【番外編】魔神様は溺愛デートに行くらしい 前編
※最終回後のエピソードですが、本筋に関わる大きなネタバレはありません
作中の時期:最終回後
出演キャラ:ゼシカ、サヤツミ、アズラニカ
簡単なあらすじ:
『最高のペン先』を求めてサヤツミとデートに出掛けることになったゼシカ。
彼の言うデートは男女間の下心のないお出掛け――要するに人間を愛でるお出掛けである。そうして出向いたのはナクロヴィアの東部に存在するパークゲルテと呼ばれる街だった。
古い文献を書き写していた時のことだ。
不意にペンの書き心地が変わったかと思えばインクが出なくなってしまった。
今まで何度もあったことなので、焦らずにペン先を新しいものに付け替える。
でも頻度が問題ね。
毎日絶えず文字を書いているから劣化する速度がなかなかのものだわ。
そんなに筆圧は高くないはずなのにペン先のストックがどんどん減っていくの。
現在、ナクロヴィアとファルマに関する記録は通常はインクと紙、重要なものはそれに加えて長期間保存が利く石板へ文字を彫る形で行なっている。
インクも紙も長持ちするものを試行錯誤して作っているけれど、ペン先に関してもそろそろ考えなきゃいけないかも。
——そう思っていると真上から黒い影が落ちてきた。
背後に立って私の手元を覗き込んだサヤツミだ。
「おや、仕事道具がダメになってしまったのか」
「替えがあるから大丈夫よ。でもしょっちゅう壊れるのは考え物ね……」
それなら、とサヤツミは私の肩越しに壊れたペン先を摘まみ上げると尖った犬歯を覗かせて笑った。
「なかなか壊れない最高のペン先を買いに行かないかい」
「さ、最高のペン先? そんなものがあるの?」
「今も色んなところに足を伸ばしてるからね、ゼシカの知らない最高のドーナツを売っている店や、最高のふわふわドラゴンのぬいぐるみを売ってる店も知ってるよ!」
それは両方とも気になるところね……!
けれど今一番気になるのはやっぱり最高のペン先だ。
なかなか壊れないなら記録官である私に最適だし、さっきみたいに取り替え作業で集中力が途切れることもなくなる。
想像を膨らませてそわそわとしているとサヤツミが「じゃあ次のお休みに行こう、ゼシカとデートだ! アズラニカには俺から許可を貰っておくから心配しなくていいよ!」などと言って楽しそうに部屋から出ていった。
サヤツミの言う『デート』は男女間の下心のないお出掛け――要するに人間を愛でるお出掛けなので、アズラニカも却下することはないと思う。
むしろできれば彼も一緒に来てほしいところだけれど、南の古い貴族がなにかやらかしたらしくて、今はちょっと忙しそうにしているので難しいかもしれない。
――そんな私の予想が当たったと知ったのは、サヤツミがOKを貰った旨を知らせにきた時だった。
***
サヤツミの言う『最高のペン先』が売られているのはナクロヴィアの東部に存在するパークゲルテと呼ばれる街で、ドワーフの工房が立ち並ぶ土地だった。
工房で扱っているのは武器からアクセサリー、工芸品のようなものから日用品までかなり幅広く、それぞれを専門で作っている様子だ。
店や住居の密集している区画がパークゲルテに入ってすぐのところで、その奥には製鉄所が立ち並んでいた。
距離があるはずだけれど、遠くても立派な煙突がよく見える。
製鉄所側から吹いてくる風は少し金属質なにおいがした。
「わぁ、ナクロヴィアにドワーフがいるのは知ってたけれど……凄いわね、てっきり武器や防具しか作っていないのかと思ってたわ」
「俺が封印される前はそんな感じだったよ。けれど彼らのクリエイター魂はそれでは飽き足らなかったんだろうね、今じゃこんなに手広くやる職人ばかりになった」
それでもそれぞれ専門にしているものが異なるのはこだわりがあるからかもね、とサヤツミはウキウキと道を進みながら言う。
彼は私と出掛けることになってからずっと機嫌が良かった。
そのせいで――その、移動はサヤツミに任せたのだけれど、走る際に張りきりすぎてて抱えられたまま死ぬかと思ったわ。いわゆるお姫様抱っこだったのだけれど風圧で顔が胸板に押し付けられて窒息するところだったのよね。
さすがにこんな死因は頂けない。
(前にクランも似たような目に遭ってたけど、私とは体勢が違っていたからもっと怖かったかもしれないわね……)
お姫様抱っこと小脇に抱えられるのとでは天と地ほどの差がある。
あれからクランも成長したので今なら耐えられるかもしれないけれど、試してみてと言っても全力で断られる気がした。
そんなことを考えつつ足を進めていると一軒の店に目が留まる。
目的の店……ペン先を扱っているドワーフの文具店ではない。
「ん? ゼシカはお腹が空いてるのかな?」
私の視線を辿ったサヤツミがわざわざ目の上に手をかざして店を見ながら言った。
ついつい釘付けになってしまったのは料理店。
どうやらドワーフの料理を扱っている店のようで、さっきから良い匂いが漂ってきている。捕まったのは目だけでなく鼻もだったみたい。
でも昼ご飯にはまだ早かったし、なんだか恥ずかしいのもあって「違うわよ」と否定しようとした――のだけれど、その声を腹の虫が掻き消してしまった。
こ、この腹の虫! 空気を読まないやつだわ!
アタフタとしているとサヤツミが肩を丸めて後ろを向いたかと思えば声を殺して笑い始めた。
この感覚には覚えがある。
前世で子供だった頃、久しぶりに会った親戚のお兄さんの前で特大のくしゃみをしたら両方の鼻の穴から鼻水が長々と出て笑われた時と同じだ。
赤くなった顔を隠すべきかお腹を押さえるべきか迷っていると、サヤツミがごめんごめんと謝りながらこちらに向き直って手を差し出した。
そして「文具店は素晴らしい店だ。だから店を見て回ってる間に時間を忘れて昼飯をすっぽかしちゃうかもしれないしね」と前置きしてから言う。
「お詫びに、あのお店でゼシカの好きなものをご馳走しよう!」
俺も君と一緒に食事をしたいしさ、とウインクと共に気を遣ってくれたサヤツミの誘いを断る理由はひとつもなかった。




