〈その1〉父の仕事
「行ってきます」
「いってらっしゃい、お嬢」
爺やこと、犬山剣次郎に見送られて、まつりは家を出た。
家といっても、広大な屋敷である。漆喰塗りに瓦屋根の装飾を施した白壁は、数十メートル先の道の角まで続いている。
まつりは、壁から突き出た庭の黒松の枝先を見上げて、溜息を吐いた。
生まれ育った我が家ではあるが、それが特殊な家だと気づいたのは、小学校に上がった頃だ。
同じ学校に通うクラスメイトの話を聞くうちに、自分の家とはまるで違うことに気づかされた。
「それでね、お父さんが、昨日の誕生日に、これ買ってくれたんだ」
同じクラスの良子ちゃんのパパは商社に勤めていて、自分の会社で扱っているクマのキャラクターのキーホルダーをプレゼントしてくれたという。
「でね、これの大きい縫いぐるみも、今度くれることになってるんだ」
「へえ、いいな、良子ちゃんのお父さん。ウチなんか公務員だから、そういうプレゼント貰えないよぉ」
みんなの話を聞いていて、そういえば、自分の父は“何者”なんだろうと、まつりは思った。
*
「今日は、みなさんに作文の宿題を出します。題は『私のお父さん』です。今度の父兄参観日に、その作文を皆さんに読んでもらいます」
担任の先生が出した作文の宿題に、まつりは凍り付くような感覚を覚えた。
(私のお父さん? 私の父は、一体何者だろう?)
まつりは自分の父が何者なのか、本当に知らなかった。
家にいるときに、敢えて聞くこともなかったし、教える者もいなかった。
恰幅が良く、常に和装で身を固めていた。出かけるときは、紋付袴で、家にいるとは紬を着ている。
ほとんど家にいることはなく、朝は黒塗りのリムジンが屋敷の車回しに付けられて、白い手袋をした運転手が恭しく開けたドアの向こうに乗り込むと、それきり深夜にならないと帰らない。
たまの“休み”だろうか、部屋にいるのをこっそり覗くと、剣次郎を相手に、碁盤を囲んで難しい顔をしていた。
屋敷の敷地内には、立派な道場があって、まつりは幼い頃からここで“剣道”を習っていた。
父もたまに顔を見せることはあったが、竹刀や木刀を手に取ることはなかった。だから腕前のほどはわからない。
まつりの稽古の相手をしてくれたのは、たいてい剣次郎だった。
父はこの道場の主らしいことだけは知っていた。
「ねえ、爺や、ウチのお父さんって、何者なの?」
作文の宿題が課されたまつりは、父に直接訊くのも憚れ、稽古の合間を狙って、剣次郎に尋ねた。
「お嬢、それはどういう意味ですかな?」
まつりの質問に驚いた剣次郎が逆に尋ねる始末だ。
「だから、父は、何者なのか知りたいの? 学校の宿題で、私のお父さんのことを書けっていわれたもんだから」
「お嬢は、道山殿が何者か、御存じないと?」
「うん」
それを聞いてが剣次郎が高笑いした。
「道山殿は、ある意味で、この国のトップですな」
「トップ?」
まつりは、トップという単語が『頂点』を意味することぐらい知っている。
ということは、総理大臣? いやいや違う、総理大臣は別にいる。この前、テレビでまた税金が上がることについて、インタビューを受けていた。
「爺や、茶化さないで教えてよ」
まつりが不満気に剣次郎に嚙みついた。
「では、いいですか。これは誰にも言ってはなりませんぞ」
「誰にも? お父さんにも?」
まつりは冗談のつもりで言ったが、剣次郎は真剣だった。
「そうです。道山殿にも内緒です。まあ、そのうちわかることではありますが、私の口から漏らしたとなると、叱られるやもしれませんのでね」
そこで剣次郎は初めて笑った。
*
この国ではある意味で、未だに武家社会が続いていた。
政治を行うのは、政府の役目だが、国全体を統治するのは、武士の役目だった。
この”世界”の日本は、中央と東、西の三つに分かれていた。
