〈その2〉新たな剣士(前編)
誕生日の翌日、茉百合は、雷切丸を持って登校した。
十五歳での帯刀は許されていたが、帯刀して学校に通うには、許可願を提出する必要があったが、茉百合はまだ正式な届を出していなかった。
家を出て行こうとする茉百合の姿を見て、父が呼び止めた。
「おい、まつり、その恰好で学校に行くのか?」
「はい、何か?」
「何かではない。まだ帯刀の許可願を出していないだろう」
道山は慌てて、家の使いの一人に許可願を持って来させて、慌ただしく保護者の欄に認印を押すと封筒に入れて茉百合に手渡した。
「これを持って行きなさい。
それと、雷切丸を持って行くのは構わんが、まだ帯刀は控えなさい。許可が下りるまでは刀袋に納め、肩に下げるようにしなさい」
茉百合は父に言われた通り、竹刀袋に刀を収めると、たすき掛けにして背負った。
「これでいいよね」
佐々木小次郎のようなスタイルで雷切丸を背負うと、ニッコリと微笑む、前日の暴れようが嘘のようないつも通りの娘の笑顔に道山は少しだけ安心した。
茉百合が学校へ向かう背中を玄関先で見送りながら、遅れて現れた剣次郎に道山が尋ねた。
「昨日のことをどう思う?」
「いわゆる、狐憑きというやつですかな……」
「そんなことがあるのか。一度医者に見せた方がいいんだろうか」
「道山殿、お嬢を医者に診せたとしても、正確には診断できんでしょう。何かの心の病ということで、訳のわからぬ病名を付けられてそれでお仕舞でしょうな」
「そうだろうな、わしもそう思う」
道山は腕組みをして険しい顔をした。
雷切丸を持たせた途端、錯乱しだして刀を振り回した挙句、道場のある講堂の屋根の上に上って天を仰いで叫んだ末に、雷に打たれて屋根から転げ落ちた。
そんな説明をしても、医者はどう判断していいかわかるものではない。
きっと脳波を調べられ、型通りに幾つかの質問をして終わりだろう。
「よくわからんが、多重人格とか、統合失調症とか、その手の病気ということか」
「まあ、今のところ、元に戻っているようですから、しばらくは様子をみましょう」
剣次郎は茉百合が、あの時、自分のことを「太助」と呼んだことが気になっていた。
(太助とは一体誰のことか、そして最後に叫んでいた「宗茂」とは誰なのか?)
剣次郎は、元の雷切丸の持ち主であった、立花家の婿に立花宗茂という人物がいたことを知っていた。
(まさか、その立花宗茂のことではあるまいな。だとしたら、その筋の怨霊がお嬢に憑りついたということもあり得る)
そこまで考えて首を振った。
「まさかな……」
剣次郎が呟いたのを道山が聞き逃さなかった。
「剣次郎、今何か言ったか?」
「いや、道山殿、お嬢が叫んでいた宗茂という人物、あれが、雷切丸の持ち主の一人である立花宗茂のことではないかと、ちょっと思いましてな」
「うむ、わしもそれは少し考えたが……。
すると、茉百合に憑りついたのは宗茂の妻、お誾ということか」
道山と剣次郎の二人は、茉百合が姿を消した後の通りに立って、あれこれ思案しながら、しばらくの間佇んでいた。
*
「まつり、あんた剣道でも始めたの?」
登校中の茉百合にクラスメイトの後藤聡美が声をかけた。
「ああ、これ、昨日の誕生日にお父さんがくれた刀だよ」
茉百合が背負っていたものを“竹刀”と勘違いしていた聡美にまつりが説明した。
「えー、そんなもの、学校に持ってきていいの?」
「うん、“剣士”は帯刀がOKだからさ、今日からOKなんだよ」
まつりがお茶らけて胸を張った。
「ほう、剣士様は、刀を持つことが許されてるのか。
まあ、知ってたけど、まつりが剣士様ってのが、なんかねえ」
「なんかとは、失礼な」
茉百合と聡美がじゃれ合いながら正門の近くまで来ると、茉百合が来るのを待ち構えていたように火憐が立っていた。
「茉百合さん」
「あ、おはようございます、カレン先輩」
茉百合よりも先に聡美が挨拶した。
「おはよう、えっと、あなたは……」
「まつりのクラスメイトの後藤聡美です」
「そう、おはよう、聡美さん、それはそうと、茉百合さん、今日から帯刀が許されたのよね」
