3話 徘徊師匠
最近、先生がおかしいのでございます。
真夜中にそっと自宅を抜け出し、何処かへと足を運んでおられるようなのです。
特定の女性でもお出来になったのだろうかと思い、少し様子を見ていたのでございますが、それならそれで逆に訊き辛く、私は一人頭を抱えておりました。
「要君。どうしたんですか……」
編集者の白井さんは、浮かない表情の私にそう訊ねられます。
「先程から、溜息ばかり吐いておられるみたいですが……」
私は、白井さんに苦い顔を見せて、また机に向かいます。
そして無意識にまた溜息を吐いてしまうのです。
これでは私の「心此処に在らず」はばれてしまいます。
私に背中を向けて原稿を書く先生も振り返り、私の肩を叩かれました。
「要君……。少し外に出て街の空気でも吸ってきなさい。一日中こんな事をしていると気も滅入ってしまうよ……」
先生はそう仰ると私の手に小遣いを握らせて下さいました。
「鰻を食べるもよし。ビフテキを食べるもよし。ハンバーグやエビフライ……ビフカツも良いな。寿司、いや……ここはスッポンかな……待てよ……」
先生は私の手を握ったまま、自分の食べたいモノを口に出しておられます。
私は白井さんと目を合わせて笑いました。
「先生……。先生もお疲れでしょうから、少し白井さんと氷でも食べて参りますので、その間、休憩なさって下さい」
私はそう言って立ち上がり、白井さんの手を引きました。
「いえいえ、今日は〆切ですので、私は先生から片時も目を離す事は……」
そう仰る白井さんを無理やり引っ張り、書斎を出ました。
「おお、ゆっくりしておいで……」
先生は嬉しそうな声で書斎の中からそう仰られてました。
私は白井さんの手を引いたまま外に出ると、最近人気の氷屋へと入りました。
白井さんは抹茶金時、私はスイ金時を頼みました。
最近は食紅で色を付けた氷が流行っているようですが、私も白井さんもそれがあまり得意ではなく、抹茶やスイなどを注文するのです。
スイとは何もかけずに、削った氷の上に砂糖をかけたモノの事を言います。
それに粒餡を乗せたモノがスイ金時と言うのです。
「白井さん……」
私は見を乗り出し、小声で訊きました。
「どうしたんですか……。先生に何か問題でもありましたか」
白井さんは私の様子で、先生の事で悩んでいる事を既に悟っておられました。
「どうして先生の事だとわかったのですか」
白井さんはニヤリと笑われ、
「要君が悩むのは先生の事しかないじゃないですか。やれ、先生が落ち込んでるとか、先生が辛そうだとか、悲しそうだとか……。要君は、余程先生の事が好きなのだろうと編集部でも噂になっている程ですよ」
私は少し照れ臭くなり、姿勢を正して座り直したのですが、自分で顔を真っ赤に染めているのがわかりました。
「べ、別にそんな訳じゃ……」
私が言い訳をしようとすると、今度は白井さんが身を乗り出して来ました。
「で、先生がどうされたんですか」
私は我に返り、白井さんの耳元に口を近付けました。
そして小声で白井さんに、
「どうやら先生に特定の女性が出来たようなのですが……」
と伝えました。
白井さんは少し驚いて、
「女性ですか」
と声を上げられます。
二人で周囲を気にしながら、もう一度近付いて小声で話しを続けました。
「夜な夜な出かけられるのですよ。しかも毎晩……」
「毎晩ですか……。先生もお若いですね……」
「皆が寝静まったのを見計らって」
「何もこそこそされる事も無いでしょうに」
そこに氷が届き、会話は中断しました。
女中が去ったのを確認して白井さんは、
「夜中に歩いて出かけられるって事はご近所の女性ですね」
私は白井さんのその意見に頷きました。
「夜中の三時頃に出かけられて、四時頃には戻って来られるのです」
「そんな短い時間で事を……」
白井さんは宇治金時に匙を入れた手を止められます。
「事……」
私は白井さんに訊きました。
白井さんは私に顔を寄せられ、
「男と女が夜な夜なする事など、アレしかないでしょう」
