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第3話 城の書庫で二度目の宣言を!

 翌日は『自分のやりたいこと探し』から始まった。


 目覚めるなり着替えの手伝いに現れた侍女――メルーテアという名のオレンジ色の髪に青紫色の目をした女性に質問を投げてみる。

 彼女は侯爵家のご令嬢らしく、優しげな表情を見ると知り合って間もないというのに安心できた。けれど箱入り娘で頼りないということはなく、誰かをお世話できるだけの知識と素養が備わっている。


 だからすぐに質問の答えが得られると思ったのだけれど……。


「ナクロヴィアの歴史や文化がわかる書物を読みたいのだけれど、このお城には図書室や書庫はある?」

「書物……ですか?」


 メルーテアがあまりにもきょとんとした顔をしたので、問い返されたというのにすぐには頷くことができなかった。

 ファルマでは許可さえあれば城の図書室を自由に使うことができたけれど、ナクロヴィアではそうではないのかもしれない。


 もしそうだとすると、やっぱり文化の違いは深刻だ。

 それこそしっかり学んでからやりたいことを決めるべきだわ。


 そう思っているとメルーテアが私の髪を梳きながら再び口を開いた。


「娯楽の本でしたら図書室に沢山ありますが、歴史や文化に関するものとなると……たしか専用の書庫があったはずです」

「ご、娯楽の本が沢山? 城の図書室に?」

「はい、管理人がそういったものを好んでいると耳にしたことがあります」


 国によるけれど、城には書庫の他に図書室が用意されていることがある。

 前者は保管が目的、後者は必要な時に読むことが目的ね。

 もちろん前者も閲覧が禁止されているという意味ではないから、禁書レベルでなければ許可は必要かもしれないけれど図書室のように利用できるはずよ。


 でも、どんな本を収めているかは――それこそ国による。


 ファルマの城の図書室には娯楽の本などほとんど存在せず、珍しく娯楽小説があると思ったら宗教を絡めて思想の偏りすぎたものだった。

 もし同じようなものがここの図書室を一杯にしているのだとしたらゾッとしてしまうけれど、一概にそうとは言えない。

 実際に見てみたい気持ちが湧いたものの、まずは書庫だわ。


 私は書庫の使用許可を申請し、朝食後に早速足を運んでみることにした。


 ベタ惚れのはずのアズラニカは意外にもあれから一度も姿を現さず、メルーテアの説明ではどうやら私をファルマから攫う――腐った大国から『救う』のに随分と無茶をしたらしく、しわ寄せで様々な仕事を消化する必要が出たのだという。

 友好国ではないどころか人間は魔族を毛嫌いしているため敵対国と言っても過言ではないけれど、その国境を軽々と越えて姫を奪取してきたのだから当たり前といえば当たり前よね。


 それにしても無謀なことをしたんだなと今更ながら寒気がするけれど……それだけアズラニカがゼシカ姫にご執心だという証でもある。

 それは私にとっても悪いことじゃない。


(今の私にできるのは、アズラニカの言う通り自分のしたいことを見つけることだけね。その下準備を早く済ませちゃわないと……あら?)


 書庫の前に誰かが立っている。

 赤い色の三白眼をしていて目つきは悪く見えるものの、どこか気弱そうな少年だ。


 ただ魔族は外見年齢と実年齢が釣り合っていないことが多いから、彼も立派な大人なのかもしれない。

 私が目の前まで足を運ぶと、彼は肩を跳ねさせてからくすんだ薄い青色の髪を振り下ろす勢いで頭を下げた。いや、というか振り下ろしてるわ。


「ゼシカ様、お初にお目にかかります! 僕は図書室の管理人でリツェッカ・アールバニシー・サワロフ・リ・アルベンターニュと申します!」

「な……」

「長いと思うので、もし宜しければリツェとお呼びください!」


 長い、と思わず口に出る前に助け舟を出される。

 きっと慣れっこなのね。


「それじゃあリツェ、なぜ図書室の管理人がここに?」

「本に関することなら、とアズラニカ様よりサポートを申しつけられました。その、書庫は管轄外なのでお役に立てるかはわかりませんが、なにかご質問がありましたら遠慮なくどうぞ」


