第43話 古代の神の厭悪
舞の衣装に袖を通す。
軽い素材は戦場では心許ない。しかし、だからこそ目を引くとも言える。
古代の神と魔神による殴り合いはまだ続いていた。
――そう、一方的に殴るだけだったサヤツミも反撃を受けるようになっている。
その合間に巧みに挟まれる超高位魔法には少しずつ意図が見え隠れし始めていた。
フェイントに使ったり本命の攻撃の補助に使ったり、だ。
(つまり、古代の神にそれだけ考えられるほどの理性が戻ってきたってことよね)
物騒な方法だったけれどサヤツミの取った手段は有効だったということだ。
……それにしたって他になかったのかしら、と思わなくもないけれど緊急事態だから仕方ないわ。あのまま破壊だけを目的に暴れられていたら騙された一般人まで全員殺されてしまうところだった。
アズラニカもサヤツミのサポートをしつつ、逃げ惑う人たちを掻っ攫うようにして避難させている。
魔族が味方をしてくれているなんて思ってもいない人々は「攫われる!」と泣き叫んでいたけれど、離れた位置で下ろされるとまた必死で逃げながらも不思議そうな顔をしていた。
その直後にアズラニカの雷が爆ぜる光が見え、古代の神の魔法を再び逸らせたことがわかった。
どうやら今度は私たちに向かって攻撃を放っていたらしい。
攻撃に参加はしていないものの、コソコソとなにかをしている。
そしてアズラニカたちはそれを守ろうとしている。
だから古代の神はこちらに攻撃して撹乱しようとしたのね。――それだけ考えられる頭が戻ってきたからか、サヤツミがパッと離れると姿を消した。
これ以上はサヤツミが魔神だと認識されてしまうところまで来たということだわ。
『……汚らわしい人間、だけではない……?』
湿り気を帯びた声が聞こえる。
それは古代の神の声だった。
地面に倒れていたゼナキスが古代の神を見上げてなにか言っているけれど聞こえない。ただ、私たちと同じように「喋れたのか」と驚いている気がした。
古代の神はふらつきながら辺りを見回す。
話が通じる相手なら説得を試みてから再封印の儀式をしてもいいかもしれない。
そう思ったのも束の間、古代の神は嫌悪感を露わにすると黒い墨のような触手を何本も伸ばして戦場の人間だけを襲い始めた。
『こ、の――目覚めるたび目の前に現れるな、人間ども! 我の目の届かぬところで朽ち果てて絶えろ!』
長く触っているのも嫌と言わんばかりに捕らえた人間たちを遠くへ放り投げる。
生身の人間を、だ。
中には鎧を付けている騎士もいたけれど、落下の衝撃はそれだけで防げるものじゃない。他の簡素な防具しかない一般人なら尚更だ。
叫びそうになっているとナクロヴィアの騎士団たちが散開し、攻撃よりも人間の保護を優先した。巧みな動きで空中でキャッチしている。
それを見て古代の神が怪訝な顔をした。
『なぜそんなものを助ける』
「古代の神よ! 我々の話を聞いてくれぬか!」
ドラゴンに飛び乗り、目線の高さまで上がったアズラニカが声を張りあげた。
古代の神はどろどろの瞼を細めて彼を見る。
――アズラニカは人間とのクォーターだけれど、儀式の飾りからもわかる通り古代の神は外見で見分けているらしい。
だからなのか今のところ大人しくアズラニカを凝視していた。
アズラニカは自身の胸元に手をやる。
「私は魔王アズラニカ。魔族の国ナクロヴィアを束ねる者だ」
『……今代の魔王か』
「如何にも。……古代の神の人間嫌いは我々も聞いている。だがこの場は我々に免じて矛を収めてはくれぬか」
強い風が吹く。
その風の音にも負けないくらい、アズラニカははっきりと古代の神に告げた。
『魔族が人間を庇おうとしているのはわかった。しかしお前たちは直前まで戦い合っていたのではないか? 何故そのようなものを庇う?』
アズラニカたちに付いた傷は古代の神によるものではない。
地面に刻まれた戦いの跡もそうだ。
いくら古代の神が蹴散らしてもすべての痕跡が消えたわけじゃない。
古代の神は顔を歪めてカエルのような声音で笑った。
『我は人間に争いの道具として利用された挙句に封じられた』
「……!」
『封じられた我にとってはつい先ほどのことだ。見るだけで不快な生き物にそんなことをされて赦せるものか』
――それはまさに今の状況と同じことだった。
過去にも人間は同じ過ちを犯していたらしい。
けれどファルマにいる間、そんな話はどこにも記されてはいなかった。
ゼナキスも同じことを考えたのか、突然立ち上がると震える声で言った。
「は……話が違う! あの本にそんなことは書いていなかった!!」
あの本?
しかしその部分が気になったのは私だけのようで、古代の神は『息をするな。言葉を発するな』とゼナキスを見下ろし、瞬きをする間に炎の球を放つ。
それを間一髪のところでアズラニカが防いだ。
古代の神が低く唸る。
『わかっただろう、汚点は人間の国には語り継がれていなかった。すべてなかったことにされ、正義の名のもとに魔族に牙を剥いていた汚泥のような種族だ』
「……」
『世代を重ね、当人たちではなくなったお前たちにこの感情をぶつけるのは理不尽だとは思うとも。なにも知らぬようだからな』
憐みの口調ではない。
私たちの無知を嘲っているような口調だ。
自分たちの犯した罪を語り継ぎもせず、子孫にのびのびと生きさせ同じ過ちを繰り返している様子を軽蔑していると伝わってくる。
『魔王よ、我は魔族は傷つけたくはない。去れ、そしてすべてを忘れよ』
アズラニカは頬の汚れを手の甲で拭うと仁王立ちになり古代の神を見上げた。
それはここから一歩も引かないという意思表示に他ならない。
「――我が国は、ナクロヴィアは魔族の国だ。しかし国民として受け入れる基準に種族は関係がない。魔族であろうと、人間であろうと我が国の民として護っている」
『なんと……なんとおぞましいことを』
「魔族はそう選択した。愚かな人間はいる。この国……ファルマも愚かだ。しかし種族で憎み排斥すれば良き心を持った者まで消し去ることになる。善悪の基準を設けるなど生物として驕っていることは百も承知だが……」
アズラニカは水色の澄んだ目で古代の神を見据えたまま、言い淀むことなく言葉を紡いだ。
「私は、この考えを変える気はない。魔族と人間は共存できる生き物だ。そうであるなら手を取り合いたい。――私がその証左と、礎となろう」
『なに……?』
本当なら伝えなくていいこと。
けれどそれだけの覚悟を持ち、古代の神と相対していると示すもの。
アズラニカは臆する様子なんて微塵も感じさせずに言い放った。
「私には人間の血が混じっている」




