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25話 参宮師匠





先生が戻って来られて十日程が経ちました。

すっかり暖かくなり、先生も私も新しい書斎で、万年筆を滑らせております。


白井さんも、毎日訪問される日々に戻り、自分の机がある事を喜んでおられ、先生が書き上げられた原稿をその場で校閲しておられます。


希世さんは居間の窓を開け放し、部屋の空気を入れ替えておられました。


「要君、お腹空きませんか」


と、白井さんは原稿にペンを入れる手を止める事も無く何度もそう仰いますが、


「もうすぐお昼ですよ」


と返すと、黙ってまた原稿を捲られました。


先生は書斎が完成するまでの間の旅で、何かを掴まれた様子で、『横濱輪舞』に次ぐ傑作を執筆されてます。


「白井君、今度、尾道の資料を頼む」


先生も手を止める事無く、白井さんに仰いました。

白井さんは開いた手帳に、先生からの注文を書き込んでおられました。


書斎の戸が開き、希世さんが顔を出されます。


「皆さん、そろそろお昼ご飯ですよ」


それだけ言うと戸を閉めて、食堂へ戻って行かれました。


「皆さん、お昼ですって」


と白井さんは一番に立ち上がられます。

これは毎日そうなのですが、先生や私が書いていようが関係なく、一人食堂へ向かわれるのです。


「ちょうど、キリが良い。要君。飯にしよう」


と先生も立ち上がられます。

私もそれを見て、万年筆に蓋をして原稿用紙の上に置きました。


書斎の向かいは先生の寝室になっており、洋式のドアが付いております。

私の部屋は先生の部屋の上、つまり、増築した二階に完成しております。寝台を作りつけていただき、洋式の生活をしております。


食堂へ入ると、白井さんが既に座っておられ、鰆の西京焼きに箸を付けておられました。


「魚辺に春と書く……。これを食えるようになると春だな……」


先生はそう言いながら自分の席に座られます。


「しかし、それは関西での話で、関東ではもう少し早い」


先生も箸を付けられました。


「西京焼きってのが良いですね。味噌の旨味が何とも……」


白井さんは若芽の味噌汁を飲みながら満足そうです。


「鰆、筍、若芽……。蕗の薹に土筆。春も美味いモンが溢れておる」


私は、先生の様子を見て微笑みました。

やはり先生が座っておられる食卓は落ち着きます。


「そろそろ桜餅だな……」


白井さんは口に入れたモノを飲み込んで、


「今度買ってきます」


と一言言うと、また鰆を口に入れられました。


その時、玄関の戸が歩く音が聞こえ、


「郵便です」


と郵便局員の穂積さんの声がしました。

彼の事を犬のシズカは大好きで、庭で吠えている声がしております。

希世さんは玄関へと走って行かれました。

希世さんと穂積さんの話声が聞こえ、郵便を受け取っておられる様です。


「森先生からお手紙が来てます」