「あ、はい」
まつりは火煉が睨んでいるので、ちょっと気まずかった。
きっと、彼女は気づいたに違いない。
全校生が集まった祝賀会の演武で“鉢巻切り”の勝負を終えた後、自分よりも茉百合の方が先に鉢巻を切ったことを。
「いずれあなたとは、きちんと決着を付けるつもりです」
火煉はそれだけ言うと、背中を向けて正門をくぐろうとした。
その時だ。
「ちょっと待って」
聞きなれないアクセントの女性の声が火煉の背中を呼び止めた。
火煉が思わず振り向くと、そこには長い金髪を一つ結びにした白人女性が立っていた。
「あなたは“この国”の剣士ですね」
女性は、胸元にフリルの付いた紺色のロングドレスを着込み、足元には茶色の編み上げブーツを履いていた。
何より目を引いたのは、腰に巻いた革のベルトに、大型の剣を携えていたことだ。
「誰ですか、あなたは」
生徒以外の者に正門の前でいきなり呼び止められて、火煉は少しだけ身構えた。
登校していく生徒たちは、二人の美しい女性が対峙している様子を物珍しい感じで眺めながら通り過ぎて行った。
「何かしら、ドラマか映画の撮影でもしてるのかな」
「でも、あれって、一人は、滝沢火煉さんでしょ?
彼女、モデルの仕事をしているって噂だけど、女優もしてるのかな」
ひそひそと生徒たちが話す声が、茉百合の耳にも少しだけ届いた。
「ねえ、なんかヤバイ雰囲気じゃない」
聡美が茉百合に耳打ちした。
「……」
茉百合は、突如現れた金髪の女性剣士の身体から、滲み出るような殺気を感じた。
「私は、ジャンヌ・バロア。
この国の剣士と勝負するために“ロベリア”から来ました」
「ロベリアですって!? そんなバカな!」
火煉が驚くのも無理はない。
ロベリアは新聖ヨーロッパ連合に属する北方の国で、現在、日本の北海道に当たる地域まで攻め入っている。
だが、日乃本とは休戦中で、東の護りを固めるムツの国とは津軽海峡を挟んで、不可侵協定を結んでいる。
互いに国交断絶中で、観光旅行どころか、ビジネスでの渡航も許されていない。
ロベリア人がヤマト国の、しかも首都圏まで来ることは不可能なはずだ。
「どうやってあなたは、ここまで来たの?」
「えーと、“電車”で来ました」
ジャンヌは、顎に指を置きながら、該当する日本語を手繰り寄せるように思い出しながら答えた。
「電車ですって? ふざけないでちょうだい」
「別にふざけていません。日乃本の鉄道は、速くて快適で最高でーす」
どうやらジャンヌの言っていることは事実のようだ。
茉百合は、ジャンヌというこの女性剣士が放つ殺気の正体が少しだけ掴めたような気がした。
惚けたような受け答えはしているが、いわゆる隙がない。
闘い慣れしてるとでもいうのだろうか、敵がいつ襲ってくるかわからない、そんな状況に身を置いている人間特有の、いわゆる戦士の匂いがする。
火煉も、茉百合と同じようにジャンヌの放つ気配を感じ取っているのだろう。
先ほどから腰に差した愛刀の鍔に左手の親指をかけて身構えている。
「私が掴んだ情報によると、この学校には、優れた剣士が集まっていると聞きました。
誰か強い者が現れないかと待っていたところ、ようやく現れてくれました」
ジャンヌはそう言うと、茉百合に向かってウインクした。
茉百合はそれを見て、ぎくりとした。
(え、なぜ私にウインクを?)
「さあ、勝負しましょう」
「ちょっと、待って、ここは学校の正門前よ。
こんなところでいきなり勝負できるわけないでしょう」
鍔に掛けた指は離さず、火煉が慌てて言った。
「臆しましたか」
碧い目を光らせてジャンヌがニヤリと笑う。
と、同時に腰にぶら下げたロングソードを「ジャラリ」と鞘から引き抜いた。
あとがき
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご意見、ご感想等、ございましたら、何なりとお寄せください。
よりよい作品づくりのための参考とさせて頂きます。
今後ともよろしくお願いします。




