〈その1〉ジャンヌ逮捕
聡美に抱えられながら立ち上がった茉百合は、ジャンヌが地面に突っ伏している様子を目で追いながら、雷切丸の刀身を鞘に納めた。
「うう……」
低い声で唸りながら、ジャンヌが体を起こし掛けた。
まだ意識はあるが、さすがに戦う力は残されていないようだ。
座り込んだまま、茉百合に斬られた腹の辺りを抑えながら、苦しそうに息を吐いている。
「校長、救急車を呼んだ方がいいですかね?」
今村は、負傷した敵国の剣士にどう対応していいかわからず、おろおろしながら校長に尋ねた。
「もちろん、敵兵であっても負傷者を助けることは、国際的なルールとしては正しいことですよ」
校長がそう言った矢先に、遠くから救急車のサイレンの音が鳴り響き、こちらの方にだんだんと近づいてきた。
野次馬の中の誰かが、気を効かせたのか、すでに救急車を呼んだらしい。
「怪我人は、どちらですか?」
救急車から降りて来た救急隊の一人が周囲の人に呼びかけた。
曖昧に指差す生徒の方を振り向き、地面に座り込んでいるジャンヌの救急隊が駆け寄った。
「大丈夫ですか? どこを怪我しました?」
ジャンヌは腹の辺りを抑えていたが、ブラウスの胸の辺りも布地が切れて血で濡れている。
救急隊は、一体何が起きたのかわからず、困惑した顔でジャンヌの様子を眺めた。
「とりあえず、手当てします。おい、ガーゼと包帯を持ってこい」
救急隊の隊長らしき人の命令でジャンヌの手当てが始まると、数分前の緊迫した果し合いの雰囲気は一遍に吹き飛び、交通事故か殺傷事件現場のような、殺伐とした雰囲気に包まれてしまった。
「ありがとう、もう大丈夫です」
弱々しい笑顔で救急隊に礼を述べると、ジャンヌは立ち上がって歩き出そうとした。
「ダメですよ、まだ動いては。これは応急処置です。
きちんとした手当てをするために、病院まで搬送します」
救急隊員がジャンヌの動きを慌てて制した、その時。
救急車とは別の、今度はパトカーのサイレンが近くで鳴った。
「ちょっと道を開けて!」
数人の警察官が、集まった生徒の人垣を搔き分けて現れた。
「ジャンヌ・バロアさんは、どこですか?」
警察官はジャンヌがここにいることをすでに掴んでいるようだった。
「あなたが、ジャンヌ・バロアさん?
ロベリア軍第18師団、司令のジャンヌ・バロア大佐で間違いありませんね。
国家安全局からの特別命令が出ています。
我が国への不法侵入により、あなたを逮捕します」
警察官が差し出した逮捕状を一瞥したジャンヌはさほど驚いた顔を見せず、降参したように、軽く目を閉じて「わかりました」と静かに言った。
「では、参りましょう」
「申し訳ありませんが、そのサーベルをお預かりし、こちらを念のため着けさせて頂きます」
警察官は呼び間違えていたが、ジャンヌの持っていたロングソードを取り上げると、両手に手錠を着けて、パトカーの後部座席に案内した。
手錠を見せられて一瞬だけハッとした顔付きをしたジャンヌだが、諦めているのか、素直に応じてパトカーに乗り込んだ。
「ちょっと待ってください、彼女は怪我人なんです、病院へ搬送する必要があります」
「それはこちらにお任せ下さい」
警察官は救急隊の制止を無視して、再びパトカーに乗り込むと、そそくさと出発していった。
ロベリア軍の師団長が侵入して暴れているという情報で、万が一に備えてたくさんの警官隊が動員されたのだろう。
人垣がどいた道路の向こうには、一台だけではなく、何台ものパトカーが赤いランプをクルクル回して止まっていた。
ジャンヌを乗せたパトカーが出て行くと、後に続いてぞろぞろと列をなし、数分後にはすべて消え失せ静かになった。
「行っちゃったね」
周りにいた生徒たちはこの成り行きを茫然と見送っていたが、茉百合の傍で同じように見送っていた聡美が、ぽつりと言った。
「ああ、とりあえず、終わったか……」
茉百合は、“お誾”の意識を持ったまま、腕組みしてそう言った。
*
ジャンヌを乗せたパトカーは、市街地の小道を抜けて大通りに出ると、けたたましくサイレンを鳴らしながら高速道路へ入り、北に向けて進んだ。
「もういいでしょう。ジャンヌ大佐、御無事で何よりです」
パトカーの助手席に座っていた警官の一人がロベリア語でジャンヌに話しかけた。
「どういうことだ?」
それまで目を閉じて大人なしく座っていたジャンヌが、目を見開いて尋ねた。
「このパトカーは我々の偽装です。
ジャンヌ大佐がヤマトへと向かわれた後、イワン中佐のご命令で、大佐を影ながら補佐するよう申し付けられました」
「このパトカーは偽物ですか?」
「いえ、これは本物です。ヤマト国にいる親ロベリア派のとある方からご提供頂きました」
「……」
ジャンヌは要らぬお世話だと言いたいところだったが、イワン中佐には心の中で感謝していた。
実を言えば、茉百合と対戦するまでは、どんな剣士が来ようとも、負けないつもりでいたのだ。
ヤマト国の剣士を舐めていたつもりはない。
自分が勝つか、悪くても引き分けに持ち込めるはずで、負けることなど鼻から想定していなかった。
「帰ったら、イワンには礼を言うことにしよう」
「イワン中佐なら、こちらの方に参っております」
助手席の男が先方を指差しながら言った。
しばらくしてパトカーは比較的大きな川を渡る橋の手前で停車した。
高速道路上で停車できるのも、パトカーならではといったところか。
「カモフラージュとはいえ、失礼しました」
パトカーから降りると、運転手にいた警官が慌ててジャンヌの手錠を解いた。
橋の中腹にかかる非常用階段を降りると、河原に中腹に軍用ヘリが2機着陸していた。
出迎えていたのは、イワン中佐だ。
「ジャンヌ大佐、お怪我されたのですか?」
肩と腹に巻かれた包帯に血が滲んでいるのを見て、イワンが心配げに眉をしかめた。
「なあに、かすり傷だ」
一度言ってみたかったセリフだが、いざ言ってみると、思った以上に強がりしか聞こえないことを感じて、ジャンヌは顔を赤らめた。
「命に別状はないようで何よりです」
イワンはジャンヌが赤面していることは気づかぬふりをして敬礼し、ヘリの方へ誘導した。
ヘリには念のために救護班も一緒に搭乗していたが、これが役に立った。
「なあ、イワン中佐。一つ頼みがあるのだが……」
肩口と腹にできた刀傷を軍医に縫われながら、ジャンヌが告げた。
「本気ですか? ジャンヌ大佐」
「もちろん本気だ。早速手配してくれ」
ジャンヌは自分の思い付きに興奮気味に目を輝かせていた。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




