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19話 棟上師匠





 家の中が戦場の様になっております。

 と、言っても私も戦場がどんなモノか知らないのですが……。


 建て増しした先生の家の上棟式を明日、行う事になり、ご近所の方が集まり、朝から上棟式で撒くお餅を搗いております。


 希世さんとご近所の主婦の数名で糯米を蒸し、男連中が引切り無しに庭で餅を搗く。

 それをまた他の主婦の方が丸めて行く。

 早朝からそれを何度繰り返している事か……。


 私も例外ではなく、粉塗れになりながらひたすらにお餅を搗いたり、蒸し上がった糯米を運んだり、時にはお餅を丸めたりと、休む暇もありません。


 その中でも一番張り切っておられるのは先生で、


「自分の撒く餅は自分で搗く」


 と張り切り、ずっと杵を握っておられます。

 同じ様に、


「先生が搗かれるのであれば、返し手は私しかいない」


 と白井さんもひたすらに先生に相の手を入れておられます。


 先生の自宅が開け放され、こんなに大勢の方が来られたのは、私が此処に来てからは初めての事です。


「先生、お昼に致しましょうか」


 と希世さんが奥から出て来られ、庭の先生に声を掛けられました。

 流石の先生も腰をトントンと叩きながら、フラフラと縁側に来られました。


「そうしよう……。大根おろしは出来てますか」


 と先生は希世さんに尋ねられました。


 大根おろし……。


「はい。大根三本分擦り下ろしてます」


 希世さんも忙しそうに返事をして厨の方へと戻られました。

 そして主婦の方たちと一緒に、ご近所で借りて来た沢山のお椀と大きな桶に入った大根おろしを持って来られました。


 先生はその桶に入った大根おろしに一升瓶の醤油を流し込み、それをお椀にどんどん入れて行かれます。

 そして搗き立てのお餅を小さく千切り、お椀の中へ放り込んで行かれました。


 なるほど……。

 これは美味しそうだ……。


 私はその手際の良さと、美味しそうなそのお椀をじっと見ていました。


「お餅と大根おろしですか……」


 白井さんは首から掛けた手拭いで額の汗を拭きながら私の隣に立たれます。

 先生はそんな白井さんと私を見て、


「関東では辛味餅と言うらしいね。私の生まれ育ったところではおろし餅と言っていたんだが」


 初耳でした。

 大根おろしに搗き立てのお餅を入れて食べる。

 何とも美味しそうな料理です。


「この辛味餅だけは搗き立ての餅でじゃないと美味くない。これ以上美味い餅の食べ方は無いと私は思うよ」


 と先生は、私と白井さんにお餅と大根おろしの入ったお椀を渡して下さいました。

 私は白井さんと顔を見合わせてそのお餅を戴きます。

 搗き立ての柔らかなお餅とひんやりとした大根おろしが何とも言い難い美味さです。


「これは美味い……」


 白井さんも初めて食されたのか、感嘆の声を上げておられました。

 そして一気に食べ終わられました。


「先生、お代わりを……」


 そう言うとお椀を差し出されます。


「慌てるな、餅はいくらでもある」


 先生はそう仰ると声を上げて笑っておられました。


「とにかく今日中に四斗の餅を搗くからな」


 私は先生が小声で仰ったお餅の量に箸を止めてしまいました。

 四斗と言えば一俵の事で、約四百合って事になります。

 昼までに一斗終わった程度でした。


 この四倍の量か……。


 私はそれを聞いただけで疲れがどっと出て来ました。


 容赦なく糯米が蒸し上がります。


「先生、交代します。ゆっくり食事をして下さい」


 と、ご近所の力自慢の方が声を掛けて、杵を持たれました。

 先生も流石に疲れておられるのか、これ以上、「自分で搗く」とは仰いませんでした。


「流石に堪えたな……」


 と先生は縁側から上がり、腰を摩っておられます。


 私は上棟式で撒くお餅は富風庵か三船堂に頼む事を先生に進言したのですが、先生は、


「元来、上棟式のお餅は地鎮祭のお供えと同じでその土地の神への贈り物なんだよ。神々は人が裕福になり、家を建てる事を僻まれるんだ。それを鎮めるためにこうやってお供えをする。そういう意味があるんだ。そのお供えにまた富をひけらかす様な事をすると、鎮魂の意味が無いのでないかと私は思うんだが……」


