第15話 レプラコーンの失せ物
レプラコーンとはアイルランドに伝わる靴職人の妖精だ。
詳しく調べるといくつかの種類に分けられるけれど、基本的に緑の服を着て帽子を被った小さなおじさんの姿で描かれることが多い。
ゲーム内では魔族側に加担する敵キャラクターとして登場し、魔族たちを強化する靴を作っていた。
人数は少なくてナクロヴィア内に入ってからようやく登場するのだけれど、最終局面らしい難度の高さになる一因だったわね。
戦闘能力はほとんどない。
バトル画面でもレプラコーンに強化された別の魔族が前衛として沢山いた気がする。タンク役ってやつね。
レプラコーンは金貨の入った壺を持っていて、実入りが良いため終盤の資金稼ぎのために何度も繰り返し戦ったから結構記憶に残っているわ。
……。今の状況で思い返すと少し気まずいかも。
そんな壺をなくしたというのが、目の前でしょんぼりとしながら座っているレプラコーンのコルムだった。
身長は大体四十センチくらい。
緑色の帽子の下には赤毛が見え、同じ色の髭を生やしている。
ブルーの目は不安げに下へと向き、とてもわかりやすく落ち込んでいた。
なんでもなくした壺の中に湧く金貨は一定時間経つと消え去るいたずら用アイテムだけれど、壺そのものは先祖代々受け継いできたものなのでコルムも大切にしていたらしい。
……ゲームで稼いでたお金ってどういう扱いだったのかしら。
とりあえず消えてしまう事実は村人なら誰でも知っているそうなので、お金目当てで盗まれたわけではないみたい。
「前後に村を訪れた余所者もいなかったみたいだ。俺を除いて!」
「めちゃくちゃ容疑者じゃない……!」
「うん? 魔神がこんなちっぽけなことするものか。それはレプラコーンたちもわかってるから心配いらないよ。しかし心配してくれてありがとう、可愛い人間の子!」
「心配してるって深読みする行間もなかったと思うんだけれど」
ひとりで盛り上がっていたサヤツミは「というわけで」と仕切り直すとコルムを親指でクイッと指した。
「新しく作ればいいって説得してるんだけれどね、どうしても取り返したいらしい」
「だって壺は他にも沢山あるけれど、あの壺はたったひとつしかないんですよぅ」
コルムは少し高い声でそう嘆く。
……大切なものを無くして困っている気持ちはよくわかる。
私の知識を活かせるのかどうかはわからないし、もしかすると地道に探せば見つかる案件かもしれないけれど――それはやってみればわかることだわ。
「……よし、壺を探してみましょう。まずは情報を集めましょうか。それに……」
「ゼシカ、なにか気になることがあるのか?」
アズラニカは私の様子を見て問い掛けた。
確証の持てないことだから小さな声にしてから言うのをやめたのだけれど、よく見てるわね……。
「その、前に誰かが壺を無くした話を読んだような気がするんです」
「壺を無くした話?」
古い記憶だからナクロヴィアの書庫ではない。
かといってファルマにそんな本なんてあったかしら。本の種類によっては可能性はあるけれどなかなか明瞭に思い出せない。
ただ、これはレプラコーンに関わる話ではなかったはずだから、今回の件とは関係ないかもしれないわ。
そう説明した上で、もし思い出したらアズラニカたちにも教えることになった。
なにからヒントが得られるかわからないから私も賛成だ。
なにはともあれ、まずは現場検証と聞き込みよ。
ちょっと探偵みたいでドキドキするわね!
***
――サヤツミの目論見通り、いつもより長く屋外に出ることになりそうだった。
健康的かどうかはさておき気分転換にはなるし、人助けにもなるんだから今しばらく彼の目論見通りに動きましょうか。
そうして聞き込みを行なった結果、夕方に差し掛かったところでコルムとは別のレプラコーンからある話を聞くことができた。
「壺に汚れが?」
「はいです。でも元から適当に扱ってたので、一体いつ付いたのか見当もつかないのです」
これなのです、と見せられた壺は納屋に置かれていた。
同じ壺でもレプラコーンによって扱い方はまちまちらしい。
このレプラコーンの壺は薄汚れていて、どれが新しい汚れなのかわからなかったけれど、持ち主にはハッキリとわかるのか該当する汚れを指さしてくれた。
小さな泥汚れだ。
乾燥して黄土色や白色のような薄い色になっている。
「あと、中にこれが落ちていたのですよ」
「これは……毛かしら?」
レプラコーンが見せてくれたのは白く短い毛だった。細いもののコシがある。
それを見たアズラニカが自分の顎をさすって凝視した。
「ふむ、獣の可能性もあるし……村には獣の特徴を持った魔族や獣人、妖精族もいる。毛だけでは誰のものかわからぬな」
「たしかに聞き込みをした人の中にも大分モフモフした人がいたわね」
うさぎの獣人など明らかに毛質の異なる人を除外してもそれなりに候補がいた。
それにペットとして犬猫を飼っている人も多い。
ちなみに犬の獣人が毛色の似た犬を飼ってて二度見したわ。あの光景にもそのうち慣れるかしら……。
なにはともあれ、残留品が出てきたのはこれが初めてのこと。
これを足掛かりに更に聞き込みを――と考えたところで再び既視感が湧いて出た。
過去に私が見たことがある『誰かが壺をなくした話』にも生き物が関わっていた気がする。そう、たしかこういう毛質の生き物で、でもただの獣じゃなくて……。
「……!」
「ゼシカ? また思い当ることでも――」
「冤罪だったら大変だから……アズラニカ、ちょっと耳を貸してもらえますか?」
「み、耳を? いやしかし、ええと」
「ほら早く!」
アズラニカとは身長差があるので屈んでもらわないと耳打ちもできない。
確証が得られるまで被害者――本人が被害者とは思っていなくても、壺を汚された人の前で名指しに近いことはしたくないわ。
そう急かすとアズラニカは渋々膝を折って耳を傾けてくれた。
気になっているのは個人ではなく種族。
そしてその種族でこの村に住んでいるのはひとりだけ。
聞き込みに伺った際は昼寝中という札がでかでかと掛かっていてパスしていた人。
それを聞き終えたアズラニカは「なるほど」と頷きながら体勢を元に戻す。
「前例があるならそやつから詳しい話を聞いてみるのもいいかもしれんな」
「でしょう? ……ところでなんでそんなに耳が真っ赤なの?」
「気にするな」
そう言いながらアズラニカは耳が見えないように手で覆った。
その声音がいつもより素っ気ない気がして不思議な気持ちになる。
すると腕組みをしてアズラニカを眺めていたサヤツミが「ああ!」と手を叩いた。
「お前、耳が弱いのか! ラジェカリオも同じだったぞ、そういうところも遺伝するんだね! そこへ好いた女の子のコソコソ話なんて受けたら赤くもなるか!」
「……」
サヤツミの言葉にもう一度アズラニカを見上げる。
もはや赤いのは耳だけではなくなっていたけれど――ひとまず、ここは優しさから見なかったことにしましょうか!




