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08 墜ちた実の


っっっ、へっっくしょん。

ごほっごほっ。


頭に氷嚢、咥えた体温計、加湿器と林檎。

あと説明いる?


昨日、雨の中で永遠に続くと思っていた捜索が母親の激怒電話で呆気なく強制終了されて、ずぶ濡れで帰って来た俺は見事に風邪を引いた。

なかなか電話に出なかったので関係各所に連絡を入れたらしく、『そちらにいませんか?』と『ご心配お掛けしました』と『バカでも風邪引くみたいです』のフルコースだったらしい。

くっ、余計なことを。

なんで知っているかと言うと、クグイがお見舞いという体の何かをしに来たからだ。


「知ったところで何が出来る訳でもないだろう」


母親から説教を頼まれたクグイに、粗方の思いを話してみた。


「ループは終わったのに、何故関わろうとするんだ?」


何故、だろう。

知らないことを知ったから?

知らないでいることに耐えられないから。

知るべきだと思ったから。

……違うな。


ただ、知りたい。


どんなに繕っても、辿り着くのは興味本意と好奇心。

俺、かっこ悪ぃ。

逃げたい。布団に拘束されて物理的に逃げられないので、視線だけでもクグイから逃げようとさ迷わせると、白い羽根に目が止まる。

クグイが持って来た林檎の篭に白い蝶が泊まっていた。


「タクマの蝶がいるのか?」


自信は無いけど、篭の取っ手にいることを伝える。蝶の見分けはつかないけど、揚羽サイズの白い蝶がゴロゴロいるとも思えない。

タクマのお使いで来てるらしい。蝶が?と思うけど。

そういえばこの蝶、ループ中に俺を屋上に呼びに来たっけ。


「知恵の実でよく林檎の絵を描かれるが……」


クグイがリンゴを掴むとリンは(コアがそう呼んでた)ひらひらと部屋を一周してクグイの肩にとまった。


「……聖書には樹の実としか書かれていない。何でも良いんだ、樹の実なら。

俺の個人的な意見だが、食べると知恵を授かる実じゃなくて、知恵を証明する実だと思っている。

植物が目的を果たすために考えた結果が実を付ける事だとして、その目的は……」


草や木が考える?

荒唐無稽を通り越してクグイは実は草木と意志疎通出来る能力者なのだと思うことにした。


「“遠くへ行きたい”、だ。

蔦は自身を這わせ、鳳仙花は種を飛ばし、たんぽぽは風に乗せ、樹の実は鳥に運ばせた」


確かに。

言われてみればそうかも知れないけど、生き物とかって基本繁殖が目的じゃないのかな?増えた結果拡がったみたいなさ。


「不服そうだな。お前には、レモンの方が良かったか」


見舞いにレモン、だと?


「未熟な実は、渋かったり、硬かったりするだろう?種が出来る前に食べられたら困るから。レモンも、食べられないように酸味を纏って身を守ってたはずが、人間にそれを好まれてしまった。

それなら酸味の強い状態で熟してしまえ、と……」


なんだ。嫌がらせでレモンかと思ったら。

遠くに行きたいかは微妙だけど、植物がいろいろ考えてるかもってのは分かった気がした。


「…レモンも、知恵の実だろ?」


クグイの話は随分とユルい気がする。例えるなら、タクマの話は辞書で、クグイのは絵本だ。

頭の中で草木達の陣取り合戦が再生される。

レモンは人に収穫されて、タンポポの綿毛は風に乗り、リンゴの種を運ぶ鳥に追い抜かれ……


「アユム、ゴールが同じなら過程は妥協してくれ。俺はループをしたことがない。話を聞いただけだが、お前が待てるなら、俺の知っている事を話そう。

もう、あれは見るな。あれは、高確率で外れる。予言なんて呼べる代物じゃない」


あ?

急に話題が変わったのかと思った。

そのうち教えるから見るな、か。あの日記っぽい何かには、見られると不味い事があるらしい。それに、外れてはいないだろう。停電の事以外にも、書いてある内容が事前に書かれてたとしたら、当たってるじゃないか。


「お前が、……幸運だっただけだ」


俺がラッキーだから停電した、のか?なんか、頭がついていかなくなってきた。そもそも、風邪引いて寝込んでたんだった。

白い羽根が揺れて見える。


…これは…お香、かな?

クグイからなにかの残り香がする。林檎とは違う甘い匂いが眠気を誘う。

クグイは…、前はあの予言書を見てたけど、当たらないから…、見るのをやめたん、だろうか。


なんだ、あれ使って、教祖様、して、たんじゃ、…ない、のか…。


「……お前、人の話聞かないよな」







いつの間にか、眠ってしまったらしい。


酷い、夢を見た。


見渡す限りの田んぼの田舎道に、泣いている女の子と蛙がいた。


「もう嫌だ。私、知らないっ」


踞って泣いている女の子に、バスケットボール位の大きさの蛙が説得?をしている。


「姫、呪いが解ければ何も問題はないのです。こんな姿では国に帰ることはできない。さぁ、お顔を上げてください」


いつの間にか、蛙の頭にはでかい王冠が載っかっていた。泣いている女の子を放っておく事なんて出来ないから隣に座り、『頑張ろう』と励ます。


「蛙なんて大っ嫌い。私、姫になんてならない」


そんな!

このままじゃふたりの物語が終わってしまう。

恋人の仲を引き裂くなんて魔女め、許さん。

呪いさえ解ければ、きっと仲の良い恋人に戻れる筈だ。俺は、女の子の手を引っ張って立たせた。呪いを解きに魔女の元へ行くために。


「勝手にして。私、もう関係ないからっ」


手を振りほどいて、女の子は走り去ってしまった。

あぁ、もうどうすんだよこれ。

『自分勝手で我が儘な奴だな』と蛙に話しかけた。


「なんて優しいお方。貴方こそ王位に就くに相応しい。2本足ではさぞかし不便でしょう。国民にも笑われてしまいます。さぁ、王子さま。早く呪いを解いて王国に帰りましょう」


そこには、小振りの王冠を斜めに載せて、わざとらしい真っ赤な口紅を付けた蛙がいた。

(蛙って両性だから)


その瞬間、全てを理解した。


あの女の子も、ただ通りかかっただけなんだ。

魔女なんていなかった。

ただ、やばい蛙がいただけ。


俺は、余計なお世話をしたらしい。


それが全部自分に帰って来ただけで。


顔に張り付かれて、キスを迫る蛙に必死で抵抗する。


『お前、人の話聞かないよな』


誰が言ったんだっけ。


夢から覚めた時、この事を覚えていられるだろうか?


その時が来たら、思い出す事が出来るだろうか。



だって俺は、

クグイの『俺が生きてたらな』っていうセリフをわくわくしながら聞いていたのだから。



全ての勘違いに愛され、全ての勘違いを拾いに行く運命(笑)の少年。その名もアユム。

すまんな、アユム。(感謝)

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