【番外編】魔神様は溺愛デートに行くらしい 後編
気の向くままに気になった店へと入り、自分やアズラニカたち用のお土産を買っていく。ここでようやくいつものサヤツミの気持ちが少しわかった気がするわ。
出掛けるとついつい誰かへのお土産を買いたくなるのよね。
人によると思うけれど、これに関しては私とサヤツミは同じタイプのようだった。
(……といっても、鼻毛ドラゴンの抽象画とか笛になる槍とか謎のおじさんの似顔絵が入ったロケットペンダントとか、お土産のセンスは謎なんだけれど)
食べ物ならハズレはないし、完全に変なものばかりってわけでもないのだけれど、サヤツミが凄まじいセンスを発揮した時のお土産のインパクトが凄すぎて思い出すのがそればかりになる。
今日も紫色の煙が出る魔法のステッキのレプリカを買おうとしていたので、さり気なく止めておいた。
いや、これを持つアズラニカはちょっと……というか大分見てみたいけど、私が止めなきゃ誰も止められないんだから仕方ない。
でもこのエピソードも含めて楽しい時間だわ。
そうしてホクホクしながら時間を確認し、ちょうど良い頃合いということで、ついに本命である文具店へと向かうことに決める。
その文具店はパークゲルテの北の地区にあり、小ぢんまりとしているけれど古くて貫禄のある店構えだった。
それはこの職人が切磋琢磨しているこの街に長い間存在し続けている猛者だという証拠だ。
「わぁ、ペンがいっぱい……!」
入ってすぐに目に飛び込んできたのは壁一面に飾られた数多のペンたち。
羽ペンから万年筆まで様々な種類のペンが揃っており、中には魔法を用いたものもあるのか不思議な鎖に繋がれていたり、特殊なケースの中で冷気を放っているものまである。
サヤツミ曰く「あの冷たそうなやつは炎属性のインクで書く時に使うんだ。温度差があるとノリが良いらしいよ。どっちかというとイフリート用かな?」とのことだ。
イフリート……そういえばゲームでは火山エリアのボスにいたわね……!
ひとまず私は記録に使えて長持ちすればそれでいいので、人間を基準に使いやすそうなものはないかとキョロキョロする。
するとサヤツミが肩をちょんとつついた。
「ゼシカ、今回の主目的は最高のペン先だろう?」
「……! そうだったわ、ペンとペン先は似て非なるものよね」
「あはは、まぁ君にこんな光景を見せれば夢中にもなるか! ほら、ペン先はこっちだよ」
サヤツミは私の手を引くと店の奥にあるショーケースへと向かう。
そこにはペンたちと同じように様々なペン先がずらりと並んでいた。
見本としてひとつディスプレイされ、その後ろに箱入りのものが並んでいる形だ。
箱には三本ほど入っているらしい。
ナクロヴィアではペン先は十個セットで売っていることが多いから大分少なめね。
「ゼシカ、どれが最高のペン先だと思う?」
「えっ……と、――このシャープで丈夫そうなものとか?」
「ブブーッ! 正解は全部でした!」
全部ならこれもその中の一部なわけだし、ちょびっとだけ正解にしてもらいたいところだわ。……と笑いながら伝えると、そういやそうかと納得したサヤツミは「ピンポン! それもまた正解のひとつだ!」と言い直した。
完全に正解にしてくれる辺り甘いわね! ありがと!
それにしても、ともう一度ペン先を見下ろす。
丁寧な作りをしているし、たしかにどれもこれも長持ちしそうだ。
さっきは無理やりひとつに絞ったけれど、この全部が最高のペン先だと聞いて納得できるくらいにはすべての完成度が高い。
「……あ。長持ちするから箱に入ってる数も少ないのね」
「その通り。十本も入ってたら長生きの魔族でないと使い切れないし、リピートもされなくなっちゃうからね」
そもそも人間よりかなり長生きな魔族を例に挙げることになるなんて、本当に長持ちするのね……。
なら私にうってつけだわ。
値は張るけど大切な仕事道具だと思えば惜しくはない。
記録官にはちゃんとお給料が出るから、貯めておいた貯金が火を吹くわよ!