私はまた顔を赤くしていただろうと思います。
「しかし、そんな時間では「事」の後は、湯も浴びずに戻って来られているようですね」
私は思い出しました。
「そう言えば、先日は朝から湯に入りたいと言われて希世さんが風呂を焚いておられました」
二人で納得したかの様に頷きました。
私と白井さんはあまりに顔を近付けている事に気付き、姿勢を正して氷を食べ始めました。
「先生は今まで特定の女性がお出来になられた事は……」
私は氷を口に入れながら訊きました。
「私の知る限りではありませんね……。吉原に何度かご一緒した事はございますが、「事」はなされずにお酒を飲んで帰りましたね」
「そうですか……」
私は氷に乗っている粒餡がやけに美味しい事に気付きました。
「この粒餡、美味しいですね……」
「今、私もそれを言おうとしていたところでした」
白井さんはニコニコ笑いながらそう仰いました。
「先生も特定の女性でもおられましたら、もう少し色っぽい作品も書かれるようになると思うのですけどね……」
白井さんの意見にまったく同感でした。
しかしそれならば、今書かれている作品に濡れ場の一つや二つは出て来ているのではないかと思いました。
「今書かれている作品にそれっぽい場面は出て来ませんか」
白井さんは匙を咥えたままじっと考えておられます。
そして、掌をポンと拳で叩かれました。
「ありましたよ……。着物の裾を捲り後ろから……という場面が。その女性が障子に爪を立てて穴を穿つ描写が生々しいと思っていたんです」
白井さんの声は店中に響きます。
そこだけ聞いたら官能小説の一節です。
周囲から好色の目で見られているのは言うまでもありません。
私が咳払いをすると、白井さんは周囲を見て静かになられました。
「それとなく探ってみてもらえませんか……」
白井さんは宇治金時を口に入れながらそう仰います。
「私がですか……」
私は匙を氷の器に戻して、お茶を飲みました。
「な、何を探ればいいのでしょうか……」
身を乗り出して小声で訊きました。
「相手のお名前、年齢、素性、分かる事全てです」
白井さんも無茶を仰るお方だ……。
そんな事をして先生にバレたら私は破門されるかもしれません。
「しかし……」
白井さんは真顔で顔を寄せられます。
「もし、先生にふさわしくない女性だという事もございます。その時は私たちは全力でそれを阻止する必要もありますよ」
「ふさわしくない……女性ですか……」
白井さんは匙を置くと、椅子に寄りかかられました。
「良いですか要君。先生も一応は有名人です。顔までご存知だという人は少ないかもしれませんが、この先それが仇となってしまうと、我々としても由々しき問題になって参ります」
「はぁ……」
私は小さく頷きました
「遊女や卑しき身分の女性であった場合……」
私は口を真一文字に閉じ白井さんの話を聞いてました。
口を真一文字に閉じる先生の癖はこの数ヶ月で私にも感染してしまったようでした。
「私はどんな女性であったとしても、それが先生のお選びになった女性ならば良いと思うのですけどね……」
白井さんは溜息を吐かれました。
「もちろん私も個人としてはそう思っています。ですが世間はそうは思わないでしょう」
白井さんはそう仰ると匙を取り、溶けかけた氷を口に放り込まれました。
「わかりましたよ……。私なりに探ってみますよ……」
私が渋々そう答えますと、白井さんは満足そうに笑みを浮かべておられました。
家に帰ると先生は珍しく背広に着替えて、珈琲を飲んでおられました。
「今日は会合があるので、出かけて来る」
私を見るなりそう仰られました。
「漱石先生の主催される会合なんだよ。行かない訳にはいかんのでね……」
漱石先生とは言わずと知れた夏目漱石先生の事で、数ヶ月に一度、その会合には絶対に出席されておられます。
「ああ、そうでしたね……」
白井さんも慌てて書斎へ行くと鞄を取り、食卓に座られました。
家政婦の希世さんは何も言わずに私と白井さんの珈琲を支度して出して下さいます。
