〈その2〉二人で一人
「しかし、俄かには信じられん」
道山は腕組みしながら、庭先で木刀を振るう茉百合の姿を見守っていた。
胴着に着替えた茉百合は、今朝も中庭に現れると、日課となっている“千本素振り”を黙々と始めた。
昨日ジャンヌバロアと死闘を繰り広げたというのに、いつもと変わらぬ太刀筋だ。
我が娘ながら大したものだと、道山は感心した。
「のう、剣次郎、茉百合のこと、どう思う?」
道山に尋ねられて剣次郎もどう答えていいものかと迷った。
「そうですな、お医者様の判断が正しいのか、本人がいう方が正しいのか、私には正直わかりかねますが……」
剣次郎はそこで言葉を切った。
『ビュン!』
茉百合の振るう木刀の鋭い風切り音だけが響いてくる。
道山は、剣次郎が次に発する言葉を待った。
「私としては、お嬢のいうことを信じたいと思います」
「そうか、そう言ってくれると助かる。
わしも我が娘のいうことを信じることにしよう」
*
国立ヤマト学院に乱入したロベリアの“剣士”ジャンヌ・バロアとの闘いで辛うじて勝利した茉百合は、学校側の特別の計らいで、その日は授業を受けることなく、早退することが許された。
茉百合は、学校側が呼び寄せたタクシーに乗り込むと、祭刀家の自宅まで、校長が同乗し、直々に送り届けてくれた。
屋敷の門のところまで出迎えた剣次郎は、タクシーから降り立った茉百合の姿を一目見て、その異変に気付いた。
怪我こそ追ってはいなかったものの、何か様子が変だ。
見慣れたはずの自宅の前なのに、初めて訪れた場所であるかのように、きょろきょろと辺りの様子を伺っていた。
「お嬢、どうかされましたか?」
「これは、犬山様。実は、斯々然々(かくかくしかじか)でして……」
校長は、その朝の出来事を掻い摘んで話した。
「それは大変でしたな。で、清滝家のお嬢様、火煉様のお怪我の具合は、いかがなもので?」
「幸い、命に別状はないようですが、病院からの報告では、精神的なショックの方が大きいようです」
校長は説明が終わると、ぼんやりと立っている茉百合の方に目をやった。
「相手に勝利したとはいえ、茉百合さんの方も、精神的にお疲れになったでしょう。
今日は十分に休ませてあげてください」
「いやはや、それにしても、校長先生自らお見送り頂き、ありがとうございます。
祭刀家を代表して、この剣次郎、改めて御礼申し上げます。
これ以上の立ち話もなんですから、当家にお上がりいただき、お茶でもいかがですか?」
「いやいや、道山殿がお忙しいのは、こちらも承知、私の方も今回の件でまだ事後処理が残っておりまして、これにて失礼します」
「そうですか、何分、当主の宗主の方も、今回のロベリア侵攻に関して、中央の方に呼ばれており不在でして、また改めてご挨拶させていただくよう、お伝えしておきます」
大の男が二人、互いに頭を下げ合うと、校長は、待たせていたタクシーに乗り込み、そそくさと帰って行った。
「お嬢、私が誰かわかりますか?」
「うむ? そなたは、確か剣次郎じゃったな」
残された剣次郎は、茉百合の喋り方を聞いて、いつもとは明らかに違うと感じた。
すぐさま屋敷の者に声をかけ、数人で手分けして、茉百合を屋敷の中に連れていった。
「誰か、至急、宗主に連絡を取れ!」
「しかし本日は重要会議があるとのころで、連絡はするなとのお達しがありましたが」
「バカ者、火急の要件だ!
お嬢の様子が変だとお伝えしろ!」
その日の午後、剣次郎は茉百合を連れて、掛り付けの総合病院へ向かった。
伝言を聞きつけた道山も後からやってきた。
「剣次郎、茉百合の様子はどうなんだ!」
「今、医者の先生に見て頂いているところです」
道山と剣次郎の二人が、不釣り合いな姿で病院の廊下で並んで立っているところへ、小柄で白髪の医師が診察室のドアを開けて現れた。
「えーと、祭刀茉百合さんの御父上は、どちらですかな」
医師は道山の顔を知らないらしく二人を見比べながら尋ねた。
「私が、父の祭刀道山です」
「サイトウ・ドウザンさん?
