第35話 今の私ができることはひとつ
袖の長い服を身に着け、頭に角を模した髪飾りをつける。
アズラニカのように大きく立派な角ではないけれど、角の大きさは個人差があるそうなので小振りでも違和感はない、と準備を手伝ってくれたメルーテアからお墨付きをもらった。
あれから一通り舞について教え込まれ、数日間練習してついに通しでリハーサルすることになったのだ。
ちょうど全員分の衣装も完成したから、それを着て本格的にやる予定よ。
縫製には各地から集められたアラクネが参加しており、自前の糸を使って複数の手……もとい、脚で何着も同時に縫う姿は圧巻だった。
なんでも高級ブティックお抱えのアラクネも多くいるらしい。
まさに天職ね!
「しっかりした生地なのに軽くて不思議な感じだわ。軽いシルクって感じかしら」
「アラクネ製生地の特徴です。風に舞うので屋外用のドレスの場合は専用の重石を裏地に仕込むくらいですよ」
「それは相当だわ……!」
今回は舞をする都合上、下はスカートではなくふんわりとしたズボン状になっているので心配はない。ただし腰に巻かれた長い布がスカートを穿いていると錯覚させ、雄々しさよりも優雅さがあった。
全体のメインカラーは緑と青。
胸元には金色の飾りボタンが付いており、左胸の上にはコサージュがある。
このコサージュはファルマの国花にもなっている薔薇に似たもので、古くから咲いていると本に書いてあったので採用したものだ。
古代の神は人間嫌いだけれど、当時の情勢を見ると魔族たちもこの花がモチーフの飾りを身に着けていた可能性がある。
それに、さすがにファルマの国花になってるとは知らないはずだから、見咎めて機嫌を悪くすることはないはずよ。
なにせ古代の神が封印される前はまだファルマなんてなかったんだもの。
角を模した飾りにも長いリボンが付いており、これは舞っている時の見栄えがよくなるようにと付けたものなのだけれど――ひらひらした服同様、絡まってしまわないように気をつけるのが少し難しそうだわ。
鏡を見ながら思案していると着替え用テントの外から声がかかった。
「ゼシカ、こちらの準備はできたぞ」
「こっちもできたわ。今行くわね!」
アズラニカのほうが一歩先に準備を終えたらしい。
メルーテアに最終チェックをしてもらい、外へと出ると待機していたアズラニカと目が合った。
アズラニカはいつもは高い位置で結っている髪を首筋より下でゆったりと結っており、赤を基調とした衣装を身に纏っていた。
アズラニカといえば黒や夜空のような色のイメージがあったけれど、歓待を目的としているため今回は明るい色にしたのだ。
腰周りの布は私のものより短く、代わりにこちらと同型のズボンがよく見える。
足の長さを強調しているように見えるけど、あれはたぶん普通に長いだけね……。
角飾りは金色をした円柱状のチャームが連なったもので、角を持つ魔族がよく使うホーンチャームというアクセサリーの一種らしい。
見た目からは差がわからないけれど、硬質な角に接触してもうるさい音が鳴りづらい材質を使用しているそうだ。
耳の近くでずっとカチャカチャ鳴ってたら気が散るものね。
耳飾りは私とお揃いの、翡翠色をした楕円形の石を使ったもの。
少し恥ずかしかったけど折角だからと装飾品を選ぶ際にふたりで決めたものだ。
「ふふ、やっぱり予想通り似合うわね」
「……」
「いつもカッコいいけど今日みたいな雰囲気も似合う……、アズラニカ?」
私の呼びかけにハッとしたアズラニカはそうっと壊れ物を扱うようにこちらの手を握ると大真面目な顔で言った。
「すまぬ、舞の衣装に身を包んだゼシカに目を奪われていた。そしてこちらを褒める言葉に衝撃を受け、五秒ほど思考停止していたようだ」
照れを含みつつも一から十まできちんと説明してくれるアズラニカはとっても冷静――なのではなく、これはテンパってる時の言動ね。
セリフだけ聞いてるとわかりにくいけど耳が赤いから確実だわ。
「まあまあ、落ち着いて。衣装におかしなところがないようでホッとしたわ、ありがとうアズラニカ」
「うむ。あと愛らしくも美しいぞ、ゼシカよ。腕利きの絵描きに肖像画を描かせて自室に飾りたいほどだ」
「こ、今度はこっちが照れるから! ほら、早く練習場に行きましょう!」
きっとみんなも既に準備ができているはず、とアズラニカを引っ張っていく。
衣装が似合っていたのはホッとしたけど練習前から息が上がりそうだわ。
なにやら背中に向けられているメルーテアの温かい視線を感じつつ、私はアズラニカと共に練習場へと足早に向かい、程なくして全体を通したリハーサルが始まった。
衣装を身に纏った舞は予想通り勝手が違い、移動ひとつ取っても感覚が異なる。
さすがのアズラニカも何度か躓いていた。
それに激しい動きで衣装が着崩れないようにするのもすごく気を遣うわ。
そのせいか予想以上に体力が削れ、いつもの時間に終わったのに練習初日よりもヘトヘトになってしまった。
頭を使ったり体を使ったり大変だけれど――それでこそやり甲斐があるってもの!
そうやる気に満ちていると、同じくヘトヘトになっていたリツェが「素晴らしい胆力ですね……」と幽鬼のような目をして言った。
どうやらリツェは普段から運動不足なので私以上に堪えているらしい。
……みんなが当日までに倒れないよう、夕食は体にいいものを作ったほうがいいかもしれないわね。
***
どんな過ごし方をしても時は流れる。
何度目かの夜を明かし、ついに満月の夜がやってきた。
小型のワイバーンに跨った騎士団員が偵察から戻るなりアズラニカと騎士団長のもとへと駆け寄っていく。
その足取りは慌ただしかったものの、焦りは含まれていなかった。
つまり予測済みの動きがあったということだ。
「ファルマ軍が動き始めました! 森の獣は人狼に怯えて沈黙しています」
「来たか。……ひとつ前の満月なら容易に突破できただろうに、ファルマ軍は運に見放されているな」
夜色のマントを翻したアズラニカは私のもとへ歩み寄ると眉を下げる。
「ゼシカ、これからお前の故郷の人間と戦う。可能な限り捕虜にできる者は生かすが、一部は確実に命を奪うことになるだろう。すまぬ」
「今更よ、アズラニカ。それにこれは父と兄のせいだわ、あなたは悪くない」
こんな時までまだ私を気遣ってくれるアズラニカの背中をぽんぽんと叩く。
軍の人間も命令には逆らえないのだろうし、できることなら犠牲は出したくない。
でもアズラニカたちが手を抜くとナクロヴィアの国民が犠牲になってしまうし、ゼナキスがなんのために父を煽ったのかもまだわからないのだから、誰も傷つけないでなんて綺麗ごとは言えないわ。
少なくとも王として国民を守ろうとしているアズラニカには。
だから、今の私ができることはひとつ。
「私の願いは――あなたが無事に生きて帰ってくることよ。いってらっしゃい、アズラニカ」
そう彼を真っすぐに見て、見送りの言葉を伝えること。
アズラニカは僅かに表情を和らげて頷いてくれた。
そのままドラゴンに跨り、ふわりと空高く舞い上がる。
月明かりがあっても彼の姿はあっという間に暗い空に吸い込まれ――そして、私の視界から消えていった。




