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26話 挑抗師匠





大日本帝国陸軍大本営。


此処は普通の人であれば震えあがる様な場所で、心なしか、先生も白井さんも肩に力が入っている様な気がします。

しかし、私は幼い頃から何度か来た事のある場所で、正直、私にとっては「変わらない場所」としか映りませんでした。


大勢の軍服を着た軍人たちが、その大きな門を出入りし、独特の匂いを漂わせております。


私たちは今日、此処に森鴎外先生に会いに来ました。

先日、先生へ送りつけられた鴎外先生の手紙に対する返事をすると先生は仰います。

それなりに先生にも覚悟があっての行動だと思われます。


鴎外先生は作家でもありながら、帝国陸軍の軍医総督をしておられます。


「やはり、豪壮だな……」


と先生は大本営を見て呟かれました。

白井さんは口を開けたまま閉じるのを忘れて、大本営の建物を見上げておられました。


「入れてもらえるんですかね……」


と白井さんも呟かれます。


「行ってみるしかなかろう……」


と先生は一人、近衛兵の居る場所へ歩き、話を始められました。

私は昔、此処に来た時も何も言わずに入っていた記憶があります。


しばらくすると、先生が私たちを手招きされました。

どうやら無事入れる事になった様でした。


幼い頃に祖父に連れられて何度も来た場所。

既に祖父は此処には居ませんが、その「変わらない場所」が何処となく、尖っている気がしました。

有事に突入するからなのでしょうか。

周囲の軍人にも笑顔は無く、慌ただしく建物の間に延びる道を往来している。

フォード社製の自動車も停まっていて、白井さんは珍しそうにその自動車を見ておられる様です。


変わらないな……。


私は暗幕の下ろされた建物の窓を見つめます。

あの頃、そこに映っていた幼い私とは違い、往来する軍人たちと変わらない背丈の私が居ました。

そして再び、泥の塹壕の中を銃を持って震える自分の姿が脳裏に浮かびます。

そうやって国のために戦う若者もいるのです。


私は頭を振ると、その浮かんだ風景を消し去り、前を歩く先生に追いつきました。






医局は建物の奥にあり、私たちは案内してくれる軍人に付いて歩きます。

軍医総督の客となれば、しっかりと案内をしてくれる様です。

私たちにもちゃんと敬礼をしていただき、医局のある建物の入口まで案内してくれました。


中に入ると、長い廊下が続き、静かな部屋が並んでおりました。


「薬品の匂いはしませんね……」


白井さんは犬のシズカの様に、鼻をクンクンと鳴らしておられます。


「此処で医療行為をする訳では無かろう」


と先生は歩き始められました。

しばらく行くと、部屋のドアが開き、中から出てきた軍人が私たちに向かい敬礼をされます。


「軍医総督がお待ちです」


その声に私たちは頭を下げました。

そしてその部屋の中を見ると、椅子に座る鴎外先生と傍に側近の軍医監が立っておられました。

私はその軍医監に見覚えがあり、自然と顔を隠す様に俯きました。


「こんなところにわざわざすまんな……」


鴎外先生は立ち上がり、ソファに座る様に促されました。


「此処に来るのは初めてだね」


と、先生の肩をポンポンと叩かれました。

先生も鴎外先生に一礼し、ソファに腰を下ろされました。


「その表情だと、私の手紙にご立腹の様子だな」


と鴎外先生は声を上げて笑っておられます。

鴎外先生はじっと私と白井さんを吟味するかの様に見ておられます。


「ああ、この二人は……」


と先生が口を開こうとされたのを手で制し、


「君の書生と出版社の方だね……。初めまして、森と申します」


と鴎外先生は私たちに丁寧に頭を下げられました。

私と白井さんも慌てて頭を下げます。


想像していた鴎外先生と違い、柔和な感じの口調で話されます。


「水野君……。珈琲を頼んでくれたまえ」


鴎外先生の一言で、傍に立っていた側近は頭を下げて、部屋の電話で珈琲を頼んでおられます。


そうだ……。

水野軍医だ……。


