〈その8〉いざ出陣!
政府からの学徒動員令が発布されると、ヒノモトの国内は混乱を極めた。
剣技を重んじ、剣によって国を守るという国是を知る者でも、此度のようにいざ有事となって、自分の息子や娘が兵士として駆り出されるのを喜ぶ親は、そう多くはいなかった。
お国のために喜んで子を差し出す親は、むしろ少数派に属していたといえよう。
「まずは、十六歳以上の男子という条件を設けようと思う。
これで人数が足りない時は、一歳ずつ年齢を切り下げる。
ただし限界は十三歳までする。
これでどうだろうか」
閣僚会議では、道山が唱えた提案に、すぐさま異を唱える者が現れた。
「祭刀殿、男子に限定するのは、男女平等の観点からいかがなものでしょう。ここは女子も含めるべきでは?」
道山に一人娘がいることを知っている閣僚の一人が尋ねた。
道山本人も、自分の娘を除外するために、このような男子限定の提案をしているに違いないと思われることを承知していた。
「男女で差別するつもりは全くありません。
ただ、客観的に戦力として計った場合、女子よりも男子の方が体力的に優れていることは事実。あえて女子を加える必要はありますまい」
「……」
道山の説明にそれ以上に異を唱える者はいなかった。
*
「父上」
学徒動員令が発布されたことを知った茉百合は、自宅に戻るなり道山の姿を見つけて詰め寄った。
「この度は、西の都、イズモが大変なことになったそうで、お察し申し上げます」
「相変らず堅苦しいな、茉百合は。
それはともかく、お主は心配せんでもよい。
学徒動員はあくまでも人数合わせのつもりだ。
前途ある学生たちを前線に送り込んで危険な目に合わせるつもりはない」
道山は学徒動員令の発布によって、大多数の国民が混乱していることをメディアから漏れ伝わる情報で知っていた。
だが、どんな言い訳を重ねようとも、学生たちを戦地に送り込むことは事実だ。戦況次第では闘わなくてはならないし、危険なことに変わりはない。
「今回の件に関して、私から父上にお願いがござりまする」
「なんだ」
「はい。此度の挙兵に私も参加させて頂きたく、お許しを願う次第であります」
道山は、やはりそう来たかと思った。
昨今の茉百合であれば、必ずそう言うであろうことは薄々感じていた。
「それだけは、ならん」
「男子に限るという条件の故でしょうか」
「それもあるが、自分の娘を危険な場所に送り込むことなどできん」
道山は誤魔化すのが苦手だ。ここは親としての正直な気持ちを吐露した。
「……左様ですか。承知しました」
「おい、茉百合?」
道山は茉百合があっさり引き下がったので、肩透かしを食った気がした。もっと食い下がるものだと思っていたからだ。
「茉百合、本当にダメだからな」
親のエゴ剥き出しで多少は恥ずかしい気もしたが、背中を向けて自室に戻る茉百合に、道山は念を押さずにはいられなかった。
*
国立ヤマト学院では、掲示板で希望者を募ったところ、20名の枠がすぐにいっぱいになった。
真っ先に手を上げたのは、元々“西”の出身者である當摩小太郎である。
「當摩くんが行くなら、俺も行かねばならんだろう」
そう言って手を挙げたのは、飛田健三郎である。
だが、彼の場合、小太郎のことは抜きに、剣技家の子息として今回の闘いに参加することは最初から決めていたことではあった。
これに続くように、剣技部の男子部員のほぼ全員が手を上げ挙げた。希望しなかったは、高等部2年と3年生の2名だった。
「お前たちはいかんのか」
学徒動員の前日、剣技部最後の練習に集まった部員の一人が、希望しなかった二人を見つけて詰め寄っていた。
「こらこら、そんなことを言ってはいかんよ。
それぞれに事情があるだろう」
問い詰めていた部員を飛田が窘めた。
「俺たちが赴くのは練習の場ではなく、本当の戦場だ。
自主的に参加する者でなければ返って危険だぞ。
無理強いは絶対にいかん」
飛田自身、実践の経験は少ないが、戦についての心構えは幼少の頃より学んでいる。
無理に駆り出された兵は何の役にも立たないことを、以前より兄から聞かされていた。
練習に集まった部員たちは全員がピリピリしていたが、一人、小太郎だけは、道場の隅に正座し、静かに目を閉じていた。
(豪胆なのか、それとも落ち着かない心を瞑想によって鎮めているのか……)
健三郎が、小太郎の心を推し量っていると、「副部長」と自分を呼ぶ女子の声が聞こえた。
見るとその声の主は、部長の浅久良桜だった。
「私たちもぜひ加わりたいところだが、今回のお達しは、男子限定ということで、残念です」
桜が頭を下げた。
「部長、顔をお上げください。あなたが頭を下げる必要はありませんよ」
健三郎が恐縮して言った。
「副部長、いえ、飛田様、どうかご無事で」
桜は涙を滲ませた目で、健三郎の右手を両手で握った。
「いや、はい、ありがとうございます。頑張ります」
健三郎は桜の行動にどう応えていいものやらわからず、顔を赤らめた。
桜のあとに続いて道場に入ってきた茉百合は、小太郎の姿を見つけると、すぐさま歩み寄った。
「當摩殿」
「お、祭刀さんか」
茉百合の声に目を開けて小太郎が返事した。
「いよいよ、明日ご出発ですな」
「うん、まあ、出陣というより、僕としては地元に帰る感じだけどね」
小太郎の出身地である“四国”は、現在、統一アジア同盟の連合軍によって占領されていた。
「小太郎殿」
苗字ではなく、今度は下の名前で呼んだことに、小太郎は何かしら、くすぐったさを感じた。
「なんだい、茉百合さん」
小太郎としては照れ臭さを隠すために言い返したつもりだったが、茉百合の表情に笑みはなく、真剣そのものであった。
(こうして見つめ合っていると、どうしても昔を思い出してしまう)
茉百合は小太郎に尋ねたいことがあった。
だが、それを尋ねたあとで彼の答えを聞くのは怖かった。
(あなたは、立花宗茂の生まれ変わりではないのか?)