と希世さんは食卓の端に受け取った郵便を置いて厨へと入って行かれました。


「鴎外先生か……。いつも電話なのに珍しいな……」


と先生は仰いますが、今は昼食に集中しておられます。


春は食欲が増すのでしょうか、先生はごはんを三膳、白井さんに関しては四善お代わりしておられました。

白井さんはあまり季節は関係ないのかもしれませんが。






食後の珈琲を希世さんは先生の前に置かれます。


「要君。悪いが、その手紙を見せてくれ」


と先生は煙草を呑まれながら仰いました。

私は食卓の端にあった手紙の束を先生の前に置きました。


先生はその中から、森鴎外先生からの手紙を手に取ると。

その封を手でちぎり開けられました。

数枚の手紙を中から出して読んでおられます。

初めはニコニコと微笑みながら目を通しておられたのですが、読み進めるにつれてどんどん先生の表情が曇って行ったのです。

それには白井さんも気が付いた様子で、


「先生……。どう……されましたか」


と眉を寄せておられます。


先生はその手紙を折りたたみ、封筒に戻されました。

そして険しい顔をしたまま、煙草を灰皿に押し付けられました。


「鴎外先生に……。何かございましたか」


先生は珈琲カップを手に取り、ゆっくりと口元へもって行かれます。


「ん……、ああ……」


それだけ言われ、珈琲を啜られました。


「どうやら戦争が始まるらしい……」


その言葉に、私も白井さんもピクリと身体を動かし、視線を食卓へ落としました。

また戦争を始める。

確かに帝国の軍隊は強い。

そんな話が新聞の片隅によく載っていて、今後は武力でも世界に影響を与える国であると書いてあります。


「日本が始めるという事でしょうか……。ヨーロッパできな臭い話はちらほらと聞きますが……」


白井さんの言葉に先生は顔を上げられ、


「いや、日本が参戦するとなると、少し先だろう……。しかし、そうなると影響は少なくない」


先生は手に持ったカップの珈琲を一気に飲み干されました。


「そんな事より……」


と言うと立ち上がられます。


「要君、白井君……。ちょっと来てくれ……」


と先生は食堂を出て行かれ、居間に新調したソファに座られました。


私と白井さんは顔を見合わせると、珈琲を飲み干して、先生の向かいに腰を下ろしました。

先生はじっと窓の外を見ておられます。

そして私たちに視線を戻すと、大きな溜息を吐かれました。


「鴎外先生からの手紙に、戦争が始まる事と……」


私と白井さんは唾を飲みます。


「私の書生を従軍記者としてよこせとあった……」


私は驚いて目を見開きました。


私が従軍記者……。


先生はじっと私の目を見ておられました。


「これからは戦争の記録も重要だという事だ。軍と共に動いて、戦地での記録を残す。そんな事をするらしい。私も新聞で読んだ程度だ。それくらいしか知らん。しかし、記者とは名ばかりで、銃を持って戦う事もあるだろう……。そんなところに要君を行かせる訳にはいかん」


