22話 緋襷師匠
また今日も殆ど眠れませんでした。
どうやら私の事を白井さんも調べておられた様です。
昨日、料理屋で白井さんは私の事を「松本政貴」と呼ばれました。
それが私の本名です。
訳あって母方の姓を名乗っていますが、私は垣内庸之助の孫なのです。
私は蒲団から出ると、大きな溜息を吐きました。
いつかは知られてしまう事を覚悟しておりました。
知られてしまう事を心配しているのではありません。
私が先生の所に居る事で、皆さんに迷惑を掛けてしまうのではないかという事を考えると、溜息しか出て来ません。
部屋を出ると、希世さんは既に来られていて、私の代わりに練炭に火を入れておられました。
「あ、すみません……。少し寝過ごした様で……」
私は希世さんに頭を下げました。
「いいえ……。要さんもお疲れでしょう……。ゆっくり休んでおられても良いんですよ……」
そう言ってニッコリと微笑んでおられました。
希世さんは居間の火鉢に火を入れられると、立ち上がって厨の方へと行かれました。
そして立ち止まって振り返ると、
「今朝のご飯はトーストでもよろしいですか」
と訊かれます。
私は微笑んで頷きました。
それを見て希世さんは厨へと入って行かれました。
私は書斎の改築の進み具合を見るために、書斎の戸を開けました。
すると昨日はかなり進んだらしく、綺麗に磨き上げられた床板が張ってありました。
棟梁が言っておられた明り取りの窓もあります。
冷え込む事を考えてか、昨日の内に明り取りの窓にも硝子がはめてありました。
完成のイメージがかなり見えてきました。
建具師の律さんが作り付けられる棚は、どうやら部屋の端から端までとかなり大きなモノになる様で、先生の持っておられる本をすべて収納しても、まだ余裕のある作りでした。
此処で先生と私が小説を書く事をイメージすると、心が躍る様でした。
私の机が置かれる場所に立ち、先生の机の方に視線をやります。
今度はお互いに背を向けて書くのではなく、私も先生もお互いの顔を見ながら書く事になります。
勿論、上座の方に先生の机が置かれる事になるのですが。
先生が書いておられる姿が目に浮かぶようです。
「要君、これからは仕事をする環境ってモノも考えないといかんな。私も後何年書く事が出来るかわからないけど……」
そんな事を先生は言っておられました。
まあ、まだそんな心配はいらないのでしょうが……。
私は書斎を出て、食堂に向かいました。
ちょうど希世さんが朝食を食卓に並べられている所でした。
「書斎、かなり出来上がっている様ですね……」
希世さんはそう仰りながら、私の前に珈琲を置かれます。
「ええ、かなり完成が想像出来る様になりましたよ」
私はそう言って手を合わせました。
「希世さんのお部屋はどうですか……」
私は厨の裏に作られている希世さんのお部屋の事を訊きました。
女性の住まわれる部屋なので、ちゃんと見た事はありません。
「ええ、もうかなり出来ています。後は寝台を作ると律さんが言っておられましたけど……。寝台で寝た事なんてないので、眠れるかどうか少し心配です」
希世さんの寝相がどうなのかわかりませんが、悪ければ何度か寝台から落ちられる可能性は否定できません。
私はカリカリに焼かれたトーストを口に入れると、珈琲を口にしました。
朝だけは少し砂糖と牛乳を入れて飲む事にしております。
「朝は、脳が糖分を欲してますので、少し甘めの珈琲を飲まれると良いですよ」
と編集者の白井さんが言われていたので、それをこのところ実行しております。
どうやら脳の働きを良くするためには糖分が不可欠だそうです。
希世さんも自分の食事を持って私の向かいに座られます。
かなり暖かくなってきましたが、希世さんはどんな日でも朝からこの先生の家を訪ねられ、朝食から夕飯までちゃんと準備して下さいます。
今年大雪が降った日に、
「希世さん。うちに住む気はないかな……」
と食事をしながら先生が仰いました。
