〈その4〉まつりの剣(後編)
再び立ち上がった茉百合は、言葉遣いのみならず表情も変わっていた。
目尻はややつり上がり、三白眼に近い目の開き方でジャンヌを睨んだ。
「あなた、一体誰ですか?」
ジャンヌは聞かずにはいられなかったが、茉百合は答えなかった。
雷切丸を先ほどと同じように下向きに構えたが、それは茉百合が見せた下段の構えとは違うものだ。
片手で剣をだらりと下げ持つ、形なき構え、いわゆる“無形の構え”というやつだ。
これをみて、先手必勝とみたジャンヌが茉百合の方へ飛び込んだ。
これを見て茉百合も一歩踏み込んだ。
互いに激突する格好となり、雷切丸とロングソードの刃がクロスした。
剣道の鍔迫り合いの形で組み合い、両者が一歩づつ後ろに飛び退くと、激しい打ち合いとなった。
「とぉりゃああ」
これまでの彼女とは全く違う掛け声を発しながら、茉百合が剣を振るった。
「せいあああ」
ジャンヌも一段と高い声で応戦するが、だんだんと相手の剣筋を受けるだけで精一杯となっていった。
「金髪の姉ちゃんが押されてるぞ」
傍で見ていた男子学生が囁き合った。
茉百合はマネキンでも相手にするかのように、剣を振るい続けた。
一太刀振るうごとに、その形相はまるで鬼のようになっていった。
「く、このままでは殺られる!」
ジャンヌは一歩ずつ下がりながら、思わず声が出た。
茉百合はジャンヌの身体へは一撃を加えず、先程自分をロングソードを鞭のように振るって力づくで跳ね飛ばした恨みを、まずは晴らすために、打撃を繰り返していた。
最後には、その小柄な体躯からは想像もできないほどの力で、ジャンヌの身体を弾き飛ばした。
雷切丸の刃をソードで受けていたジャンヌは、最後の一撃に手のひらが痺れ、ソードを手放して後ろ向きに倒れた。
「思い知ったか、小娘め」
地面で尻もちを付いているジャンヌに茉百合が捨て台詞を浴びせた。
「自分だって、小娘じゃないの!」
屈辱に顔を歪ませながら、ジャンヌが言い返した。
「立て、これでお相子だ」
茉百合はジャンヌがソードを拾って立ち上がるのを待った。
「さあ、仕切り直しじゃ、もう一度勝負せよ」
ジャンヌが立ったとみるや、茉百合は正眼に構え直した。
「もうよかろう、茉百合くん、この勝負は引き分けとしよう」
校長が二人の間に割って入った。
「先ほどから、お主は“立ち合い人”のようじゃが、果し合いでは双方どちらかが死ぬまで戦うのが作法ということを知らぬのか」
茉百合が呆れ顔で言った。
「いや、確かに果し合いを認めはしたが、それは古来の風習であって、今日における果し合いの審判を務める身としては殺し合うまでの闘いを認めるわけは……」
「ごちゃごちゃと煩いのう、それ以上グダグダ言うなら、お主から斬るぞ」
茉百合のこの一言には、周りにいた一同も蒼くなった。
いくら興奮状態にあるとはいえ、いくら祭刀道山の娘でも、生徒の身分で校長先生に対してそれは無礼すぎるのではないか。
「いくら何でも、それは言い過ぎですよ、まつりさん」
先ほどジャンヌと剣を交えたばかりの桜が皆の心を代弁するように言った。
「おや、お主、先程、妾に助けられておいて、そのような態度はなかろうに」
茉百合の中に現れたお誾の心は、茉百合の記憶と徐々に融合しつつあった。
自分が茉百合として現世に生まれ、この時代に過ごしてきたことも、ここにいる桜の助太刀に入ったこと、その流れからジャンヌと果し合いすることになったことも、確かに自覚している。
しかしそうした一方、かつて自分が立花道雪の娘、誾千代として、戦国時代に波乱の人生を歩んできたことも記憶として蘇っており、そちらの精神の方が強く押し出されていた。
「今、妾は、この雷切丸を握り、なかなかの強者を相手にして、久々に心が滾っているのじゃ。
この恰好の場を邪魔するでないわ」
茉百合は、これ以上は聞く耳は持たぬというふうに剣を握り直した。
「ふふ、確かに。
何やら事情はわかりませんが、この勝負は決着が付くまでやるしかなさそうです」
ジャンヌも茉百合同様に血が滾っていた。
戦場でしか味わうことができない独特の緊張感に久々に包まれていた。
「次は、手加減はいりませんよ」
そう宣言しながら、ジャンヌは自分が多少強がりを言っていることを感じないわけにはいかない。
茉百合の放つ剣の技術はかなり高いレベルにあることは間違いない。先ほどは自分の剣筋に合せるように打ち込んでいたが、胴や頭などを真っすぐに狙われたなら、ただでは済みそうにない。
(ここは、一発で決めるしかない)
ジャンヌは茉百合と相打ち覚悟で剣を振るうことに決めた。
(こやつ、覚悟を決めたようじゃな)
茉百合もジャンヌの表情がこれまでにない真剣みを帯びたことに気づいて最後の一撃を試みることにした。
もう誰も止めに入る者はいなかった。
校長も、ここは決着が付くまで見守るしかないと決めた。
大勢のギャラリーがいるにもかかわらず、辺りはしんと静まり返った。
二人の間に緊張が走る。
そして、茉百合とジャンヌはほぼ同時に動いた。
「たあああ」
二人の掛け声が共鳴し、両者の剣が朝日に光って、互いにすれ違う。
常人には見えない速さで二人は斬り合っていた。
すれ違った二人のうち、茉百合の方が先に振り向いた。
ジャンヌは背中を見せたままだ。
「がはっ!」
ジャンヌが目を剥いて苦しそうに息を吐いた。
先ほど斬られた胸元の出血はまだ続いている。
そして、それとは別の部分、右肩の辺りに痛みが走った。
同時に手が痺れてソードを持つことができない。
剣を手放し、右肩を庇うように抱えた。
そして、両膝をがっくりとついて、その場に倒れた。
背中越しのその様子を見届けると、茉百合は、ふっと息を吐くように笑った。
「まつりが勝った!」
それまで見守っていたクラスメイトの聡美がそう叫んで駆けよった瞬間だ。
茉百合もその場でばったりと倒れ込んだ。
「まつり、しっかりして!」
聡美が茉百合を抱きかかえた。
「ああ、大丈夫だ、ちょっと疲れただけだよ、聡美」
それまで聞いたことのない女性の声で、茉百合が返事した。
聡美は少しだけ面食らったが、親友の無事を確認して安心したのか、涙で目頭を濡らしながら茉百合を抱きしめた。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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