〈その6〉許嫁(いいなずけ)
當摩小太郎を見て驚く茉百合の後ろから、部室に入りかけたジャンヌが小太郎の姿に気づいて声を上げた。
「あれ? コタロー!」
(え? どういうことだ?)
ジャンヌが當摩小太郎の“下の名前”を呼んだことで、茉百合はさらに驚く。
「よ、しばらくだな、ジャンヌ」
駆け寄ってきたジャンヌに、小太郎が軽く手を挙げて挨拶した。
「あなたもこの学校に通っていたのか?」
「いや、俺も今日からここに転校してきたんだ……」
小太郎は照れ臭そうに頭を掻いた。
「まさか、私を追いかけてきたのか?」
「そんなわけないだろ、ただの偶然さ」
旧知の仲のような二人の会話を聞いていて、茉百合の心には嫉妬に似た感情が沸いた。
突然現れた男子が、かつての自分の夫にそっくりだということも驚きなのに、その男子が、ジャンヌ・バロアと知り合いとはどういうことなのか、すぐにでも問いただしたいところだった。
「當摩殿、と言いましたな。そなたは、ジャンヌ・バロアとどういうご関係ですか?」
茉百合は居ても立ってもおられず、率直に尋ねた。
「マツリ、コタローは、私のフィアンセね!」
ジャンヌの方が先に答えた。
「そなたでは、ない。私は當摩殿に訊いたのだ、で、え?
フィアンセとな? 許嫁ということか?」
「日本語だと、フィアンセは、イイナズケというんですね、そうコタローは私のイイナズケ」
「うむ、ちょっと違うのだが、そなたが當摩殿の許嫁であって……、まあ、それはよいとして、そうなのか?」
茉百合は混乱し切っていた。
「コタローのウチは、バロア家とは古くからの知り合いで、親同士で二人の子供を将来は結婚させようと約束していたのです」
「ロベリア国とヒノモトの家でそんな交流があったりするのか……」
「マツリは、学校の歴史の授業で学びませんでしたか?
ロベリアは、新聖ヨーロッパ連合に加わる前は、ヒノモトと長い間友好関係にありました。
バロア家とトーマ家は、国交が途絶えた時も、さらに今のようにお互いの国で戦争が起きたときも、常に変わることなく交流を結んでいるのです」
ジャンヌの話を少し照れ臭そうに聞いている當摩小太郎の顔を見ているうちに、茉百合はだんだん腹が立ってきた。
「當摩殿は、そんな親同士の取り決めに納得しておられるのか?」
小太郎は、なぜ会ったばかりの茉百合にそんなことを言われなければいけないのか、そちらの方が納得がいかなかった。
「マツリ、なぜあなたがそんなに怒る?」
ジャンヌの方が怪訝な顔で茉百合に尋ねた。
「さては、あなた、コタローに一目惚れしましたか?」
「な、なにを言うか!」
ジャンヌの歯に衣を着せぬ言い方に、茉百合は慌てた。
「そんなことがあるものか、だいだい、一目惚れとか、うぬは知っているのか?」
「もちろん、知ってます。
私も、しょっちゅう、一目惚れしてますね」
ジャンヌは、さも当たり前のように言ってのけた。
「お取込み中すまないが、そろそろ部室の中に入ってもらえないだろうか」
待ちくたびれていたように、剣技部部長の桜が、入り口付近に屯していた連中に呼びかけた。
*
ヤマト学院剣技部に、新たに四人の生徒が加わることになり、部長の桜としては、大いに胸が高ぶっていた。
その一方で、剣技部のエースである清滝火煉を正式な果し合いであるにせよ、重傷を負わせた相手が自分たちの仲間に加わることに部員の多くが異を唱えた。
「浅久良部長、あのジャンヌという留学生を私たちの部に入れるのは、反対です」
ジャンヌから少し離れたところまで、桜を部室の袖に引っ張っていった部員たちが口々に詰め寄った。
「私としても心情的には入部させたくありませんが、もし彼女がこの剣技部へ入ることを希望するなら拒まないでほしいと校長先生直々にお願いされました。
この学校に留学が許されたという時点で、私たちは彼女が自由に学ぶことを妨害してはならないと、私もその通りだと思います」