私は先生が希世さんに結婚を申し込まれたのかと思い、聞いてはいけない話かと、聞こえないふりをしたのですが。
「いや、何……。希世さんも毎日此処に来るのも大変だろうと思ってね。家を増築するので、希世さんの部屋も作ろうと思うのだけど……。どうかな……」
先生も私が思った様に考えられたのか、直ぐにそう説明されてました。
「ああ、勿論、家賃などいらん。その方が希世さんも良いのではないかと思ってね。無理にとは言わんが……」
希世さんは少し考えておられましたが、直ぐに快く返事をしておられました。
しかし、先生と二人で話していると、
「いや、希世さん程の家政婦さんは何処を探しても見つからん。今の内に囲っておかないと、逃げられたら困るんでな……」
そう言っておられました。
まあ、確かにそうです。希世さん程の家政婦さんは何処にも居られないと思います。
しかし、希世さんが先生の家を辞められる事も無いとは思うのですが。
希世さんに良い人でも出来たら別なのでしょうが……。
私はスクランブルエッグというモノを匙で掬い口に入れました。
どうやら欧州では当たり前に朝食に出されるモノの様で、炒り卵に似ているのですが、味付けが少し違う様です。
「はい、ありがとうございます」
と玄関で白井さんの声が聞こえました。
「要君。先生から小包ですよ」
と今日も編集者の白井さんが訪ねて来られた様です。
白井さんがこの時間の来られる時は、朝食を食べておられない時で、希世さんは私の顔を見ながら微笑み、白井さんの朝食を準備するために厨へと入って行かれました。
白井さんはしっかりと荷造りされた小包を持って食堂へ入って来られました。
「おはようございます」
私は白井さんに挨拶をするとその小包を受け取りました。
「岡山に居られるようですね……」
白井さんは外套を脱いで椅子に掛けると自分の席に座られます。
「そろそろ外套はいらない季節になって来ましたよ」
「今日は暖かいですものね……」
と白井さんの前に希世さんは珈琲を置かれました。
「少し待って下さいね……。今、お食事準備しておりますので……」
と希世さんはまた厨へ。
白井さんは希世さんにお礼を言われると、食卓にあった砂糖を取り、珈琲に数杯入れておられます。
「もう桜が咲いている様ですよ……」
白井さんは珈琲を口にしながら言われました。
「桜ですか……。今年も早いですね……」
上野恩賜公園の桜の事を仰っているのだとわかりました。
上野恩賜公園の桜が咲くともう春です。
「あ、先生の小包何でしょうか……」
私はそう言われて、ふと、脇に置いた荷物に目をやりました。
「あ、そうですね……。岡山からって事は……」
私は立ち上がると、先生の椅子の後ろに置かれた棚から鋏を取り、紐を切りました。
「この時期だと、鰆かな……、いやメバル、鯛も旬ですね……。烏賊もそろそろ……」
白井さんは食べ物である事が前提の様です。
私はそれが面白くてクスクスと笑いながら小包を開いて行きました。
希世さんが私たちと同じ朝食を、白井さんの前に置かれました。
「食べ物が大前提なんですね」
希世さんはそう言って笑っておられます。
私は包みを開けて、中から出て来た箱を開けました。
そしてその箱の中には一通の手紙が入っておりました。
そしてその下には新聞紙に包んだ器の様なモノが入っており、一つ開いてみると、中から赤い珈琲カップが出て参りました。
私はそれを食卓の上に置くと、手紙を広げました。
私はこの赤が好きだ。
私の勝手ですまんが、この赤い珈琲カップで希世さんの淹れた珈琲を飲みたいと思った。
白井君のモノも含め、四つの珈琲カップを焼いてみた。
出来れば今日から、皆、この珈琲カップを使ってみてくれ。
追伸。
そちらはちらほらと桜が咲き始めた頃だろう。
こちらは東京よりも南にあるというのに、まだまだ寒い。
風邪などひかぬよう用心されたし。
そんな内容の手紙でした。
「先生がお焼きになった珈琲カップの様です」
と私はすべての器と皿の新聞紙の包みを取り、食卓の上に並べました。