 そう仰いました。


「此処は自分たちで汗水垂らして準備しようじゃないか」


 先生にそう言われると私たちは返す言葉もありません。


 米屋に糯米を準備して戴き、それを蒸す竈と釜を厨の裏に幾つも準備して、希世さんは夜が明ける前から火を起こしておられました。


 ご近所にも声を掛けて、大勢の方が夜明けから集まって来られました。

 これも先生の人徳の成せるモノなのでしょう。


 白井さんはいつもの様に朝、訪ねて来られ、その人の多さにびっくりしておられましたが。


 ご近所の方に餅搗きを代って戴いてからは、その出来上がりまでの時間がかなり短縮した様に思えます。

 やはり先生の手際では今日中に一俵の餅を搗くのは無理だったかもしれません。


 途中から大工の棟梁も餅を搗いておられました。

 大工さんと言うのはやはり力もあります。

 更に手際は良くなりました。

 そして、富風庵の栢水さんや紅基さんも訪ねて来られ、餅を丸める効率も上がりました。


「やはり、本職は違いますね……」


 と私と白井さんはそれを見守りながら話していました。


「要君」


 と先生が奥の部屋から私を呼ばれます。

 大量の一銭硬貨が新聞紙の上に広げられていました。


「一枚ずつ半紙に包んでくれないか」


 と先生はお金を包み捻った半紙を私に見せながら仰います。

 お金もお餅と一緒に撒く様です。


「これもね、地方によっては違う様だけど、私の生まれ育った所ではお金も一緒に撒いてたんだよね。子供たちが嬉しそうに必死に下で手を伸ばしてるんだよ。それを私も見てみたい」


