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【本編完結】攫われ姫ゼシカの実記 ~攫われる姫に転生しましたがこの国はもう駄目なのでこのまま嫁いで記録官として生きますね!~  作者: 縁代まと
本編

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第37話 本当のターゲット

 戦況が変わった。

 そう一報が入ったのは朝日が昇り始めた頃だった。


 夜が終われば人狼も大人しくなり、息を潜めていたモンスターが活発になる。

 それを知っているファルマ軍の士気が下がり、ついに撤退を始めたのだという。


 モンスターはナクロヴィアに生息しているだけで人間だけでなく魔族も襲うけれど、地の利があってモンスターの攻撃が及ばない制空権を有しているナクロヴィア側が有利なのは変わらない。

 それを理解し、なおも激化していく戦闘を重ねる中で撤退を命じたのはファルマ軍の指揮官だったらしい。


「指揮官としては有能な者だった。それでもここまで粘ったのは王による命令があったからだろう」


 一報の後、一旦私たちの待機場所へ戻ったアズラニカはボロボロになった鎧を新しいものに交換しながら言った。

 ファルマ軍の撤退を追撃する予定はないが、一部の人間は森の中で散り散りになっている。それを捕虜として捕まえて回る必要があった。

 このまま放置していればモンスターの餌食になるか、うっかり一般国民の住む場所に出て酷いことになる可能性があるから必要なことだわ。


 そしてアズラニカは一晩の間ずっと飲まず食わずで動き回り、魔力も減っていたため騎士団長たちにいの一番に退くよう進言されたらしい。

 グッジョブよ、騎士団の人たち!


「アズラニカ、食事と睡眠は取っていくのよね?」

「うむ。睡眠に関しては仮眠の予定だが、魔力の回復量次第だな」

「じゃあこっちに来てちょうだい。即席のものだから手の込んだ料理じゃないけど、スープやサンドイッチを作っておいたの」


 疲れを滲ませていたアズラニカの目元に光が灯り「ゼシカの手作りならすぐに回復しそうだ」と足取りまで軽くなる。

 ぐったりして食べられなかったらどうしようかと思っていたけれど、この様子なら大丈夫そうで安堵した。


 手を清め、テーブルに案内してサンドイッチと野菜スープを振る舞うとアズラニカはこちらにお礼を言って口に運ぶ。

 ……その姿を見て更にほっとした。


「――アズラニカ。まだ全部は終わってないけれど、お疲れさま。そしておかえりなさい」

「! うむ、ありがとうゼシカ。ただいま」

「それに……改めて、なるべくファルマの人間たちを殺さないようにしてくれてありがとう。大変だったでしょう?」

「なに、雷魔法で威嚇したら思いのほかよく効いてな。事前に降伏者は受け入れると通達しておいたおかげか、自ら投降する者が予想よりも多かったぞ」


 捕虜が多くなることは想定済みだったため、今はあらかじめ確保しておいた広場に集めて見張っているという。

 捕虜には拘束を施して武器類は没収、魔法を使う者には魔法封じの効果があるアイテムを付けさせているため、捕虜として潜り込んで内側から強襲しようと企んでいてもすぐに鎮圧できるとのことだった。


「魔法封じのアイテムは相手の許可がなければ使えぬものだが、皆迷うことなく応じていた。……それだけこの戦が本意ではなかった者が多かったのだろうな」


 王かゼナキスが無理やり従わせたに違いないわ。


 だって、いくら満月の件があったとしても無謀すぎるもの。

 きっと結界の破壊にも大きな犠牲を払ったと思う。


「……」

「ゼシカ?」

「やっぱりこの進軍は違和感があるわよね。兄がなにか仕掛けるつもりなんじゃないかと警戒していたけれど……ナクロヴィア周辺で変なことは起こってない?」


 アズラニカは「報告は受けていない」と首を横に振った。


 これがなんらかの陽動だとしたら、ナクロヴィアに対して仕掛けているのだと思っていたけれど――絶好の機会に動きはなかった。

 なら、もしかして。


「……もしかして、兄は国の……父の目を逸らそうとしていた?」

「なに?」

「父は愚かだけど馬鹿なほど察しが悪いわけじゃないわ。兄がなにかしようとしていると感づいていたのかも。兄はそれが邪魔で、敢えてナクロヴィアに侵入できる穴の存在を父に教えた可能性があるわ」