何とも綺麗な器で、見た事も無い様な赤でした。
「これは備前でも、緋襷という焼き物ですね……。ほら、縦に線が入っているでしょう。わざと焼き斑を作って模様を入れる焼き方ですよ……」
白井さんはその器を手に取ってじっと見ておられます。
「緋襷ですか……」
私もその器を手に取りました。
確かに見事な赤い珈琲カップでした。
焼き物などには興味も無い私ですが、何故かその赤い器には興味を惹かれました。
「早速、珈琲を淹れてみましょう……」
希世さんはそう言われると、器を持って厨へと行かれました。
そして、一脚分だけ、食卓の中心に置かれ、白井さんと私、そして希世さんのカップに珈琲を注いで持って来られました。
その赤い珈琲カップから湯気の上がる珈琲を私はじっと見つめました。
「器が違うと、何か違う飲み物にも思えますね……」
白井さんはそのカップに砂糖を入れて匙で掻きまわしておられます。
私はそのまま、その珈琲を戴きました。
確かに何処かいつもと違う様にも思えてきました。
何処となくまろやかな感じがして、珈琲の苦みや酸味も抑えられている様な気がします。
「うん。これは良い……」
と白井さんはご満悦でした。
先生も粋な贈り物を下さいました。
私は書斎の戸を開けて、じっと律さんたちの作業を見ておりました。
本当に丁寧な作業で、寸法通りに切った木材を並べ、釘を打って行かれます。
するとぴったりと壁の幅に合った棚が出来上がっていく。
これも日本の技術なのでしょう。
日本程の技術を持った建具師は、何処の国にも存在しないと書かれた本を読んだ事がありました。
確かに素晴らしい技術なのでしょう。
私はじっとその律さんとそのお弟子さんの手際を見ておりました。
「要君……」
後ろから白井さんが声を掛けられます。
「そんなに見られては大工さんたちも緊張されますよ」
白井さんにそう言われて私はハッとしました。
確かにそうです。
私も先生や白井さんに見られていると一文字も書けません。
「そうですね……」
私は白井さんの言葉に納得し、書斎の戸を閉めました。
「如何ですか、少し桜でも見に行きませんか。どうせ執筆も出来ないでしょうから……」
白井さんはそう言うと、食堂に居られた希世さんに声を掛けられて、そのまま玄関へと参られました。
私も白井さんに付いて、外に出ます。
確かに暖かく、外套もいらない陽気でした。
「この辺りでももう少しは咲いていると思うのですが……」
私の前を歩く白井さんは近くの公園の桜の木を見ながらそう言っておられます。
確かにもう少しすれば満開の桜を見ながら沢山の人達で賑わう場所です。
少しくらい咲いてても可笑しくないのですが……。
「あ、ほら、ありましたよ……」
白井さんは少しですが咲いている桜を見付けて、子供の様な声を上げて、小走りに向かわれました。
私もその後を付いて走ります。
「本当ですね……」
数輪ですが咲いている桜を二人でじっと見て微笑みます。
「東京の方が先に咲くのは何故なのでしょうね……」
白井さんはその桜、ソメイヨシノを見たまま仰いました。
「ソメイヨシノって桜は元は一本の木だって事はご存知ですか……」
私は首を横に振りました。
「江戸の染井村って所で作られた新種の桜だそうです。明治になってその桜が富国強兵の政策の一環として全国に広がったんですよ……」
白井さんも先生と同じで本当に物知りです。
それくらいでないと編集者は務まらないのかもしれません。
「富国強兵、富国強兵……。私にはソメイヨシノとその言葉が強く絡み合っている気がして、どうも桜ってモノが好きになれないのですよね……」
この国は開国以来、諸外国と肩を並べる事に必死になり、富国強兵を謳ってどんどんその勢力を広めております。
日清、日露の戦争で、日本はその地位を大きく変えて行きました。
もう世界の歴史に日本という国は大きく関わって行っているのです。
