【番外編】オールドミネルバの不死鳥 後編
翌日のこと。
雪が積もっていないだけでまるで以前とは別世界のようだった。
魔王の物置きへと向かうルートは前回と同じものにしたのだけれど、途中でサヤツミに「あの時と同じ道だよ」と指摘されるまで気づいていなかったくらいよ。
まだ街からその道へ向かっている最中だと思っていたからビックリしちゃったわ。
……というか街から出た時からすでに同じルートだったらしいのよね。
地形をも変える雪の力は本当に偉大だ。
アスターが道中で見慣れない虫を追いかけたり風で帽子が飛ばされたりといったハプニングはあったものの、深刻な足止めを食らうことなく私たちは魔王の物置きへと辿り着くことができた。
壁画は前に見た時のままで、目を輝かせたアスターが「へんなカラス!」と指さしていた。不死鳥よ。
「アズラニカ、結界はどう?」
「きちんと機能しているようだ。これなら中の石板や木簡も無事だろう」
「良かった……あの時は沢山お世話になったものね。のちの世にもきちんと遺さなくちゃ」
古代の神についての新しい記述もこの中に納められている。
本に纏めた後に長期保存に耐えられるよう石板にも彫り直したのよ。
職人さんには挿絵まで頑張って写してもらった――というか、頼む前から彫る気満々だったのでお言葉に甘えた形だ。
もちろん記録官としては自分の手でも彫ってみたかったものの、思っていた以上に力が必要な上に、力加減と角度を誤ると今度は石が割れてしまうのでプロに任せることにしたの。
適材適所よね、代わりにたっぷりと監修させてもらったわ。
今後も重要な情報は魔王のお墨付きをもらってから保管する予定になっている。
自分の記したものが後世の役に立つことを祈って、私は重厚な扉をひと撫でした。
その時だ、出入り口の方から妙な音がしたのは。
振り返るより早くアズラニカが私とアスターを抱き寄せる。
「待て、防御魔法をかける」
「な、なにかいるの?」
「予想が正しければ悪いものではない。が、生身で近づくのは害があるかもしれないのでな」
そう言ってかけてくれた防御魔法は熱関連のダメージに特化したもので、古代の神との戦いの際に肝を冷やしたことから後日アズラニカが覚えたものだった。
今でもたまに私と黒い炎の球がセットで夢に出てくるらしい。心配かけて申し訳ないわね……。
すると出入り口側から生暖かい風が吹いてきた。
それはあっという間に熱風になる。魔法のおかげで真夏の砂浜で直射日光を浴びている程度で済んでいるけれど、もし無かったら炙られていたかもしれない。
道の向こうから翼を畳んで現れたのは――青い炎の巨鳥だった。
「ふ……不死鳥……?」
「そうだ。守護者として様子を見にきたようだが……」
狭いところにごうごうと燃える体で入ってきたので、まるでかまどみたいになっている。魔王の物置きそのものは結界があるので問題ないけれど、これはなかなかに過酷な環境だわ。
自然界の炎とは異なるのか酸素は消費されていなかったけれど、これでもし消費するタイプだったら今頃酸欠で倒れてるわね。
そんな中、渋い顔をしているアズラニカの横を涼しい顔で歩いていったのはサヤツミだった。
熱風に金髪を舞わせながら不死鳥に近づき、くちばしの先に「こら」とデコピンをする。
もちろんくちばしも炎で出来ているので触れば熱いはず。
しかしサヤツミは普通の子供の額にデコピンでもしたかのような顔だった。
「俺たちだったからよかったけど、これじゃ侵入者の善悪を判断する前に焼き殺しちゃうじゃないか。昔はそれでよかったかもしれないが……今の魔王は優しいんだ、ほらほら外に出た出た!」
そのままデコピンどころか両手でぐいぐいと押している。
笑顔で真似しようとするアスターを真顔で確保し、押されながら後退していく不死鳥を見ると明らかに「ひー!」という顔をしていた。
意外と愛嬌あるのね……。
ひとまず外へ出ると、熱いは熱いものの先ほどより格段にマシになった。
不死鳥はじいっとアズラニカを見下ろしている。
当代の魔王だってわかるみたい。
アズラニカは「私は魔王アズラニカだ。今日は結界の確認に訪れた」と説明したけれど、不死鳥は彼の言葉を理解しているのかいないのかこちらでは判断できない顔をしていた。
死の概念がないほど高等な生物だけれど、会話でコミュニケーションは取れないらしい。
「ママ、あのへんなカラスにさわりたい」
「え!? 駄目よ、火傷しちゃうわ」
「ああ、アスターは魔族の血が不安定だ。我々のように熱への耐性は高くあるまい」
アズラニカがクォーターで、私が人間のためアスターに流れている魔族の血はとても薄い。
角は生えているけれど、それが血の濃さとイコールで繋がってるわけじゃないから成長してみないとどうなるかわからないのよね。
ただ、耐性のように予想できるものもある。
だからあまり危険な目には遭わせたくないのだけれど……だからといってアスターの自由を縛りすぎるのも避けたいので、折衷案はないかと考え込むことになった。
