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まつりの剣 [転生・真紀元年・刀剣乱世英傑譚]  作者: 未来乃メタル
第一章 祭刀(さいとう)家
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〈その4〉鉢巻切り


「はじめまして、清滝カレンです」


「まつり、ご挨拶なさい」


 父にそう言われたが、火煉に初めて会った時、まつりはきちんと挨拶ができなかった。

 祭刀家の屋敷に火煉の父親、ジョージ清滝に連れられてやってきた幼い娘は、アメリカ人の血が混じっているせいか、肌の色が透き通るように白く、瞳の色も青みがかかって薄かった。


「はじめまして……」


 消え入るような声をやっと出すのが精一杯で、その後は終始俯き加減のまつりだった。

 屋敷の中の一番広い畳敷きの客間で、道三とジョージの大人の会話に交じって笑顔を返す美少女の顔を盗み見ながら、居心地の悪さを感じつつ、父の傍らにじっと座っていたのを今でも覚えている。


「ウチの娘のまつりも、やっと剣術を始めたところです」


 カレンの剣術について話が及んだ時のことだ。道山が自分の娘の話を持ち出したので、まつりは内心慌てた。

 それまでにこやかな顔をしていた火煉の表情が一瞬険しくなったのをまつりは見逃さなかった。


「あら、そうなの。まつりさん、今度お手合わせを願いたいものですわ」


 小学四年生とは思えない口ぶりで火煉がまつりに願い出た。


「いやいや、まつりはまだ始めたばかりで、小学校の全国大会で優勝するほどの腕前を持つ“あなた”の相手など、とてもじゃないが務まりませんよ。のう、まつり」


 道山はにこやかにそう答えながら、最後はまつりの方にちらりと目をやった。その目は、火煉の申し出を受けないのか、と催促しているように、まつりには感じられた。

 剣術の話はそれ切りで終わったが、火煉は去り際に、道山にこんなことを言った。


「“道山のおじさま” これを機会にこちらの道場にちょくちょく寄らせて頂いてもいいかしら」


 小学四年生のその口ぶりは、いかにもおませな少女という感じだったが、明らかにまつりに向けての挑発を含んでいた。


「大歓迎ですよ、火煉さん、いつでもいらして下さい。ただし、あなたのお相手ができるほどの者が、当道場にいるかどうかわかりませんがね。ハハハ」


 ちょうど良い年頃のまつりの遊び相手ができたぐらいに思っていたのか、道山は愉快そうに笑った。


 以来、火煉は冗談ではなく、極北新陰流の道場に現れるようになった。

 火煉の家、清滝家が営む星光理心流せいこうりしんりゅうとは流派は違えど、同じ剣術ということもあり、ある程度の基本は同じだ。

 だが、異なる流派ということで、時として決定的な齟齬が生じることもある。

 祭刀家の道場には、火煉と同じ小学生や中学生なども稽古に来ていたが、火煉と手合わせできる者は一人もいなかった。

 それは火煉が最初に道場に現れたときに、すぐに判明した。

 火煉があまりにも強く、相手にならないと分かった時、道場の隅で支度を整え、じっと座っていたまつりの方を火煉が振り向いた時だ。


「私がお相手します」


 女子でもっとも年長の金田翔子という者が名乗りでた。

 火煉としては、次の対戦相手としては、ぜひまつりに願いたいと思っていたところ、自分よりも上背があり、かなりの腕前に見える女性が名乗り出たので、まつりの前哨戦としては、悪くはないところだった。

