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生存証明

朝のホームルームが始まる少し前。


ひのきヶ丘中学校の2年A組の教室は、登校した生徒たちのざわめきで満ちていた。窓から差し込む爽やかな朝の光が、教室の隅々まで明るく照らしている。


そんな日常の風景の中、古井座一見はいつものように背筋を伸ばして席に座り、文庫本を優雅に読んでいた。喧騒の中にありながら、彼女の周囲だけは静謐な空気が流れているようだった。



「おっはよー! 一見!」



そんな静寂を打ち破るように、元気な声が降ってきた。一見が本から目を上げると、そこには茶髪のボブヘアを揺らし、えくぼを浮かべて満面の笑みをたたえる親友、弥勒央美が立っていた。



「ごきげんよう、央美さん。朝から随分とテンションが高いですわね」



一見が栞を挟んで本を閉じると、央美は身を乗り出して机に手をついた。その瞳は、何か重大な発見をしたかのようにギラギラと輝いている。



「ねえ聞いてよ一見! 昨日の夜さ、布団に入ってウトウトしてたら、突然頭の中に謎の言葉がいくつも浮かんできたの!」


「謎の言葉……ですか? もしかして、数学の方程式とか?」


「違う違う! なんかこう……リズムに乗った魂の叫びみたいなやつ! でね、あまりにもスラスラ出てくるから面白くなって、そのまま歌詞にして曲にしちゃった! ついでに振り付けも考えてきた!」



一見は少し呆れたように首を傾げた。



「はぁ……。それで、私にどうしろと?」



央美はバッと教室の後ろのスペースを指差した。



「今からここで歌って踊るから見てて! 絶対に傑作だから! タイトルは『生存証明!~なんで私が仏様!?~』だよ!」


「……タイトルからして不穏な空気が漂っていますけれど……」



一見が止める間もなく、央美はカバンを机に放り出すと、教室の後方にある掃除用具入れの前――即席のステージへと躍り出た。


クラスメイトたちが「何が始まるんだ?」と注目する中、央美はアイドルよろしく可愛らしくポーズを決めた。



「みんな! 俺の歌を聞きやがれ!」



央美が自ら口でイントロのリズムを刻み始める。



「ズンチャ、ズンチャ……♪(キラキラしたアイドルの笑顔で)」



そして、歌と踊りが始まった。


央美は自らの口でキラキラしたシンセサイザーの音色を表現していたが、突然、木魚を叩くようなリズムに変わった。



「ポク・ポク・ポク・ポク…… チーン!」



そして、裂帛の気合いと共に叫んだ。



「だーかーらー! 生きてるっつってんだろォォォ!!」



央美は頬に指を当て、可愛らしくステップを踏む。その動きは完璧なアイドルだ。



「鏡を見れば 茶髪のボブ

えくぼがキュートな 中学生(JC)♡」



続けてアイスを舐めるパントマイム。周囲の男子から「おおっ」と歓声が上がる。



「恋に恋する お年頃

放課後 アイスで 一休み♪」



しかし、急に表情が曇り、不安げに天井を見上げる演技に入る。



「……のはずなのに おかしいな?

時々 空を見上げると

誰かの『合掌』 感じるの

手向けの花とか 見えちゃうの」



央美は見えない供花を払いのける仕草をしたあと、口から聞いたこともない低いベース音を漏らした。表情が引きつり始める。



「(クォクォクォ……)

耳鳴りかしら? 変な笑い声

(クォクォクォ……)

無性に 腹が立ってくる!

『あの世で元気にやってるか?』って……」



突然、央美の表情が修羅の如く一変する。アイドルの仮面が砕け散り、猛将のオーラが噴き出した。



「勝手に殺すなぁぁぁーッ!!」



エアギターを掻き鳴らすように、激しく頭を振るヘッドバンギングが始まる。



「私はここに 生きてます!

遺影いえいの枠に 入れないで!」



両手で四角いフレームを作り、それを拳で叩き割るアクションを見せる。



「涙流して 語らないで

感動エピソード 捏造つくらないで!」



見えない相手の胸倉を掴んで揺さぶるような激しいマイム。



「『彼もきっと草葉の陰で……』

かげじゃねえ! 日向ひなたにいるわ!」



床をダン!と踏み鳴らし、仁王立ちで叫ぶ。



「見えない『ぼう将軍』の 追悼演説

お断りします 生存届!!」



右手を天に突き上げ、勝利のポーズを決めたかと思うと、激しいエアギターソロの動きのまま、央美は早口でまくし立てた。



「ねえ、ちょっと聞いてよ一見!

