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〈その5〉再会


「校長、一体どういうことですか?」


 茉百合のクラスの担任教師今村は、週末の放課後に校長から呼び出しを受け、来週から自分のクラスにジャンヌ・バロアが転校生として入ると告げられ、面食らっていた。


「ジャンヌ・バロアって、先日校門の前で刀を振るって暴れたあの女性兵士ですよね。

 そんな危険な女性を我が校で受け入れるんですか?」


「今村君、少し落ち着き給え」


 校長に食って掛かる今村を教頭がたしなめた。


「いや、これは落ち着いてられませんよ、教頭先生。

 それに、彼女がウチのクラスに入るって、何かの間違いじゃないんですか? うちのクラスは中学3年ですよ?」


「間違いではありませんよ、今村先生。

 ジャンヌ・バロアさんは、15歳。我が校で受け入れるとすれば、中学3年のクラスです」


「しかし、校長。ウチのクラスには、あの日対戦した祭刀茉百合くんがいるんですよ。これはさすがにまずいでしょう」


「それは私としても多少は危惧しておるのだが、祭刀くんと同じクラスにしてほしいというのも、先方からの達ての希望なのです。

勝手なことを言って済まないが、そこは今村先生の手腕にお任せします。

 一つだけ申せば、今回、ジャンヌ・バロアさんを転校生として受け入れるのは、個人的な事情ではなく、ロベリアとヤマト、2国間の協定に基づくものだということです」


 なるほど、これはロベリアとヤマトという国家間の取引で、校長にもどうにもならない問題なのだと、今村も理解するほかなかった。


「わかりました、校長先生。

しかたないのでお引き受けしますが……ただし、私としては何か問題が起きても責任を負いかねます。それだけはご承知ください」


「それはわかっておりますよ、今村先生。

 転校の件を引き受けて頂けるだけで、十分です。

 何か事が起きたときは、私が全責任を負いましょう」


 校長はやれやれという表情で額から噴き出た汗をハンカチで拭いた。

 今村が校長室を出た後、校長は教頭に耳打ちした。


「教頭先生、もう一人の転校生の件ですが……」


「あちらの方は特に問題はありません。

 VIPのご子息ということには代わりませんがね。

この高等部に転校してくる生徒は、ジャンヌ・バロアのお目付け役として招かれたというウワサもあるようで……」


「それは我々の預かり知らぬところです。

 滅多なことを言うものではありませんよ、教頭」


 校長は、机の上に並んだ二人の写真付きプロフィールに目をやって溜息を吐いた。


〈ジャンヌ・バロア 出身:ロベリア国 十五歳 中等部3年に転入希望〉


〈當摩小太郎 出身:ヤマト国イズモ 十七歳 高等部2年に転入希望〉


 *


「さあ、マツリ、剣術クラブに行きましょう」


 授業が終わり、放課後のチャイムが鳴るや否や、ジャンヌが席を立って茉百合のもとへやってきた。


「お主は、本当に剣術部に入るのか?」


「もちろんです、さあ、早く行きましょう」


 ジャンヌは、まだ席に着いたままの茉百合の袖を引っ張った。


「ちょっと、ジャンヌさん、茉百合は怪我して一週間ぶりに学校に来たばかりなんだから、あまり無理をさせないでよね」


「ああ、そうでしたね」


 ジャンヌは、聡美からの注意から受けた注意をまるで他人事のように聞き流した。


「そういえば、あなたの怪我はもういいの?」


 聡美はジャンヌが茉百合との闘いの後、道路に蹲っていた様子を思い出して言った。


「私ですか、そうですね、一応傷口は塞がってます」


 ジャンヌは制服の裾を捲り上げて、腹部に付いた刀傷を聡美に見せた。傷口は生々しいピンク色が残り、縫合した黒い糸が荒々しく剝き出しになっていた。


「ひゃああ、それって、全然治ってないよ、ねえ、茉百合」


 ジャンヌの傷を見て、聡美が後ろに一歩飛び跳ねた。

 茉百合は、その傷を自分が付けたときの瞬間のことが脳裏に蘇った。


「うむ。致命傷までは行かなんだな」


 茉百合が傷の様子をじっと観察し始めたので、捲り上げていた制服の裾をジャンヌはさっと降ろした。


「もういいでしょう、さあ、行きましょう」


 茉百合とジャンヌ、そして勢いで付いてきてしまった聡美の三人は、さまざまな運動部が活動しているクラブ棟へ向かって、校舎の廊下を歩いて行った。

 茉百合とジャンヌの二人が並んで歩く様子は、すれ違う生徒たちから俄然注目の的であった。


「あれって、この間、校門の前で対決していた二人だよな?」


