第34話 記録官の名に懸けて
剣舞に長けた騎士団員の指導のもと、古代の神を鎮める舞の練習を進めていく。
私に剣を使った舞はハードルが高いので、賑やかしとして魔族の装いをした上で待機しているつもりだったけれど――男女共に美しく舞うみんなを見ていると、自分も体を動かしたくなってそわそわした。
特にアズラニカは凄い。
剣舞の経験はないそうだけれど、指導を受けてコツを掴んでからはメキメキと伸びていった。
元々身体能力の高い魔族による剣舞なので見ているだけで圧倒される動きだ。
突然二メートルくらいぴょんとジャンプして、空中で剣技を見せたりするのよ。
前世だったらワイヤーを探していたかもしれない。
そして、見様見真似で似たような動きをできるかなと挑んでいるところをサヤツミに目撃された。
地味に恥ずかしい。
ち、違うの、あんなジャンプをできるとは思っていないけど真似っこというか、物語のキャラクターの真似をする子供みたいなものっていうか――としどろもどろになって言い訳をしたものの、余計に悪化した気がする。
派手に恥ずかしい。
サヤツミは愉快げに笑って私の頭を撫でた。
「そんなに気になるならバックダンサーとして躍らせてもらったらどうかな?」
「転んで足を引っ張る予感がするのよね……」
運動がてらの参加で想定していたのはいわばモブ。
そしてこの舞には主役の他に背後で様々な動きを見せるバックダンサーが登場するシーンが数多くある。
しかしバックダンサーは主役ではないとはいえプロがいるくらいしっかりとした役どころだ。むしろ準主役よね。
それをぽっと出の私が務められるはずがない。
むしろみんなの邪魔をしてしまうわ。
そう説明するとサヤツミはあっけらかんとした様子で言った。
「じゃあいっそ主役級になるとか」
なんでレベルアップするわけ!?
そう思っているとサヤツミはなにもいない空間に向かって誰かの手を取る仕草をして、そのままダンスをするようにくるりと舞った。
まるで本当にそこに誰かいるかのような上手さだ。
「ダンスでもリードする側の技術が良ければどうとでもなる。もちろん剣舞とは種類が異なるけど、相手の力量次第ではなんとかなるな~って思わないかい?」
「う、うーん」
「ちなみに俺は沈静化を図るフェーズじゃ役に立たないから、やるならゼシカの旦那だね!」
宥める段階に入ったのに魔神であるサヤツミが目立つどころじゃない場所で踊れば、古代の神はそれを吸収しようと再び躍起になる可能性がある。
そのため、サヤツミにはいざという時まで待機していてもらう手筈になっていた。
「ほら、それに近ければ近いほど守りやすい。そう思うだろう、アズラニカ?」
そうサヤツミが視線を向けた先に立っていたのは、いつの間にか練習を終えたアズラニカだった。衣装は急ピッチで制作中のため仮の服だけれど、普段と異なる服装なのもあってラフな印象だ。
も、もしかしてアズラニカにも真似してるのを見られた?
それはもう普通に恥ずかしいわ……!
そんな私の内心を知ってか知らずか、アズラニカはサヤツミの言葉に深く頷く。
「ゼシカの負担になるのでは、と誘えずにいたが、本人が良しとするなら是非その形で進めたい」
「ア、アズラニカまで……」
「私は魔王故、古代の神の歓待に近い儀式をするならば前に立たなくては示しがつかぬ。しかしそうするとゼシカが遠のく。そう心配していたところだった」
渡りに船だとアズラニカは微笑んだ。
見ているだけで安心して、不安のなくなる笑みだった。
……そこまで言われると断れないわね。
私に舞の才能はないし、魔族の装いをしっかりと施さないと元も子もないけれど、どちらもまだ努力次第でどうにかできるはず。
アズラニカ曰く「ゼシカは立ち位置と移動のタイミングさえ覚えてくれれば後は私がどうにかする」とのことだけれど、たしか書物の中に図で舞を説明してくれているものがあったから、簡単な振り付けを組み込んでもらうことになった。
どうせしっかりと参加するならお飾りじゃなくて自分から動いて貢献したいもの。
相談を進めているとサヤツミが下唇を噛みながら遠くを見た。
「勧めておいてなんだが、惜しいな……可愛い可愛い人間の子と踊れないのはじつに惜しい」
「死んだ魚のような目になるほど惜しいのね……」
「そりゃそうだとも、例えば可愛い孫娘が初めて躍ることになったとしよう。その相手に挙手できないのはじつに惜しいだろ? 悔しくない? 俺は惜しいし悔しい!」
しかし我慢しよう! とサヤツミはこぶしを握る。
慣れてきたけど本当に魔神らしくないわね。
あと甥や姪どころか孫娘になってるわ。
……彼の姉である聖神はサヤツミに良い感情がない。
そして性質のバランスを崩して余計に嫌っているとはいえ、呪いをかけるくらい人間離れした思考の持ち主みたいだけれど、古代の神はどうなのかしら。
人間を害虫みたいに感じるのは人外の感覚だ。
でも害虫を嫌う気持ちそのものはちょっと人間くさい気がする。
人間と感性自体は似ているのなら、落ち着けばサヤツミみたいに会話をすることも可能なのかしら?