「次回は要君も一緒に行こう。皆に紹介したい」
先生は私の顔を覗き込み、ニコニコと微笑まれました。
漱石先生の門下生の方々が集まられる会合などに私などが参加して良いモノなのか解らず返事は出来ませんでした。
先生は柱時計を見て、立ち上がられます。
「赤坂まで行くので、そろそろ行こうか白井君……」
白井さんも慌てて珈琲を飲み干されました。
「希世さん。今日も帰る前にシズカの飯、頼んだよ」
そう言うと食堂を出て行かれました。
シズカ……。
誰だろう……。
もしや、希世さんは先生のお相手を知っておられるのだろうか……。
私は疑問に思いながら立ち上がり先生と白井さんの背中を見送りました。
夕食は希世さんと二人で食卓に着きました。
何故か何の会話も無く、静かに食器の触れる音だけが食堂に響きます。
私は先生のお相手の話をいつ切り出そうかと様子を伺いながらの食事になり、美味しい筈の味も判りませんでした。
「お代わりはよろしいですか……」
希世さんにそう言われて私は、手元でお箸を転がしてしまいました。
「は、はい……大丈夫です。ありがとうございます」
そう言うとお茶を飲みました。
希世さんとほぼ同時に食事を終えて二人で手を合わせました。
「林檎を剥きますね……」
希世さんはそう言って席を立たれました。
私は自分の食器を重ねながら礼を言いました。
先生は女性に飯を届けておられるのか……。
となると「事」をされておられる訳ではなさそうだな……。
私はそんな事を考えながら、じっと時計を見つめておりました。
「どうなさったのですか……。何か考え事ですか……要さんらしくないですよ……」
希世さんは私の前の食器を取り、厨へと持って行かれます。
そして綺麗に剥いた林檎を私の前に置かれました。
「今日は林檎しかなくて、申し訳ありません。私はてっきり今日の会合に要さんもご一緒されるモノだと思っておりましたので……」
私は慌てて手を振りました。
「私なんて飛んでも無いですよ……。まだまだ夏目漱石先生の会合などには、恐れ多くて……」
希世さんはまた私に向かいに座りながら、クスクスと笑っていらっしゃいました。
「先生は仰ってましたよ。要さんの書く作品は唯一無二の作品だって。夏目先生の門下生の中にもあれだけ独特な作品を書かれる人はいないだろうって」
希世さんは林檎を一つ口に入れられました。
「要さんを夏目先生に取られると嫌なので、なかなか連れて行けないって」
私は希世さんの言葉に耳を疑いました。
「またまた……希世さんはお口がお上手ですね……」
私も林檎を口に入れました。
「あら、本当ですのよ……。こうも仰っておられました……。先生がもし弟子入りするならば、要さんに弟子入りしたいと……」
私は手に持った林檎をじっと見つめ、口の中のモノを噛む事も忘れていました。
その様子を見て希世さんはクスクスと笑われます。
「先生はね、要さんの事を弟子だとは思ってらっしゃらないのですよ。多分、物書き仲間だと思っておられるんです。対等の立場で共に学びたいと仰ってましたから」
私はゆっくりと希世さんの顔を見ました。
希世さんが大袈裟に仰っている訳ではなさそうでした。
先生もそんな事を私に直接仰る筈もなく、私の事をどう思っていらっしゃるかなど、聞く事もありませんでした。
私は先生の気持ちがすごく嬉しく、胸が熱くなりました。
「あ、シズカさんのご飯作らなきゃ……」
希世さんはそう言って席を立たれました。
私は食べ終えた林檎の器を持って厨の入り口に立ち、希世さんの作る「シズカさんのご飯」をじっと見ていました。
鯵の開きを解し、骨を取るとそれを混ぜ込んだご飯を作っておられました。
そして同じ弁当箱にそのご飯を握ったモノとさっきの林檎を詰めておられました。
希世さんはふと私に気付かれた様で、
「器、その辺に置いておいて下さいな」
そう仰られました。
私は黙って器を置きました。
「それはどなたのお弁当なのでしょうか……」
私は意を決して希世さんに訊ねました。
「あら、要さんも欲しいですか……。でしたらお作りしますけど……」