 吟遊詩人経由で知った情報を嘘を交えて話し、第一王女が嫁入り宣言をして攫われるという醜聞を作ったナクロヴィアを敵視している父に「攻め入るなら今しかありません」と囁いたのかもしれない。

 ゼナキスに入れ知恵されてる、とは以前から思っていたけれど、兄が騙そうとしている本命が父だという予想はしていなかったわ。


 もちろん私の想像だけれど、手柄のために忠臣を道具のように扱っていた兄ならありえない話ではなかった。


「そして『警戒する父』を邪魔に思うようなことを実行するつもりだとしたら……」


 かつてサヤツミが発した言葉が脳裏に蘇った。

 ――効率を無視して手当たり次第に捧げ続けていたら、いつか本当に最悪の形で古代の神が復活する。


 ゼナキスはどうしても早く古代の神を蘇らせたいらしい。

 しかし最も生贄に適した勇者であるクレイスは逃げ出した。

 なら、血は薄くても聖神の末裔である人間たちを山ほど捧げるしかない。

 今までは厳選して自分の力の及ぶ範囲で生贄を捕まえていたようだけれど、もしその制限を無視して行動する気になったとしたら?


 すでにそういう凶行に及んでいる可能性は視野に入れていた。

 でも最後の一押しとして隠しきれないほど大それたことをしようとしているなら、先ほど予想した通りの行動を起こすかもしれない。


「なるほど。父である国王の目を逸らしている間に多くの国民を生贄にする気かもしれない、ということか」

「ええ。さすがに父も母も自分の国を滅ぼしたいとは思っていないでしょうから、兄からすれば自分を間近から止めにくる厄介者よ」


 武力を持たない母はともかく、ひと声かけるだけで軍を動かせる父は厄介だ。


 そんな軍を王都から国の境界へと送り、父の目を内部から逸らすことができるのが満月の夜の襲撃作戦だった。

 この作戦は性質上、いつ頃に決着がつくか予想しやすい。

 父はさておきゼナキスはそれも想定済みで勧めたに違いないわ。ファルマが勝っても負けても兄にとっては好機だ。


 アズラニカは「わかった」と頷くと立ち上がる。


「急ぎファルマ王都の様子をより詳しく探らせよう。今なら諜報の数も増やせる」

「取り越し苦労ならいいのだけれど――お願いするわ。あっ! でもアズラニカ、仮眠! 仮眠はちゃんとしていくのよ!?」


 そのまま出ていこうとするアズラニカに慌ててそう言うと、はっとしたアズラニカはもちろんだと頷いた。


 魔力回復は睡眠で促進される。

 寝不足はまだ危険視しないで良いレベルでも魔力残量は大切よ。

 特にアズラニカは大規模な牽制を魔法で行なうことが多いと今回の件で知れた。肉弾戦もできる魔王だけれど、物理攻撃で手加減をすることは難しいし効率が悪いのかもしれない。

 つまり魔力はアズラニカの行動の要にもなっている。


 それに私は魔法を使えないけど、ゲームではМP不足で何度も泣きを見たもの。

 ……現実はゲームとは違う。でもこういうマイナスであり重要でもある部分は共通していると思うの。


 指示を終えたアズラニカを簡易の寝室に連れていき、その手をぎゅっと握る。


「寝てる間にこっちも儀式の再チェックをして、すぐに動けるようにしておくわね」

「……ゼシカは頼もしいな」

「あなたがいつも頑張ってくれてるんだもの。負けてられないわ」


 アズラニカは「それはこちらのセリフなんだが」と笑うと、私の手を握り返して瞼を閉じた。

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