第21話 ちょっとウブすぎるなこれは!
古代の神に関する記述は城の書庫には見当たらなかった。
書庫の奥にはそれなりに古い記録も保管されていたのだけれど、魔神や聖神に関しては触れられていても古代の神ともなるとさっぱりだ。
もしかしてサヤツミのように本当の名前があるのかもしれない。
そう思って訊ねてみたものの、サヤツミ曰く古代の神に個人名のようなものがあるという話は聞いたことがないという。
「まあ、俺のように限られた対象にしか知らせていないのかもしれないけど」
「なるほど……」
「ただ、もしそうなら書庫に記録として残っている可能性はほぼないだろうね。古代の神は魔族を愛でていたけれど、それも原初の魔族に近い頃だから、紙じゃ劣化して影も形もないさ。石板ならどうかわからないけど、……」
そこで言葉を切ったサヤツミは自分の顎をさするとしばらく思索に耽る。
ややあって「よし、ちょっとアズラニカのところへ行こう!」と私を抱え上げるとドアではなく窓へと向かった。
そして当たり前という表情で窓からひょいと外に出て壁を歩き始める。
眼下に窓から身を乗り出して口を半開きにしているメルーテアの姿が見えたので、とりあえず無事を知らせるために手を振っておいたけれど……安心させられたかは謎だわ。
サヤツミの突飛な行動には慣れたものの、こういうのは未だにびっくりするわね。
今日の日記にしっかりと記しておきしょう。
そう考えている間に執務室の窓にまで辿り着いた。
どういう原理なのか、窓枠に足をかけて重力に倣った角度に体を起こしたサヤツミは窓ガラスをコンコンと叩く。
アズラニカの後頭部が見える。机の真後ろにある窓なのね。
音に気がついたアズラニカはこちらを振り返ると――サヤツミに抱えられた私を見て目を剥き、口をぽかんと開いた。
ついさっき見たメルーテアの表情とそっくりだ。
慌てて窓を開き、私たちを迎え入れたアズラニカはなにか言いたげだったけれど、ちゃんとした言葉になる前にサヤツミの質問に掻き消される。
「アズラニカ、魔王の物置きはまだ健在か?」
「魔王の……物置き?」
初めて聞く単語に私はアズラニカとサヤツミを交互に見た。
アズラニカも「魔王の物置き?」と私とまったく同じ反応を示していたものの、その後の反応は違っていた。
「古き保管庫のこと、だろうか……?」
「そうそう。でもラジェカリオから詳しいことは聞いてないみたいだね」
「絵物語のひとつだと思っていた」
「まあ君らの間では眉唾物として扱われてたもんなぁ……古い魔王たちが情報を表に出さないよう厳重に管理していた保管庫みたいなところだよ」
サヤツミは説明し始める。
まだナクロヴィアの地盤が固まっていなかった頃、情報ひとつ漏れただけで国が傾きかねなかった。
今でも森の抜け方のような情報は痛手になりかねないので、その大切さはわかる。
そのため当時の魔王は数代に亘って機密情報や重要な情報を一ヵ所に集めて管理していたという。
それこそ魔王しか知らない場所だ、とサヤツミは言った。
「ま、魔王しか知らないのにサヤツミはなんで存在を知ってるの?」
「俺は魔神だよ? 気になったから普通に尾行して普通に場所も特定した」
「ほんっと自由ね……」
「自由でなきゃ魔神なんてやってられないさ。……で、だ。それも随分前のことだから記憶が曖昧でさ、アズラニカが知ってるならそこへ案内させようと思ったんだけれど――」
アズラニカの代までは記録がはっきりとは伝わっていなかったわけだ。
これなら俺の記憶のほうがまだアテになる、とサヤツミは肩を竦めた。
「でもそこなら古代の神についての記述も残っているかも……サヤツミ、探すのを手伝ってくれない?」
「いいよ。ついでにアズラニカもおいで、魔王なら場所くらい覚えてても損はない」
でもアズラニカもファルマの動向を調査して監視するのに忙しいはず。
そう私が口に出す前にアズラニカが「ゆこう」と立ち上がった。
なかなかに食い気味だったけれど、やっぱり魔王として知っておくべきという文言が効いたのかしら。
「どこであろうとゼシカと出掛けられるなら行きたい」
違うものが効いてたわ。
アズラニカの返答にサヤツミは「可愛い人間の子、君は愛されてるなぁ」と私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
あ、改めて言われると照れるからやめてほしいわね。
「それに調査報告が上がるまでもう少し時間がかかる。その間に魔王の物置き探しを進めよう」
「ありがとう、アズラニカ。……ごめんね、母国のせいで色々と仕事を増やして」
私の言葉にアズラニカはそっとこちらの手を取った。
「それよりも家族と直接敵対する立場になったゼシカが心配だ」
「私?」
「攫った後もファルマと関係が悪化すると予想はしていた。しかしゼシカは城で手厚く保護し、表舞台に立たせる気はなかったのだ」
私も率先して対策に乗り出している今の状況がアズラニカは心配なようだった。
腐っても家族は家族。
血の繋がった人間と敵対するのは辛いだろう、と。
私はアズラニカの手を握り返す。
「あの人たちのこと、長く一緒にいたから家族だとは思っているけれど――他人メンタルでやり過ごしてきたことも多いから大丈夫よ!」
「た、他人メンタル」
「それに、その、ええと……」
照れくさい。
照れくさいけれど、アズラニカの不安を払拭するにはここで言っておいたほうがいいかもしれない。私は覚悟を決めて口を開く。
「……い、今はあなたが私の家族でしょう? 結婚式はまだだけど」
「!」
「だから心配するほど辛くはないわ。もちろん、できることなら兄には愚行をやめて改心してほしいとは思うけれど……ってなになに!?」
アズラニカが胸を押さえて前のめりによろめいた。
苦悶の表情に見えるが顔が真っ赤だ。
ぎゅっと噛まれた唇の隙間からはか細い呻き声が漏れ出ている。その姿を見てサヤツミが手を叩きながらからからと笑った。
「相変わらず仲睦まじいが、ちょっとウブすぎるなこれは!」
それには同意しておこう。
でもそんな反応を見て私は私で顔が赤くなったので、サヤツミに弄られる前に手の甲で冷やしておいたのは言うまでもない。