なんか私、最近AIイラストで『ジャージのおっさん』になるだけじゃなくてさ、夢の中でヒゲのおじさんが『央美は死んだ』って言いふらしてる気がするの!しかも『フォルフォル』って音がすると、無条件で供養されてる気分になるの……これって呪い!? 呪いなの!?」



間奏明け、再び曲調が変わる。気を取り直したように、ショッピングを楽しむパントマイムを見せる。



「気を取り直して ショッピング

可愛い服を 探すけど

なぜか 目が行く 武具コーナー

『矛』を見ると 血が騒ぐ(なんで!?)」


一見「武器置いてるお店!?!?!?」



またしても、央美の口からあの不気味なベース音が漏れる。



「(クォクォクォ……)

また聞こえるわ あのリズム

(私を支えた その死を無駄には……)

勝手に殺すな やめろって!

そもそも ピンピンしてるから!

『臨死体験』すら してないわ!」



怒りを露わにし、激しく腕を振り回す。



線香せんこう あげて 拝まないで!

成仏じょうぶつなんて しませんよ!

『あいつはいい奴だった……』って

過去形にするな 現在進行形!」



見えない何かに向かって指を突きつける。



「見えない『ぼう将軍』の気配

私を 勝手に 神格化

感動的な BGMで

空へ送るな ソウル!!」



ここで曲調が急にバラード風に変わる。央美はピアノの伴奏を口ずさみながら、しっとりと歌い上げた。



「同じ月を 見ているのかな

遠い空の 向こう側

あなたがぐ そのお酒

大地に吸われて 消えていく……」



突然、バンッ!!と机を叩く音が響いた。



「もったいないだろ! 呑めよ自分で!!」



曲調が再び激しいメタルへ急変する。



「地面にくな 高級酒!

献杯けんぱいするな わたしに!

しみじみとした 顔すんな!

湿っぽいのは ガラじゃねぇ!!」



ギターソロ・バトルのパートに入り、央美は虚空に向かって槍を振り回すようなパントマイムを繰り広げる。



「おいヒゲ! こっち見んな! 泣くな! 笑うな!」



そしてラストサビへ。



「思い出の中で じっとしてない!

明日へ向かって 走るのよ!

私の命は 燃えている

(だけど聞こえる 鎮魂歌レクイエム)。うるさぁぁぁぁい!!」



央美は絶叫した。



「私はここに 生きてます!

(クォクォクォ……)

笑うなぁぁぁ!!

(安らかに眠れ……)

寝ねぇよぉぉぉ!!

天下の大将軍になっても

私の扱いは 変わらない!?

時空を超えた 愛ある(?)イジり

絶対出すぞ 被害届!!」



ジャーン!という締めくくりのポーズの後、遠くで静かに響く効果音を口で表現する。



「フォル……フォル……フォル……。……はぁ、はぁ……。ねえ一見、なんか今、空から『よくやった』みたいな目線を感じるんだけど……」



その時、どこからともなく馬のいななきのような音が聞こえた気がした。



ヒヒィーーーン!



央美は天井に向かって渾身の力で叫んだ。



「帰れぇぇぇーーッ!!」

(フェードアウト)



央美は肩で息をしながら、最後の決めポーズ(なぜか槍を構えるような姿勢)のまま、期待に満ちた目で一見を見た。教室は静まり返っている。


アイドルの可愛さと、突如として憑依したかのような武人の激しさのギャップに、クラスメイトたちは言葉を失っていた。


一見は、しばらくの間、瞬きもせずに央美を見つめていたが、やがてゆっくりと拍手をした。



「パチ、パチ、パチ……」


「ど、どうかな一見? なんかこう、体の奥底から湧き上がるパッションを感じない?」



一見は冷静に、しかしどこか憐れむような目をして口を開いた。



「ええ……パッションというか、殺気を感じましたわ。特に『クォクォクォ』というパート……あれは一体なんですの? 人間の発声器官から出る音とは思えませんでしたけれど」


「わかんない! でも、なんか西洋ヒゲの生えたおじさんが、ポーカーフェイスでこっち見てる気がして……無性にムカついたから歌詞に入れたの!」


「……ヒゲのおじさん……某将軍……」



一見は顎に手を当てて考え込んだ。その歌詞の内容、そして央美が見せる時折の猛将のような風格。



「(……やはり、央美さんには何か、前世の因縁めいたものが憑いているのかもしれませんわね。しかも、勝手に殺したがっている誰かに……)」


「ねえ、これ今年の文化祭でやろうよ! 吹奏楽部の伴奏で!」


「却下しますわ。そのような『鎮魂歌レクイエム』なのか『生存報告』なのか分からないカオスな曲、プログラムに載せられませんの。……それに」



一見はすっと立ち上がり、央美の背後を指差した。



「後ろで、オルガさんが目を輝かせてメモを取っていますわよ」



央美が振り返ると、いつの間にか教室に入っていたオルガが、猛烈な勢いでノートに何かを書き込んでいた。



「ホー……『クォクォクォ』……ト『某将軍』……。コレハ貴重ナ・データ・デスネ。央美サンのDNAニ刻マレタ記憶……解析スレバ、新タナ音波兵器ガ作レルカモ……」


「やめて! 私の歌を兵器にしないで!戦争なんてくだらねえぜ!」





央美の叫びが、朝の教室に虚しく響き渡った……。


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