第32話 『舞』と『ご馳走』
まず最初に書庫で見つけたのは舞に関する情報だった。
古代の神を鎮める際に披露した舞。
その詳細は石板に記されていなかった。
でも緊急事態だったことを考えると古代の神のために作られたものではなく、当時すでに存在していた歓迎用や神に捧げる舞を応用していたんじゃないかしら。
もし古代の神の好物並みに重要なものだったらもう少し詳細を書いているはずよ。
なのに本当に簡素な記述だったから。
そこでサヤツミに訊いてみると、舞に魔力を込めて封印の力を強める技法はあるものの、それは人間にできるものではないということがわかった。
なにせ人間には尻尾がないし腕も二本だから、とのことだ。
たしかにそれは難度が高いわね……。
豪勢な料理や舞、魔族の装いの部分はあくまで荒ぶる古代の神を落ち着かせるためのものであり、一挙一動すべてに儀式的な意味があって、それらを間違えると即終了ってわけではないのかもしれない。
そもそも『魔族の装い』って時点でちょっと緩いものね。
つまり主軸になっているのは封印魔法をかけることであり、その補助になっているのが『人間ではなく魔族として歓待する』『魔族だと誤認させて古代の神を落ち着かせる』というもの。
そのために人間の国の舞ではなく、魔族側に伝わる古い舞を使用することにした。
封印当時の舞とは異なるかもしれないけれど、魔族側の歴史に沿ったもののほうが古代の神の好みに合うかもしれない。
書庫で見つけた一番古い舞は男女共に袖の長いヒラヒラとした衣装を身に纏い、飛び跳ねて舞う剣舞のようなもの。
書物には角飾りの記述があったので角持ちの魔族を優先したい。
そこでアズラニカの補佐官、メイグに訊ねると「向いた者に心当たりがいくつかあります」とのことだったので、人員確保に関しては望みがありそうだ。
魔族の装い、という点もこうして魔族本人が着飾るなら問題ないはずよ。
……なお、次点の古い踊りは前世でいう盆踊りに酷似していた。
こう、盆踊りをする魔族は見てみたくはあるけど、危機感を維持するなら最古のものが剣舞みたいなもので助かったわ。
さあ、次は料理に関する試行錯誤ね!
***
古代の神を鎮めたと記された石板。
そこには舞と同様、儀式で作った料理の詳細は書かれていなかったものの『古代の神の好物は古代米なので、それを使ったものはすべて好む』と仮定して私たちもご馳走作りに取り掛かることにした。
当時の人間たちもぶっつけ本番で色々な料理を作っていただろうから、この可能性は大いにありえるわ。
ただし少しでも成功率を上げるため、なるべくその時代に作られていた料理を再現することに決定した。
料理に関する石板もちらほら見かけたので、そのレシピを参考にする。
鎮める儀式に料理を使っていたから、魔王の物置きを発つ前に念のため書き写しておいて正解だったわね……!
(それに加えてトンタクルに伝わる古代米料理も教えてもらったし、きっと大丈夫なはず! ……大丈夫よね?)
出来上がった料理を味見しつつ瞼を下ろす。
いや、うん、今ほど品種改良がされていない米だし、現代でもオーク以外の口には合わない米だそうだから当たり前なんだけれど、何度味見してもこれが正解なのかはっきりしない味をしているのよね。
端的に言うと――
「味が薄くて……固くて……火を通した種を食べてるみたいです……」
「リツェが全部言ってくれたわ」
――そういうことだ。
ファルマの米は細長くて水分が少なかった。
形は前世の世界にあったタイ米に似ているものの、香りは仄かに感じる程度で味もタイ米には劣る。
古代米は形は日本米に似ているけれど噛んでも噛んでも甘味が出ず、炊き上がりも水分少なめで炊いた時のように固い。現代の人々の口に合わないわけだわ。
ちなみに前世の古代米はちゃんと美味しかったわよ。
むしろこれって調理のほうが失敗してるのかしら?
ベレクに相談すると「正解を知らない以上、可能性はあります」と言われた。その両肩は下がっている。
「コック長だというのにお役に立てず申し訳ありません」
「なにを言ってるの、ベレク。まだまだ試す時間はあるわ、次は別の材料でチャレンジを……、……ねえ、これも材料といえば材料よね?」
私は水を指す。
ナクロヴィアの水は少し味が異なるのよ。
これは汚染されているという意味ではなく、水の成分自体が異なるかもしれないという意味だ。
つまりナクロヴィアの水って硬水寄りなんじゃない? ということである。
例えば日本米を硬水で炊くとミネラル諸々が水分の浸透を阻害して固くなるし、味にも少し苦味が加わってしまう。
これに関しては前世の図書館の本で読んだし、テレビでも特集していたはず。
ナクロヴィアの米は日本米に似ているけれど、硬水で炊いても美味しくなるように改良されていたのかもしれない。
しかし品種改良されていない古代米は違う。
「サヤツミ、石板に記されていた古代の神の封印は人間に呼び出された時のものよね。地域の記述は曖昧だったけれど、人間の国での話だと思う?」
「当時の魔族と人間の関係は今より良かったけれど――国は分かれてたんだから、自国でやったほうが都合が良かったんじゃないかなとは思うよ」
その呼び出したもの自体が危険なやつだったけど、とサヤツミは肩を竦めた。
……ファルマの水は少しまろみがあったから軟水かも。
私は一旦書庫へと戻り、地質や水質に関する記録を探した。
ナクロヴィア周辺にあるファルマ以外の人間の国に関する情報も可能な限り収集する。一番の大国はファルマだけど他にも小さな国がいくつかあるのだ。
結果、ナクロヴィアと周辺の人間の国三つは硬水、ファルマは軟水の可能性が高いとわかった。
数百年前に奇特な水魔法使いが調べた時の記録頼りだけれど、地層や地形は早々変わらないから古代と呼ばれる時代との差はあまりないかもしれない。
(石灰質な地層がファルマには少ないのね、じゃあ軟水を手に入れるなら……)
水属性の魔法で作り出した水はどうだろう、とメルーテアに訊ねてみたところ、自分たちが普段飲んでいるものと大差ない水を出せますという答えが返ってきた。
そして硬水と軟水の使い分けはできないという。
恐らく使い手のよく飲んでいる水が反映されるのね。
とすると自然の水を使う方法のほうがいいかも。……そうだわ、ファルマとの国境近くを流れる水源なら軟水かもしれない。
私は調べものを手伝ってくれていたメルーテアに再び問う。
「ファルマとの国境近くに水源はどれくらいある?」
「汚染の心配がない水源の流れ込む場所でしたら、その……」
メルーテアはおずおずと窓の外を見た。
その視線の方角にあるのは――
「レプラコーンの村しかありません」
――アズラニカたちが出向いている森の近くだった。