白井さんは握った拳を震わせておられました。


「それは帝国の命令でしょうか……」


白井さんは声も震えておられます。


先生はゆっくりと背もたれに寄りかかり、


「いや……。今はまだお願いの様だ……。しかし……」


先生はポケットから煙草を取り出され、


「戦争が始まると、そんな事も言っておられんのでな……。こんな若い連中を戦地に従軍させるなどと……。鴎外先生は作家でありながら、今後の事を軽んじておられる……」


私はそれどころではありませんでした。

私が、泥に塗れた塹壕の中を這い蹲って銃を構える、そんな映像が浮かんできました。


「要君」


ふと我に返ると、先生が私の名を読んでおられました。


「あ、はい……」


どうにも整理のつかない頭で、私は返事をして先生を見ます。


「着替えなさい……。今から、鴎外先生に会いに行く」


先生はそう仰ると立ち上がられ、部屋へと入って行かれました。

その様子を見送った後、私は白井さんを見ました。

白井さんも強く頷かれておられました。


「白井さん……」


私は不安に駆られ、白井さんの腕を掴みます。

白井さんは口元を緩めると、


「君が垣内先生の御令孫である事を伝える事が出来れば、簡単なんですけどね……」


と私の肩をポンポンと叩かれました。


私は視線を落として、口を閉じました。






背広を着て私が居間に戻ると、先生は煙草を呑んでおられました。


「すみません……。お待たせしました」


私は先生と白井さんに頭を下げました。


「いや、大丈夫だ……」


先生はそう仰ると立ち上がられました。

希世さんも事情を聞かれたのか、傍に立っておられました。


「では、馬車でも呼びましょうか……」


と白井さんは玄関へと向かわれます。


「いや、少し歩こう……。気候も良くなってきたし、少し寄りたいところもある」


先生は白井さんの肩を叩くと、希世さんが準備された靴に足を通されました。


私は希世さんを振り返り、


「行ってまいります」


と頭を下げました。


三人で玄関に立つと、普段はあまりされない火打石を希世さんは私たちに打ち付けられました。


「では行ってくる……」


先生はそう仰ると、立てかけたステッキを手に持たれました。

私と白井さんは希世さんに一礼して表に出ました。






表を歩くと、先生や私に、町の人たちは声を掛けて来られます。

先生はニコニコと微笑みながら、挨拶をされます。

しかし、今の私にそんな余裕はありません。

気を抜くとすぐに表情が曇ります。


「要君……」


前を歩く先生が私を呼ばれました。

私は返事をして先生の横に並びました。


「笑え……。君の事情で町の人たちを不愉快にする事は許さん」


先生は立ち止まり、私をじっと見つめられます。


「先生……」


「いかなる時も笑うんだよ。それがこの町で一緒に生きて行く私や君の使命だ……。たとえ私が死んでも、君は微笑むんだ」


先生は私の肩を強く叩かれました。


「良いね……」


流石に先生が亡くなられた時に笑うのは無理かもしれませんが……。


私はコクリと頷きました。


「何……。今回の事も悪い様にはせん……。鴎外先生と私の仲だ。先生にも理解してもらえる。もし、森鴎外が私の言う事にも耳を貸さない様であれば、刺し違えてでも無かった事にする……」


少し大袈裟な話になっているのかもしれませんが、先生なりの覚悟がある事は伝わってきました。


その後、三人は無言で霞ヶ関まで歩きます。

それぞれに思うところがあっての事だと思いますが、特に先生は口を真一文字にしたまま、歩幅を狭める事も無くコツコツと踵の音を鳴らしておられました。


「要君」


と突然先生が立ち止まられます。

私はまた先生の横に並んで、返事をしました。


「私が不在の間に書いていた、あの話……」


私が机の上に置いていた原稿の事だと思います。


「あの、世界を見たくて横濱の港から旅立とうとする話だ……。あれ、面白かったよ。到底私には書けない話で、私は惹きこまれた」


先生は私の顔を見て微笑んでおられました。


先生が不在の間に書いた中編の小説でした。

題に困り、無題のまま置いておいたのですが、先生はいつの間にか読んでおられました。


「白井君」


「あ、はい」


と白井さんは先生の前に立たれます。


「あの要君の作品だけどな……。あれ、何処かに発表出来るかな……」


白井さんはコクリと頷き、


「少々直しが必要ですが、そのつもりで動いています」


先生はその言葉に小さく頷かれました。

そして、またゆっくりと歩き出されます。


「私から見ても、要君の書くモノは面白い。今の日本には無い発想だ。これが文学を育てるという事なのだとつくづく思うよ。私に書けないという事は、鴎外先生にも漱石先生にも書けない。これからの日本の文学を引っ張って行くのは、要君の様な作家だ……」