まず、立花宗茂の生まれ変わりという自覚があるのかどうか、そこが問題だ。
かくいう自分も誾千代の生まれ変わりであると知ったのは、最近のことだ。
彼が自分を宗茂の生まれ変わりと自覚しているとは到底考えられないだろう。
「いや、なんでもありません。
どうか、御無事で」
茉百合は、それ以上語ることはせず、小太郎に背を向けてその場を離れた。
「ねえ、茉百合、いいの?」
聡美が尋ねた。
「何が、いいのか?」
茉百合は聡美が言いたいことがなんとなく読めた。
彼女は、自分が小太郎に恋心を抱いているのだと、勘違いしているのだろう、茉百合はそう思った。
だが、それは聡美の勘違いなのだろうか、かつての夫の生まれ変わりに違いない男を前にして、恋心を抱くことは当然かもしれない。
(だが、違うのだ……)
茉百合はかつて愛していた夫に、最後の最期で、不信感を抱いていたことも思い出していたのだ。
お誾の記憶を取り戻したとき、最期に息を引き取るときに、近くに落ちていた血だらけの短刀を見て、宗成が自分の背中を切り付けた犯人かもしれぬと疑ったことを、茉百合は思い出したのだ。
もし小太郎が宗茂の記憶を持っていたのなら、事実はどうであったのか、それが知りたかった。
だが、そこまでのことを、今は全くの他人である小太郎にいきなり聞くわけにはいかないだろう。
*
「それでは、これより出陣する諸君のために、皆さんでエールを送ろうではありませんか」
ヤマト学院で開かれた壮行会では、校長自らが拳を突き上げ、参加者全員で「えい、えい、おー」の掛け声をあげた。
「それでは、皆さん、行って参ります」
健三郎が代表して、見送りのエールに応えた。
健三郎、小太郎、その他剣技部の部員、総勢20名がヤマト学院の校門を抜けて、駅へと向かった。
駅までの見送りには剣技部の部員が同行した。
「そういえば、茉百合の姿が見えない」
聡美が気づいて声を上げると、それに釣られて他の部員も辺りを見回した。
「あれ?」
改札の近くにいた茉百合の姿に気づいて部員の一人が指差した。
「では、参りましょうか」
茉百合は愛刀の雷切丸を背負い、幾つかの荷物を携えていた。
「どういうことかね?」
同行していた教頭が声を上げた。
「私も参ります」
「祭刀くん、勝手なことはいかんよ」
「きちんと許可は取っております」
茉百合は、ヤマト政府から発行された“出陣許可証”を懐から取り出して教頭の目の前に突き出した。
「しかし、女子が出陣してもよいというのは、聞いてないのだが」
「私は学徒出陣でありません。
剣技家の一剣士として出陣するのです」
教頭はそれ以上言うべき言葉がなかった。
「では、皆さん、よろしく」
茉百合は健三郎に頭を下げると、学徒出陣の一行の中に加わった。
「祭刀さん!」
小太郎が声を上げた。
その表情は怒っているようにも見えた。
だが、それも一瞬のことだ。
小太郎は相好を崩すと、笑顔になり、茉百合に手を差し出した。
「よろしくな」
「こちらこそ、よろしく」
茉百合は差し出された小太郎の手を握り返した。
それは茉百合が“現世”で小太郎の肌に触れた、最初で最後の瞬間であった。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作は、今回で最終回となります。
これまで、ご愛読いただき、重ねて御礼申し上げます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




