〈その3〉ロベリア侵攻(前編)
ジャンヌ・ヴァロアがヤマト第一学院に現れた前日、ヒノモトの東に位置するムツ国では、北海道に駐留していたロベリア軍の一部が津軽海峡を越えて本土へ侵攻したというニュースが全国に流れた。
当初、その規模は不明であったが、徐々にその全貌が明らかとなっていった。
ヒノモト政府としては、当然のことながらロベリア政府に対して外務省を通じて即刻抗議を伝えたが、ロベリア側の言い分としては、ムツ国の方から攻撃を受けたための報復であるという回答があった。
これに対してムツ国としては驚くほかなかった。
ムツ国の剣技を司る彗虎神流の飛田斉昭は、すぐさま次のような反論声明を発表した。
『そもそもの発端は、ロベリア軍の哨戒艇による民間漁船への発砲であり、これに対してムツ国の巡視艇が注意を呼び掛けたところ、ロベリア軍の哨戒艇は、巡視艇に対しても発砲するという蛮行に至ったのである。
よって、ムツ国海軍の巡洋艦が出航し、厳重注意の上、威嚇射撃を行ったというのが、これまでの経緯である。
この事案に対して、ロベリア側は、我が国から先に攻撃を受けたと発表したものであり、我がムツ国としては、誠に遺憾であるとともに、報復という名の元に、ロベリア側が本土への侵攻を企てたのは、度を越えた行為であると言わざるを得ない。
以上、ロベリア軍のこの度の行動を、我々としては侵略行為とみなし、目下対抗策を検討中であることを申し上げる次第である』
声明では検討中と表現したが、実際のところ、すでに交戦中であり、平たく言えば、”戦争が始まった”わけである。
その日、ムツに上陸したロベリア軍は5つの師団に及んでいたが、そのうちの一つの師団長を務めていたのが、ジャンヌ・バロアであった。
ジャンヌは、軍の階級としては大佐まで上り詰めており、わずか15歳にしてこのクラスまで昇進するのはロベリア国内でも、異例中の異例である。
年齢や性別で差別することなく、実力を優先するというのは、組織運営のスローガンや基本方針として、どの分野にも見受けられるが建前で終わることも多く、こと実践となると、適応することを躊躇するケースの方がほとんどだろう。
だが、ロベリア軍は躊躇うことなく、ジャンヌ・バロアを若くして大佐にまで抜擢した。彼女は、それほどに優れた軍人であり、武闘家であった。
ところが、である。
ムツに上陸して港町の一つを占領下に納めたロベリアのジャンヌの第18師団は、当の指揮官が行方不明になるという事態に陥っていた。
「イワン中佐、ジャンヌ司令がどこにも見当たらないのですが、御存じないですか?」
ジャンヌの直属の部下であるイワン・ヴォルコフは、師団長がどこにもいないという兵士長の報告を聞いて溜息を吐いた。
「司令だが、実は、極秘作戦でとある場所に出向いている。
明日には戻る予定だから、それまではあまり騒ぎ立てるな」
「は!」
通常であれば、初上陸した敵地において若い女性が一人で行動するなんてとても危険過ぎるが、ジャンヌ大佐であれば、そう心配はいらないだろうと、兵士たちの誰もが考えた。
「ヴォルコフ、私はこれから、ちょっとヒノモトの首都まで行ってくる」
占領した居酒屋のラウンジでどんちゃん騒ぎを繰り広げる兵士たちを横目に、大ぶりのカップでミルクを飲んでいたジャンヌが、イワン中佐に耳打ちした。
「これからですか? ジャンヌ大佐、ヒノモトの首都はここからかなり遠くにあるのをご存じですか?」
「ん、確か720キロぐらいじゃなかったか?
