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十話:猫と雑貨と優しい時間

 水竜の一件を無事に解決してから、数日が過ぎた昼下がり。


 ストーリア王国の城下町は、穏やかな陽光に包まれ、石畳を踏みしめる足音が柔らかく響いていた。


 銀髪の少女が、落ち着いた足取りで歩く。彼女の名はノア・ライトエース。ストーリア王国の騎士であり、王子レクサス・アルファードの護衛として行動していた。


 だが、今は肩の力も抜け、あまり堅苦しくない雰囲気を纏っている。


 ──ここしばらく、いくつかの依頼をこなしてきた。


 ひと段落ついた今、ふと気づけば、心にも小さな余裕ができ、それを察したレクサスがそっと声をかけたのだ。


「……少し、散歩でもしない? 僕の護衛という建前でさ」


 柔らかく微笑んだその横顔には、どこかいたずらめいた光が宿っていた。


「もちろん、近衛騎士隊には外出の許可を取ってあるよ」


 さりげなく、けれど確実に。

 レクサスは、ノアが断る隙を与えぬように、あらかじめ道を整えていた。


 本来なら、任務中にこんなことは許されない。

 だが、その一言で、ノアの胸に滲んでいた迷いは静かに溶けていく。


 ほんのわずか躊躇した後、ノアはそっと頷いた。


 そうして今、二人はこうして並んで歩いている。平和な国の昼下がり、警戒しつつも穏やかに町の散策を楽しんでいた。


「……えっと、確かこの辺りに」


 小さく呟いたその言葉を拾うように、隣を歩く青年が微笑む。


「……ノア、そんなに急いでどうしたの?」


 穏やかな問いに、ノアははっとして立ち止まる。自分が知らぬ間に歩を早めていたことに、今さら気づいた。


「えっと……少し、気になるお店があって」


「お店?」


「はい。珍しい雑貨を置いていると聞きました。……何となく、見てみたくて」


 レクサスは軽く目を見開いた。ノアがこうして自ら何かに興味を示すことは、決して多くはない。そんな彼女の様子に、彼は自然と興味を惹かれた。


「ふふ、ノアがそんなふうに言うのは珍しいね。それなら一緒に行こう」


「……すみません、付き合わせてしまって」


「気にしないで。君の行きたい場所に、僕も一緒に行きたいんだ」


 穏やかに告げられたその言葉に、ノアはわずかに頬を染めた。そのまま並んで歩みを進めると、やがて目的の店が視界に入る。


 質素ながらも趣のある外観。軒先には乾燥ハーブや小さなランプが並び、木製の看板が静かに揺れている。扉を押せば、薬草の落ち着いた香りがふわりと鼻をくすぐった。


 店内は静謐な空気に包まれていた。並べられた品々は丁寧に整理され、無駄のない配置がその場の居心地を良くしている。そして、カウンターの上には二匹の猫が丸まっていた。


 一匹は白くふわふわとした毛並みを持ち、もう一匹は灰色の体に黒い耳と尻尾が愛らしい。


「……かわいい」


 ノアが小さく呟いた瞬間、猫たちはその言葉を待ちかねていたかのように動き出した。白い猫は軽やかにレクサスの足に絡みつき、灰色の猫はノアの膝のあたりで前脚をかけ喉を鳴らす。


「歓迎されてるみたいだね」


 レクサスが白い猫を優しく撫でると、猫は満足そうに尻尾を揺らした。ノアもまた、灰色の猫の頭をそっと撫でる。


 その時、奥から低く短い声が響いた。


「……いらっしゃい」


 二人が顔を上げると、そこには無愛想な青年がいた。茶色の髪に長い耳──ラパン族の男、メルヴィル。


 ぴんと伸びた耳が、かすかな気配を拾うようにわずかに動く。

 そのしなやかな体つきと、若々しい外見。──けれど、ノアはふと思う。


 (……この人も、きっと、見た目よりずっと年上なんだろうな)


