01.パッケージ詐欺には気おつけろ
メギロア王国
中央諸国の南方に位置する、世界有数の交易国家。
人口は約300万人。
海に面する国土から海洋資源が豊富で、高い航海技術で中央諸国への玄関口のような役割を果たしている。
そんな国の、とある貴族の邸宅で
「はぁ…」
きちんと手入れされた庭園の隅。
咲き誇る青薔薇の生垣のそばで、小さな青髪の少年が6歳とは思えない深いため息を吐く。
悩みの種はもちろん…
「なんなんだよ……、欲迷宮って…」
手に握りしめた小さな鏡を、恨めしそうに睨む。
“《スキル》:『欲迷宮』”
それは簡単に言えば、“自分の妄想や欲望を具現化する”という《スキル》…らしい。
らしいといのは、俺は今までこの《スキル》をちゃんと使ったことがないのだ。
本来なら3〜5歳程度の時に《スキル》が発現するのだが、稀にそれを過ぎても《スキル》が発現しないことがある。
そういった人間は、6歳の時に行われる“才覚の儀”によって《スキル》が判明する。
それをきっかけに《スキル》を使えるようになることもあるし、何歳になっても《スキル》が使えないなんてこともあるのだそう。
しかし、問題はそこじゃない。
一番の問題は…
「なんなんだよ、欲迷宮って!どんな名前だよ!!
名前つけるにしても、もっとこう…なんかあるだろ!
いくらなんでも、あんまりすぎるだろ!雑な展開のエ〇漫画か!」
ついつい、心の声が溢れ出す。
この世界の人に意味が通じていないのが、唯一の救いか…。
父母も神父も、この《スキル》については知らないと言っていた。
口ぶりや態度からするに、本当に意味を知らないらしい。
父いわく、こういう未解明は世界中に数多く存在するのだそう。
調べた結果、見つかったのは古い資料のある一説のみだ。
もし意味がわかっていたら、今頃俺は家を追い出されていただろう。
いや、むしろ自分から家を出るまである。
だって、恥ずかしいじゃないだろ!
こんな卑猥な名前、例え周囲が意味を知らなくても掲げるのはあまりに恥ずかしい!
例えるなら、外国の土地で小学生みたいな下ネタを連発しているような羞恥心!
こんなんじゃ、お嫁にいけない…!!
はぁ…冗談は置いておいて、今後どうしたらいいのやら…。
「おーい、アルー?
そろそろ昼食の時間だよー?」
「あ、ミラ兄さん…」
落ち込んでいる最中、屋敷から1人の少年が駆けてくる。
キラキラと輝く薄い水色の銀髪に、宝石のような青紫の瞳。
彼の名は、“ミーラ・イオス”。
我が家、イオス家の長男だ。
頭脳明晰で、眉目秀麗。
文武両道であり、博識多才。
今年で9歳になるそうだが、その腕前は既に大人にも引けを取らないレベル。
学力も学校トップで、なんと噂では王宮騎士団からの推薦も来ているという。
勤勉で誠実な性格で、丁寧ながら高貴で強い芯と正義感を持っている人だ。
それでいて年相応の無邪気さと明るさも持っており、才をひけらかさない謙虚さもある。
おかげでかなり人望も厚く、学校でも黄色い声援が飛び交っていると聞く。
まさに、“天才”と呼ぶに相応しい人だ。
普段は学校の寮にいるのだが、今は長期休みで実家へと帰ってきているのだ。
「どうしたんだ?こんなところで…
あ、わかった!《スキル》の練習だろ!?」
「え、あ、いや…その…」
生垣の隅から顔を出す俺に、兄はグイと顔を寄せる。
ち、近いな…。
前世の俺は、兄弟がいなかった。
転生してから6年経つが、兄弟のこの距離感に正直まだ馴染めていない。
真っ直ぐ見つめる視線の眩しさに、思わず目を逸らしてしまう。
「確かアルの《スキル》は…『欲迷宮』だっけ?いい名前じゃないか!」
「ちょ…!?ミラ兄さん、あんまり大きな声で…!?」
「?」
兄は不思議そうに頭を傾げる。
くそ…単語の意味をわかっていない分、説明が難しい…!