(うーん、でも一言に神様って言っても色々いるし、それは前世でも同じだったものね。サヤツミはイレギュラーな存在だって思っておいたほうがいいか)
けれど対策として歓待の準備を進めていると古代の神の人となり……神となり? が気になってしまうのも仕方のないこと。
歓待って本来は相手のことを考えて行なうものだものね。
そう考えているとアズラニカが「そうだ」と口を開いた。
「封印の魔法は候補を三つに絞っていたが、ゼシカからもらった情報を元に年代や使用目的と照らし合わせて本決定した。万一上手くかからなかった場合は二番手と三番手の封印魔法を順次試す手筈だ」
「わ、良かった……!」
「ただ、ひとつ目は広い範囲でいくつかの魔石を埋める必要がある。ファルマでそれを行なう必要があるため、状況次第ではふたつ目の候補から試すことになるだろう」
古代の神が復活し、そこが人間の国だと悟って暴れた場合、その現場がどんな状態になるかわからない以上は計画内容も臨機応変でいくしかないけれど――アズラニカはすでに色々なパターンを想定して対策を考えてくれているようだった。
舞の練習や森の警戒をしながらやってくれてるんだから頭が上がらないわ。
もちろん、本当は古代の神が復活する前に生贄の人たちを解放するなり復活の儀式の準備を潰すなりしたかった。
しかし諜報の報告を聞く限り、生贄と思しき人々が捕らえられている施設はあったものの……その数が多すぎた。施設も人間の数も、だ。
一斉に逃がしたところで再び捕まってしまうことは明白だし、全員をナクロヴィアで保護するには多すぎる。
それに一時的に逃がしても生贄候補は国民全員。
質にこだわらなければすぐに次の生贄が補充されてしまうだろうから。
そして代わりに匿ってほしいと協力を求められるファルマ国内の有力者はいない。
――昔はもう少し善良で人道的な有力者もいたのよ。
でもそういう人はほとんどが父の振る舞いや王族の在り方を疑問視していたから、私が幼い間に王都から遠い土地に送られてしまったのよね。邪魔になるから、って。
うちの父は本当に碌なことをしないわ。
(そして、恐らく今回の軍に関しては父はゼナキスに入れ知恵をされてる。今までは愚かでもここまで一線を越えることはなかったもの。……手元から優秀な人間を遠ざけるから、悪い奴に簡単に利用されてしまうのよ)
つまり問題はゼナキスだ。
今回の件もゼナキスを捕えればすぐに解決したかもしれないけれど、兄はとても上手く隠れていて諜報の目にも引っ掛からなかった。
まあそう簡単にはいかないわよね、私みたいに準備を済ませて攫ってくださいと待ち構えていたわけじゃないんだし……。
結果、私たちが古代の神の復活前提でその後の対策をメインに考えることは不可避だったと改めて思い知らされたわけだ。
しかし計画は最後の段階に入っている。
まさか自分まで本番で躍ることになるとは思っていなかったけれど――全力で挑むことに変わりはないわ!
「アズラニカ、封印魔法は宜しくね」
「うむ、任せよ」
「すべてが終わったら結婚式もしましょうね」
「うむ、まか、……まっ……任せよ!」
アズラニカは勢いよく胸を叩き、そしてむせた。
い、岩を殴ったかのような音がしたけど大丈夫かしら……?
結婚宣言をした以上、私はアズラニカの妻として扱われている。
ナクロヴィアに書類を提出して婚姻関係になる文化はないので、結婚式の前でも妻は妻というわけだ。
けれどまだ婚約段階のように認識されていることもあるし、私としても婚約者気分で立ち位置がふんわりとしていることがあった。
だからこそ、すべてが終わったら結婚式を挙げようという気持ちは健在だ。
結婚式はある意味契約の儀式だから、気持ちを切り替えるきっかけにもなるわ。
以前と異なり、私は自分の意思でアズラニカを好いて結婚したいと考えている。
気持ちを自覚したからにはこの件に関しても全力で挑むわ。
ナクロヴィアで記録官という居場所をくれて、自由な生き方を見つけさせてくれた人と家族になれるなら――難所のひとつやふたつ現れても泣き言なんて口にしない。
「さあ、アズラニカ。舞の立ち位置やタイミングを教えてちょうだい」
私は舞の練習着を取りに向かいながら笑みを浮かべた。
笑みを見れば不安がなくなり、安心できると教えてもらったから。
「記録官の名に懸けて、一晩で覚えてみせるわ!」