鴎外先生の側近の水野軍医監。

この人は祖父の垣内退信にも使え、本家にも出入りしていた記憶がありました。

私は顔を伏せてじっと自分の膝先を見つめておりました。


鴎外先生は卓の上にある硝子の煙草入れを開けて、一本取ると咥えられました。

その煙草には菊の御紋が入っておりました。

燐寸を摺ると甘い煙が漂い始めました。


「君もどうかね……」


と鴎外先生は先生に煙草を勧められましたが、先生は手を見せてそれを断られました。


「鴎外先生……。今回の件ですが……」


先生はステッキを自分の前に突き、それを両手で握っておられます。

その手が細かく震えている様にも見えました。


鴎外先生は、その先生の言葉を遮る様に声を発せられました。


「要君と言ったかな……」


先生は口を噤んで真一文字にされました。


「あ、はい……」


私は声を震わせながら返事をしました。


「帝国陸軍の「目」になるつもりは無いかな……」


鴎外先生の澄んだ声は経験した事の無い周波数で伝わってきます。


「従軍記者と言うのは誰にでも出来る事ではない。有能な文学に携わる若者にお願いしたいと考えている。ああ……、もちろんこれは「徴用」ではない。文学者の「職能」だと考えて欲しい……」


そこにドアがノックされ、珈琲を持った軍人が入ってきました。

そして卓の上に珈琲カップが丁寧に置かれました。

その間、話は中断されます。


「私は……。私は……」


私はそれに続く言葉が思いつかず、額にしわを寄せて目の前の珈琲カップから立ち上る、粒子の細かな湯気を見つめました。


「今、戦地という非日常な世界で起きている惨状や熱狂を、後世に正しく伝える能力を持った若者がどれ程居ると思う……」


鴎外先生の視線は先生に向けられます。


「君が慈しむ、彼の才能こそ……、今、国家という大きな物語に捧げられるべきではないだろうか……」


先生は険しい表情で鴎外先生を見ておられます。


「私は彼の書いた作品を読んだ。凄く面白かった。今の我が国には無い、新しい文学だと感じた……。そんな感性で、これからのこの国を見て欲しい。そして次の世代に残して欲しい。そう思った。無論、私も一人の男だ。この忌々しい軍服を脱げば、君たちと同じ様に芸術を愛でる。だが、悲しいかな我々は時代という馬車に乗せられている。御者が何処へ向かおうと乗客に出来るのは窓の外を凝視する事だけだ……。彼を戦地に送る事は、ホンモノの絶望を見せるという事だ。それが一人の作家を育てる糧になるとは思わんか……」


私は鴎外先生に「新しい」と言われ、少し照れ臭くなり、隣の先生の様子を見ます。

ステッキに添えられた手はさっきよりも震えておりました。

すると先生は突然、自分の前にある珈琲カップを手に取り、湯気の立つ珈琲をゴクゴクと喉を鳴らして飲み干されました。


鴎外先生はそれを見て、口元を歪めておられます。


「泥の中を這いずり回り、死を隣人として生きる経験こそが、彼を「本物の文士」にする。君がこの要君を愛しているなら、今こそ突き放すべきではないのか……」


鴎外先生はそう仰ると煙草を灰皿で消して、珈琲カップに口を付けられました。


私が考える限り、鴎外先生の話は完璧でした。

否と言えない会話を鴎外先生はしておられるのです。


すると、先生はゆっくりとソファの背もたれに身体を沈められました。

そして大きく息を吐かれます。


「先生……」


その言葉に鴎外先生はカップを置いて、先生を見つめられました。


「先生の偉大な作品の数々……。私は敬意を表しております……」


そして先生の顔から笑みが湧き出る様に戻りました。


「先生のあの作品は、人の死の上に生まれた作品なのですか……」


鴎外先生も背もたれに背中を付けられます。


「戦争は技術を発展させます。それは事実でしょう。しかし、その一方……、文化を衰退させます。やっと……、やっと我が国の文化は西洋に並ぼうとしているんです。それをまた遅らせる気ですか……。戦争をする。それが政治の一部であるというのならば、その戦争のせいで衰退していく文化への責任も取っていただけるのでしょうか……」


