〈その4〉まつりの剣(前編)
茉百合の持つ雷切丸は刀身が長いため、彼女の得意とする居合には不向きだ。
居合は刀を抜きざま相手に切り付ける速攻技だが、抜刀した後でも、構え方によっては、同様の攻撃を行うことができる。
テニスや野球に譬えるなら、ラケットやバットを肩口から背中側にあらかじめ振りかぶっておく構え方だ。
茉百合は、ジャンヌが見せたこれまでの素早い攻撃を見て、彼女以上のスピードで立ち回る必要があると感じた。
二人ともすでに剣を抜き身で持っていたので、相手がどのように構えるかを見計らっていた。
ジャンヌは、先程と同じように、左脇下段に構えている。
茉百合はそれを見て、右脇下段に構え直した。
ちょうど、自分の姿を鏡に映したような対称の形となった。
この構えだと剣がクロスに交わらず、互いの刃先がハサミのように並行になるため、先に切り込んだ方が勝ちとなる。
「ほう、自分の“速さ”に自信があるようだな」
ジャンヌが面白いという顔で茉百合の構え方を凝視した。
さすがのジャンヌも迂闊に前に出ることはしない。
茉百合がこれまでの相手とは格が違うということを彼女なりに感じ取っているのだ。
下段に構えながら、右に一歩足を踏み出す。茉百合もそれに合わせて、一歩踏み題した。二人は反時計回りに、ゆっくりと旋回するようにじりじりと歩む形となった。
二人の回転に合せるかのように、周囲のギャラリーも避けるように動いた。二人の背後に立つのは、勝負の邪魔になるというよりも、誰しもが巻き添えになりそうで危険だと感じた。
茉百合が学校の塀を背にしたとき、ジャンヌの方が動いた。
背後が壁であれば、それ以上後ろに下がれないとみての攻撃だった。
しかし、茉百合もそれを読んでいた。
後ろに下がれば相手に押されて負ける。
だから相手が仕掛けてくれば、下がらずに自分も切り込む。そう決めていた。
ジャンヌが切り込むと同時に茉百合も切り込む。
「たー!」
「イヤー!」
二人の掛け声が共鳴した、カウンターでの斬り合いとなった。
リーチでは、ジャンヌの方が有利だったが、茉百合は持っていた雷切丸のお陰でほぼ互角の距離を保つことができた。
互いの身体が再び離れたとき、茉百合は制服の前側を斜めに切られていた。
一方のジャンヌも、紺色のブラウスが同じように切られている。
ジャンヌははっと気づいて破れたブラウスの胸元に手を当てた。
手のひらにべったりと血が付いている。
それほどの深手ではないが、剣を交えて相手の攻撃でこのような傷を負ったのは初めてだ。
「くくっ…、面白い」
ジャンヌは自分の血を見て興奮していた。
振り返って見ると、茉百合も同様に制服が破れていたが、ジャンヌのように傷は負っていないようだ。
「うぬうう!」
ジャンヌは自分の剣が茉百合に傷を負わせることができなかったことに、腹を立てていた。
自分の興奮した様子とは裏腹に茉百合の表情は先ほどよりも冷静になったように見える。
周りで静観していた大半の生徒たちは、この勝負の行く末については、どちらかと言えば、ジャンヌの方が強く、茉百合は負けると予想していた。
ところが、一本目の切り合いを終えてみると、傷を負ったのはジャンヌの方で、茉百合の方は、服こそ斬られたが、無傷で立っていたのだ。
九分九厘負けると思っていた試合で、九回裏に逆転満塁ホームランを打ったかのように、大騒ぎとなった。
「いいーぞ、黒髪少女」
「中坊、負けるなよ」
茉百合のことをよく知らない生徒たちは、勝手な呼び名で優位に立った“我が校”代表を応援した。
「じゃあ、こっちも本気で行きましょうか」
ジャンヌは、周囲のざわめきを物ともせず、むしろ自分に向けられた声援でもあるかのように、不敵な笑みを浮かべると、両手で持っていたソードを片手で持ち直した。
一方、ギャラリーの声援で多少勇気づけられた茉百合は、多少油断があった。
これまで両手で持っていたソードを片手で持つとは思っていなかったが、さらに驚いたのは、ジャンヌがその剣をまるで扇子でも扱うかのように軽々と頭上で旋回させてみせたことだ。
「行きますよ」
まるで鞭のように振るう剣は先ほどよりもさらにスピードが増している。