 先生は嬉しそうに微笑み、半紙に一銭硬貨を載せておられます。


「今回の上棟式はご近所の子供だけ参加してもらおうと思っているんだ」


 子供だけ……。


「子供だけですか……」


 先生はコクリと頷き、


「ご近所にはご祝儀とお餅を別に配ろうと思ってるからね」


 なるほど、どおりでお餅の量が多いと思った……。


 私は先生の横顔を見て、嬉しく思いました。

 確かにまだ、近所には貧しい家も多く、お菓子が欲しくても買えない子も沢山います。

 先生はそんな子供たちの事をいつも気に掛けておられました。

 そんな風に考えておられる先生は凄く立派だと私はいつも思っていました。


「せ、先生……」


 背広の上着を粉で白くしておられる白井さんが、転がる様に私の横に来られました。


「も、もう限界です……。餅搗きがこんなに重労働だなんて……」


 私はいつもに増して疲労困憊な白井さんを見て笑ってしまいました。


「何が、可笑しいんですか……」


 顔を上げられた白井さんは、顔も粉で真っ白でした。


「ああ、白井君も要君と一緒に、こっちをやって下さい。私がお餅を搗いて来ますので」


 と先生は立ち上がられました。


「いやいや、先生、明日、立てなくなりますよ」


 白井さんは慌てて、先生の袖を引かれました。

 確かにそうです。

 先生もずっと餅を搗いておられましたので、これ以上、先生に働かせる訳には行きません。


 先生は袖を引く白井さんを見て、口を真一文字にして少し考えておられます。


「では、私はちょっと酒屋に行ってきます。明日の鏡割り用の菰樽をお願いして来ますよ。振る舞うのに不味い酒では申し訳ないので、味見もしなければいけませんし」


 先生のその言葉を聞いて、白井さんはスッと立ち上がり、


「そんな事なら私もお供させて戴きます。味見も一人より二人の方が確実でしょうし」


 白井さんは鼻の下に伸ばした髭を撫でながら仰いました。

 多分、ただお酒を飲みたいだけなのでしょうが……。


 私はそのお二人の様子を見てクスリと笑ってしまいました。


「良かったらお二人でどうぞ……」


 私は先生と白井さんにそう言って、新聞紙の上に広がった一銭硬貨を自分の前に引き寄せました。


 白井さんは私をちらと見て、


「要君もこう言ってる訳ですし……」


 と先生の袖を引いておられます。


「では要君に甘えてそうする事にしようか」


 と先生は捲った袖を直しておられました。


「菰樽のお代は白井君持ちで良いかな」


 なんて話をしながら部屋を出て行かれました。

 当分、お二人は戻って来られない筈です。







「要さん、ちょっと手伝って戴けますか」


 とお金を包み終えた頃に手を手拭いで拭きながら希世さんがやって来られました。


「はい」


 と私は包んだお金を箱に入れて、部屋の隅に運ぶと、希世さんに付いて表に出ました。


 八百屋の喜八さんがリヤカーに野菜を載せて表に居られるのが見えました。


「これがお供え用のお野菜と果物です。あと、魚屋から鯛も預かって来ましたよ」


 と立派な鯛を見せられました。


 私はそのお供え用の野菜や果物を入れた箱を家の中に運びました。

 大根や人参、南瓜、林檎や蜜柑など実と言われる野菜ばかりの様です。

 古くから「実を成す」という事で上棟式などでは実と呼ばれる野菜をお供えする様です。

 鯛は「めでたい」という事からの様ですが。


 希世さんは鯛を入れたトロ箱を持って入って来られました。

 見れば見る程に立派な鯛です。


「これを焼くのですか……」


 と私はトロ箱を覗き込んで希世さんに訊きます。

 希世さんはゆっくりと首を横に振り、


「家に纏わるお供えなどは一切焼かないんですよ。家が焼けると困るじゃないですか、ですから、この鯛はこのままお供えして、後でお刺身で戴く事になりますね。骨などはお吸い物や煮付けにして戴きますけど……」


「なるほど……」


 初めて知りました。


「焼モノはダメなんですね……」


 希世さんはコクリと頷かれます。


「ですから、明日撒くお餅も基本的には焼餅にはしません。皆さん、茹でて食べるのが基本です」


 私は感心して頷きました。


「勉強になりました」


 希世さんは微笑むとトロ箱を持って厨へと戻って行かれました。


 縁起物やお供え物の作法は本当に難しいです。

 上棟式のそれは実を成すモノ、繁栄につながるモノなどが一般的で、焼き物は使わない。

 これは常識的な事の様です。


 お祝い事の鯛と言うと塩焼きだと思っていましたが……。






 庭の餅搗きの方も、ようやく終わりが見えて来た様子で、大工の棟梁や富風庵の栢水さんや紅基さんたちも縁側でお茶を飲んでおられます。


 希世さんは善哉を作り、皆さんに振る舞っておられました。


「要さん、先生は何処に……」


 希世さんは私にも善哉の器を手渡されながら訊かれました。


「あ、先生と白井さんは明日の振る舞い酒を注文しに行かれましたので……」


 希世さんはニコニコと微笑んだまま、


「では、もう役には立たない状況でしょうね……」


 と仰いました。

 私もそう思います。


「ですね……」


 私は善哉に箸を付けながら答えました。


「最後のお餅は家の人が搗く事になってるのですが……」


 最後に蒸し上がるお餅は、どうやらその家の人が搗くらしいのですが、先生の姿は何処にもありません。

 家に居たとしても多分、酔ってしまって、杵を持つ事も出来ないでしょうし……。


「要さんと私で搗きましょうか……」


 希世さんはそう言うと厨へと戻って行かれました。


 私は熱い善哉を掻き込む様に食べました。


 居間にはお餅を入れた箱、所謂、麹蓋もろふたが山の様に積まれていました。

 今日一日でこれだけのお餅を搗いて丸めたという事になります。


 部屋の中はお餅に絡める餅取り粉で真っ白になっています。


 希世さんは襷で着物を結わえ直しながら厨から出て来られました。


「さあ、最後のお餅ですよ」


 と言いながら、玄関の方へと向かわれました。

 私も希世さんに付いて、外へと出ました。

 庭では栢水さんと紅基さんが臼にお湯を張って待っておられました。


「さあ、搗き治めです」


 と紅基さんが私に杵を手渡されました。

 非力な私が餅など搗けるのでしょうか……。


 臼のお湯を抜いて、蒸し上がった糯米が臼の中に入れられます。

 初めはその糯米を杵で潰して行きます。

 そしてある程度潰し終えると、杵を持ち上げて、振り下ろすのですが、私と希世さん、そして相の手を入れる紅基さんの三人のリズムが合わなければ、紅基さんの手に杵を振り下ろす事になってしまいます。