鴎外先生は何かを言おうと口を開かれます。


「文学とは人の死の上にあるのではなく、人の生の輝きの中にこそある……。私はそう考えております」


鴎外先生は言葉を飲み込み、小さく頷いておられました。


「貴様、口が過ぎるぞ」


傍に立っていた水野軍医が声を荒げるが、鴎外先生はそれを手で制されました。


「水野君……。彼は私の友人だ……君が口を挟む事ではない」


そう言われて水野軍医は頭を下げると、部屋の隅に立ち直しておられました。


「私はただの物書きです。戦争の様な高尚な事は何もわかりません……。しかし、あなた方より地べたに近い場所で呼吸をしている。その分、そこで暮らす人々の痛みや叫び、流す涙はよくわかる……」


先生はステッキを力強く突いて身体を起こされます。


「戦争を否定はしません。軍人という職業も立派な仕事であると思います。ただ……」


「ただ……」


鴎外先生はじっと先生を見ておられます。


「ただ、あなた方が勝手に始める戦争に、サーベルさえ持った事の無い若者を巻き込まないでいただきたい」


その言葉に鴎外先生から笑みがこぼれました。

白井さんが先生の発言にあたふたされているのが見えました。


「要君の才能は、戦争のためにあるんじゃない。この先の我が国のためにあるべきモノだ……。そういう意味では、同じ、この国のための才能なんです」


先生は鴎外先生を真っ直ぐに見つめておられました。


「ぬるま湯の様な書斎で、空想を弄ぶのが文学だと言うのか……」


先生は鴎外先生の言葉に頬を緩められました。


「ぬるま湯、大いに結構……。空想は我々にもたらされた才能です。事実だけが真実に辿り着く訳ではない……」


先生はゆっくりと立ち上がられました。


「要君、白井君……失礼しよう」


私と白井さんは慌てて立ち上がります。


「硝煙と泥に塗れ、生死の境を彷徨ってこそ、真に人の心を打つ言葉が生まれるとは思わないのか……」


鴎外先生もゆっくりと立ち上がられました。

それに先生は足を止められました。

そしてゆっくり鴎外先生を振り向かれました。


「私は、彼にペン以外で戦わせる気はありません。彼が書くのは「国の記録」ではない。誰にも、何物にも縛られない「人間の物語」です……。もし、それをお認めいただけないのであれば、今日この時をもって、先生との縁を切り、私は私の道を行くのみです……」


先生は鴎外先生に微笑み、深く頭を下げられました。

鴎外先生は崩れる様にソファに腰を落とされます。


「要君、白井君……。帰りますよ……」


先生はそう言うとドアノブを握られました。

私も白井さんも鴎外先生に一礼し、先生に付いて部屋を出ようとしました。


「一つだけ……。要君に訊いて良いかな……」


鴎外先生はゆっくりと立ち上がり、そう仰いました。

私たち三人は再び足を止めて、鴎外先生を見ました。


私は息を吐き、鴎外先生に小さく頭を下げました。


「君は、彼の下で何を学んだのかな……。君の作品を読む限り、彼の作風を踏襲しているとは思わない。君自身の世界、今のこの国には無い、まったく違った世界を描いている様に見えるのだが……」