ああ、あの有名な」
医師はさほど関心がなさそうに、小刻みに首を振ると、
「では、こちらへ」と言って道山を小部屋に案内した。
「あ、これからの話は身内の方だけに……」
剣次郎が一緒に入ろうとするのを、医師が手で制した。
「いや、この者は、身内です。一緒に聞くことをお許しください」
道山に言われて医師は一瞬躊躇したが、剣次郎をちらりと睨んで「そうですか、ではお入りください」と言って招き入れた。
「先ほど診察させて頂いた、お嬢さんの茉百合さんですが、外傷の方は特にありません。擦り傷が多少ある程度ですな」
医師は診断結果の書かれた紙を持ち上げて、透かしをみるようにして言った。
「問題は、精神的な部分でして……」
医師は、診断書の上に、ドイツ語が書かれた診察結果らしき部分を、キャップを閉めたままの万年筆で線を引くように何度もなぞった。
「お嬢さんには、医学用語でいうところの”解離性同一症”の疑いがあります」
道山は医師の言葉を聞いて、先日雷切丸を持って暴れた娘の様子がすぐに目に浮かんだ。
それは、隣にいた剣次郎も一緒だった。
「それはどういう病気ですか?」
道山がそう尋ねるのを待っていたかのように医師が説明を始めた。
「解離性同一症、別名、“多重人格障害”ともいいます。
簡単にいえば、一人の肉体に複数の人格が存在している状態ですな。
茉百合さんは、自分の中にもう一人、誾千代という女性が現れたと言っています。
正確には、現れたというより、自分は誾千代の生まれ変わりだと、言いました。
祭刀さん、誾千代という名前に心当たりはありますか?」
「誾千代というのは、戦国時代にいた立花道雪という武将の娘で、実在した人物です。
その立花道雪が持っていた刀に雷切丸というのがあります。
その刀と同じ鋼で作った刀を先日娘に授けたのですが、その時、乱心しましてな……」
道山は、その時の様子を簡単に説明した。
「そうでしたか。その時に誾千代らしき人格が現れたというわけですね」
「その時は、道山の伝説と同じように、娘の持っていた刀に雷が落ちて、いやあ、それは驚きました。
これはただでは済まないと思いましたが、雷に当たって気絶してから、次に起きたときは、もうケロッとしてましてな」
「なるほど……。
先ほど茉百合さんから聞いた話によると、通っている学校で、真剣による果し合いされたそうですね」
その果し合いの最中に再び誾千代の人格が現れたようです」
医師はことさら難しい顔をしてみせた。
「問題は、その誾千代の人格が依然として消えていないことです」
「それは、どういうことですか」
「つまり、娘さんは、いまだに誾千代のままだということです」
医師はそこで口を閉じ、どちらが何をいうべきか、迷ってしまったのかのように、沈黙が流れた。
互いの沈黙に耐えられなくなったかのように、先に口を開いたのは、道山の方だった。
「娘はどうなるんでしょうか、先生」
「しばらくは様子をみるしかありません。
まだ解離性同一症の疑いがあるだけで、確実にそうと決まったわけではありません……」
「その病気は、治るんですか?」
道山は気が流行っていた。
「正直申して解離性同一症に、確実な治療法というのは、ありません。
道山さん、まあ焦らずに、とにかく今は様子をみましょう」
医師は重ねて言った。
相談室を出ると、道山と剣次郎は、すでに診療室から出て廊下で看護師と話している茉百合と出会った。
「あ、父上」
「む、茉百合、無事か……」
「はい。かろうじてですが、ジャンヌ・バロアと申す他国の武将に勝利致しました」
道山は茉百合の目を見て、この間の屋敷での乱心騒ぎのときとは、顔つきが違うことを見て取った。
どこにも異常はなく、目の輝きもいつもの茉百合と同じだ。
ただ、言葉遣いが少し違う。
「茉百合」
「はい」
「おまえは、茉百合でよいのだな」
「……はい。茉百合には違いませぬが、もう一人……」
「うむ」
「自分は、誾千代という者の生まれ変わりであったことを思い出してにございます」
「思い出した、というのか」
「そうにございます」
「私の娘、茉百合と入れ替わったというわけではないのか?」
「入れ替わったというのとは少し違いまする」
道山はたった今聞いた医師の説明とは、娘の心の状態が違うと感じた。
「私の中に、茉百合として生を受け、これまで祭刀家で過ごして来た記憶はまだ残っております。
それに加え、戦国時代を生きてきたもう一人の自分、誾千代が存在しております」
「自分は、誾千代の生まれ変わりだというわけかね」
「はい。父上にはすぐに信じていただけないかもしれませぬが、“わたくし”の中に、茉百合と誾千代、二人分の記憶が残っているのです」
その時、茉百合が自分の顔をじっと見ているのに気づき、道山は照れ臭くなった。
「わしの顔に何かついているのか?」
「いえ、父上の顔が……」
「わしの顔が?」
「かつての父、道雪にそっくりなのでございます」
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




