
さらには「スペシャルゲスト」として、元禄斎たち霊獣三兄弟や、伝説のたぬき甲冑、ライカM3といった名前までもが、波のリズムに合わせて浮かび上がっては消えていく。
『♪教科書の隅に描いた落書きが 突然動き出した 午後の教室』
歌詞が物語るように、彼女たちの日常は既に「ありえない」の連続だ。サビに入ると映像は一転、疾走感あふれるシーンへと切り替わった。
先頭を必死の形相で走る満里奈。その後ろを、光学迷彩で点滅しながら楽しげに追走するオルガ。さらには優雅に指揮棒を振りながら並走する一見や、巨大なイーゼルを抱えて激走する麗華までもが入り乱れ、画面狭しと駆け抜けていく。
背景には
「衣装協力:紫鳳院財閥、柊コンツェルン、たこ焼きピーちゃん…」
「撮影協力:那須町観光協会、アメリカ合衆国空軍、防衛省…」
といった、壮大すぎるクレジットが流れていく。
『♪走れ! 響け! 私たちのメロディ 不協和音さえも 味方につけて』
ラストシーン。
防波堤の上に全員が並んで座り、海に沈む夕日を眺めている。オルガが満里奈の肩にこてんと頭を乗せると、満里奈は嫌そうな、けれど少しだけ嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた。
監督:作者。
制作:ひのきヶ丘中学 生徒会執行部。
音楽がジャン! と終わりを告げると、画面は暗転し、静寂の中に白文字だけが浮かび上がった。
次回、「私を弟子にして下さいR」
第◯◯話:「美術部襲来! 満里奈、甘い罠と10万円の攻防戦!?」
君は、生き延びることができるか……?