 ラパン族は、竜ほどでは無いが人間よりもはるかに長命な種族だと聞いたことがある。

 だが、そんなことを感じさせる気配もなく、彼はただ、静かにこの店に溶け込んでいた。


 ここ雑貨屋の店主である彼は、カウンターの奥で帳簿をつけていたが、ちらりと二人を見ただけで、すぐに視線を手元へ戻した。


「すみません、お邪魔します」


 ノアが静かに言うと、メルヴィルは無言で頷いた。


 そして、ちらりと隣に立つレクサスに視線を向ける。


 その瞳が一瞬だけ、僅かに細められた。──王族特有の気配を、彼は確かに感じ取っていた。


 しかし、メルヴィルはそれ以上何も言わず、ただ淡々と視線を手元の帳簿に戻す。


 態度も声色も変わらない。

 目の前に誰がいようと、彼にとって大事なのは、目の前の猫たちと、この静かな空気だった。


「とても落ち着いた店だね。君が店主かな?」


 レクサスの問いかけに、メルヴィルはわずかに顔を上げたが、表情は変えずに短く答える。


「……そうだ」


「いろいろ見てもいいかな?」


「……猫達が気に入ってるなら、構わない」


「ありがとう」


 素っ気ない態度ではあるが、不思議と不快ではない。そのやり取りをよそに、猫たちは二人に変わらず甘えている。


「この子たち、人懐っこいですね」


 ノアが灰色の猫を撫でながら言うと、メルヴィルはちらりと猫たちを見やった。


「……珍しいな」


「え?」


「そいつら、気に入らないやつには見向きもしない」


 レクサスが白い猫を撫でながら微笑むと、メルヴィルはふっと息を吐いた。


「……ホプ、おまえは調子がいいな」


「ふふ、ホプっていうの?」


 レクサスが優しく問いかけると、白い猫──ホプは、まるで肯定するように「にゃーん」と鳴き、さらにレクサスの足元でぐるぐると回った。


「こっちはメル」


 そう言いながら灰色の猫を指し示すメルヴィル。その口調は変わらず淡々としていたが、そのまなざしは少しだけ柔らかく見えた。


「ホプとメル……かわいい名前ですね」


 ノアが微笑みながらメルの背を撫でると、メルは気持ちよさそうに目を細めた。


 メルヴィルはそんな様子を一瞥したが、それ以上は何も言わず、再び帳簿に視線を落とす。


 ノアはそっと声をかけた。


「……あの、よければ、店主さんのお名前も教えていただけますか?」


 帳簿にペンを走らせる手がわずかに止まり、メルヴィルは短く、しかしはっきりと答えた。


「……メルヴィル」


 それだけを告げると、また静かに帳簿へ視線を落とした。


 小さな沈黙が、ふわりと店内を包む。


 外を行き交う人々の気配も、遠くかすれて聞こえるだけだ。


 ノアは改めて目の前の景色を見渡す。木の温もりを宿した棚、香る薬草、陽だまりのように丸まる猫たち――


 この静かな店に流れる、優しい気配を胸いっぱいに感じながら、ノアは微笑む。


「……いいお店ですね」


 ノアが声を落として言った。

 メルヴィルは帳簿から目を離さぬまま、低く短く返した。


「……そうか」


 店を出た後、二人は並んで歩き出した。陽射しは少し傾き始めている。


「……ノア、また行こう。君が行きたいと思うなら、何度でも」


 何気ないように投げられたその言葉が、胸に温かく染み込んだ。


 ノアが小さく頷くと、レクサスは何も言わず、そっと歩幅を合わせた。


 こうして、彼女たちの小さな日常は、またひとつ積み重なっていくのだった。


 ふと、レクサスが手を伸ばし、ノアの肩に付いていた灰色の毛をそっと摘まみ取る。


「メルの置き土産かな」


 冗談めかした声に、ノアは小さく笑った。


 そんなありふれた仕草さえ、今はどこか、胸に温かく沁みた。


 それからというもの、二人は自然とこの店を訪れるようになる。やがて、ホプとメルはすっかり二人に懐き、メルヴィルもまた、口数こそ少ないながらも彼らの来訪を受け入れるようになっていった。

とうとう車関係ない名前のキャラが出てきましたが、彼らは別作品からのキャラなのでノーカンということでw

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