「確かに彼女がここで学ぶのは自由ですが、部活となれば、話は別です。
私たちにだって部員を選ぶ権利はあるんじゃないですか」
部員たちの気持ちは痛いほどわかったが、桜としては密かに別の考えもあったのだ。
彼女たちには面と向かっては言えなかったが、ジャンヌの入部を認めることで、部活動を通してジャンヌへの復讐を果たすことができるかもしれないという桜なりの考えがあった。
「皆さん、ジャンヌさんは確かに火煉さんを傷つけたし、そのことは私としても到底許せることではありません。
ですが、それだけに彼女の剣の腕前が我々の誰よりも高いことは悔しいですが、認めざるを得ません。
万が一彼女が我が剣技部の活動に相応しくないと判断されたなら、私から彼女に退部して頂くよう申し上げます。
それまでは、ロベリア流の剣さばきが拝見できる一つの勉強の機会と捉えてみてはどうでしょう」
桜はそう言うと、張り詰めた部員たちの心を少しでも解きほぐすかのように薄く微笑んで見せた。
「それに、彼女に勝ったあの祭刀茉百合さんが、一緒に入部してくれるのですから」
最後に、部員たちに聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で桜が言い添えた。
*
入部が認められた茉百合たち四人は、部室の隣にある剣技部の専用道場で早速部員たちの練習に加わることとなった。
「ねえ、マツリ、どっちが先にコタローとデートするか、勝負しましょう」
「な、な? 當摩殿はそなたのフィアンセなんじゃろ?」
「フィアンセと言っても、親同士が決めたことです。
まだ正式に決まったことではありません」
小太郎と離れたところで、ジャンヌが茉百合に耳打ちした。
「勝った方が先にデートします。でも、負けても後からデートできます。それならいいでしょう」
「當摩殿にも選ぶ権利というものがあるじゃろ」
「まさか、こんな可愛い女の子たちからデートに誘われて断るわけありませんよ。
あなたもどうです、聡美。コタローとのデートをかけて、勝負しませんか」
「え? 私は遠慮しとくよ」
近くにいた聡美がジャンヌから振られて、大袈裟に手を振って断って見せた。
ジャンヌが小太郎に目配せしてみせたが、部室に備え付けの木刀の具合を確かめていた小太郎は何のことやらわからずポカンとした顔で見返していた。
「うむ、わかった。勝負しようではないか」
(當摩殿が、宗茂殿かどうか、いずれ確かめねばなるまい)
見れば見るほど宗成にしか見えない小太郎の顔形を見ているうちに、言い知れぬ闘志が茉百合の心に湧いてきつつあった。
「部長、あの二人、勝手に勝負を始めてますよ」
茉百合とジャンヌは木刀を手にし、互いに試合のような間合いを取って対峙した。
「好きにさせておきなさい」
桜は先日の勝負の続きがまたみられることを密かに期待した。
それは他の部員たちも同じ気落ちだったに違いない。
打ち合いの練習をしていた部員もいつの間にか動きを止め、二人の成り行きを見守っていた。
茉百合とジャンヌは、先日の果し合いのときと同じように、木刀を下段に構えていた。
前回のように“真剣”を用いていないだけに危険度は少ないとは言え、ただでは済まない雰囲気が十分に漂っていた。
「ほう、これは見物だな」
小太郎も二人の様子を腕を組みながら見つめている。
茉百合は、小太郎のその視線が気になり始めた。
(む、邪魔な視線じゃ……)
ジャンヌが隙ありと見たのか先に動き、茉百合がわずかに出遅れて勝負は決まった。
ジャンヌの木刀が茉百合の頭頂部の直前でピタリと止まり、茉百合の木刀はジャンヌを捉えることができず、宙を泳いでいた。明らかに茉百合の負けだ。
「今回は、私の勝ちですね」
ジャンヌがニッコリと笑った。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