「この先、まだ日本の軍国化は進みます。いつか大きな戦争も起きるでしょうし、それに私たちも巻き込まれて行くでしょう……。そんな無理に日本の地位を上げる必要なんて無い気がするのですけどね……」
白井さんは桜の花から目を逸らし、私の顔をじっと見ておられます。
私もそれには頷きました。
「垣内先生の行われた朝鮮併合……。血を流さずにそれが行われるのが理想です。しかし、この先はそうはいきません。日本と同じ様に富国強兵を謳っている国は多くあります。そんな国々が一斉に蜂起すると世界規模の戦争が起こる事になるのです……。そんな世界を私は望みません……。だから、私はこの桜って花が好きになれないんですよね……」
白井さんが考えておられるよりも世界情勢とは難しいモノなのかもしれません。
しかし、私も白井さんと同じで戦争を好む人間ではありません。
先生も同様で、やはり戦争には反対されている方です。
「要君は……」
白井さんは煙草を咥えながら公園の長椅子に腰を下ろされ、燐寸で火を点けられました。
「この先、どうされるんですか……」
私は、座って煙を吐かれる白井さんを見て、その横に座りました。
「どうって言われましても……」
白井さんは、滅多に人前で煙草を吸われる事も無いのですが、珍しく春の晴天の下に煙を吐かれております。
「私は……」
私はそこまで口にすると黙ってしまいました。
そして、晴れた空を見上げて、微笑みました。
「私は、物書きとして生きて行く。そう決めて家を出ました。もう垣内の家とも松本の家とも縁を切ったつもりでいます。ですから、私が帰る場所なんて何処にも無いのです」
白井さんは私の横顔をじっと見つめておられました。
そして私の言葉に頷かれました。
「要君の身辺を調べた調査報告書。今、私が持っています。それを会社に報告しなければいけないのですが……。どうするべきかをずっと迷っていました。会社に報告すれば、垣内先生の血筋の人物として大々的に売り出せと言われるに決まっています。しかし、それは要君の本意ではない気がして……」
私はじっと白井さんを見つめました。
白井さんにも迷惑を掛けている。
それを感じました。
白井さんは煙草の煙を吐くと、また空を見つめておられました。
「先生にも相談しようと思ったのですが、それも止めました……。先生と要君の関係が変わってしまうのも嫌ですからね……」
「白井さん……」
私は身体を白井さんの方に向け、小さく頭を下げました。
「本当に色々とご迷惑をおかけして……」
「迷惑じゃないですよ……。むしろ私もあなたと会えた事は嬉しいんです。そして、先生同様、あなたのこれからを一緒に見て行きたいと思っています」
私は胸が熱くなり、鼻の奥に涙がこみあげて来るのを感じました。
「花は季節を感じると、毎年その花を咲かせます。だけど、人って花を咲かせる時期を感じる事って難しいじゃないですか……。一生に一度しか咲かせる事の出来ない人、一生の内でその時期を逃してしまう人もいます。勿論、その花を咲かせ続ける人も……。だけど、私は思うんです。人も花も、散る時が来るからこそ、その花を咲かせようって躍起になるんじゃないかって……」
私は白井さんの言葉に頷きました。
「誰かに咲かせてもらう花ってのもあるのかもしれません。しかし、自分で咲かせた花だからこそ、必死になる事を知るんじゃないかって……」
白井さんは短くなった煙草を足元に落として爪先で踏みつけられました。
私は涙が流れ出さない様に空を見上げてじっと堪えました。
「私は要君の花が誰かに咲かせてもらえた花だとは思っていません。純粋に要君が咲きたいと願って咲かせた花だと思っています。だから、要君には何の飾りも無く、要君として咲いて欲しいと思っています。それが私……、いえ、私だけじゃない、先生もそう思っておられる筈です」
私は横に座っておられる白井さんを見ました。
自然と涙が頬を伝います。
白井さんは私の涙を見て、微笑み、ハンケチを私に渡されました。