心弾ませながらペン先を吟味し、文章を書くことに向いていてインクの節約もしてくれるペン先に決めた。
銀色をしていて艶やかな表面に店のマークであるツタの巻きついた羽ペンの絵が刻印されている。交換する日が来ても取っておきたくなるくらい素敵だわ。
「羽ペンに付けるなら柄も売ってるよ。可愛い模様もあるから見てくといい」
「羽ペンに可愛い模様……!? 王都ではシンプルなものが多いから面白そうね!」
ナクロヴィアで使われている羽ペンには二種類ある。
古式ゆかしいものは羽根そのものをペン型に削り出して使う。
そして、残るもう一種類がその見た目を継承しつつも金属製のペン先をはめ込める形にしたものだ。
要するに後者は羽ペンの形をした付けペンね。
私が普段使っているのはこっちだけれど、前者のほうも持っているわ。
メンテナンスの時にナイフで削ったりするから使う頻度が落ちちゃったけど書き心地は好きよ。
そんな羽ペンはいつもは色が塗ってあってもシックなものが多いし、装飾も金色や銀色など豪奢な印象が強い。お城で使うからかもしれないわね。
でも記録官が使用する道具に特に縛りはないので、一本くらいはいつもとイメージの違うものを手に取ってみても良いかもしれない。
羽ペンのコーナーに向かうと本当に様々な種類があった。
青と白のボーダー柄に塗られたものや、一体どんな種類を使っているのか装飾に青い金属を採用したもの。シンプルに猫の肉球が彫り入れられたものもある。
そして目を瞠るのが使われている羽根だ。
羽ペンの主役の半分は羽根の部分だと思う。もう半分の主役は柄の部分ね。
いつもは白、黒、茶が主流で柄が入っていてもフクロウや鷹のようなものが多い。
ここに並んでいるものにもそれは含まれていたけれど、他は一目でわかるほどカラフルだった。
「すごいわ、この羽根なんて太陽の光でキラキラ輝く黄金色をしてる!」
「東の森に住む黄金鳥の羽根だ、昼間によく光を当てておくと夜に光るよ」
「ち、蓄光……? わっ、こっちは妖精みたい」
「フェアリーの翅は一生ものだから普通は貰えないけど、それはデミフェアリー……モンスターの翅だね。薄いのに丈夫だからゴミを払うのにも支障はない」
ふむふむとサヤツミの説明を聞きながら羽ペンを見ていく。
黒いけど角度をつけると星空のように瞬くもの。
深い緑が森のようで美しいもの。鮮烈な赤が目を引くもの。
そして視線を感じてそちらを向いたら『目が合った』クジャクのような羽根を使ったもの。
……目が合ったのは比喩じゃないわ。この羽根、まばたきをしてる。
「おー、南のゲートダンジョンにいる裏クジャクの羽根だ。これ羽根の目玉模様に本当に目の機能があるんたよね、視神経じゃなくて魔力で繋がってるんだけど」
「取れた後も動くの?」
「魔力を足すと動く。もちろん意思はないけどペット感覚で可愛がってる奴は見たことがあるなぁ。これはディスプレイ用に店長が魔力を入れといたんじゃないかな」
そういえば店長の姿を見かけないわね、とカウンターに視線をやるとイスに座っているのか頭のてっぺんだけが見えていた。
ドワーフなので背丈が足りていないのかと納得しかけたけれど、今までの店はしっかりと高さを合わせたイスだったはず。
そこでサヤツミが小声で「シャイだから接客とかしないよ」と教えてくれた。
なるほど、わざと隠れるようにしてあるのね。
「……ふふ、サヤツミは長い間眠っていたけれど、今は誰よりも情報通ね」
「ふふん、色々なところに出掛けたからね。案内は任せておくといい!」
「頼らせてもらってるわ。——それにしてもペンについて詳しかったけれど、もしかしてサヤツミも筆記用具に興味があるの?」
私の問いにサヤツミはほんの少し首を傾げた。考え中らしい。
「まあ……興味は出てきたかな」
「出てきた段階でこんなに詳しいのね……」
「こういうものを見かけるたび、ゼシカが好きなんじゃないかなぁって目が行ってたからだよ。今回はそれが活かされた」
だから覚えてて良かった、とサヤツミは歯を見せて笑った。
そう言われるとなんだか照れるわ。お父さんが私の好きなものを覚えていてくれた時みたい。
あ、もちろんこのお父さんは前世のもので、今世の愚王のことじゃないわよ。
その時、私の中でひとつの名案が浮かんだ。
サヤツミにこしょこしょと耳打ちすると彼も嬉しそうな顔になる。
悪い反応じゃない。それを嬉しく思いながら、私はもう一度羽ペンたちを見た。
さあ、この中からこれから仕事の相棒になる子を見つけ出すわよ!