 しかし、火煉が思った以上に、金田女史は強敵だった。

 身長では当時の火煉は150センチぐらいで、金田翔子は170センチは裕にあった。まともに打ち合えば竹刀の切っ先は面には届かない。

 数回の打ち合いののち、火煉は星光理心流の抜刀術に切り替えて、竹刀を左脇に構えた。

 金田翔子はそれを見て、自分も正眼から上段に構え直した。

 道場で稽古していた他の剣士たちも動きを止めて、この二人の“稽古”の成り行きを見守った。

 これはもやは稽古ではなかった。星光理心流と極北新陰流の他流試合といってもよかった。

 二人が竹刀を構えて間合いを取っているとき、道場の方が何やら騒がしいのを聞きつけて道山が入り口に顔を出した。

 道山は、てっきり火煉とまつりが立ち合いをしていると思っていたところ、金田翔子が相手をしているのを見て、興味をそそられた。


「ほう、これは面白い」


 火煉が鼻っ柱を折られるか、もしくは翔子に勝ってさらに鼻を高くするか、どちらにせよ、見物だと感じたようだ。

 勝負は一瞬で決まった。

 睨み合いでじれた火煉がほんのわずか右足のつま先を浮かした瞬間だ。

 隙ありと感じた金田翔子は、上段から一気に竹刀を振り下ろした。

 翔子の竹刀が動いたその瞬間に火煉も反射的に竹刀を抜刀するかのように脇から引き抜き、切っ先を振り上げた。

 両者相打ちのように見えたが、勝負ははっきりしていた。

 火煉は翔子が振り下ろした切っ先が自分の額から胸元に向けて掠めていくのを感じ取った。

 一方、火煉の竹刀は、やや遅れて翔子の脇腹にまともに当たっていた。


「うっ……!」


 翔子は竹刀を投げ捨てて、脇腹を抑え、床に座り込んだ。


「痛たた、参りました。火煉さん、さすがにお強い」


 翔子はそれまでの鬼神のような形相を崩して、痛みを堪えながら、苦笑いを返した。


「おい、翔子さんが負けたのか」


「清滝家の令嬢、まだ10歳だろ、すげえな」


 道場内のあちこちで、驚きと称賛の声が上がった。


「おい、道山様がいらっしゃるんだぞ」


 静かにという感じで門弟の一人が「しっ」と言って口元で人差し指を立てた。


「ほほう、翔子のやつめ」


 道山は今の勝負を見て笑っていた。


(違う、負けたのは私の方だ……)


 対戦した火煉は知っている。

 翔子の切っ先は紙一重で自分の額から真っすぐに面を掠めている。

 これは、古来より伝わる“鉢巻切り”と言われる高度な技の一つだ。

 それに対して火煉は、自分の決め技としている抜刀術を思い切りひけらかしてしまった。

 だが、この抜刀術も寸でのところで、翔子に避けられているのだ。

 火煉の竹刀は翔子の胴着を掠めただけで、脇腹になど入っていない。

 竹刀を放り出して負けたと言ったのは、翔子の演技に他ならない。


(これは、完敗よ)


 火煉は内心悔しかったが、今の状況からそれを声にして言い出す雰囲気ではなかった。

 プライドの高い火煉としては、恥の上塗りになることだけは避けたい。

 まつりは、その様子を見るでもなく見ていた。

 火煉は、竹刀を脇に収めると、つかつかとまつりの方に寄って来た。


「まつりさん、今度は、負けないように、もっと練習してくるわ」


 周りの連中は、なぜ対戦していないまつりにそんなことを言うのか、不思議がっていた。

 だが、火煉はそんな怪訝な顔をしている連中に構うことなく、その日は静かに道場を去っていった。


 そうした一件に懲りることなく、火煉は再び道場に現れたが、最初の日よりも、謙虚な姿勢を示した。

 基本的な素振りをこなし、以前のような勝負をけし掛けるような打ち合いはせず、きちんとした打ち稽古をして帰っていく。


 だが、まつりは感じ取っていた。

 火煉が闘志を燃やしているのは、まつりただ一人であることを。

 そしてある日のこと、まつりは火煉と初めて取り組むことになった。

 通常であれば、小学4年生と小学2年生の取り組みは、ちょっとした先輩と後輩の打ち合い稽古というところだが、この二人の場合は違った。


「まつりさん、やっとこの時が来たわね」


 互いに蹲踞そんきょの姿勢を取ったとき、火煉がまつりに小声で言った。


「よろしくお願いします」


 まつりは、火煉の動きが、すでに以前、金田翔子と対戦した時以上に進化しているのを感じ取った。

 しばらく型通りの打ち合いをした後、火煉がやや後ろに下がり、上段に構えた。


(これは、以前翔子さんが取った“鉢巻切り”の構え!)


 まつりは火煉があれ以来練習に練習を重ね、あの技をマスターしたに違いないと踏んだ。


(どうしようかな……)


 まつりは思案した。

 実のところ、まつりも“鉢巻切り”は、以前教わっていた技の一つだった。

 それを火煉と同じようにここで披露してもよいのだろうかと、悩んだ。

 ふと、視野の片隅に道山の姿が映った。

 どこで聞き付けたのか、火煉が翔子と対戦した時と同じように、入り口で二人の稽古を見守っていたのだ。


(思う存分、やりなさい)

 

 道山の目はそう語っていた。


(しょうがない、じゃあ、やるか)


 まつりは意を決して上段に構えた。

 それを見て、火煉は少し意外そうな顔をしたが、すぐに表情を戻した。


(いいわね、始めましょうか)


 言葉は交わさずとも、互いに了解し合った。

 これから二人で、“鉢巻切り”の勝負が始まるのを。



あとがき


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。

よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。

今後ともよろしくお願いします。


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