北は、東北地方から関東の端まで、中央は、関東地方のほぼ全域で、西は静岡から山口、さらに四国まで三地域である。
そして、あろうことか、北海道は、今や、北方の国“ロベリア”の支配下にあり、九州は、中ツ国の清華の支配下にあった。
ロベリアは、ロシアを含むヨーロッパを中心とした『新聖ヨーロッパ連合(通称NEU)』の一国である。
清華は、中国、東アジアを中心とした『統一アジア同盟』の中心国であった。
さらに、南北アメリカ大陸の『オールアメリカ』、アフリカ大陸の『全アフリカ連邦』、アラブ、イラク、イランなど、イスラム教を信望する『汎イスラム連盟』の5つの勢力があった。
世界は今や、統合と分割を繰り返す戦乱期にあり、ヒノモトは、5大勢力に統合されることなく、独立を保つ数少ない国家として君臨していた。
ヒノモトが独立国としてあり続けていたのは、祭刀家をはじめとする“武家”が防衛面、さらに国家の精神的な支柱として、多大な役目を担っていたからである。
中でも、中央のヤマト、ならびにヒノモト全体の武士を司っていたのが、総本家たる祭刀家の役割であった。
そして道山こそが、その祭刀家の宗主というわけである。
*
剣次郎の話を聞き終えたまつりは、父のことを訊かなければよかったと後悔した。
何より、こんな話を宿題の作文などに書けやしない。
「ねえ、爺や、宿題のことなんだけど」
「そうですな、今の話は作文には書けませんな」
まつりが困った顔をしているので、剣次郎は一計を案じた。
「まあ、書ける事実もありますから、それを書けばよろしいでしょう。すなわち、道山殿は、祭刀家に代々伝わる“極北新陰流”の宗匠でもあるわけです」
「ソウショウ? なんか、難しい言葉だなあ」
「うーん、剣術の道場を営んでいるとでも書いて置けばいいでしょう。まあ、祭刀家のことは、きっとお嬢の担任の先生もご存じでしょうから、作文の宿題を父兄参観日で当てることは、たぶんないでしょうし」
「道場を営んでるって、社長ってこと?」
「いや、社長とは違いますな」
まつりが学校に宿題を提出した次の週。
父親参観日にまつりの父が現れた。
いつも乗っている黒塗りのリムジンが校庭の脇に付けられた。
巨体を揺らして歩く道山の姿に、体育の授業でボールを投げていた生徒たちの動きがピタリと止まった。
クラスの後ろに並んだ父兄の中でも道山の姿は特に目立った。
まつりの学年だと、比較的若い父親も多かったが、道山は、かなりの年配だ。
まつりは、道山が五十を超えてからの子供だったので、当時も六十を超えていた。
「えー、で、では、祭刀さん、宿題の作文を読んでください」
担任の先生がそう言ったのを、まつりは聞き違いではないかと思った。
(爺やの嘘つき! 指されたじゃないか)
担任の教師もまつりのことを指すつもりはなかったのだが、道山の鋭い眼光につい、まつりの名前を呼んでしまったのだ。
「『うちの父』祭刀まつり。うちの父は、自分の家で剣術の道場を開いています。しはんだいという立場なので、たぶん強いと思います。でも、私は父が竹刀や木刀を持ったところを見たことがないので、よくわかりません。休みの日には、ウチにいる爺やと一緒に難しい顔をしながら、五目並べをしています」
そこまで読むと、教室がどっと湧いた。
後ろを振り返ることはできなかったが、父がどんな顔をしているかを想像して、まつりは顔を赤らめた。
*
こうして、まつりは、自分の父が“普通”でないことだけは知ることになった。
が、やがて気づくことになったのは、自分が祭刀家の次期宗主であり、極北新陰流の宗匠を継ぐということだった。
そして、まつりはその日、十五の誕生日を迎えた。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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