***
「――ほう、それが先日買ったペンか」
昼下がりの執務室で記録を纏めていると、訪ねてきたアズラニカが手元を覗き込んで笑みを浮かべた。
この執務室は魔王専用の部屋と近い位置にあって、記録官の仕事部屋として私に与えられた場所だ。今もまだ書庫で書き写し作業をすることもあるけれど、城の記録関連の仕事をする時はここで行なっている。
なのでアズラニカが休憩がてら覗きに来ることが多かった。
「ええ。最初はペン先だけのつもりだったけど、思いきって買っちゃった。仕事中も目を楽しませられるから気に入ってるのよ」
自慢をするように揺らした羽ペンは水色の羽根を使ったもの。
柄には銀が使われおり、滑り止め代わりに螺旋状の模様が刻み込まれていた。
目を引く色だけれど集中を邪魔するものではなく、馴染み深さもあって落ち着く。
そう説明するとアズラニカは深く頷いた。
「ゼシカの髪の色と同じ色だな。ならば落ち着くのも頷ける」
「あら、イメージしたのはあなたの目の色なのだけれど」
そう伝えるとアズラニカは水色の目をぱちくりさせ、直後に「な、なるほど」と照れと嬉しさを混ぜた表情で納得してくれた。相変わらず可愛いわね。
そのまま咳払いをしたアズラニカは私の向かいにわざわざイスを持ってきて座っているサヤツミに目をやる。
イスに座ったサヤツミも私のようにノートになにかを書きつけていた。
よく色んなことをしているサヤツミだけれど、こうやって大人しく座ってなにかを書いているのは珍しい姿かもしれない。
だからアズラニカも目がいったみたいね。
「随分と夢中になって書いているが、一体なにを……」
「ん? 日記さ。今日も魔王はゼシカとラブラブしている、っと」
「なにを書いている……!?」
――あの時、私は自分の分だけでなくサヤツミの分も羽ペンを買った。
興味があるなら自分だけのペンを一本手に入れて、それで日記を書いてみたら楽しいかもしれないと誘ったのだ。
サヤツミも案外乗り気で、私が選んだものなら喜んで使うと言ってくれた。
実際にあの場でプレゼントしたらとても喜んでいて、それ以来こうして日記をつけている。
一日の終わりじゃなくて事あるごとに書き込んでいるのが彼らしいわ。
魔神の日記なんてとてつもなく長くなりそうだけれど……記録に残しておくのは悪いことじゃない。
ラジェカリオもオトもやっていたことだと言うとサヤツミは「俺はあいつらより読みやすく綺麗に書いてあげよう」と笑っていた。
「日記って書いてると結構楽しいよ。それにいつかゼシカに資料として使ってもらえるかもしれないしね」
「に、日記をそういう目的で付けてる人は珍しいわね。でも歴史的価値が出そう」
その歴史的価値があるものに魔王と私の日常が盛り込まれているのはどうかと思うけれど、日記には好きなことを書いてもらいたいのでツッコまないでおく。
サヤツミはアズラニカにも日記を勧めていたけれど、アズラニカは「私には文才がない。故に面白みに欠けるものになるだろう」と消極的だ。
べつに面白おかしく書かなくてもいいものなのに……。
ただ、気持ちはわかる。書くことが苦手な場合は付加価値を付けるといいかも。
そう伝えようとしたところでサヤツミがニヤリと笑った。
「そういえば言い忘れてたけど」
「む?」
「このペンさ、ゼシカに貰ったんだ。羽根の色は違うけど同じ海鳥から取ったものなんだよ。ほら」
サヤツミの羽ペンは綺麗な緑の羽根で、海鳥と呼んでいるそれは海に住む大きな鳥型のモンスターのことを指している。
青と緑の模様が特徴的な鳥なので色が異なっていても同じ鳥から取れたものだ。
しかも無口な店長さんがボソッと教えてくれたところによると、完全に同一個体から採取したものらしい。つまり姉妹ペンって感じの代物ね。
サヤツミは「つまり」とペンを揺らす。
「ゼシカとお揃いだ。いいだろ?」
「む、むむむ……! ……、……いいな」
「素直で宜しい!」
「今度買いに行こう」
――アズラニカにとっての付加価値はこれだったみたい。
そう思いながら、私は彼に似合いそうな羽ペンを想像した。
再びパークゲルテに訪れ、今度はアズラニカ用の羽ペンを買いに行く日もそう遠くはなさそうだ。