しかし、何も知らない少年に卑猥な単語を連呼させるのは、さすがに心が痛む。
せめて、もう少しカッコいい名前なら…
「はぁ…いいよね、ミラ兄さんは…カッコイイ《スキル》でさ…」
「……。」
「…え、あ、ごごめん、なさい…!」
焦る頭に、思わず心の声がボソッと漏れてしまう。
彼、ミーラ・イオスの《スキル》の名は『反鏡』。
あらゆる法則や方向を反射、反転できるという、最強クラスの《スキル》だ。
相手の攻撃を全て跳ね返し、自らの攻撃へと変えてしまい、その気になれば重力を反転させ、空を飛んだりすることもできる。
まさに“夢のような《スキル》”だろう。
この世界の《スキル》は5段階のランクに別れているのだが、彼の《スキル》:『反鏡』はその中でも最高評価の“A”。
まさに、千載一遇の神だ。
ちなみに、俺の《スキル》:『色欲迷宮』の評価は“E”。
文句なしの最低評価だ。
優れた《スキル》を持つ才能に溢れた兄と、奇妙な《スキル》を持つ落ちこぼれの弟。
周囲から見れば、あまりに歪。
せめてもっとカッコイイ《スキル》なら隣に立てたものの…、こんな《スキル》では隣を歩くとこさえ恥ずかしい。
「…アル。」
「ご、ごめんなさい…」
「違うよ、アル。怒ってるんじゃない」
「…?」
悪いことを思っている自覚はあった。
だからつい反射的に謝ってしまうが、兄はそれを優しく遮る。
「アルは自分のスキルが、好きじゃないのかな?」
「え、ま、まぁ…大雑把に言えば…?」
「そうか…。僕もね、初めは自分の《スキル》が嫌いだったんだ」
「…え!?」
「ふふ、意外だろ?」
兄はからかうように笑う。
その横顔は子供っぽいながらも、どこか大人びた雰囲気を醸し出している。
「僕はね、最初はお父さんみたいなカッコイイ《スキル》が欲しかったんだ。
アルも知っているでしょ?
『蒼獄炎』
鋼鉄すら焼き焦がす、灼熱の《スキル》さ。
お父さんの騎士団長になるまでの話は、昔からよく聞いていたから、僕もそれに憧れちゃってね…。
でも、目覚めたのは『反鏡』。
初めはガッカリしたなぁ…。
“なんでお父さんと違う《スキル》なの!?”って、泣き喚いていたっけ。
それに《スキル》が目覚めてからも大変でね。
歩こうとした足が反射して転んじゃったり、水を飲もうとしたら反転してずぶ濡れになっちゃったり…。
一時期は“日常生活に難あり”ってことで、“E”評価だったこともあるんだよ?」
「そんなことが…」
「だから、大丈夫!
アルなら強くなれるよ!その『エロダンジョン』?でね!」
そう言って、兄はにこやかに笑う。
まさか、9歳の子供に励まされることになるとは…。
それにしても今の話、どこかで…
いや、それはそれとして…
「あ、あのー…ミラ兄さん?
その〜…あんまりその名前を口に出さないで欲しいかな〜、なんて…」
「え?なんで?
いいと思うけどなぁ、『エロダンジョン』!」
「ちょ、だから、あんまり言うと兄さんのイメージが…!!」
「おやおや、これはこれは“学年首席様”。
こんなところで優雅に泥遊びですか?」
「「…ん?」」
ふと、生垣の上から声がかかる。
聞きなれない声、それになんで上から…?
戸惑いながらも上を見ると、はらりと赤い軌跡が宙を靡く。
短く切り揃えられた赤銅色の髪に、目を引くルビーのような赤い瞳。
かなり整った中性的な顔立ちから女性のようにも見えるが、ボタンの右左から男で間違いないのだろう。
纏う衣服は刺繍が多く、彼がかなりの高貴な身分だとわかる。
「だ、誰…?」
「はぁ…?
この紋章を知らないなんて…躾がなってないんじゃないのか ?」
「え、な…!?」
つい漏れ出てしまった言葉に、彼は少し棘のある言葉を返してくる。
ついムッとしてしまうが、それを兄は片手で制止する。
「すまないね、まだ弟は勉強中なんだ。許してくれ」
「ふぅん…ま、いいさ。
僕の名前は、“ルベラ・ガーネット”。
以後、お見知り置きを」
そういうと、彼は軽く会釈をする。
なんだか、波乱の予感…?




