女帝の甘い罠
仮装行列がようやく終わった。
学校中が興奮の余韻に包まれ、廊下は笑い声と足音で賑わっていた。満里奈は疲れた体を引きずりながら、教室に戻ってきた。甲冑のケースを肩にかけ、汗ばんだ額を拭う。行列でのパフォーマンスは大成功だったけど、こんなにクタクタになるとは思わなかった。
満里奈「ふう……早く座って休みたい……」
あと少しで教室のところで、廊下に待ち構えていた女子生徒が二人いることに気が付いた。
…それは、美術部の部長、麗華と二年の生徒の二人だった。
麗華は満里奈を見つけた途端、太陽の下でひまわりがパッと開いたような笑顔を浮かべると、妖精が舞うようにスキップをしながら満里奈に近付いてきた。
その様子に思わず身構える満里奈。
麗華「鷺ノ宮さぁ〜ん。パレードお疲れ様ぁ〜。お待ちしておりましたのよぉ〜ん♡」
普段は凛とした態度で振る舞う麗華が、聞いたことのない甘い猫なで声を出しながら近付いてくる。満里奈は何が起こったかのかと戸惑うが、そんな事はお構いなく麗華ともう一人の生徒は満里奈の両腕を両サイドからガッチリとホールドし、強引に歩き出した。
満里奈「…あ、あの…紫鳳院先輩! どこに行くんですか!?」
麗華「決まってるじゃない。打ち上げですのよん。さぁ…行きましょう。ご案内いたしますわ。オホホホホ♡」
満里奈「えっ…えっ…あの…わたし、片付けとか…。あと部活にも…」
麗華「ご心配なさらず。吹奏楽部の副部長さんには、ちゃんと丁寧に確実に、き・ち・ん・と許可は取ってありますから。さぁ、遠慮なさらずに…オホホホホ♡」
満里奈「ええええ〜!?」
こうして、満里奈は捕獲された宇宙人のごとく美術部の部室へと連行されていったのである。
美術部の部室は、学校の校舎の最上階端にあった。
高級ホテルのラウンジのような洗練された雰囲気。壁にはフレーム入りの絵画がずらりと並び、照明が柔らかく照らす。麗華は満里奈を豪華ソファに座らせ、もう一人の部員・あかりに紅茶を淹れさせると、満里奈の持っていた甲冑ケースに目を輝かせた。
麗華「まあ、鷺ノ宮さん。それが貴方の手作りコスプレ? 早く見せてちょうだい! 仮装行列でチラリと見ただけでも、心を奪われたわ♡」
満里奈は少し照れくさそうにケースを開き、たぬセルクの甲冑を広げた。たぬきの耳付きヘルム、トゲトゲのプレートアーマー、ふわふわの尻尾。麗華はそれを手に取り、まるで宝石を扱うようにじっくり観察する。
麗華「これは……素晴らしい! まず、ヘルムの曲線が絶妙ね。黄金比を意識したプロポーションで、視覚的なバランスが完璧。胴体のプレートは中世ヨーロッパの甲冑を思わせますが、たぬきモチーフのポップな融合がポストモダン・アートを彷彿とさせるわ。装飾のトゲは、ピカソのキュビズム的な立体表現を借用しつつ、現代のゲームカルチャーとシームレスに統合。素材の質感変換も秀逸で、ダンボールベースとは思えないメタリックフィニッシュ。これは、ルーブル美術館の現代アート部門に展示されてもおかしくない逸品ね! オホホホホ♡」
満里奈はポカンとして麗華を見つめた。中学生がこんな専門用語を並べ立てるなんて、信じられない。
黄金比?
キュビズム?
ルーブル?