先生は歩きながら横にいる私を見て微笑んでおられます。


「私が保証しよう……」


少し照れ臭くなり、私は耳まで真っ赤にして俯きました。






十分程歩いたところで先生は立ち止まられました。

そしてそこには厳かな鳥居の立つ神社がありました。


「此処だ……。少し寄って行こう……」


先生はその神社の境内に入って行かれます。

古びた狛犬が両側にあり、私たちを迎えてくれます。


「この神社は……」


白井さんは先生に追いつき訊かれます。


「ん……。ああ、大工の棟梁に聞いたんだが、此処の神主は人相を見たり、まじないをしたりする事が出来るらしい……。居ると良いんだけど……」


先生は社務所の硝子窓を叩かれました。

直ぐに窓が開き、中から無精髭を生やした中年の男性が顔を出しました。


「何でしょうか……」


その男は面倒そうに先生に言う。


「ああ、大工の棟梁に聞いて来たのだが……。神主にお会いしたい」


先生はその男に頭を下げられました。


「ああ、そう言う事でしたら……」


と硝子窓が閉まり、社務所の入口の戸が開きました。


「どうぞ……、こちらです」


とその男に連れられて、私たちは本殿の中に通されました。

日陰になっている本殿でしたので、その中はひんやりとしておりました。


「少しそこに座って待っていて下さい」


と男は奥へと入って行きました。


「何ですか、あの男は……」


白井さんは私の耳元でそう呟かれます。


「人を見た目で判断するモンじゃないぞ……」


と先生は仰られ、ご神体であろう鏡の様なモノに手を合わせておられましたので、私も白井さんも同じ様に致しました。


「何を祭られている神社なのでしょうか」


と白井さんが訊かれます。


「知らん……。何を祭っているかなど重要ではない。神社を訪れ、自分をどれだけ磨けるか、どれだけ見つめ直せるかが重要なんだよ……」


先生が仰ると頷いてしまいます。


本殿の奥から白木の廊下を摺足で歩く音が聞こえてきます。

私たち三人は頭を下げて、神主の登場を待ちました。


「すみませんね……。今日はわざわざありがとうございます」


という声に顔を上げると、先程の男が私たちの前に立っておりました。

私と白井さんは目を見開き、その神主を見つめました。


そしてその神主は御神体を振り返ると、いきなり祝詞を口にされます。

私たちはその染入るような声に手を合わせました。

不思議なモノです。


しかしそれも思いの外すぐに終わり、神主は私たちの方を振り向かれました。


「え、もう終わりですか」


と思わず白井さんが声を発する程でした。


「ああ、平日は神様も暇でしてね……。今ので分かってもらえます」


神主はそう言うと、袖から煙草を取り出し、傍にあった火鉢を引き寄せられました。


そのあまり見ない光景に先生だけが楽しそうに微笑んでおられました。


「あんたたちは、本に携わる仕事の方ですな……」


神主は煙草に火を付けながら言われます。

当たっている事に驚いて私と白井さんは顔を見合わせました。


「うん……。何か厄介事が起こった……。それを今から収めに行く……。そんなところでしょうか……」


先生は無言で頷いておられます。


私は何が何だか、驚いてばかりで、じっとその無精髭の神主を見つめました。


「皆さん、長生きされますな……。しかも、金に困る事も無いと来ている……」


こちらから何も訊かないのに、神主はどんどん言葉を積み上げて行かれます。


「良いですな……。まあ、それなりに苦労される事もあるとは思いますが……」


神主は煙草の灰を火鉢の中に落とされます。

その一挙手一投足から目が離せなくなりました。

神主はまだ長い煙草を火鉢の灰の中に差す様にして火を消されました。

そして顔を上げると私の顔をじっと見つめられます。


「あなた……。高貴な方の血縁ですな」


私は目を伏せました。

白井さんの視線を感じます。


「まあ、世が世なら、多くの人に敬われる立場の方ですな……」


神主はそう言うとニヤリと笑った。


先生の顔をチラと見ますが、先生はじっとその神主の顔を見ておられました。


「私は、この男。要君に後継者になってもらおうと考えている。そのため、この男に降りかかる災難を振り払って欲しいのだが……」


先生は私の肩を叩き、神主に言います。


「ああ、心配ないとは思うが……」


と神主は私の顔に顔を近付けて、覗き込む様に見ておられます。


「立派にあんたの後を継ぐ事は出来る。その天稟はあんたを超える程だ……。何故、此処におるのかはわからんが……」


神主は歯を見せて笑うと立ち上がり、傍にあった大麻を手に取る。

これは後で先生に聞いたのですが大麻と書いて「おおぬさ」と言うそうです。


神主は私の頭の上でその大麻をさわさわと振り始めます。

そして、祓詞を唱えられました。

そして先生の頭上で、最後に白井さんにも。


それもすぐに終わり、大麻を戻されました。


「心配はいらん……。すべて上手く行く。あなた方が積んでこられた「徳」のおかげだろう……」