私は傍に立つ先生の表情を見ました。

先生は無言で私に頷かれました。

私は緊張で胸に溜まった生温い息を全て吐き出しました。

そして、震える声で不器用に言葉を吐き出しました。


「私は、先生の様な作品を書きたいと先生の門を叩きました……。しかし、先生は私に仰いました。「小説など人に教えるモノではない」と……」


鴎外先生はコクリと頷かれます。

私はそれを見て続けました。


「ただ、自分の中に沈殿した思いを吐き出せば良い。そう言って戴きました。私は、胸の閊えが浄化され、消えて行くのがわかりました……」


鴎外先生のまっすぐな視線は私を貫く様でした。


「先生に教えて戴いたのは「小説」ではありません。物書きの小手先を教えて戴いても、私には先生の様な作品は到底書けませんし……」


私は傍に立つ先生、そして白井さんを一度、目の奥に刻み込む様に見て微笑みます。

そして、自然に姿勢を正し、胸を張りました。


「先生が私に教えて下さった事。それは「生き方」です。この時代の、そしてこれから先の……、この国での生き方です」


私はそう言うと鴎外先生に深く頭を下げました。

顔を上げると、鴎外先生は歯を見せて笑っておられました。

そして先生も白井さんも同じ様に微笑んでおられました。


先生は私の肩をポンと叩くと、鴎外先生に頭を下げて部屋を出て行かれました。

白井さんも私の背中に手を当てて、先生の後を追われます。


その時、傍に立つ水野軍医が私の肩に手を当てられました。

私は驚き、身体を震わせます。

私はゆっくりと水野軍医に視線をやりました。

水野軍医は私に微笑み、


「ご立派になられましたね……。政貴さん」


そう言うと敬礼されました。


私は不器用に微笑むと頭を下げて、先生の背中を追いました。






大本営を出ると、霞ヶ関は既に薄暗く、春の風だけが吹き抜けておりました。






翌日、私は久しぶりにシズカを連れて散歩に出掛けました。

先生は締切に追われ、白井さんと戦っておられました。

それに巻き込まれない様にそっと抜け出し、河原を歩いておりました。


すると向こうから自動車が近づいて来るのが見えました。

その自動車は私の傍で止まりました。


私はじっとその自動車を見ていると、昨日会った水野軍医監が下りて来られました。


水野軍医は私を見て敬礼され、河原の土手を上って来られました。


「昨日は失礼いたしました」


と水野軍医は再び私に敬礼されました。


「いえ、こちらこそ……」


私はそう言うと水野軍医に頭を下げます。


「森総督からも非礼をお詫び申し上げてくれと……」


私は水野軍医に微笑み頷きました。

すると、水野軍医はポケットから封筒を出されました。


「総督からの手紙です」


私はそれを受取り、


「あ、では先生に……」


「あ、いえ……。政貴さんへのお手紙です」


「私に……」


私はその封筒を見ました。

確かに宛名に「松本政貴殿」と達筆な字が青いインクで書かれておりました。




重ね重ねの非礼、お詫び申し上げます


垣内先生の御令孫である事を知って、如何とも恥ずかしい限りでございます


もし、貴殿をそのまま戦地へ行かせていたならば、私の首と胴体は共になかっただろうと


貴殿の師匠にも、よろしくお伝えください


今後も友人として、この先の世の文学について語らおうと


その時は是非、貴殿も一緒に


森林太郎




私はその手紙を読んで、頬を緩めました。

そして封筒に戻すと、それを水野軍医に返しました。


「内密にされておられるのですか……」


水野軍医は封筒を受け取ると、そう仰いました。


「ああ……。特に内密にしている訳ではないのですが、どうも言いそびれてしまって……。それに……」


私を引っ張るシズカを撫でました。


「垣内の身内だという事で特別扱いして欲しくなくて……」


水野軍医は小さく頷かれます。


「垣内先生はお元気ですか……」


「どうですかね……。もう数年会ってないモノで……。最後に会ったのが祖父の古希のお祝いの時ですね」


水野軍医は私の傍にしゃがみこんで、シズカを撫でられました。

シズカは嬉しそうにお腹を見せて転がります。


「戦争は始まるのでしょうか……」


「ええ……。ヨーロッパが火種になり、今度は世界中で火を噴きます」


私はその言葉に目を伏せました。


「誰も経験した事の無い世界大戦です……」


水野軍医は立ち上がり、河の流れを見つめられました。


「止める事は出来ない……。様々な国の想い……。そんな小さな流れが吐き出され、合わさったところで濁流になり、一気に流れ込みます。この河の様に……」