そう困っているとアズラニカは「だが」と続ける。
「今は防御魔法が効いている。撫でる程度なら大丈夫だろう」
「……それって私も?」
「いや、ゼシカは完全に人間故、魔法があっても直接触れれば火傷を負う。――しかし撫でたいなら次までに防御魔法の精度を上げておこう」
羨ましそうな顔に見えたのかアズラニカがそう言って微笑んだ。
いや、その、不死鳥について色々と記録しやすくなると思ったからで、羨ましいとかでは……いや、ここは素直になるわ。
羨ましかったのよね。次の機会に期待しましょう。
アズラニカに抱き上げられたアスターは不死鳥の額を両手でわしわしと撫でて満面の笑みを浮かべた。
ワイルドな触り方だったけれど、不死鳥は嫌ではないのか目を細めている。
そしてすりすりとアスターの手にすり寄った後、アズラニカにも同じようにした。
その仕草を間近で見たアズラニカが小さく声を漏らす。
「この鳥類にあるまじき仕草……まさかお前、あの時の雛か?」
「えっ、それって前に話してくれたお父様が連れ帰ってきたっていう……」
たしかに鳥も撫でてほしい時は頭を差し出してきたりするけれど、犬みたいに自分からすりすりする子は――いないとは言いきれないけど稀だわ。
少なくともアズラニカの記憶を刺激するには十分なくらいには。
どうやら昔ラジェカリオが出先で拾ってきたのは雛に戻っていた不死鳥で、その出先っていうのがオールドミネルバだったらしい。
「で、でも不死鳥なら炎みたいな雛なんでしょ? それならさすがに覚えてない?」
「不死鳥は自ら積み上げた香木の中で焼死し、その灰から生まれ直す。つまり灰の時は燃えていないわけだ。それが成長しきる前の雛の間も適用されていた、という可能性はある」
「ん? 不死鳥の雛の話をしてるのか?」
嬉しげなアスターを撫でていたサヤツミがきょとんとしながら言う。
「アズラニカの言う通りだよ、短い期間だが幼い雛の間は灰色をした普通の雛に見える。まあサイズは大きいけれどね」
「……! お墨付きが貰えたわね。まさかアズラニカが昔会ってたなんて……」
「私も驚いた。……少しの間とはいえ、父が間違えて魔王の物置きの守護者を連れ帰っていたことにも驚いたな」
たぶんラジェカリオも不死鳥の雛を知らなかったのね。
……魔王すら知らなかったこと。これは本に記し甲斐があるわ!
そう早く文字にしたくてそわそわしていると、私の思考を見透かしたかのようにアズラニカとサヤツミが笑った。
そこへアスターが足をばたばたさせながら問う。
「ママはさわらないの?」
「ママにはちょっと熱すぎるみたい。でも次に来た時には撫でれるわ」
「! ならたのしみにしてて。さわるとねー、てのひらがゴワゴワブオオッてなるから!」
――記し甲斐のあることがここにもあったわ。
そして私もアズラニカたちと一緒になって笑うと、よくわかっていないアスターもみんなの顔をきょろきょろと見ながら笑った。
***
こうして短い旅行は終わりを迎え、城へと帰ってきた私たちは再び日常へと戻る。
日常といっても明日からまたファルマへ足を運ばなきゃならないし、視察の予定も入っていた。本当は早く寝たほうがいいのだけれど、と私はペンに手を伸ばす。
やっぱり鉄は熱いうちに打つべきなのと同じように、記憶も早いうちに文字にしておかなきゃ。
そう机に向かっているとアスターから紙とペンをせがまれた。
絵でも描くのかしら、と手近にあった画用紙とクレヨンを手渡すと夢中になってなにかを描いている。
「なにを描いてるの?」
そう覗き込むと青色でウニみたいなものが描かれていた。……不死鳥かしら?
よく見ると不死鳥の絵の下にはぐにゃぐにゃのなにかがある。草ではなさそうだけれど一体なんなのか予想がつかない。
ただ、アスターはたまに凄く独創的なものを描くので、石の下にいたミミズをなんの脈絡もなく描いてても私は驚かない。
しかし。
「きょうのにっき!」
予想は外れていた。
そうか、これは私には読めないけれどアスターなりの文字なのね。
四歳なのに凄いわ! と褒めるとアスターはえっへんと得意げにしながら黒い塊と水色の塊を描き加えた。
私たちかしら、サヤツミはいないのね……と下のほうを見るとニコニコ顔の黄色い丸があったのでこれかもしれない。
すると寝支度をしていたアズラニカが覗き込んできた。
「次の記録官は決まりだな」
次代の魔王と兼任できるのかしら? と思ったものの、すでに王妃が兼任しているのだから問題はなさそうね。
将来の道はアスターに決めてもらうけれど――息子と一緒に情報や書物を管理している自分を思い浮かべると、自然と笑みが浮かんだ。
「ふふ、ママもまだまだ負けてられないわ」
遥か未来にこの子が古い本を開いた時、そこに纏められた文章や文字そのものから私の存在を感じてくれたら嬉しい。
残せるものは情報だけじゃないから。
そんな気持ちを籠めながら、席に戻った私はペンを走らせる。
――いつものように。