希世さんにちゃんと聞こえなかったのか、はぐらかされたのか解りませんでした。
「あ、では夜食に私のモノも……」
希世さんは微笑んで、
「わかりました。ではお作りしてお部屋に届けます」
そう仰いました。
私は書斎に戻り、進まない原稿を前に腕を組みました。
一体、どんな女性なのだろうか……。
そう考えながら、先生とシズカさんの濡れ場を想像しました。
シズカさんの着物を後ろから捲り上げ、そこに優しく先生が愛撫される様子。
そしてそのまま激しくシズカさんを突き上げられ、シズカさんの指が障子を破り、その障子の桟を握り締める。
額に汗を浮かべる先生。
私は激しく首を振り、いらぬ妄想をかき消しました。
私は書斎の明かりを消して、自分の部屋へと移り、蒲団を敷くと先生の新しい本を開き、それを読む事にしました。
今日はいくら考えても、シズカさんが邪魔をして何も出てこない……。
私は先生の本を読みながら眠ってしまったようでした。
ふと気が付くと、希世さんも帰られて、家の中は静寂に包まれておりました。
どうやら先生のお帰りもまだの様です。
私は部屋の明かりを点けると、入り口に希世さんが置いてくれたお弁当を開きました。
鯵の身が混ぜ込まれたおむすびと鶏肉を焼いたモノ、それに林檎が入っていました。
絶妙な塩加減のおむすびを私は一気に二つ頂きました。
そして鶏を焼いたモノを食べ、最後に林檎を。
少し簡単なお弁当だと思いましたが、私の夜食には満足でした。
女性ならば尚更……。
私は、ふと思いました。
先生は外に女性の弟子を作られたのではないだろうか……。
夜に原稿を書く弟子のところにお弁当をお届けになられているのでは……。
まったく新たな疑問でした。
先生程のお方です。
私以外に弟子が何人いても不思議ではありません。
私は蒲団の上で胡坐をかいて腕を組み、考えました。
嫉妬心に似たモノが私の中に芽生えます。
これは何としてでもシズカさんの正体を調べないと……。
そう思った時でした。
玄関が開く音がしました。
どうやら先生が帰って来られたようでした。
私は慌てて明かりを消して、蒲団の中に潜りました。
「ただいま」
先生はそう仰いながら、書斎へと入って行かれた様子でした。
そしてすぐに書斎の明かりは消え、寝室へと入って行かれたようです。
私は蒲団の中でじっとして先生の様子を伺っておりました。
食堂の柱時計が三つ鳴りました。
午前三時。
先生が徘徊される時間です。
私は息を殺して、先生が動かれるのを待ちました。
すると先生は寝室を出て、摺足で食堂の方へと向かわれます。
私はそっと起き出して、部屋の戸を薄く開けました。
先生はシズカさんのお弁当を手に取ると、玄関へと向かわれ、音を立てない様にして玄関の戸を開けて外に出られました。
私は起き出して、玄関へと向かいます。
そして履物を履くと、外に出ました。
先生の背中が見えました。
その先生を尾行するかの様に間合いを置いて私は後を着けました。
ガス灯の点いた道を先生は軽やかな足取りで歩いて行かれました。
「シズカ……。待ってろよ……」
時折そう仰います。
明らかに愛でる相手の名を呼ぶ口調でした。
そうして幾つかの角を曲がり、先生を見失わぬように私も歩きます。
ふと、ある角を曲がると先生の姿はありませんでした。
「あれ……」
私は周囲を見渡しますが、やはり先生の姿はありません。
あるのは暗い公園だけでした。
まさかこの公園……。
公園で逢引されているのだろうか……。
それとも白井さんがおっしゃるように遊女の類か……。
私は恐る恐るその公園へと入って行きました。
公園の奥の方でガサガサと何かが動く音がしました。
私は目を凝らしてじっとその植え込みの陰を見つめます。
「こら、シズカ、やめなさい。くすぐったいじゃないか……。シズカ……」
先生の声がします。
もう「事」が始まってしまっているのでしょうか……。
私は遠巻きにその植え込みに近付きました。
絶対にシズカさんの顔を見てやる。
