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〈その7〉学徒動員


 茉百合たちが剣技部に入部してから一年が過ぎようとしていた。

 茉百合は中学を卒業し、来月からはヤマト学院の高等部へ進学する予定だった。

 その間、ジャンヌに敗れて入院していた清滝火煉は、怪我が完治すると、ヤマト学院に復学したが、しばらくは剣技部に戻ることはなかった。

 ジャンヌが留学生として中等部に転入してきたのは事前に聞いていたが、剣技部にまで入ったと聞き及び、顔を合わせたくないという思いの方が強かった。

 部長の浅久良桜は火煉の復部を何度か説得したが、火煉の決心は硬かった。

 初めはジャンヌに敵愾心を抱いていた桜だったが、ヒノモトの剣技を真摯に学ぼうとする彼女の意気込みに徐々にほだされていった。

 それは他の剣技部の部員たちも同じだった。

 もちろん、火煉の復部を妨げている当の一因であるジャンヌの存在を嫌悪する部員がいることはしかたないことではあったが、桜としては火煉には、ぜひ剣技部に戻って、現在の彼女の様子をその目で見てほしいという思いが強かった。

 そしてジャンヌに対しての接し方で最も悩んでいたのが、茉百合であった。


「ねえ、茉百合、どうかな?」


 剣技部の道場で、クラスメイトの聡美が、自分の振るう剣の太刀筋について茉百合にアドバイスを求めた。

 茉百合とともに一緒に剣技部に参加することになった聡美は、初めは勢いで飛び込んでしまった感もあったが、始めてみると、聡美の剣の上達の早さは、茉百合も驚くほどだった。

 新たに加わった四人の中では、初めて剣を握るぐらいの初心者ゆえ、練習の方もかなり熱心だった。

 

「なかなかいいぞ、聡美」


 茉百合はお世辞ではなく、聡美の太刀筋を褒めた。


「マツリ、勝負しましょう」


 茉百合が聡美の構えを直している後ろからジャンヌの声が飛んできた。

 ジャンヌは茉百合の姿を見つけると、事あるごとに勝負を挑んでくる。

 それはジャンヌにとって、剣の“稽古”と同義であった。

 ジャンヌは口にこそしないが、剣技部の中で、茉百合以上に自分の練習相手になる存在がいないことを感じていた。

 部長の桜はじめ、部員の誰もが“あの日”の果し合いで受けたショックを引き摺っており、木刀といえどジャンヌと剣を交えるのを恐れていたのだ。


 茉百合はジャンヌの手合わせをすることは一向に構わないのだが、彼女と対峙していると、己の中に特別な感情が湧いてくるのを抑えられないでいた。

 それは自分では認めたくないのだが、いわゆる“嫉妬”に近い感情だった。

 その原因は紛れもなく、かつての夫、立花宗茂の生まれ変わりと信じる當摩小太郎が、よりにもよってジャンヌと契りを結んでいるという、その一点に尽きた。


「ジャンヌ殿、今のはヒノモトの剣技にはない技ですぞ」


 茉百合は、時折ジャンヌが西欧流の剣で使う“射し技”を注意した。


「おう、御免なさい、ヒノモトの剣では、こうした突きは禁止されているのですね」


「“実戦”で用いる分にはいいかもせれませんが、剣のかたとしてはまずいでしょうな」


 ジャンヌも茉百合の妙な言葉遣いにはすでに慣れていた。

 一方、茉百合はジャンヌの相手をしながらも、その注意は隣で剣の稽古に打ち込む小太郎の方に注がれていた。


「當摩さん、お相手お願いします」


「ああ、いいよ」


 新入部員とはいえ、ヒノモト四天王の剣儀の一角を担う狐雁こがん流の跡目となる小太郎は、他の部員たちから一目置かれており、手合わせをしたい部員たちが列を成すように群がっていた。

 小太郎はそうした申し出も嫌がることなく、喜んで受けていた。


「けっ、新人のくせによ」


 部員たちの中にはこれを見て面白くないという者も当然のことながらいた。


「こら、文句があるなら、彼に勝ってから言うんだな」


 慧虎神流すいこじんりゅうの宗匠を務める飛田家の三男、飛田健三郎が文句を口にした部員を諫めた。

 彼は今年の春から剣技部の副部長を務めていた。


「飛田さんと當摩さんなら、どっちが強いかな」


 腕組みしながら小太郎の稽古を見つめる健三郎の後ろで、部員たちが囁き合っていた。

 彼らに言われるまでもなく、いずれは勝負してみたいと、飛田健三郎も思っているところだ。

 だが、それは“今”ではない。

 それにたとえ練習といえども、どちらが優勢か、剣技の優劣が付いてしまえば、それ以降の部員たちの士気にもかかわってくるに違いない。

 それよりも、健三郎が気になっていたのは、剣技部の練習中、茉百合が小太郎のことをしょっちゅう見ているということだ。


(これまで部長や清滝さんが熱心に誘っても入部しなかったのに、偶然とはいえ、彼と一緒に入部を希望してくるとは……)