「では要さんから」


 と紅基さんがおっしゃったので、私は杵を振り下ろしました。

 その杵は見事に臼の端を叩いてしまいました。


 周囲から笑い声が起きました。


「要君。肩の力抜いて……」


 栢水さんが私の杵を後ろから支え、杵の先を一度力水に浸されました。


「餅は憎しみを込めて搗くモノじゃないんだよ。だから、優しく、美味しいお餅になってくれって思いを込めて搗くんだよ」


 確かに。

 お餅に憎しみはありませんから……。


 私は杵を臼の中に落とす様に振り下ろしました。

 ペタンという音と共に白いお餅を叩きます。


「そうそう、その調子で……」


 私が杵を上げると、今度は希世さんが杵を振り下ろしました。

 そして紅基さんが相の手を入れられます。


 私、希世さん、紅基さんとテンポよく最後のお餅を搗き上げて行きます。

 力の無い私と希世さんが搗くお餅です。

 他の人が搗くより時間も掛かりましたが、何とか搗き上がりました。


 そして、そのお餅を麹蓋の中に入れた時でした。


 庭に先生と白井さんが良い具合に顔を赤らめて入って来られました。


「おや、もう終わったのかな……」


 先生は湯気の上がるお餅を見て、そう仰いました。

 私と希世さんは額に汗を浮かべながら先生と白井さんを睨む様に見ておりました。






 お手伝いに来て戴いた方にお餅とご祝儀袋を渡し、皆さんが帰られたのは夜の九時を回った頃でした。


 私と希世さんは明日、ご近所に配るお餅とご祝儀を袋に入れながら、その様子を見ておりました。

 先に飲み潰れて、今の隅で横になっておられた白井さんが、起き上がられたのは、皆さんが帰られてしばらくしてからの事でした。


 明日の準備が終わり、食堂に座り一息吐いたのはもう十時を過ぎておりました。


 先生と白井さん、私と希世さんで善哉を食べながら、お茶を戴きました。


「今日は泊まって行きなさい」


 と先生は白井さんに仰いましたが、白井さんは、


「いえ、服も真っ白ですし、一旦帰ります」


 と、夜の道を歩いて帰られました。


 希世さんもその頃帰られる事になり、私と先生は昼間とは違い、静まり返った家の中で、二人でウヰスキーを戴く事になりました。


「今日は大変だったね……」


 先生は煙草を呑まれながら、ウヰスキーのグラスの中で氷をカラカラと鳴らしておられます。


「家を建てるって大変なんですね……」


 私は戴きモノのチョコレートを口に入れて、そう言いました。

 その私の言葉に先生は微笑んでおられます。


「家を建てるって事はね。その土地で生きて行くって覚悟を周囲の人に見せる事なんだよ。どんな人がそこに住むのか、なんて不安もあるだろうし、受け入れてもらえるのか、受け入れる事が出来るのか、なんて不安もお互いに有る。こんな風習もいつかは無くなってしまうのかもしれないけど、私は、此処で、好き勝手に暮らしていく事が出来ている事を、此処の人達に感謝したいと思っているんだ。勿論、此処まで盛大に棟上をやる人もあまりいない。だけど、こんな事でも無いと、恩返しも出来ないしね……」


 私は先生が心底、ご近所の方に恩返しをしたいと思っておられる事を感じ取りました。


「私が死んで……」


 私はその言葉に先生の方を見ました。

 先生は私の視線に微笑んでおられました。


「私が死んで、この家の主が要君になった時に、要君にはやっぱり、周囲の人に後ろ指を指される様な想いはして欲しくないんだよ。だから、ご近所の子供たちに要君の存在を知って欲しい。君の代になった時に、この町で生きているのは今の子供たちだからね……」


 私は手に持ったウヰスキーのグラスを握り締めていました。


 先生が亡くなるなんて事を今まで考えた事もありませんでした。

 それに、この家を私に残そうと思われている事など、考えてもみませんでした。

 こんな言葉に何て返せば良いのかわからず、私はただ黙っていました。


 先生は立ち上がり、グラスを持ったまま、縁側へ行かれます。

 私も先生に付いて縁側に行きました。


 山と積まれた麹蓋が居間に聳え立っています。


「今日、手伝ってくれた人たち。これが此処で私が生きて来た証なのかもしれない。九州の田舎から出て来た訳のわからん物書き風情をあれだけの人が認めてくれたんだろうね……」