満里奈の頭の中はクエスチョンマークだらけ。
満里奈「え、えっと……ありがとうございます? そんな大げさな……ただの趣味で作っただけですよ。先輩、美術の専門家みたいですね……」
麗華は満足げに頷き、紅茶を一口飲むと、部室をぐるりと指さした。
麗華「ふふ、当然ですわ。うちの美術部は、ただの部活動じゃないのよ。普段の活動は、基礎的なデッサンや油絵の練習から始まるけど、もっと本格的。毎週、プロの講師を招いてワークショップを開くし、デジタルアートや彫刻も扱うわ。文化祭ではオリジナル展覧会を開催して、来場者投票で賞を決めるの。部員たちは互いの作品を批評し合って、感性を磨くのよ。でも、何よりの自慢は……これ!」
麗華は壁際のガラスケースに満里奈を連れて行き、誇らしげに扉を開けた。そこには、信じられないほどの美術品が並んでいた。ルネサンス期の油絵、印象派のスケッチ、中国の古代陶器、エジプトの黄金マスク風の工芸品……どれも本物らしきものが静かに佇んでいる。さらに、その一角に、金属製のモビルスーツ像が輝いていた。
麗華「見てごらんなさい。このモネの水彩画は、市場価格で数億円よ。あのピカソの素描は10億円以上。ダ・ヴィンチの習作ノート断片は、美術館の目玉級ね。全部、本物ですの! うちの実家が紫鳳院財閥だから、父が学校に寄贈してくれたのよ。美術部専用に、セキュリティ完備の展示スペースを作っちゃったわ。普通の中学校でこんなコレクション、ありえないでしょ? オホホホ♡」
満里奈「…ほげ…全部…本物????」
麗華は目を輝かせ、◯ンダム像を掲げて満里奈に近づいた。彼女の声は興奮に満ち、まるで名演説をするかのように響く。
麗華「貴方の才能はニュータイプ級だわ。さあ、『満里奈、行きまーす!』って感じで美術部に突撃しなさい。私がラストの◯イラさんみたいに、両手を広げて笑顔で受け止めてあげるわ! オホホホ♡」
麗華は両腕を広げ、優雅にポーズを決めながら満里奈に迫る。満里奈は慌てて後ずさり、顔を赤らめながらツッコミを入れる。
満里奈「え、◯ンダム? そんな大げさな……私、ただのトランペッターですよ!」
しかし、麗華の勢いは止まらない。さらに熱弁を続け、像を振り回しながら声を張り上げる。
麗華「貴方の才能はコロニーレーザー級の破壊力よ! 入部届にサインしなさい!」
満里奈は必死に首を振り、麗華の熱意をかわそうと返す。
満里奈「“それは書かせてはいけないんだ”的なものですよ先輩!」
麗華は一瞬キョトンとしたが、すぐに高らかな笑い声を上げた。彼女のプライドは揺るがず、むしろ満里奈の返しを面白がっているようだった。
麗華「ふふふ、貴方のユーモアのセンスも素晴らしいわね。そんなウィットに富んだ才能こそ、うちの部活動にぴったりよ。遠慮は無用よ。この豪華な展示スペースで、一緒に新しい芸術を生み出しましょう!」
満里奈「…あの…これ全部…マジで本物なんですか?」
麗華「マジですよマジ。オリジナルのインスピレーションが真の芸術を生み出すのよ!」
満里奈「…………………」
疑心暗鬼だった満里奈の目は点になった。数十億円の美術品が、中学の部室にずらり。ガラスケースの向こうで、歴史的な名品が静かに佇んでいる光景は、まるで夢か幻。満里奈は思わずケースに触れそうになり、慌てて手を引っ込めた。
満里奈「……全部本物…。こんなところで……セキュリティとか大丈夫なんですか? 私、触っちゃいけないですよね……」
麗華は笑みを深め、満里奈の肩に手を置いた。
麗華「ふふ、貴方のような才能が加わったら、もっと素晴らしい作品が生まれるわよ。さあ、入部しましょう! 今入部すれば、特典満載よ。まずは10万円分の商品券をプレゼント。デパートで好きな画材や服を買えるわ。あかり、持ってきて!」
あかりが慌てて封筒を差し出す。中には本物の商品券らしきものがチラリと見える。満里奈は目を丸くするが、麗華の攻勢は止まらない。
麗華「それだけじゃないわ。鷺ノ宮さん。貴方、たこ焼きだけじゃなく甘いものも大好きだって聞いたわ。 特にチョコレートケーキとアイスクリーム。入部したら、毎週の部活後に高級フレンチのフルコースを振る舞うわ。ミシュラン三つ星シェフを呼んで、貴方好みのデザートをカスタムオーダー。チョコレートフォンデュにトリュフ入りケーキ、マンゴーパフェ……想像しただけでお腹すくでしょ? しかも、財閥のコネで海外直輸入の食材よ。美術部しながらグルメ三昧、最高じゃない?」
満里奈の食欲が反応した。
確かに、満里奈は甘党でもある。どうやら、クラスメートの情報源から漏れていたらしい。10万円の商品券に高級料理……中学生の勧誘とは思えない豪華さ。でも、吹奏楽部との兼部は無理だし、日常のさまざまなことが頭をよぎる。満里奈は必死に抵抗するが、麗華の目は獲物を狙う女帝の輝き。
満里奈「そ、そんな……おいしそうだけど、私、吹奏楽部が忙しくて……それに、そんなお金のかかること、悪いですよ!」
麗華「遠慮なさらず! 貴方のデザインセンスで、うちのコレクションに新しい風を吹き込んで。これが吹奏楽部の退部届。そして、これが美術部の入部届。ここよ。サインしたら、今日からデザートタイム♡」
部室は甘い誘惑の香りに満ち、満里奈の決意が揺らぎ始める。あかりがそっとケーキの写真をスマホでスライドショーし、麗華の戦略は完璧。
食欲を狙った攻勢に、満里奈はどう対抗するのか?
この勧誘、戦いは思いもよらぬ方向へと進むのである…。