この攻撃こそ、彼女が得意とする攻撃なのだろう。
これは茉百合が知っている“剣術“とはまるで様相が異なる。
一気に形成は逆転し、茉百合は相手の攻撃を受けるだけで、防戦一方となってしまった。
「さあ、どうしました。
私に傷を負わせたような先ほどの剣さばきをもう一度見せてみなさいな」
ジャンヌはさらに興奮した様子で充血気味の目を向け、鞭のように茉百合の身体目掛けて四方八方から切り付けて来る。
茉百合はその攻撃を雷切丸の刀身を盾替わりに只管受けるだけだ。
こうなると体格的に小さい茉百合は俄然不利となり、ボクシング対レスリングのような異種格闘技のような勝負となってしまった。
「これはいかん……」
それまで比較的冷静に勝負を見守っていた校長から思わず声が出ていた。
我が校の生徒のことを考えれば、ここでこの勝負を止めるべきかとも思ったが、それでは果し合いとしてはフェアではない。
「校長先生!」
茉百合の担任である今村が叫んだ、とほど同時だ。
〈ガン!〉
まるで自動車事故でも起きたような鈍い音がして、茉百合の身体宙に浮いた。
ジャンヌの渾身の一撃で茉百合の身体は吹っ飛ばされていた。
雷切丸の刀身で避けていたもの、鉄砲水にでも打たれたかのように、刀ごとなぎ倒される形となった。
「きゃっ!」
近くにいた女子生徒の短い悲鳴が聞こえた。
生徒の足元には、地面に伏せた茉百合の身体が転がっていた。
「うう……」
背中から地面に叩きつけられた茉百合が苦しそうに息を付いた。
「これで終わりだな!」
茉百合に対して剣の勝負を挑んだジャンヌとしても、このような形で相手をねじ伏せるのは、不本意であった。
剣の技術としては、確かに負けたかもしれない。
だが、ロベリアの戦士として、この敵地での闘いに敗れるわけにはいかない。
例え剣の勝負で勝ったとしても、負傷して倒れてしまっては、捕虜となってしまうのは目に見えている。
敵の剣士を見たいと我儘を通してここまで来た自分としても、残してきた部隊のことを考えれば、無事帰還することはやはり最低の義務といえる。
それ以上も動けそうもない茉百合を見て剣を鞘に納めたジャンヌは、背中を向けて立ち去ろうとした。
その様子を見て、校長も今村も、内心ではほっと胸を撫でおろした。その時だ。
「待て……」
それまで聞いたことの女性の声が響いた。
「?」
不審に思ってジャンヌが振り向くと、茉百合が半身を起こして、虚ろな目を自分の方に向けていた。
「今の声は、あなたですか?」
ジャンヌが元の少女のような声で茉百合に問い掛けた。
「そうだ、うぬのことだ」
「うぬ?」
多少日本語を学んでいたジャンヌだったが、聞きなれない呼び掛けに戸惑いを見せていた。
雷切丸の刀身を杖替わりに地面に突き立てると、茉百合がよろよろと立ち上がった。
「われ、これで逃げおおせると思うなよ」
今度は“われ”とか、明らかにこれまで茉百合とは思えない口ぶりに、ジャンヌは異様なものを感じた。
「まつり君、もう勝負は終わった。刀を収めなさい」
何か危険なものを察して、校長が駆け寄った。
「お主は、黙っておれ。これは、妾とこやつの勝負じゃ」
「君、校長先生になんて口の利き方だ」
今村先生が思わず注意したが、茉百合がすでに正気ではないことは誰の目にも明らかだった。
「わかりました、最後まで勝負しましょう」
ジャンヌは自分が剣の勝負を捨て、戦術としてこの場を去ろうしたことを反省した。
せっかく強い剣士に巡り合えたのに、その勝負を中途半端に終わらせるのも実を言えば、不本意であった。
だが、この時、茉百合の身体には、否、正確に言えば、精神には異変が生じていた。
それは父、道山から雷切丸を授かったときと同じ異変だった。
ただ、その時とは多少事情が変わっていた。
その時は、自分が何者であるかという認識が低かったが、今ははっきりとしていた。
(自分の体こそ、この“娘”に成り替わっているが、ここにこうしている我は……、
紛れもなく、立花道雪が娘、誾千代じゃ)
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