 私は先生の言葉に頷きました。

 もし私が同じ事をしたとしても、今日集まってくれた人たちの何割の人が来てくれるでしょうか。

 それを思うと我が師の人徳は素晴らしいモノだと鼻の奥が熱くなりました。


「私は先生の様になれるでしょうか……」


 私は囁く様に小さな声で言いました。


 先生は空を暮れた空を見上げながら、ウヰスキーを口に含み、顔を顰めておられます。


「君は私を越える存在になる……。そう思ってるよ……」


 先生はそう仰ると、私の肩を叩かれました。


 そうなれたらいい。


 私は初めて、私の数十年先を思い描いた気がします。


 私は先生の様になりたい。


 物書きとしてではなく、人物として生きる目標を見付けた気がしました。






 翌日、朝早くから、私は先生と二人で、ご近所にお餅とご祝儀を持って回りました。


「棟上の餅撒きをしますので、お子さんたちに是非参加して戴く様にお願いします」


 先生はそう仰りながら頭を下げておられました。

 どんな家も例外ではなく、ご近所にある長屋の一軒、一軒にも同じ様にされておられました。

 先生が仰る様に、まだまだ貧しい家も多くあります。

 そんな家に積極的に尋ねられ、案内しておられました。


 お昼前に白井さんが来られ、上棟式のお祓いの神主さんも来られました。

 建て増しする部分に祭壇が組まれ、昨日準備されたお供えが並べられます。

 大工さんたちとご近所の方も集まって来られるとご祈祷が始まりました。


 神主さんがお神酒とお米を周囲に撒き、榊を振りながらご祈祷をしておられるのを私はじっと見つめておりました。


「先生」


 神主さんは上棟式の祈祷を終えた後、着替えながら先生に声を掛けられます。


 先生は紋付袴の格好のまま、縁側で煙草を呑んでおられました。


「先生の作品、いつも読ませて戴いてます。お会い出来たら、それを伝えたくて……」


 神主さんは頭を掻きながら先生にそう仰いました。


「まだまだ若輩者ですが、ありがとうございます」


 先生は煙草を消して、神主さんに照れ臭そうに言われました。


「要君」


 と先生は私に声を掛けられました。

 私は慌てて、先生の傍に行きました。


「私の唯一の弟子……、と言うよりも友人のつもりでおるのですが、要君と言います。今後ともよろしくお願いします」


 と私を神主さんに紹介して下さいました。


「要と申します。よろしくお願いします」


 私は頭を深く下げました。


 神主さんは、私に微笑み、


「先生の作風は、この要さんに受け継がれて行くのですね……。いや、何とも羨ましい限りですな」


 と私の腕をポンポンと叩かれました。


「私たちは後継者に悩まされています。跡取りが出来るまでは、老いても榊を振り続けるしかありませんよ」


 神主さんはそう言って声を上げて笑っておられました。






 大工さんたちが、組み上げて下さった足場に先生と私は恐る恐る上りました。

 そして袋に詰めたお餅と半紙に包んだお金をロープで引き上げます。

 足場の上から周囲を見ると、ご近所の子供たちが大勢集まっているのが見えました。

 餅を撒く。

 そんな事をするのは私も初めてです。


「要君」


 先生は私に声を掛けられると頷かれ、手に持った餅の袋を集まった子供たちの中に撒き始められました。

 先生は餅とお金を交互に撒いて行かれます。

 私も掛け声と共に餅とお金を撒きました。


 集まった子供たちは嬉しそうに餅の入った袋やお金を包んだ半紙を手に燥ぎ回っていました。






 餅撒きが終わると、ご近所の方が集まり、鏡割りをして、振る舞い酒が始まります。

 寿司屋から届く寿司桶とお供えの鯛の刺身などを肴に遅くまで、お祝いの席が続きます。


「要君……」


 端の方で升酒を飲んでいた白井さんが私に手招きをされます。


「どうしたんですか……」


 私は白井さんの傍に行き、小声で訊きました。


「この様な席で、私はどうすれば良いのでしょうか……。この家の人間でも無いですし……」


 柄にもなく、白井さんは悩んでおられました。








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