「どういうこと? あの金髪の子、確か、ロベリアの剣士じゃなかった?」


 ひそひそと話す生徒たちを特に気にすることもなく、二人はクラブ棟を目指して進んで行くが、気にしているのは、当事者ではない聡美の方だった。


「ちょっと、茉百合、みんなウワサしてるよ」


 茉百合としては、ジャンヌとこうして歩いていることよりも、これまで自分が避けて来た“剣技部”に無性に入りたくなっているという心境の変化の方が気になっていた。

 これまで剣技部を避けてきたのは、ひとえに清滝火煉という存在がいたせいだ。

 剣技部に入れば“先輩”部員として否が応でも火煉とかかわらずにはいられない。

 だが、火煉がジャンヌとの勝負で怪我を負って入院したことで、茉百合の心の中で何かが砕け散った。

 だが、それ以上に、新たに現れた“誾千代”というもう一人の人格が叫ぶのだ。

“もっと、剣を振るえ!”と。


「ここが“剣術クラブ”ですか?」


「違うわよ、ここは“剣技部”です」


 部室の戸口に掲げられていた看板を見上げていたジャンヌに、後ろから声が掛かった。


「“ケンギブ”ですか、はじめまして、ジャンヌ・バロアと申します」


 後ろに振り返ったジャンヌが声を掛けた女子に挨拶すると、相手は顔を赤くして怒ったような表情になった。


「はじめまして、じゃないわよ。ジャンヌさん。

 あなたは覚えてないかもしれないけど、先週お会いしてます」


「ああ、思い出しました。まだお名前をお伺いしてませんでしたね」


「剣技部、部長の浅久良桜あさくらさくらよ。

 私たちの部に何の用かしら」


 桜は、自分を打ち負かした相手のジャンヌが中等部に転校してきたということをすでに人づての情報として掴んでいた。


「その節は、どうもです。

 今日は、こちらの剣術クラブに入部したいと思い、こうして伺いましたです」


「私たちの剣技部に入りたいというわけ?

 言っておくけど、剣技部は、街の剣術道場とは違うわよ」


 桜が街の剣術道場と言ったのは、別に馬鹿にしてそう呼んだわけではない。

 ヤマトにおける剣術は、国技であり、桜の育った浅久良家も、天戯無念流を誇る剣術一家なのである。

 ただ、ヤマト学院における剣技は、そうしたさまざまな剣術流派とは別に、学生が学ぶ“剣の技”として独自の歴史を遂げて来たスポーツの一つであることを意識しての発言だったのである。


「ごめんなさい、私はロベリアから、今日この学校に来たばかりで、まだヒノモトの文化をよく知らないのです。

 そうしたことも含めて、一から教えてください」


 ジャンヌは、先週校門の前に現れた時とはまるで別人のように、桜の前で丁寧に頭を下げてお辞儀した。


「う……。本当にウチに入部希望というわけ、ね」

 

 桜はまだ府に落ちなかったが、ジャンヌの低姿勢な様子に、少しだけ緊張の糸が緩む思いがした。


「で、あなたも、入部希望なわけ?」


「はい」


「え? そ、そうなの?」


 桜は、ジャンヌの隣にいた茉百合についでにという感じで気軽に声を掛けたが、意外もあっさりとOKの返事を貰い、逆に戸惑ってしまった。


「あ、桜先輩、私も入部希望です!」


 聡美が二人に置いて行かれまいと、声を上げた。


「わかったわ、中等部の三人が、新たに入部希望ということね」


 桜は何か面食らったような気がして、彼女たち三人を部室を招き入れようとしたその時だ。


「あ、俺も剣技部に入れてください」


 桜の後ろから一人の男子生徒が声を掛けてきた。


「えっと、あなたは?」


「俺は、當摩小太郎。今日からここの高等部2年にお世話になるっす」 


 部室へ入ろうとしていた茉百合は、ニコニコと挨拶する小太郎の顔を見て立ちすくんでいた。


「あ? お主は?」


 驚いた顔で自分を見ている茉百合を見つけて、小太郎は怪訝な顔をした。


「初めまして、ですよね?

 えーと、祭刀茉百合さんかな? お噂はかねがね」


「お主は……」


 茉百合の視線の先に学生服姿で立っていたその男は、ほかでもない、かつての夫“宗茂”その人であった。



あとがき


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。

よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。

今後ともよろしくお願いします。


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