何故かそうしないと気が収まらなかったのです。
私はゆっくりと先生の方へと歩み寄ります。
そして植え込みの陰から先生とシズカさんの姿を見ました。
「え……」
私は呆気に取られました。
そして私のその声に先生も気付き、慌てておられました。
私と先生はベンチに座り、シズカという犬に食べ物をあげました。
「犬なら犬って言って下さいよ……」
私は無邪気に犬のシズカとはしゃぐ先生を見ながらそう言いました。
先生は口を真一文字に閉じて、にんまりと笑っておられました。
「子供の頃にね。捨て犬にこうやって毎日ご飯を持って行った事があります」
先生は懐から煙草を取り燐寸で火を点けられました。
「それを母に見つかり怒られました。お前が一生面倒見るのかって……。お前が面倒見るのなら文句は言わないけど、そうじゃないのならおやめなさいってね」
私は先生の言葉を黙って聞いてました。
シズカは先生の足元に体を着けて座り込みました。
「犬は一度食べ物を貰うと、また貰えると期待する。その内貰えるのが当たり前だと思ってしまうんだよってね……。私はそんな事はないって思っていました……。だけど、ある日、その犬が近所の人を噛んだんです。大人しい犬でしたから、何もしなければ噛み付く筈もないのです。私が食べ物をあげていたから、うちの犬だと言って近所の人は怒鳴り込んで来ました。母はその近所の人に謝り、治療費を払ったんですよね……」
先生は煙草を足元に落とし、草履の先で踏んで火を消しました。
「面倒を見るという事はこういう事なんだよって母は私に教えてくれたんです。その後、その犬はうちの庭で飼っていましたが……」
先生は優しい顔で私を見ます。
「半年もしない内に死んでしまって……。生き物が亡くなるって悲しいじゃないですか……。だから、その日、私は生き物は飼わないって決めたんです。そう決めたんですけど……。私はやっぱり犬が好きなんですね……。こうやって捨てられた犬を見ると放っておけないんですよね……」
私は先生の温かさを感じました。
特定の女性が出来たなどと考えていた自分が愚かに見えました。
シズカは先生の手をペロペロと舐めていました。
相当先生に懐いているのでしょう。
「今でも悲しいんでしょうね……このシズカが死んじゃうと……。そう思うと飼えないんですよね……」
私は先生の横顔に微笑みました。
「先生……」
私はベンチから立ち上がると尻を払いました。
「何ですか、要君」
先生も立ち上がられました。
「このシズカも……もちろん私も、先生も……。いつか死にます」
私は星の出た空を見上げました。
「必ずいつか何処かで死ぬのなら、それが先生の庭でも良いじゃありませんか……。誰かが泣いてくれるのなら、それが先生でも良いじゃありませんか……。もしシズカが他所の誰かに飼われて、死んでいっても、先生はそれを知らないだけで、寿命を全うした事実は変わらないんですよ……。それでは先生はシズカに対して誠実ではありませんよ……」
先生はまた口を真一文字にして頷かれました。
「やはり、良いですね……君は」
先生はそう仰ると私の肩を叩かれました。
「私は君が私の弟子になってくれた事を誇りに思います」
私も先生が私の師匠である事を誇りに思っています……。
私は先生に微笑み返しました。
「明日、さっそく大工を呼んで犬小屋を作らせます。要君はシズカの家の表札を作って下さい」
私は無言で頷きました。
「さあ、では帰りますか……シズカも一緒に」
先生はそう言うと歩き出されました。
シズカも当たり前のように先生の後を着いて歩いてました。
先生の家に飼われる事を理解したのでしょうか。
ふと先生は立ち止まり振り返られました。
「要君は犬に触れると麻疹が出るのではありませんでしたか」
そうなのです。
私は犬が触れると体中が痒くなるのです。
翌日からシズカの面倒は白井さんが見てくれる事になりました。
「先生、シズカ……もしかしたらお腹に子供がいるのかもしれませんよ」
そんな白井さんの声がしました。