神主はまた私たちの前に座った。


「その徳を忘れない様に……。周囲の人たちはあんたたちを尊敬している。いざという時は助けなさい……。それがあんたたちの生きる道だ」


私と白井さんは多分不信感でいっぱいだったと思いますが、先生だけが終始ニコニコと微笑んでおられました。


私たちは神主に礼を言うと本堂を出ました。


「大丈夫なんですかね……。あんないい加減で……」


白井さんは境内を歩きながら、首を傾げておられました。


「何でも厳かに行えば良いというモンでもないだろう。私は、彼はホンモノだと思うぞ」


確かにズバズバと言い当てられた事は見事で、信じざるを得ないモノでした。


すると背後から声がして、振り返ると神主が走って来るのが見えます。


「要君とやら」


神主は大声で私を呼んでおられる様でした。

私は先生と白井さんに頭を下げると、神主の方へと小走りに向かいました。


神主は少し息を切らして、


「言って良いか迷ったんだがな……」


と膝に手を突いて息を整えておられます。


「大丈夫ですか……」


私は神主の背中を摩りました。

神主は顔を上げて、私を見ると、


「一つだけ、避けられない事があってな……」


「何でしょうか……」


神主は整えた息で大きく深呼吸をされました。


「君の祖父かな……。偉大な功績を残されているのは……」


神主の言葉に私は頷きます。


「はい……」


神主の目の光が一瞬で変わるのがわかりました。

神主は小さく何度か頷くと、


「その祖父が亡くなった後、お家騒動がある……」


私は握りしめた拳が震えているのがわかりました。


「それに巻き込まれない様にしなさい……」


私は無言のまま強く頷きました。


神主は少し先に立つ先生と白井さんをじっと見ておられます。


「あの二人は、本気で君の事を信頼している。死ぬまでそれを裏切るな……」


神主はそう言うと私の背中を叩きました。

私はその言葉にも頷き、神主に頭を下げました。


「困ったらまた来い……。いつでも見てやる」


そう言うと歯を見せて笑い、社務所へと入って行った。


私はそれを見送ると二人の待つところへと走りました。


「どうしたんですか……」


戻った私に白井さんは訊きました。


「ああ……」


私は社務所の方を振り返ると、


「お二人の事を死ぬまで裏切るなって言われました」


そう言って笑った。


先生は私に微笑んで、


「要君が裏切る事など無いだろう……白井君ならともかく……」


「え、先生、私は先生を裏切った事など……」


先生は境内をゆっくりと歩きながら、


「いや、たまに私の羊羹を黙って食ったりするだろう」


「あ、いや……、それは……」


先生と私は声を上げて笑いました。


「今度買って来ますから……」


白井さんは先生の周りをくるくると回りながらそう言っておられました。


「虎屋だぞ、いいか、虎屋だからな」


と先生も楽しそうに虎屋を連呼しておられました。






私たちは神社を出て、今日の目的地である、霞ヶ関にある大日本帝国陸軍の大本営へと歩きます。


「少し休むか……」


と先生はカフェの前で立ち止まられました。

陸軍の大本営が近くなってきたので、カフェや食堂などの店が増えてまいりました。

その一つに私たちは入りました。

三人で席に座り、珈琲を頼むと、


「私はちょっと会社に連絡して参ります」


と白井さんは席を外されました。


先生はポケットから煙草を出して火をつけられました。


「先生。今日はすみません……。私のために」


私は改めて先生に頭を下げました。


先生は私をじっと見て、煙草の灰を灰皿に落とされました。


「君のためであって……」


先生は私の目をじっと見ておられました。


「君だけのためじゃない……。言うなれば、今後のこの国の文学のためだ……」


この国の文学……。

どうやら私と先生ではその物差しの大きさが違うようです。


「それに、私は君に約束した」


約束……。


私は首を傾げました。


「君がうちに来た頃……。私は君が男だろうが女だろうが、宇宙人だろうが……、無条件に君の味方だと……」


確かにそんな言葉をいただいた記憶があります。


「はい……」


先生は煙草の煙を吐きながら、私に微笑んでおられます。


「私の後継者にと、私は勝手にそう思っている。まあ、君の意思もある。返事は私がこの世を去る時までに聞かせてくれたら良い。ただ、私はそんな覚悟だという事だ……」


先生が煙草を灰皿で折る様に消されると、ちょうど珈琲が届いた。


「君はまだ鴎外先生には会った事はなかったかな……」


「はい……。漱石先生にはお会いしましたが……」


先生は頷き、


「これを飲んだら行こう……。閻魔大王討伐に……」


先生はそう仰ると珈琲を啜られました。








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