モスクワとキエフ(約760キロ)よりも近いだろ」
「簡単に言いますが、そこまで、どうやって行こうというのです?」
「ヒノモトは鉄道網がとても発達しているらしい。
切符一つで、どこへでも手軽に行けると聞いたぞ」
イワンはいつものことではあるが、半ば呆れながらジャンヌの言葉を聞いていた。
「しかし、その恰好では目立ち過ぎます。鉄道には乗れませんよ」
「心配するな、着替えはちゃんと用意してきた」
ジャンヌが持ってきた着替えは、チュニックとペプロスというヨーロッパでは中世以来の伝統的な女性用の上下で、ロベリアでは現在でも平服として着られているが、ヒノモト国内ではかなり目立つ。
「それでも目立ちますよ」
「大丈夫、私が調べたところ、ヒノモトではコスプレとやらで、こうした格好をしている人も多いらしい。誰も怪しむ者はいないはずだ」
イワンは、どこでそんな知識を仕入れているのかと訝ったが、ジャンヌが一度言い出したことを撤回することはないことを知っていたので、それ以上は何も言わないことにした。
「わかりました。大佐。これ以上お止めしても無駄ことは承知しております。
ただし、私としては、一切責任は持ち兼ねますからそのおつもりで」
「心配するな、ヤマトにいる“サムライ”とやらがどういうモノか、ちょっと見学して来るだけだ。用事が済んだらすぐに戻る」
そう言い残してジャンヌは、愛用の剣をチェロケースの中に仕込み、その日のうちにツガル駅からヤマト駅に向かう列車に飛び乗って行ってしまった。
予め用意してきたヤマトの通貨で購入した“ICカード”は、鉄道の切符だけでなく、駅の中の売店で食料や飲み物も手に入れることができ、大変便利だなとジャンヌは感心した。
同じ列車に乗り合わせた乗客からは多少奇異の目で見られたが、そんなことは全く気にせず、窓際のボックス席に座り、駅弁を備え付けの箸で器用に口の中に放り込み、流れる景色を堪能しながら心躍らせるジャンヌであった。
そして、ヤマト駅に着くと、あらかじめ調べた通り、地下鉄に乗り換え、ヤマト第一学院のある最寄り駅からスマホの地図を頼りに、学校へと歩んで行った。
*
「大変です、校長」
教頭が血相を変えて校長室に飛び込んできた。
「ロベリア軍が我が国の本土に上陸したのはご存じですか!」
「落ち着き給え。もう承知しておる」
「それが、政府の諜報機関からこちらに連絡があり、そのロベリア軍の司令官の一人が行方をくらましたとそうです」
それを聞いて、校長の胸に嫌な予感が過った。
「行方不明ということか……。誘拐でもされたのかね」
「いえ、もっと悪いことに、どうやらその司令官がムツからヤマト方面に向かって移動しているらしいとの情報があったそうです」
「まさか、単独行動で動いているということか?」
「そのまさかです。目撃情報が多数寄せられています。
その写真も密かにこちらにメールで送られてきています」
そこには、列車の中で駅弁を頬張ったり、ペットボトルの日本茶を飲むジャンヌの姿が隠し撮りされていた。
「なんだ、この写真は。司令官は一人ではなく娘さんと一緒か?」
「いえ、どうやら、その少女が司令官のジャンヌ・ヴァロア大佐ということです。
年齢は15歳。この齢で大佐にまで上り詰めているそうで、ロベリア軍の中ででもかなり稀な存在との情報が添えられています」
「俄かには信じられん」
校長は、教頭のスマホに送られてきた諜報機関からの貼付写真を食い入るように見ていた。
その時、窓の外が何やら騒がしいので、校長がふと目をやると、写真に映った当の本人が、校門の前で西洋の剣を抜き放って立っているのが見えた。
「教頭先生、その司令官とやらが、もうここに現れたぞ」
校長に言われて窓の外を覗き込み、教頭が驚愕の声を上げた。
「いかがしますか、校長。警察を呼びますか?」
「まあ、待て。私が様子を見に行く」
校長は椅子にかけた背広を羽織りながら、足早に校舎の階段を下りて行った。
だが、この時、校長はジャンヌのことを見誤っていた。
いかに有能であろうと、十五歳の少女では、差ほど怖るには足らないだろうと高を括っていた。
*
こうして、ジャンヌは、ヤマト第一学院校長の正式な許可を得て、清滝火煉と果し合いを行うことになったわけだが、その勝負の決着は一瞬で着くことになった。
ジャンヌの先制攻撃で不意を突かれた火煉は、改めの勝負で中段に構え、対するジャンヌは、茉百合が驚いたように、下段に構えた。
これは、茉百合のことをジャンヌが知っていたからではなく、偶然ではあるが、ジャンヌが元々得意とする構え方だったのだ。
剣道では、下段の構えは、最も不利な構え方と言われている。だが、それは“打ち合い”が中心の剣道だからである。
真剣の勝負となれば、先に刃先を相手の急所に入れた方が勝ちなので、下段から切り上げればよいだけだ。
ただし、相手よりも自分の方が速く剣を振れるという自信がなければできない構えであることは確かだ。
(ここでも、私は舐められているようね)
火煉は、相手が下段に構えたということの意味を同じように考えていた。
自分の方が相手よりも速く剣を振れると読んでいるから、下段に構えているのだと。
この場合、相手の攻撃を受けていては負ける。相手よりも先に自分の剣を当てることが勝ちに繋がる。
火煉はそう考えて身構えた。
「セイヤー!」
これまでよりも凄まじい闘気でジャンヌが一歩踏み出し、剣を振り上げた。
「トー!」
それに呼応するように、負けじと火煉も踏み込んだ。
「ジャ、ギャッ!」
布を切り裂くような鈍い音と金属同士がぶつかる高く鋭い音が交じり合って響いた。
火煉の刃先の方が先にジャンヌの眉間を捕らえたかに見えたが、弾き飛ばされたのは、火煉の方だった。
ジャンヌの振り上げた剣は、火煉の胴を切り上げ、さらに眉間に当たる寸前だった刀も撥ね返していた。
「きゃっ!」
火煉の身体が校門の手前まで飛ばされて倒れ、傍らにいた生徒から短い悲鳴が上がった。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