 年に一度開かれる全国剣技大会で決着を付けねばなるまい。それまでは、たとえ稽古であっても、手の内を見せたくないという想いも含めて、彼と剣を交えることは避けたいと、健三郎は考えていた。


 *


 茉百合は聡美とともに、ジャンヌもヤマト学院の高等部にそのまま進学するものと思っていた。


 ──ところがである。


 ムツに駐留していたヒノモトの連合軍とロベリア軍との間で再び戦闘が始まった。

 ロベリアの兵士がムツ市内の居酒屋で酒に酔った勢いで一般市民と乱闘騒ぎを起こし、止めに入ったヒノモトの兵士に怪我を負わせてしまったことが発端だった。

 頭に血が上ったヒノモトの仲間の兵士がロベリア兵に銃を打ち、互いの報復が止まらなくなった。

 両国の関係者は当事者たちに冷静になることを勧告したが抑制が利かず、非常事態宣言が発令された。

ジャンヌ・バロアはヤマト学院での留学生活を切り上げることを余儀なくされ、国家の命令で北方に配置されたロベリア軍へと還ることになった。

 

「残念ですが、マツリともお別れです」


「うむ、しかたあるまい。達者でな」


 茉百合はかつて最初に彼女と出会い、果し合いを行ったヤマト学院の校門の前でジャンヌに別れを告げた。


「またいつか、会いましょう」


 ジャンヌは微かに涙の滲んだ瞳でそう告げたが、茉百合はその再会の約束が友人としてではなく、もしかすると敵同士として果たされることになるかもしれないという予感があった。


 *


 ヒノモト軍とロベリア軍の戦闘が再開されてから数日後、さらに驚くべき報告がヒノモト政府に舞い込んだ。

 

「道山殿、大変です」


 朝の身支度を整えていた茉百合の父のもとに、剣次郎が血相を変えて飛び込んできた。


「何事だ」


 ロベリアとの戦闘再開で頭を悩ませていた道山は、これ以上大変なことがあるのかと、羽織の帯を結びながら、剣次郎を窘めたい気分で振り向いた。


「九州に常駐していた統一アジア同盟の兵士たちが、本州に上陸し、“イズモ”の方まで攻め入って来たそうです」


 中国を中心に東南アジア諸国を含んでアジア地区を支配していた“統一アジア同盟”は、かねてから九州に侵攻しており、中ツ国軍を駐留させていたが、ムツがロベリアと戦闘を再開した機会を狙ったのか、手薄になったヒノモトの西の国“イズモ”へと侵攻し始めたということだった。


「中ツ国め、卑劣きわまる」


 政府の緊急会議のために、事堂に向かう車の中で、道山は唸った。

 そして開かれた緊急会議は紛糾した。

 ただでなくてもロベリアと交戦中なのに、これ以上西に兵を派遣するのは無理だとする意見と、そうは言っていられないので、緊急事態のため特別措置として一般から有志を募り、塀を増強すべきであるという意見が飛び交った。


「ここは外交の力でなんと凌げないものですか」


「ヒノモトにそんな手腕のある人間などいるわけないわい」


 罵声と怒号が飛び交う中、じっと目を閉じて考え込んでいた道山がぱっと目を見開いて一喝した。


「皆さん、静粛に。

 いいですか。世界が五大勢力に統合される中、我がヒノモトが独立を保ってこれたのも、ひとえに我が国伝統の剣の技を、国民の間に広め、国家の防衛を担うという国是によるものであるということを今一度心に命じて頂きたい。

 すなわち、成人だけでなく、未成年者であっても、国家を守るということが国民としての義務であり、必然であるということです」


「道山殿、それは、どういうことですかな」


 防衛大臣は、すでにその答えを知っていたが、問わずにはいられなかった。


「つまり、学徒動員です」


 それまで怒声をあげていた誰もが黙りこんだ。





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