 たしかになにも知らないままひとりで本を見て回るより、本に詳しい人がそばにいるほうがいいかもしれない。

 今日はメルーテアも一緒に来ていたけれど、彼女はあまり本には興味がないようなので、ここは専門家にご一緒してもらったほうが進みも良いはず。

 私は快諾して頷くと、書庫の鍵を開けてもらうことにした。


 がちゃり、とリツェの手元から重々しい音が響く。


 丈夫な扉の向こうには沢山の貴重な書物が収められている。

 そう思うと少し緊張したけれど、同時にドキドキもした。なにかを調べて纏める作業は好きだ。これから沢山そういう機会があるはずよ。


 そう考えている目の前で扉が開き――


「な、なにこれ?」


 ――思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 まず私を出迎えたのは床に山積みになっている本、本、本。

 そのどれもが経年劣化が進んでおり、見れば窓から日光が入り放題!

 ついでに天井に雨漏りの跡!

 そこかしこに散らばる虫が暮らしていた痕跡!

 本を保管するにはあまりにもあんまりな環境だわ……!


 最初の言葉から二の句を継げずにいると、後ろに控えていたリツェとメルーテアも室内を覗き込んで妙な声を漏らしていた。

 しかし私より驚きが少ないような気がする。


「これはこれは……」

「なんとなく予想通りというか……申し訳ありません、ゼシカ様。保存状態が宜しくないようで……」

「よ、予想してたの? 予想してて放置してたの?」


 なんとなくは、とリツェは申し訳なさそうに、しかし至極素直に頷いた。


「いやいやいや、なんでこんなに適当なの!? あそこにあるのって多分歴史書よね、あっちも……その向こうのは系図じゃない!?」

「そのぉ、魔族の寿命は人間より長いので、歴史書を作っても五百年くらいは学生の頃の日記帳見てる気分っていうか……そんな感じで管理が、ええと」


 私の反応にようやくリツェがしどろもどろになり始めたけれど、理由はなんとなくわかった。

 要するに一応歴史書などの保管するための書庫はあるものの、誰もがその歴史書に興味が薄い、もしくはどっちかといえば忌避したいものってことなのね。


 ――私の推しはあなたたちのご先祖様なわけだけれど、その活躍を記した書物もこんな扱いを受けている可能性があるわけ?


 ついついそう詰め寄りそうになったけど、リツェにそれを言うのはお門違いね。

 それに、これこそ私が学ぶべき文化の違いなのかもしれない。

 そう思っているとリツェが補足するように言った。


「昔は変わりも……変わった趣味の方が記録官を名乗っていたらしいです」

「記録官? 書記官ではなく?」

「はい、別に誰かを補佐するわけではないので」


 この国独自の役職ってことかしら。

 もしくはこんな風に遠回しに変わり者って言われていたってことは、元からあった役職ではなくて、その人が最初に名乗り始めたものなのかも。

 するとリツェがすぐに答えをくれた。


「それ以前も記録を纏める者はいましたが、役職ではありませんでしたね。役職化してひとりで統括するようになったのが以前いた書庫の管理者です」


 だとするとかなり最近できたのね!?

 もちろん人間からすればだいぶ昔の話かもしれないけれど。


「正確な歴史書をお遊びでなく自力で纏め始めたのもその方だと聞き及んでいます」


 そう言ったのはメルーテアだった。

 親切に教えてくれたわりに何故か視線が合わないけれど、そこまでおかしなことなのかしら。

 もちろん別の理由があるのかもしれないけれど、今の私には思い当る節がない。


「……」


 私は今一度、荒れた書庫の中を見つめる。

 いくら変わり者だったとしても、頑張って記して纏めたものをこんな扱われ方するのは嫌なはず。

 あと私も個人的に許せない。

 推しの歴史は綺麗な状態で本棚に並んでいてほしいわ。


 そこで私はある閃きにハッとし、リツェとメルーテアを振り返って言った。


「――決めたわ。今からこの書庫の本を纏め直して、私が管理する」

「!? で、ですがゼシカ様……」

「これなら学びたいことも頭に入ってくるし一石二鳥でしょう? 私……ナクロヴィアの記録官を目指すわ!」


 これが、私の人生二度目の宣言だった。

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