私も立ち上がって河の流れを見ました。


「平和というモノが物語の中にしかないって世界じゃ悲しいですね……」


「ええ……。私たちも世界を平和にするために軍人をやっているんです。総督も同じですよ……」


水野軍医は微笑んでおられました。






私は家に帰るとシズカを庭に繋いで、手を洗いました。


「うるさい、うるさい。君がいると気が散って仕事が進まん。君こそどうだ、従軍記者になれば」


「何て事を仰るんですか」


そんな声が書斎から聞こえてきました。


私は慌てて書斎に入ります。

すると、先生と白井さんはいつもの様にもめておられました。


「要君、聞いて下さいよ」


と白井さんが私に泣きついてこられます。


「そんな奴の言う事は訊かなくていいぞ。訊いたら破門だ」


先生は相当虫の居所が悪いようです。


「どうなさったんですか」


と書斎の戸が開き、希世さんが顔を出されました。


「ああ、いつもの事ですよ……。夫婦喧嘩みたいなモンで、シズカも食いません」


希世さんはそれを聞いてクスリと笑われました。

そして手をパンパンと叩かれると、


「はいはい。仲良くしないとお昼ご飯抜きですよ」


と仰いました。

その言葉で二人の喧嘩はぴたりと止みます。


希世さんはそれを見て微笑むと厨へと戻って行かれました。






その夜、縁側の窓を開けて、私は星を見ておりました。


すると先生はお腹が空いたのか、食堂へ入って行かれるのが見えました。


最近は残ったご飯をおむすびにして希世さんが置いておられます。

そのおむすびの乗った皿を持って先生が縁側にやって来られました。


「腹、減ってないか……」


先生はそう言うと私の横に座り、私に微笑んでおられます。


「戴きます……」


私はそう言っておむすびを一つ手に取りました。


「おお、梅干しが入ってた」


と先生は嬉しそうに私に見せられました。


「あ、いいな……」


先生は絶対に渡さんと言わんばかりにおむすびを隠されました。


「今日、鴎外先生から電話があったよ……。昨日はすまなかったって」


ちゃんと先生にも伝えておられたんですね。


「まあ、鴎外先生と私の仲だ。そんな簡単に切れるモンじゃない」


先生は手に持ったおむすびを口の中に放り込まれました。


それはそうでしょう。

私もその心配はしておりませんでした。


私はおむすびを口に入れました。


「先生……」


先生は二つ目のおむすびに手を伸ばされているところでした。


「この先、この国はどうなって行くんでしょうね……」


先生は縁側から足を延ばされ、空を見上げられました。


「そうだな……。どうなって行くんだろうな……」


そういうと二つ目のおむすびを口にされました。


「唐津までの旅の途中、色々な場所に寄って、色々な人と話をしたよ……」


私は先生の言葉に頷きます。


「人ってのは我々が原稿用紙の上に表現している程、単純じゃない……。それがわかった」


先生はおむすびを食べながら、


「前に進むのか、後ろに下がるのか……、そんな事を考えて小説を書いていた。けど、違うんだ。人は横にも動くし、上にも下にも動く。斜めに動く事もある」


残りのおむすびを口に入れられるとにっこりと微笑み、


「それが人だ……」


私は先生の言葉に頷き、おむすびを食べました。


「以前は、戦争なんてやる奴の心境なんてわからなかった。昨日、鴎外先生と話をしている時に、それがわかった気がしたんだな……。そのために必死になっている人もいるし、それを死ぬほど嫌う人もいる。そんな人たちをまとめる仕事……。そんなモンに安らぎは無い」


先生の言葉が何故かすっと自分の中に入ってきました。

此処に来た頃ならばまったくわからなかったかもしれない。

しかし、今は私の中でうまく咀嚼されている気がしました。


「それを理解する事が出来るのも、我々の仕事特有のモノなのかもしれん……」


先生は口を真一文字して私を見ておられました。


私は頷く事も無く、空の星を見て微笑みました。

そしておむすびを一口、中には梅とおかかを混ぜた「梅おかか」が入っておりました。


「あ、梅おかかだ……」


と私が言うと、先生はそれを覗き込んでおられます。

私も先生と同じ様にそのおむすびを隠す様にしました。


先生はそんな私を見て、


「それが今日の当たりだな……」


と笑っておられました。

そして、先生は澄んだ春の夜空を見上げられました。








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