第20話 生贄の適性を持っているのは
ファルマは腐った国だった。
けれど国民たち全員が好きでそこに住んでいたわけではない。
先王の時代は栄えていたから他所から移ってきた人や、家族や土地にゆかりがあって離れられない人、単純に別の土地へ移る金のない人、どの国も同じようなものだと思っている人など様々だ。
中には生まれ故郷から離れるという発想にすら至らない人もいるだろう。
兄、ゼナキスはそんな人たちを巻き込んで古代の神を復活させようとしている。
聖神の血を色濃く引くクレイスが逃げ出したことで成功するかどうかはわからなくなったけれど、このまま看過できる問題ではないわ。
隣国としても、人道的にも。
ペンを走らせながらそう考えを巡らせていると、サヤツミがイスから飛び降りた。
「でもその話が本当なら早く手を打った方がいいぞ」
「え?」
「俺が人間を溺愛する理由がわからないか? 人間すべてが聖神の末裔なんだ。大好きな姉の末裔だから俺は君たちが可愛くて仕方ない。血の濃さに関係なくね」
サヤツミは人間を猫可愛がりする。
まるでペットを可愛がっているみたいだな、と何度となく感じてきた。
でもその性格は甥姪が可愛くて仕方ない叔父さんみたいなものだったのね。やりすぎた感じの。オトから見たアズラニカのような感じだったのかしら。
……体感した当事者としては、それよりも大分拗らせているけれど。
サヤツミは私とクレイスを交互に見る。
「聖神の血が生贄に最適なら、人間すべてがその適性を持っている」
「……!」
「現に勇者以外も捕えられてたんだろう。効率を無視して手当たり次第に捧げ続けていたら、いつか本当に最悪の形で古代の神が復活する」
神の血を吸って強くなり復活した古代の神。
しかし、その古代の神は人間をよく思っていない。
いくら力を欲していたとしても、自分たちの敵を自分たちの手で招き入れるような行為だわ。
――ゼナキスは野心家だったけれど、その欲を満たすためにここまで愚かなことに手を出す人でもあったということだ。
もしくは危険性に気づいていないのかしら。
「……ひとまず詳しい調査が必要だな。密偵を手配しファルマを探らせる」
アズラニカはそう言うと補佐官に二言三言指示し、部屋の外へと送り出した。
そしてクレイスのほうへと向き直る。
「理由はわかった。しかしあの森を抜けて我が国へ来たのは何故だ?」
「ナクロヴィアが近い土地ほど魔族に友好的というか、警戒心がなかったのと、そちらの国へ逃げた人間も多いと聞いたので……あっ、いや、その道に森を使った理由です?」
そうだ、と頷くアズラニカにクレイスは恐る恐る答えた。
「王都にいた頃に吟遊詩人が言ってたんです。その吟遊詩人は森近くの村出身で、森は危険だけれど特別な抜け方がある、と……」
「それを聞いたのか」
「いえ、聞くには追加料金が必要だったので泣く泣く諦めました」
「商売上手だな……」
ゲームでも似たような感じだったけれど、吟遊詩人もおひねりだけで生きていけるわけじゃないのね。なんだか情報教材を売り捌く人みたいだわ。
そうして続けられたクレイスの話を聞く限り、彼はゼナキスのもとから逃げ出したものの行く当てもなく、しかし追っ手が迫っていると悟って焦燥感に駆られた。
その際にこの森のことを思い出したのだという。
そして、咄嗟に森へ逃げ込むことを思いついたらしい。
危険な森なら追っ手もついて来られないかもしれないし、運が良ければ魔物たちが追っ手を倒してくれるかもしれない。
そして更に運が良ければ森を抜けて亡命することができる。
安全に抜ける方法があるのだから、偶然その条件を満たせるかもしれない、と。
結果的に敵意なく足を進めたため、ナクロヴィアの結界に弾かれることなく村まで到達できたわけだ。
「運任せに運任せを重ねてるわね!?」
「あ、あはは、運だけはいいので。生贄にはなりかけましたけど」
主人公補正の名残りかしら?
なんにせよ運が良いのは本当だわ。
森の人狼の件を話すとクレイスは初耳だったのか「そうなんですか!?」とギョッとしていた。
どれだけ凄まじい綱渡りをしていたかやっと自覚したようね。
「なるほど……とりあえず経緯は理解した。クレイスよ、お前の身柄は我々が預かろう。剣の腕は確かなようだ、騎士団長を後見人としそれを磨け。寝起きする場所と仕事を用意しよう」
「!? 受け入れて頂けたのはありがたいですが、そんなにも良い待遇をしてもらってもいいんですか!? ぼ、僕、ファルマの人間ですよ?」
ファルマという国がナクロヴィアをどのように扱っているかは住んでいる人間すべてが理解している。
そして差別して蔑んでいることをナクロヴィア側も把握しているはず。
そんな国の出身者を高待遇で迎え入れるのがクレイスは信じられなかったらしい。
なおも「ゼシカ様のように身分の高い方ならわかります、けど僕は」と言いかけたところでアズラニカが小さく笑った。
「私は有能な者には投資を惜しまん。出身国や種族という要素に惑わされ、将来我が国の益となる者を取りこぼすなど……大損だとは思わぬか」
だからだ、とアズラニカは簡潔に理由を述べる。
厨房にいるベレクも元は亡命してきた人間だけれど、今はコック長という地位にいる。これがアズラニカが嘘を言っていない証拠だ。
クレイスはきょとんとした後、目をきらきらと輝かせると「宜しくお願いします……!」と大きく頭を下げた。
さあ、そうと決まったら私もじっとしてられないわね。
復活を阻止できなかった時に備え、古代の神について調べて纏めて――その上で、なにか対抗策があるか考えましょう。
今書いているページはもうすぐ埋まる。
そして、その先にある空白のページもすぐに埋まりそうだった。