「先生がいつか仰っておられました。要君は私なんか足元にも及ばない作家になるって。要君が見ている世界は、今まで人が歩いて生きた所にある世界ではなく、これから人が歩こうとしている所にある世界だからって。この先の日本の文学を変えていく人の一人だって……」
私は白井さんのハンケチで涙を拭きながら、こそばゆくなってしまいました。
「そんなに褒められても何も出ませんよ……」
私は涙声で白井さんにそう言いました。
「良いんですよ……。今は。しかし、要君にはこの先の日本の文学を背負ってもらわなければいけませんので……。私や先生にではなく、この国に恩返しをして下さい……」
大層な話になってしまいました。
私は日本の行く末を背負う人になっている様です。
「そんな器ではないと思いますが、出来る限りやってみます……」
私はそう言うと深く頭を下げました。
「器、器ってその器ってのは一体誰が決められるのですか。丸い器に張られた水は丸くなるし、四角い器に入れた水は四角くなります。それが人の生き方というモノではありませんか……」
白井さんは先生の書かれた『横濱輪舞』の一文を諳んじられました。
「人は器ではありません。その器の中にどんなモノが入っているのか。それが人の価値なのです」
私もその続きを諳んじ白井さんの顔を見ました。
そして二人で笑いました。
家に帰ると、希世さんが大工さんにお茶菓子を出しておられました。
私と白井さんもそれを手伝い、食堂へと戻りました。
「桜、咲いてましたか……」
希世さんは私と白井さんの前にお茶を出しながらそう言われます。
「ええ、まだ少しですが、もう春が来ている事は間違いありませんね」
私はそう言うと、風當庵のお饅頭に手を伸ばします。
「あ、ちょっと待って下さい……」
希世さんは厨に戻り、竹皮の包みを持って出て来られました。
「皆さんの分無かったので、こっそりと桜餅を戴きましょう」
そう言って私たちの前に桜餅を置かれました。
桜色の長命寺粉で焼いた生地で餡子をくるりと包んであり、美味しそうな桜餅でした。
「おお、戴きます」
と白井さんは早速、手を伸ばされます。
「桜の花は嫌いでも、桜餅には罪は無し……」
「何ですの、それは……」
白井さんの言葉を聞いてクスクス笑われながら希世さんも桜餅に手を伸ばしておられます。
私もそれを見てから桜餅を戴きました。
「あ、そうそう……」
と、希世さんは桜餅を食卓の上に置いて、立ち上がられると、厨へと行かれ、先程、先生から送って来た小包の箱を持って戻って来られました。
「この箱の下に先生の原稿が入っておりまして……。白井さん宛てのお手紙と一緒に……」
白井さんは慌てて、その空箱を希世さんから受け取られました。
白井さんは手紙に目を通し、先生の書かれた原稿を手に取られました。
私は白井さんの投げ出された手紙を取り、目を通しました。
「食い意地の張った白井君は、この荷物が食い物で無い事で、肩を落として居る事だろう。したがってこの原稿を見付ける事になるのは希世さんではないかと思っている……。私が神戸、明石、姫路に泊まった際に書いた短編だ。もしよければ、使ってくれたまえ」
私は声に出してその手紙を読みました。
先生の予想通り、白井さんは小包が食べ物で無い事で、自分には関係ないと思っておられたので、原稿には気付かれませんでした。
流石は先生です。
白井さんの事は良くわかっておられます。
白井さんはその短編を、桜餅を食べながら無言で読んでおられました。
「これは……。先生らしくない、新しい作品です……」
白井さんはお茶をすすってそう言われると、また原稿を捲られます。
「白井さん、私にも読ませてください……」
私は既に捲られた原稿を手に取り、先生の短編小説を読みました。
妻を病気で亡くした中年男性が神戸駅に降り立つところから物語は始まり、そこで出会う月という女性との不確かな恋。
妻を亡くしたばかりの中年男がその月と名乗る女性との恋心を認められない不器用さ。
それが描いてある様でした。
「これは、要君の作品みたいですね……」
白井さんはそう呟かれました。




